模擬演習
「あーあ」
翌日。
光菱からの要望がまとまらないとの理由で、その日の朝からの演習は予定が止まったままだ。
焦げたままの“死乃天使”の装甲を目の前にした美奈代の顔は暗い。
「何やってんのよ」
紅葉が後ろから棒で美奈代の頭を小突いた。
「車傷つけられたみたいなへこみ方してない」
「これ……修理どうなるんですか?」
「減俸」
「ううっ……」
「滝のような涙流しなさんな。冗談よ―――全部、光菱に請求するから」
「本当ですか?」
「あったり前でしょう?光菱が何考えてるか知らないけど、こいつ1騎を1時間動かすだけで、どんだけの費用がかかると思ってるのよ」
「考えたくないです。恐いですから」
「数字はいつだってリアルに恐いものよ。ところで?」
「穂村少尉について」
「……ああ。あの“死神”さんのこと?」
「そんなにひどかったんですか?」
「……私も聞いている限りよ?」
「……どうぞ」
「近衛はね」
紅葉は“死乃天使”の爪先にあるハンガーロック装置に腰を下ろした。
「有能とか、才能のある孤児を特別な孤児院に収容して育てる」
チラリ。と美奈代を見上げる姿勢になった。
「―――これは、あんたの方が詳しいわよね」
「過去に私もそこにいましたから」
「そう。その中でも特別なまでに高い才能を持つ、生粋の子供には徹底した英才教育を施す―――この場合、メサイア使いとしての才能のことだけど」
「……」
「この辺も、あんたの方が詳しいだろうけど、私は聞かないことにしておく」
紅葉はニヤリと笑った。
「私も、まだ、あんたに殺されたいトシじゃないし」
「……ですか」
「穂村少尉は、あと数年早く生まれていたら、あんたのチームに配属されていたでしょうね―――あんたと同じ意味で」
「……意味?」
「意味―――その表現が正しいかは知らない。でも、そういうことじゃないの?」
「……言葉が不明瞭です」
「まぁ、いいわ。こういう仕事していると、いろいろと雑音が耳に入ってきてね。どれが真実で、どれが虚構なのか、区別が付きづらいところがあってね」
「……」
「まぁ、少尉のことに話を戻しましょう。彼女はメサイア使いとしては、AAAと、あんたとほぼ同じレベル。近衛としては、その才能を“コドモ”を理由に寝かせておくことが出来なかった」
「才能があればコドモでも―――なら」
クスッ。美奈代は小さく笑った。
「あなたこそ、少尉と同じ意味ですね」
「違いない」
紅葉は苦笑で返した。
「彼女が受けた英才教育ってのは、詰まるところ、幼少期からメサイアの操縦に慣らすこと」
「……」
「そういえば、あんたは小学校から中学の頃の記憶が抜けてるんだっけ?」
「ええ」
美奈代は頷いた。
「交通事故で」
「……ふぅん?」
「何ですか?」
「ううん?別に、彼女だけが特別だとは思っていてない。同じようなことをされている子供は、他にも何人もいるはずだって、私はそう思っている」
「何故?」
「……近衛の対応が手慣れ過ぎている。事前に戦争状態が起きたら、どういう手順で動員するかとか、予め、じっくり計画が練られていたはず。でなければ、子供を動員するなんてそう簡単にできる事じゃない」
「あなたは?」
「私だって10歳の頃に動員された時にはずいぶん揉めたのよ?国会でも取り上げられたくらいだし」
「よく国会が納得しましたね」
「人権派とかいう議員のババアを記者会見の現場でぶん殴ってやったのよ」
「誰が」
「私が」
「はぁっ!?」
「人を記者会見の場に引っ張り出した挙げ句、お涙と票下さい的な演説かましやがった。こっちは寝不足の上に開発詰まっててイライラしてる最中でね?
寝不足でうとうとしてたところを、くっさい香水と安化粧の汚臭プンプンする脂ぎったブヨ体で突然抱きしめやがったから、“人様を政治の道具に使うな!テメエんトコの不正経理は知ってるんだぞ、このクソババア!”ってね……翌日には抗議する奴が一人もいなくなった」
「よく殺されませんでしたね」
「人徳よ」
「悪運の間違いでしょう」
「うっさい。黙れ―――で?少尉のことだけど」
「はい」
「第二中隊に配属されて、初戦から活躍はしてるんだけどね」
「周囲が生きて帰ることがなかったとか」
「……というか」
紅葉は苦い顔になった。
「周りが弱すぎるってのが、私の見てる所だけどね」
「周りが?」
「あんたが……こういっちゃなんだけど、染谷少尉達の部隊に送り込まれたら、同じ事になったと思うんだよね」
「それは?」
「例えば、状況は乱戦。あんたはペアと一緒に突撃する。んで、あんた自身は、いつも通りに敵を撃破するでしょう。だけど、ペア組んだ奴まで、同じ事出来ると思う?」
「えっと」
言葉を躊躇する美奈代に、紅葉はたたみかけるように言った。
「あんたと同じレベル、もしくはそれに近いレベルじゃなきゃ、生き延びることが出来なかった戦闘は、一度や二度じゃなかったはずよ?私が言っているのはそういう状況」
「……どう、なんでしょうね」
美奈代は考えるのやめた。
「本人の立場からは言いづらいです」
「でしょうね。でもね?あの子の立場は、つまる所、そういう立場。勝って生き延びても、味方がそれについてこれない。
戦闘データからして、彼女がズル……味方を楯に逃げたとか、そういうことは一切していないことは確かだから、周りも回りで変な勘ぐりしちゃったのよ―――その挙げ句が、あの子は死神だなんてことになって」
「……」
「怒りなさんな。私が言ったわけじゃない。だけど、あの子の才能は結局の所、味方にとっては守護天使の神通力とはみなされなかった。味方を死に追いやる厄介者のレッテルを貼られた挙げ句が、最前線から下げられた」
「……そんな」
「才能故の悲劇ってところかしらね―――厄介者扱いされて、どうでもいいような研究兵器の開発を、よりにもよって、MEなんて本物の厄介者の面倒見ながらやらされるなんて」
「あの……」
美奈代は訊ねた。
「MEって、開発を禁止されたと聞きましたが?」
「そう。目玉にするはずだった自立戦闘プログラムの作成に失敗しちゃってね」
「自立戦闘プログラム?」
「自分より上位騎士の戦闘データ……例えば、二宮大佐とかね?それを元に、OS側で戦闘パターンを構築。騎士はそれに従って戦闘すればいいってシロモノ。最悪の場合、OS単体でもメサイアでの戦闘が可能だってのが売り物だったんだけど」
「スゴいじゃないですか」
「理屈だけなのよ。あんただったら、一発でシステム停止を要求してくるでしょうね」
「?」
「要するにね?そんなシステムは、単なる横やり……お邪魔なのよ。わかるでしょう?例えば、背後にいる味方を守るためにここはシールドで敵の一撃を受け止める必要がある。そんな時に、プログラムが勝手に騎体回避を始めたら、元も子もない」
「……ああ」
美奈代は、ポンッ。と手を叩いた。
「成る程?そういう問題点があったんですね?」
「それだけじゃなくて、プログラムと騎士の操縦の境目が曖昧すぎて、下手すれば味方まで攻撃する無差別攻撃騎になっちゃうのよ……丁度、あの飛鼠のプログラムに近い」
「うわ。それじゃ、開発停止になっても当然ですね」
「停止じゃなくて、禁止」
「……ですね」
美奈代が頷いた時だ。
ピーンポーン
チャイムが鳴り響き、美奈代達の会議室への集合を告げた。
「第一回目の演習は、正午から開始します」
神宮司は美奈代達に告げた。
「状況の想定は―――」
一瞬だけ、美奈代の脳裏に昨晩の食堂でのことが浮かんだが、立場的にここで聞き逃すことは出来ない。
美奈代は意識的に神宮司の言葉に神経を集中させた。
「“パースエーダー”の性能評価は、模擬戦闘をもって実施していただきます。攻撃担当は和泉大尉、天儀中尉。防御は穂村少尉。
ミサイルは全て模擬弾。ビームも非破壊系のセンサー感知系とします。
和泉大尉?昨日のような手荒なマネは避けてくださいね?」
「……了解」
「同時に、残りの方々で“アナイアレーター”の性能評価をお願いします」
「“アナイアレーター”はいくつを?」
「昨晩のうちに予備を組み上げましたので、計3基を準備しています」
「ということは」
美晴が言った。
「射撃性能評価にまず2基……刀身の性能は、大ちゃんと私が見ればいいから、1基かな?美奈代さん?どうです?」
「それでいいわ」
「了解。小清水少尉?ビーム系の性能評価はよろしく」
「頑張ります」
「では、そういうことで」
「シミュレーション結果は良好」
福沢中尉は、セッティングを続けながら言った。
「向こうにはズルしてると思われるかもしれませんけどね」
「……」
「……何かご不満なの?千鶴ちゃん?」
「……何も」
「心拍数が興奮レベルよ?普段のあなたらしくもない」
「……」
「ふふっ。指摘されたから、下げようとして出来る程、人間の体は器用じゃないわ」
「……」
「いいですね?―――穂村少尉」
「……」
「これ以上、犠牲者を出したくなければ、この“システム”を戦場に送らねばなりません。一分一秒でも早く」
「……はい」
「よろしい」
福沢中尉は頷いた。
「こちらから先攻を」
「了解―――ターゲットロックオン」
“幻龍改”から上がった盛大な白煙に、美奈代が悲鳴に近い声を上げた。
「きたぁっ!」
「まぁ」
何故か、祷子は嬉しそうだ。
「たぁまやぁ」
「……」
「……?」
通信に何も入らなくなったことに気付いた祷子が首をかしげた。
「……あの?皆さん、なんでズッコケてるんです?皆さん、かぎやさんがご贔屓だったのですか?」
「ここは隅田川じゃないっ!」
美奈代は怒鳴った。
「このバカっ!ミサイルと花火の区別もっ!」
ピーッ!
「言ってる場合じゃないでしょう!」
牧野中尉が怒鳴った。
「ミサイル、全部こっちへ来てますよ!?」
「嘘ぉぉっっ!」
「穂村少尉?」
ミサイルに追われて逃げ惑う“死乃天使”を眺めながら、福沢中尉が不思議そうな顔をした。
「何故、あの騎だけにミサイルをロックしたんですか?」
「……何でしょうか」
千鶴は、ちょっとだけ小首をかしげてから答えた。
「あのもう一騎は、絶対に敵対してはいけない……そんな気がしたからです」
「……はぁ」
「不思議です」
「本当に―――ちなみに、ミサイルで思いっきり狙った方は?」
「……なんでしょう」
「?」
「滅茶苦茶にしてやりたい……そんな殺意とも違う、ゾクゾクする感情が」
「……ちょっと、大人の階段登りました?」
「教えて下さい。この感情は何ですか?」
「……うーん」
福沢中尉は、腕組みをして、しばらく唸ってから答えた。
「多分」
「多分?」
「……大人になればわかります」
「今、知ることはダメなのですか?」
「18歳まで待ちなさい―――“死乃天使”、逃げ切りますよ?」
「……させない」
“死乃天使”の戦闘機動を経験して、熟々と牧野中尉は思う。
この娘を、津島紅葉が手放そうとしない理由は、こういう時にわかる。
光菱のマルチミサイルは、射程が短い反面、10G越えの人智を超える機動と、“世界最高の猟犬”と評価される程の強い追尾性を誇るミサイル。
つまり、
速い。
正確。
さらに、主力戦車さえも一発で吹き飛ばす
破壊力
これが加わる恐怖の兵器だ。
狩野粒子さえなければ、マルチミサイルのキャリアを搭載した車両や航空機だけで、アフリカだろうが南米だろうが、全ての戦場で人類は妖魔相手に圧勝しただろう。
だが、それが出来なかったからこそ、メサイアなんて厄介者がここまで戦場で幅を利かせている。
その恐怖の対象をかくもあっさりと回避、あるいは迎撃出来る騎士なんて、世界中にそう多くはないだろう。
自分だけで回避しろと言われても、数発喰らう覚悟は……いや、はっきり無理だ。
それをやってのける、この娘の戦闘データは貴重すぎる。
全ての事象において、牧野中尉という人物はゼロという可能性の存在を信じないタイプだ。
ゼロでなくても、0.0001とか、ゼロがどれほど羅列されても、それでも可能性というものは、決して皆無として存在することはない。
どんなに低くても、可能性そのものは厳然として存在する。
そういう持論をどうして持ち始めたかは、彼女自身もわからない。
ただ、普通なら不可能と判断するような、よく言って驚異的。悪く言えば非常識な戦闘機動を見せてくれる、この和泉美奈代という女性の存在に対する評価は、まさに牧野中尉の、そんな価値観が正しいことを証明してくれている。
「牧野中尉っ!」
美奈代が怒鳴った。
「ちょっとあの騎に通信繋いでもらえますか!?」
「どうしたんです?」
「文句があるんです!何で私だけ狙ってくるのかって!」
「そりゃぁ」
牧野中尉はニンマリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「イジメ甲斐がありそうなのが乗ってるんですから」
「ミサイルで攻撃するのって」
“さくら”がポツリと言った。
「イジメよりずっとスゴいことだと思う」




