アナイアレーター
「と言っても」
涼は言った。
「相手は1騎。こっちはどうするんです?全騎で攻めるんですか?」
「よく考えたら」
美晴もやる気が疑わしい。
「こんな仮想敵なら、1騎送り込めば終わったんじゃないですか?」
「……なんか、そんな気はするわね」
美奈代も頷くしかない。
MC達によって起動準備が進む愛騎の足下で、美奈代達は、どう行動するか決めかねていた。
相手はたった1騎。
何だか重武装らしいが、たった1騎を複数で攻めるというのが、どうにも好きになれないのだ。
「後藤隊長?どうするんです?」
「そんなこたぁ、やり合うお前達が決めて良いよ?」
後藤はあっさりと言った。
「向こうさんは数を指定していない。全騎で袋だたきにしてもいいし、単騎で決闘決め込んでもいいし」
「多数決で決めよう」
美奈代は言った。
「1騎と複数、どっちがいいか。よいと思った方に挙手」
皆が頷いた。
「1騎」
美奈代を除く全員が手を上げた。
「―――誰が行く?」
美奈代を除く全員の指が指したのは―――
「……お前ら」
美奈代だった。
「……まぁ、隊長だからってことで」
すっかりヘソを曲げた美奈代に牧野中尉が言った。
「納得されたらどうですか?」
「厄介ごとがある時だけ、隊長を持ち出すんだから。みんなもズルいです」
「責任者ってのは、そういうものです。責任から逃れようとしてたら、責任者は務まりませんよ?」
「別に」
「狙撃隊からの遠距離攻撃だけでつぶせる相手ですけどねぇ……興味深い相手ではあるんですよ。あの騎は」
「?」
「まさか―――バージョンMEが組み上げられているとは思いませんでした」
「何ですか?MEって」
「“幻龍改”の管制システムです」
「……」
「……わかってないでしょう?」
「……はぁ」
「パソコンで言えばOS。現在の最新版として使用されている“MS098”より、少し前に開発されていたんです。
開発の時点では、“幻龍改”の戦闘能力を40%引き上げるとか言われてたんですけど、何故か途中で開発禁止になったんですよねぇ」
「禁止?」
「そうです」
牧野中尉は頷いた。
「停止じゃなくて、禁止。だから私達の間でもいろいろ取り沙汰されたんですけど」
「中尉が知らないってことは、情報が流れなかったってことでしょう?」
「……まぁ、そうですね」
「大丈夫なんですか?」
「それを知りたいから、興味があるんですよ……どう攻めますか?」
相手は兵器実験場のど真ん中に鎮座している。
演習場の外縁部の上空を旋回飛行している自分は、それを撃破すればいい。
手に提げた模擬刀で一発ひっぱたくだけで全ては終わるのだが……。
「ビームライフルや飛び道具系全てが実弾許可ってのは……」
「よっぽど自信があるんでしょうね」
「……とりあえず、空から攻めますか」
美奈代は小さくため息をついた。
「ご自慢は、対空兵器のようですし」
「中隊から申請来ました」
穂村千鶴少尉とペアを組むのは、福沢中尉だ。
「相手は“死乃天使”1騎です」
「……“死乃天使”」
千鶴は、無表情のまま、ぽつりと言った。
「どんな奴ですか?」
「やって見ればわかります。相手は攻撃側で、我々は迎撃側。全武装使用自由」
「……了解」
「これより“死乃天使”を“H1”と呼称。敵騎を殲滅することが任務です」
「H1撃破……任務了解」
「……あれか」
爆撃試験の痕らしいクレーター状の穴が無数に存在する実験場にポツリと立つメサイアの姿を“死乃天使”の目が捉えた。
「……で?ご自慢の何とかいうシステムは、この距離じゃ役に立たないのかしら?」
「ミサイルの有効範囲は演習場一杯のはずですけどね」
「とりあえず」
美奈代は“死乃天使”の武装を変更した。
普段は腰部にマウントしているのは散弾砲だが、今回は違う。
ハンガーで、有珠が興味を持っていたERS-25B 25mm機関砲と呼ばれた装備だ。
装弾数は2千発程で、マガジン交換で戦闘中でも弾薬補給が出来るのが強み。
実弾系の砲を使う寧々も興味津々だったシロモノだ。
美奈代もそれを受けて、借り受けたのだが……。
「照準は調整してないです。いいんですか?」
「……いいんです」
しまった。という顔をして、美奈代は言った。
「テストをあの子がしていたというなら、照準はしっかりしていると思います」
「どうして?」
「照準一つ調整していない武器を使ってテストパイロットが勤まると思いません」
「素直に言っていいですよ?」
牧野中尉は笑って言った。
「申請しておくの忘れたって」
「……私、テストパイロットは向いてないようです」
「ちょっと違う気はしますけどねぇ」
「“H1”、接近中。距離1500」
福沢中尉の報告がなくても、メインスクリーンに映し出される画像で、千鶴も“死乃天使”の姿を捉えていた。
千鶴の目に合わせて空中に表示される照準が激しく動き続ける。
ピンッ
コクピットに照準が定まったデジタル音が響いた。
照準が“死乃天使”を捉えたのだ。
「……ターゲット、ロック……フォックス・ツー」
千鶴はトリガーを引いた。
“幻龍改”に取り付けられていたアーマード・パックシステム、APX1918“パースエーダー”の装甲部が開き、内部に格納されていた多連装ショートミサイルポッドが見えた。
ポッドに詰め込まれたミサイルは対空・対地・対艦の全てに使えるマルチショートミサイル。飛行距離は短いが、命中精度は侮れるシロモノではない。
短距離を一気に疾走して、獲物を仕留める猟犬そのものだ。
千鶴という主によって解き放たれた猟犬達は、芸術的なまでに美しい白煙のラインを描きながら、“死乃天使”という獲物に食らい付こうと空を駆ける。
「ミサイル、数20!」
「うそっ!?」
相手がミサイルポッドを装備している。
それは、理屈ではわかっていた。
だが、まさか20発も同時に撃ってくるとは思いもしなかったのが美奈代の本音だ。
「ええいっ!」
舌打ち一つ。美奈代は“死乃天使”を空中戦闘機動モードに切り替え、機関砲のトリガーを引いた。
空中戦なみならず、飛び道具での攻撃は、本来ならMCの仕事だ。
メサイアの火器管制システムと自在に同調出来る彼女達にかかれば、火器の命中精度はコンピューター単体と比較した場合、桁が違ってくる。
だが、それは騎士が普通だった場合のことだ。
はっきり、こういう所では美奈代は普通ではなかった。
機関砲から放たれる火線が、次々とミサイルという“猟犬”を火球に変える。
仲間が撃破されるのを厭うことなく、執拗に“死乃天使”を追い続けるミサイルを相手に、美奈代は何度も指でトリガーを調整しながら発砲を続けた。
仕事を奪われたことに怒ることもなく、牧野中尉はその光景を見守り続けていた。
美奈代が、ただ無駄弾をばらまいているのではないことは、MCの彼女にはわかった。
トリガーを引き続けることで発生する弾幕を展開しているのなら、もう既に弾が底を尽きて、自分達はミサイルの餌食にされているはずだ。
だが、美奈代は違う。
ミサイル1発ごとに照準をきちんとつけて、数発で仕留めている。
大体、ミサイル1発に対して、機関砲弾2、3発目で当たりをつけている。5発以上は撃っていないな。というのが、彼女の判断だ。
「追加が来ます!数15っ!」
「しつこいっ!」
「どうするんです?」
「―――こうしますっ!」
美奈代はブースターを全開にすると、“死乃天使”を“幻龍改”めがけて突撃させた。
「H1、突っ込んでくるっ!」
「……やっぱり」
千鶴は、それが分かっていたかのように手元を操作して武装を変更。福沢中尉に命じた。
「MLで迎撃」
「了解―――フォックス・スリー」
福沢中尉は、ML砲を発砲した。
ミサイルをかいくぐって、こちらへむけて直線で突っ込んでくる敵。
照準は余裕だと、彼女はそう思った。
騎体から放たれたキャンディーのようなオレンジ色の光が白い騎体に襲いかかる。
命中した!
福沢中尉がそう確信した時だ。
「えっ?」
“死乃天使”が騎体をひねってMLを回避してこちらへ向けて接近を続けている。
「うそっ!?」
必中を狙った一発を回避されたことに福沢中尉は、一瞬だけ判断が鈍った。
その一瞬をついて、“死乃天使”は機関砲から模擬刀へと武装を変更し、刀を振り上げた。
ドンッ!
鈍い音と閃光が走り、模造刀が吹き飛んだ。
「えっ!?」
「武装破損っ!」
2騎がすれ違った後、弧を描いて宙を舞った模擬刀の刀身が地面に突き刺さった。
「何っ!?」
「MLで吹き飛ばされました!」
「あのタイミングで!?」
体勢を立て直し、反撃に出ようとする“死乃天使”の背後から、何本もの火線が襲いかかってくる。
「―――くっ!?」
騎体をジグザグに機動させ、回避に移る“死乃天使”をMLが執拗に追い詰める。
命中しないのか、それともわざと外しているのか。
ここまで連続してギリギリに撃ち込まれると、疑ってしまう。
私がその気なら、お前なんてもう仕留めているぞ。
そんなメッセージと見る事が出来るのだ。
それが美奈代を苛ただせた。
「私をっ!」
美奈代は模擬刀ではなく、斬艦刀を引き抜くと、空中で一回転して、急降下機動にいれた。
降下する先には、“幻龍改”がいた。
「怒らせるつもりか!」
美奈代の気迫に気付いたというのか、“幻龍改”が、アサルト・システムASX1919“アナイアレーター”の切っ先を“死乃天使”に向けた。
刃のついていない“棟”が、隙間を隔てて、向かい合わせに取り付けられているような作りの“アナイアレーター”。
その隙間に何が仕込まれているか、美奈代はその瞬間に理解した。
隙間に生まれた光が、自分めがけて襲いかかってくる。
「ビームライフルっ!」
そう。
美奈代を、“死乃天使”を襲ったのは、ビームライフルの光。
騎体を寸前でわずかに上昇させることで直撃こそ回避したものの、かすっただけで騎体の異常加熱警報が響き渡る。
もう回避も何もない。
騎体同士は撃ち合いではなく、斬り合いの間合いにいた。
「私を本気にさせる気か?」
騎体に傷をつけられた美奈代は、カッとなって斬艦刀を“幻龍改”めがけて振り下ろした。
騎体の重量と加速を斬艦刀の上に乗せた一撃を“アナイアレーター”の刃が受け止めた。
双方の刀身に生じるエネルギー同士がぶつかり合い、激しい魔法反作用が光となって視界を奪う。
「―――くうっ」
腕に走った激痛に、千鶴は思わず呻いた。
受け止めるのがやっとだった。
というか―――受け止めることが出来ただけで奇跡に近い。
襲いかかった衝撃に耐えるため、脚部のダンパーだけでは処理が足りずに、重量物運搬用のアイゼンが自動で下がった。
火山性の大地に、脚がめり込む。
脚を取られたら、動きが鈍る!
姿勢を戻そうとするのに、思うように脚か動かないことに、千鶴は気付いた。
「―――しまっ」
思わず下を見ようとした次の瞬間。
“アナイアレーター”にかかっていた斬艦刀の力が抜けた。
「えっ?」
突然のことに唖然とする千鶴の目の前。
スクリーン一杯に襲いかかってきたのは、“死乃天使”の蹴りだった。




