軍法会議
●“鈴谷”艦長室
「覚悟しておいた方が良い。ですか?」
「ああ」
後藤は頷いた。
「こいつぁ、俺や“俺の飼い主”でもどうしようもないわ」
「意味がわかりません」
「今朝のうちに、城を発進した部隊がいる。内容は、メサイア12と飛行艇4」
「随分な装備ですね……でも、飛行艇?」
「飛行艦じゃ、脚が遅いからねぇ」
「それが、どこへ?」
「おいおい」
後藤は肩をすくめ、くわえたタバコに火をつけた。
「聡明な艦長殿から、その言葉が出てくるとは思わなかったわ」
「……まさか」
「飛行艇の中にいるのは、武装した憲兵隊。ついでにメサイア隊は、第9中隊所属だと言えば、想像もつくかい?」
「……」
美夜は愕然とした顔で目を見張った。
「第9中隊は、法務部執行部隊ですよ?」
「ああ……メサイア部隊の反乱鎮圧が主任務だなんて、冗談みたいだけど、あるんだねぇ。そんな部隊が」
「……それが、“鈴谷”へ?」
「接触時間はそろそろだろう」
「……し、しかし」
「無実を勝ち取るかどうか?そいつぁ」
後藤は席を立った。
「俺達の戦いになるだろうな」
「……」
「……」
「……私達」
美夜は、ぽつりと言った。
「私達は、何と戦っているのですか?」
「敵が何か?そんなことは俺達、狗の考えることじゃない。給料くれる御主人様が敵といえば敵。味方と言えば味方だ―――違う?」
「……そこまで、私も割り切りたいです」
「割り切りすぎるのもどうかと思うけどさ」
後藤が何かを言いかけた時だ。
ピーッ
呼び出しを告げるインターフォンが鳴り響いた。
「艦長だ」
「……」
後藤は、会話の中身は聞かずとも想像が付いた。
「……わかった。すぐに行く」
カチャッ。
受話器を戻した美夜は、机にしがみつかんばかりの姿勢で、大きく息を吸った。
「―――後藤さん」
「……」
「あなたの言うとおりになりました」
「……そう」
後藤は小さく頷いた。
「じゃ、覚悟はいい?これからが、俺達のホントの戦争の始まりだよ?艦長」
●“鈴谷”艦橋
「艦長!」
艦橋に入るなり、副長が慌てて駆け寄ってきた。
「……状況は」
敬礼も忘れ、美夜はまっすぐに窓の外を睨み付けながら訊ねた。
窓の向こうには、艦橋を塞ぐように浮かぶ飛行艇がいた。さかんに発光信号が繰り返されているのが、目に眩しい位だ。
「憲兵隊より、停船命令です」
副長は答えた。
「武装を解除し、停戦せよ―――その繰り返しです」
「照会は出来ているのか?」
「憲兵隊であることは確認出来ています」
「……通信は出来ているのか?」
「外線2番です」
美夜は艦長席のアームレストに設置された通信装置の受話器を外線に入れた。
「こちら“鈴谷”艦長、平野中佐だ。停船命令の理由を聞かされたし!
本艦は作戦任務を忠実に果たし続けた光輝ある艦である!
その艦を預かる身として、憲兵隊により停船の命令を受ける筋合いはないっ!」
副長は、そこで美夜と憲兵隊の間で、どんなやり取りがあったのか、はっきりと聞き取ることは出来なかった。
艦橋を覆うように接近してくるメサイア―――“幻龍改”。
久しぶりに見た味方が、まるで味方に見えない。
一体、何の冗談だ?
しかも、“幻龍改”の持つビームライフルは、銃口を艦橋に向けている!
そんな馬鹿な!
……。
カチャッ
うつむいたままの美夜が、無言で受話器を戻した。
「……」
「……艦長」
結果は聞かずとも察しは付く。
だが、副長はそれでも訊ねた。
「ご命令を」
「……機関停止。CICへ、全武装停止。メサイア隊は全ハッチ開放」
「……」
その意味が分かる。
武装解除だ。
「本艦は、現時刻をもって一切の任務を解かれ、憲兵隊の指揮下に入る」
「……せめて、教えて下さい!」
副長は怒鳴るように言った。
「我々に、一体、何の容疑がかかっているのですか!?」
「……士官脱走2件に関する、脱走幇助容疑」
美夜は、うつむいたまま、答えた。
「及び、敵に対して無断で降伏した反逆容疑。ならびに通謀、総じて言えば、我々にかかっているのは」
「……」
「外患援助罪容疑だ」
外患援助罪。
刑法82条が定める所の、外国からの武力の行使において、外国の軍務に服すること又は軍事上の利益を与えることを内容とする規定であり、法定刑は死刑だ。
美夜には、その意味がすぐにわかった。
魔族軍に降伏し、その指揮下に入ったことが問題視されていることは間違いない。
事情も調べず、ただ、行動を共にしたというだけで、敵に通謀したと思われているのだ。
「わ、我々は!」
副長は真っ青になって叫んだ。
「我々は正々堂々と戦ったのです!戦って、生きて帰ってきたのです!そ、それを!?」
「それを」
美夜は頷きながら答えた。
「功績と認めさせるか、罪と認めるかは、これからの戦いだぞ……副長」
「……」
「ただ、覚えておけ。これが」
甲板に強行着陸した飛行艇から、続々と武装した兵士達が艦内に入り込んでくる。
どうしろというのだ?
あの時だって、こんなことになって―――部下を守るために降伏したのだ!
お前達だったら、どうしたというんだ!
美夜は、自分の頬を涙が流れていることも気付かず、握りしめた拳でアームレストを殴りつけた。
「これが!これが、死に物狂いで戦ってきた我々に対する、艦隊司令部からの報いだ!」
軍艦マーチもない。
出迎えもない。
歓迎式典もなければ花束一つない。
それが、日本に戻ってきた“鈴谷”の待遇だった。
東京湾に入るなり検疫バースに係留された。
武装は全て弾薬とエネルギーが抜かれた。
美奈代達メサイア乗りは全て自室に押し込められ、実質的な軟禁状態にあった。
東京湾に入ってから既に一週間。
その間、美奈代の日課は決まっていた。
「……別に文句ではないんですが」
朝食後。
美奈代は、居住区の空室で、背広姿の男と対面していた。
普段は使われていない、薄暗い部屋の中にはパイプ椅子が二つとアルミ製の折り畳みテーブルがあるだけ。
小さい船窓から入る朝日を背後に一人の男が座り、四方に武装した兵士が立っている。
普通の神経で入りたい所ではない。
生前の父からは散々、“事務方の人間は信じるな”と吹き込まれていたせいだろうか、それとも待遇故か、美奈代は少なくとも目の前の男に好意を持てそうになかった。
寸分の隙もなくビシッと着込まれた高級そうなスーツ。
冷たい銀縁眼鏡の奥で光る目。
“出来るサラリーマン”の典型例だ。
まるでコンピューターみたいな人だな。
美奈代にとっての第一印象はそんなものだ。
「少なくとも」
美奈代は、アルミ製のテーブルの下から出した腕を目の前の男の前に出した。
ジャラッ
そんな音がして鎖が鳴った。
美奈代の腕には二重の手錠がされていた。
「女の身に、これはあんまりじゃないですか?」
「規則だから」
男はしれっと言ってのけた。
「君、自分の立場がわかってる?」
「基本的に女だという立場はわかっています」
「―――質問に答えてくれればいい。宗像理沙容疑者の脱走の際」
「毎日、何回同じ質問をするんですか?」
「何度もやるよ。こちらが納得するまでね」
「……お断りしておきますが」
美奈代は言った。
「私、脳の病気や痴呆症を疑われる程、物忘れしやすいですし、何より精神的に安定していません」
「それは?」
「いらついて、間違ったこと言っちゃうかもしれません。そう言っているんです」
「手錠がますます外せなくなったな」
「……で?」
「彼女は、近衛に対して何か発言していなかったか?」
「さぁ?」
美奈代はそっぽをむいた。
「会話のログはとってあるはずです。お聞きになったんでしょう?」
「していない?」
「戦闘中に私語をしてる余裕はありません」
「という、その割に」
男は余裕そうな顔で美奈代に微笑んだ。
「いろいろとバカ話は普段しているみたいじゃないか」
「いろいろあるんです」
「たとえば?」
「言える時と言えない時―――違いについては、ケース・バイ・ケースですので厳密な違いを説明することは出来ません」
「手厳しいな」
「……」
「普段から、それ位手厳しく書類をまとめてくれれば、俺も大助かりなんだけどなぁ」
「?」
男は、美奈代の前に名刺を一枚、置いた。
「中野孝一?軍法務官、大尉で……近衛軍メサイア大隊補給部?」
「補給部に出向中だ。ちなみに、君の申請を元に、補充部品の発注を担当しているのが俺だ」
「……え」
「驚くのはいいが、何で露骨にイヤな顔をする?」
「いつもいつも、書類不備とかいって突き返してくれる非道な奴って、あなたですか?」
「非道とは言いがかりだが、多分そうだろう」
「迷惑かけてるとか……そういう口実で、何か聞きだそうっていう、セコい魂胆じゃないでしょうね」
「セコいは余計だ」
男―――中野は心証を悪くした様子で美奈代に言った。
「本来の取り調べを憲兵隊じゃなくて、俺達の方でやるっていう。この意味というか、俺達の親心がわからないのか?」
「そんなこといわれたって!私だって驚いているんです!何の前触れもなしに、帰艦したら、脱走してましたなんて報告受けるし!」
「恋人だと聞いている。君かMCの桜庭君に、自らの本心を告げていないはずはない。それとも」
中野の瞳が、銀縁眼鏡の中で光った。
「そんなことを相談されない程度の関係だったのか?」
「ピロートークまでは経験ありませんので」
「大切にされていたのか。それともあしらわれていたのか」
「……大尉って」
美奈代は殴られる覚悟で言った。
「恋人いないタイプですね」
「あいにくと」
「片思いはいる」
「……で?」
「心証損ねたのはお互い様です。とにかく、私は宗像の行動は、未だに理解さえ出来ません」
「政治的な背景はないと?」
「政治?」
「つまり、政治的理由で魔族に寝返ったとは考えられないか?」
「そんなの妄想です」
美奈代は言った。
「一介の軍人、しかも敵として対峙し続けた相手ですよ?殺されに行くようなものです。第一、魔族が何の政治問題で日本や世界とケンカしてるんですか?」
「……脱走に心当たりがないと?」
「あるはずが!」
「……わかった」
中野は、椅子の背もたれに体を預けるようにして、腹の上で手を組んだ。
「今日の取り調べはここまででいい―――部屋でゆっくりしてくれ」
「―――や、ご苦労さん」
「ご苦労さん。じゃありませんよ」
艦内の休憩ブースに入った中野は、タバコを吸っていた後藤の横に座った。
「脱走二人も部下から出すなんて、どうしちまったんです?」
「俺もヤキが回ったってことさ」
どう?
後藤がタバコの箱を突き出した。
「結構です―――やっと禁煙出来ているんで」
「相変わらずだねぇ……中野君は」
「今回の騒ぎを受けて、例の機関が勢いつけています。元レイナガーズ総隊長の脱走はさすがにニュースですよ」
「マスコミには公表しているのか?」
「ここ一週間程の新聞、雑誌のスクラップ記事はこれに」
中野はUSBメモリーを後藤の横に置いた。
「普通ならマスコミにリークするはずはない。ところが、今回は脱走の翌日にはニュースなっていた。法務部が把握する前に、マスコミへ流れた」
「へえ?」
「いいですか?」
中野の目には熱が籠もっている。
「“鈴谷”から法務局へ第一報が入ってわずか3時間後には、インターネットに情報が流れていた。普通はあり得ない」
「意図的に、こちらに不利な情報と見てリークしたな?」
「そうでしょう」
「狙いはお姫様かな?会った?」
「彼女の取り調べは松崎がやってます」
「いい加減、松崎さんとゴールインしたら?もう若くないんだし」
「ネズミが、この艦でチョロチョロしているんじゃないですか?」
「ああ。やっぱり?」
「目星はついているんですね?」
「―――まぁ。ね」
「こちらで始末しますか?」
「いや?もう少し、動いてもらうとするさ」
「瀬音大佐のようになりますよ?」
「……瀬音少佐じゃなくて?」
「瀬音大佐ですよ」
「いつ」
「昨日、移動中に交通事故で」
「お気の毒にねぇ……」
「……」
「ん?」
灰皿で、タバコをねじって消した後藤は、不意に中野の視線に気付いた。
「どうした?」
「いえ」
中野は視線を外した。
「このままなら、俺もどうなるのかと思いまして」
「我が身を大事にするんだ。大人しく仕事してりゃ、恩給もらって御の字だろうが」
「……そう願いたいですね」
「俺達の御主人様を敵に回すバカいないよ……それに、お前が俺の教え子だってこたぁ、ほとんど誰も知らないことだ」
「人生の師匠を間違えたかと心配しますよ。時々」
「よくも言うわ……」
「話、変えますけど、後藤さんの部隊ですが」
「どうなるって?」
「明日には発表があります。軍政部もトップエース部隊をこんなことで止めておくことは出来ないようですね」
「トップエース……ねぇ」
「北米戦線で師団単位で敵を潰した挙げ句が、たった10秒で世界最強のメサイア……帝剣でしたっけ?そいつを12騎あの世送り……。公式発表が米軍からあった時の日本の騒ぎをお見せしたかったですよ」
「何?そんなに騒ぎになったの?」
「騒ぎも何も」
クスッと中野は小さく笑ったが、後藤にとって中野の笑顔は滅多に見られるシロモノではない。
「米軍司令官は、片言の日本語まで交えて褒め言葉と感謝の言葉をアルファベット順に羅列してくるし、非公式ですけどメサイアの供与要求してくるし。新聞は近衛の活躍で一面埋め尽くしましたよ。
広報は問い合わせへの対応でパンク状態。
ったく、後藤さんの部隊だけですよ?
この戦争始まって以来、新聞に部隊の活躍掲載させたなんて」
「目立ったなぁ」
「陸に降りたら、写真雑誌でも買ってみてください。部隊に対する詮索がどれほどのものか。ここん所、ハッカー中心に逮捕者続出ですよ?」
「そんなに目立っちゃったんだぁ……」
後藤はポリポリと頭を掻いた。
「参ったなぁ……俺達ゃ非正規部隊だってのに」
「だから困っているんですよ。我々も」
中野は真顔に戻って言った。
「はっきり、目立ちすぎなんですよ。非正規部隊ならもう少し大人しくしててくれないと!」
口調は興奮気味だが、声は殺している。
周りの盗聴を気にしているのだ。
「……まぁ、わかっちゃいるけど」
後藤は新しいタバコに火をつけた。
「お姫様はどうあっても目立つんだよね」
プハァ。
後藤の口から紫煙が吐き出された。
「目立つからこそのお姫様なのかもしれないけど」
「勇猛に戦うお姫様は―――」
ハッ!となった中野は、慌てて回りを見回した。
「あの御方を」
コホン。と、中野はわざとらしい咳払いをした。
「……輿に乗せて担ぎたがってる奴らに渡すわけにはいかないのです!そんなことをしたら」
「魔族待つまでもなく、日本が分断モノだなぁ」
カカッ。
後藤はくわえタバコのまま、楽しげに笑った。
「……少なくとも、そいつぁ、俺達の御主人様が望むこっちゃないわな」
後藤はソファーの背もたれに寄りかかって、天井を見上げた。
「そういうことです」
「部隊の名簿は軍政部にもないんだろう?」
「当然です」
ハアッ。
中野は言った。
「いざって時、軍籍の照会されても困りますからね」
「そういうこった……んで?」
「法務局が軍政部に関わることは出来ませんけどね。仲間から聞き出しました」
チラリと中野は後藤を再び見た。
「―――見返りは?」
「お前も変わったねぇ」
後藤はポケットからUSBメモリを取りだし、脇に置いた。
「お前が目の敵にしている奴さんの情報さ」
「……どうも」
「全く、お前相手のジョーカーまで使うハメになるとはな……出来の悪い娘を持つと大変だよ」
「俺もお仲間だということをお忘れなく」
「はいはい……んで?」
「開発部の一部が、暴走しています」
「ん?」
「赤城博士、ご存じですよね」
「あの“D-SEED”の生みの親の?」
「そうです。あの博士率いるチームですけど、それの対抗馬として新進気鋭のチームが一つ」
「へぇ?」
「軍政部長のお気に入りでしてね」
「あの部長ってことは、裏は光菱か」
「光菱には、軍OBが顧問ってことでかなり入り込んでます。この戦争のどさくさ紛れに、狩野重工から近衛軍向けの武器シェアを奪いたいって所でしょうね。光菱のエンジニア達を中心にしたチームです」
「よく参入を許したな。メサイアのデータが光菱経由でどこに流れるかわからないぞ?」
「現状、参入を許しているのは兵装のみ。アサルト・システムというそうです」
「何だ。そりゃ」
「俺は専門外ですよ。そのシステムの開発チームが、テストに協力してくれる部隊をさがしていまして」
「白羽の矢が俺達に立った」
「近衛トップエース部隊を協力させることで作戦部長は光菱に恩を売れるし、光菱はシステムに箔をつける事が出来る……そんなところですね。狙いは」
「紅葉ちゃんが何て言うか……こいつぁ」
後藤はため息をついた。
「勘弁して欲しいなぁ……ホントに」




