帰国へ向けて
●“鈴谷”ハンガーデッキ
「……で」
正座した―――というか、させられた美奈代と祷子の前で、苦い顔をしているのは紅葉だ。
「敵の自爆は許すわ、流れ弾で石油プラント吹っ飛ばすわ……」
「「……」」
美奈代と祷子は、互いに目配せした後、小さくなった。
「「ですけどぉ……」」
「あんた達、何考えてるのよ。プラントの損害賠償請求されたら、近衛の予算なんて吹っ飛ぶわよ?」
「ど、努力はしたんですよ?」と、美奈代は言った。
「騎体の損害を最小限に収めようって……まさか」
祷子も無言で頷く。
そんな二人が、ちらりと横を向いた視線の先。
そこには、装甲のあちこちに穴が開いて焼けこげた“死乃天使”と“D-SEED”のシールドがあった。
「ったくさぁ」
ポリポリと紅葉は頭を掻いた。
「スペシャルカラーなのよ?ボディの再塗装だけで普通の何倍かかると思ってるの」
「……あのタイミングで自爆するなんて、予想しろという方が無茶です」
「ったく」
腰に手をやった紅葉が睨み付ける中、シールドの交換作業が進んでいる。
「さっさと仕留めないから、こういう様になるのよ。撃破した4騎の自爆を許した挙げ句、1騎はのうのうと逃げられるなんて……」
「それこそ」
祷子は言った。
「あの爆発の中ですよ?」
●“鈴谷”艦橋
「まぁ」後藤は言った。
「あの二人だから逃げられた―――んな所でしょ?実際は」
「……否定はしない」
紅葉は、コーヒーにたっぷりクリープを入れながら頷いた。
「何故、あそこで自爆したのか。しかも、騎体のほとんどを焼却するハイパーナパームを騎体内部で爆発させるなんて、普通じゃない」
紅葉が苦い顔になったのは、別にコーヒーのせいだけじゃない。
あの時起きたことを思い出したのだ。
あの時―――
両腕と右足を切断された赤兎によく似たメサイアが地面に倒れた。
紅葉でさえ、これで終わったと思った。
コクピットから騎士が出てきて、国際騎士法に基づいた捕虜待遇を要求するか、それとも逃げ出すか。どちらかだと思った。
ところが、騎体は瞬時に紅蓮の炎に包まれ、数十キロ離れた“鈴谷”の艦橋からも肉眼で確認できたという巨大な火柱が立ち上った。
普通の騎士だったら、あの爆発に巻き込まれて骨も残らなかったろうが、爆発とほとんと同時に脱出機動をやってのけた美奈代達の技量は、本気で敬意に値する。
それは紅葉も認める所だ。
「……んで?」
後藤は先を促した。
「敵に心当たり、あるんでしょう?」
「―――ある」
紅葉は頷いた。
「データはラボのライブラリーの中。探すの大変だからやらないけど、昔、アメリカのマーティン社が南米戦線向けに開発した追加武装計画に、強化骨格装甲って概念があったのよ」
「強化骨格装甲?」
「歩兵向けのパワードアーマーや、現場作業に使われているパワーローダーみたいなもの。しかも、三段構え」
「まさか、人間の代わりにメサイアが?」
美夜が、ちょっと呆れた。という顔になった。
「そんなもの、役に立つの?」
「さすがに装甲は重すぎるって理由でオミットされて、外装部はロケットランチャーのコンテナになったのよね。
一番外側にある第一装甲部が目標掃射用のクラスター弾コンテナブロック。
こいつの集中射撃で妖魔の集団突撃を阻止して、発射終了次第、外装をパージ。
第二外装部が、“白雷改”第四種装備並のフルアーマー。
装甲を消耗次第、各部を廃棄して、最後にどうしようもなくなったら、本体だけ脱出できる第三外装部の脱出用システムで戦域を脱出させるって」
「そいつぁ……」
後藤が感心したように言った。
「ゼータクな装備だなぁ」
「でしょう?」
紅葉も頷いた。
「重すぎてメサイアは戦闘機動が出来ないし、一々ランチャーから何から、高額なパーツを捨てることが前提でしょう?あんまりに無茶だって、費用対コストを理由に、ペーパープランの段階でお蔵入りしたんだけど……不幸な事に、あれを本気で作ろうとしたバカを一人知ってるのよ。私」
「へえ?」
「ロシア帝国のローマイヤ。あの対抗馬に、強化骨格装甲システムを取り込もうとしたお馬鹿さんをね」
「ロシアの対抗馬ってことは……中国かい?」
「そう。陳蒼碧技術大校……私には理解できない程のマッドサイエンティストよ」
「……」
「……」
「……何?その気の毒な人を見るような視線は」
「いや……自分を知った方が良いっていうか」
後藤はわざとらしく咳払いした後に言った。
「その気の毒な人ぁ、何でローマイヤ相手にそんなシステムつけようとしたんだい?」
「さぁ?」
紅葉は肩をすくめた。
「日本アニメや特撮ファンで、中国でイベントあると必ず参加していたオタだっていうから、合体モノの影響じゃない?」
「それでよく、軍に残れるんだねぇ」
「中国では最高峰の五本線だからね」
紅葉は胸につけた六本線を軽く指で弾いた。
「その上……帝剣、赤兎の実質的な生みの親だし」
「へえ?」
「確か……猛龍とかいうペットネームがついていたわね……まぁ、私は、強化骨格装甲システムよりその中身の方のデータが欲しかったんだけど」
「中身?」
「仮称コード“シュトゥーテ”。私は“馬刺”って呼んでやってたんだけど……」
紅葉は不機嫌そうにコーヒーを飲み干した。
「目の前で、手に入る直前で灰になっちゃった」
「あら?“シュトゥーテ”って……確か」
「艦長、多分その通り。次期ロシア帝国軍主力騎として配備が進んでいるヤツ」
「電子装備以外の面では、グレイファントムシリーズ全てを凌いでいると聞きますけど?」
「その通り。あれの基本設計は全て陳大校の作品。彼女がロシアのアカデミーに参考作品として売り飛ばしたのを、ロシアが改良の上で採用した―――つまり、灰になっちゃったのは、私でもそうそうは関与出来ない最高機密なのよ」
「灰になってハイ、さようなら」
……つまらねぇな。我ながら。
後藤は苦笑いしながらコーヒーカップをデスクに戻した。
「そんなにすごいのかい?その“シュトゥーテ”ってのは」
「あのオタとチンク共が、“シュトゥーテ”の開発と発展だけに力注いでいたら、アメリカはこんな短期間で北米大陸を奪還できなかった。それは保証できる」
「……へぇ?」
「中華帝国が、次期主力騎コンペで、“シュトゥーテ”に失敗作の烙印を押して、帝剣を採用したのは褒めるべき出来事だし、何より、あの変人自身が、強化骨格装甲システムなんてアホなシステムのベースに限定してあいつの開発を止めてくれたことについては、ノーベル賞並の功績だと思っている」
「世界最高峰と呼ばれる津島紅葉にそこまで言わせるとはねぇ……」
「流出した映像は見たことあるのよ。私が見る限り、量産性と汎用性、双方をあのレベルで昇華させた騎体は、ちょっとない」
「じゃあ、もし」
美夜が訊ねた。
「その“シュトゥーテ”が中華帝国軍で大量量産されたら、戦況は?」
「グレイファントムの後継騎が“シュトゥーテ”と張り合えなければ、米軍に次はない」
「まさか!」
「ビームライフルや斬艦刀っていう武装が勝っているだけでね?艦長」
紅葉はニヤリと笑った。
「騎体性能だけなら、近衛だって、うかうかしてられないのよ?」
へーっくしょいっ!
ハンガーデッキに派手な音が響き渡った。
「大丈夫ですか?」
整備兵が心配そうな顔でコクピットブロックをのぞき込んだ。
「ああ……誰か、噂してんのかねぇ」
ズズッ
鼻をすすりながらコンソールパネルを叩き続けるのは、あの陳大校だ。
「こりゃ、いい噂じゃないねぇ」
「何時間もコクピットに籠もりっぱなしじゃ、体こわしますよ?」
整備兵が心配しているのは、陳大校が北米大陸から門経由でこの基地へ帰還してから、既にコクピットブロックに籠もることが10時間近いことだ。
「仕方ないだろう?」
陳大校は言った。
「EMPのおかげで、研究所の装備が粗方、おじゃんなんだから」
「建物の改装工事中で、対EMPパネル外している最中だったと聞きましたけど」
「ああ……というかね」
手を止めることなく、陳大校は答えた。
「研究所の電源が壊れてるんだよ……あそこが使えないなら、データをため込んだこのメサイアの中だってどこだって代わりゃしないさ」
「……はぁ」
「それより、もってきてくれたかい?」
「はい。軍施設のスパコンとのデータ接続します。一度、システムを止めてください」
「―――あいよ」
強化骨格装甲システムが外された猛龍の各部パネルが外され、極太のケーブルが接続される。
この施設のスーパーコンピューターと猛龍のシステムをリンクさせるための措置だ。
騎体を一度降りた陳大校は、チューブ入りの栄養ドリンクを飲みながら、その光景を眺めている。
「陳大校」
その彼女の後ろから声をかけてきたのは、この基地の司令官、紅少将だ。
「……その、困るんだけどな」
はげ上がった頭に汗をかきながら、彼は恐る恐るという感じで言った。
「基地の資材を私用に使われては」
「……は?」
「だから、基地の資材をだね」
「私的……ですか?」
「い、いや……あの」
「党親衛隊専属顧問の私の行為が私的だと、そういうのですか?」
「いや、そうじゃないっ!」
王政党の名を出された彼は真っ青になって弁明し始めた。
「申請が、個人で使用となっているからだね!」
「私は個人で動いていません」
陳大校自身としては、冷静に。となるだろうが、言われた方は、まるで邪悪な蛇に巻き付かれたかのような錯覚さえ覚えてしまう。
体に言い様のない寒気を覚えながら、彼は言葉を待つしかない。
「私の動きは党の動き……私の意見は党の意見……」
「そ、そうだな!」
膝をがくがく言わせながら、彼は震える舌を動かした。
「いや、個人なんて申請書のミスがいけないんだ!いいから、好きなように使ってくれたまえ!」
「……お借りした部下を失ったことは残念に思いますわ」
「いや!名誉の戦死だ!党のため、国のために死ぬことは、彼等だって厭うことはないだろう!」
「―――では、そういうことで」
便利なものだな。
陳大校は思う。
王政党親衛軍専属顧問。
別に何をするわけでもない。
党の気に入るようなメサイアを作ってやれば、それだけで向こうから勝手にやってきた肩書きだ。
あんなローマイヤなんていう、ロシア人の作った出来損ないに、そこらの部品を組み込んでやっただけの、あんなやっつけ仕事が功績だなんて、笑ってしまう。
帝剣なんて、あの小娘の作品と比較する価値もない。
それにしても……。
あの騎と、自分も戦っておけばよかったかな?
そんなことを思ってしまう。
否。
データはとれたんだ。
無駄なリスクは冒すべきではない。
……だが、
「……日本軍は今頃」
そう。
母艦を含む日独の船団が北米大陸を離れたと聞いた。
そうすれば、次にあの2騎と出会うのはいつになるかわからない。
次に出会った時、再び相まみえる機会があるかわからない。
おしかったかな。
そう思う。
ケーブルの接続が終了したらしい。整備兵が騎体から降りてくる。
「……まぁ、いいか」
まだ、終わったわけではない。
機会がなければ作るまでだ。
陳大校は、空になったチューブをダストボックスに放り込むと、コクピットブロックに向かって歩き出した。




