陳大校 第一話
●ワシントンD.C
「大統領はご満悦とはいかん」
アメリカ北方陸軍参謀長のオーウェル少将は、疲れ切った顔で首を左右に振った。
「当然だ」
マーカス海軍大佐が、グラスに注いだバーボンを手渡した。
「あれだけの犠牲が出ているんだ。しかも、未だに一部が暴れているんだろう?」
「ああ。ごくほんの一部だ」
オーウェルは、グラスを受け取ると、手の中でグラスを弄びながら答えた。
「すでに陸軍は残存兵力の刈り取りに大わらわだ」
「景気が良くて何よりだ」
「ふざけるな、マーカス……陸軍がどれ程の損害を出したと思っている」
「メサイアはかなりの数がやられたのは知っている。しかし、国内体制を“これからの戦い”に備えさせることは出来たろう?」
「……そこだけはな」
オーウェルはグラスをあおった。
喉から胃にかけて、食道が焼けるような錯覚が心地よい。
「……狩野粒子による影響は、すでに世界中に出始めている。世界で電子装備が不要になる日もそう遠くはあるまい」
「EMP攻撃からの復旧は進んでいると政府は発表しているぞ?」
「確かに進んではいるさ……だが、もうしばらくすれば、ジェット気流の高さまで巻き上げられた狩野粒子による電磁波が世界規模で被害を及ぼすことになる」
「……何だ、それは」
「空中に巻き上げられた狩野粒子が宇宙線の効果によって……まぁ、いい。とにかく、世界規模で見れば、俺達が棺桶に入ったら、墓場まで連れて行ってくれるのは霊柩車じゃなくて馬車になるだろうという話だ」
「そんなバカな!」
「本当の話さ。科学者連中が報告を上げてきた。狩野粒子が大量散布された地域から―――丁度、反応弾が使用された地域から放射能汚染が広がるように、ジワジワと、狩野粒子の影響も広がるはずだと」
「チンクめ!」
「X-51によるEMP攻撃と、狩野粒子攻撃はこれからだ。彼奴等の国こそ、石器時代にまで戻してやるさ」
「狩野粒子を?」
「空中散布用のタンク入りが大量に拿捕されている。そいつを使う。奴らのド頭の上に」
「……」
「ただでさえ十億を超える人口。それを何のテクノロジーも使わずに統治することは不可能に近い。我々は人を殺さずに、国家を殺す。それは、非人道的と非難されることのない、最も非人道的な行為だ」
「夢物語は良い」
マーカスはグラスにバーボンを注ぎ込んだ。
「直近の問題は、今、この大陸にいるあの薄汚いサル共をどうするかだ」
「陸軍のライフルマンは働いている。各地で都市を解放し、美女のキスの嵐を受けている」
「未だに解放されない都市がいくつあって、どれ程の猿共が我が物顔で我が国土の道を使っていると思っているんだ?」
「掃討は順調だ。一部を除いてはな」
「聞いているぞ?肝心のテキサスでは石油プラントがかなりやられているとか?」
「ああ……ジャップを釣るエサが細ると……逆に困る」
「どうするんだ?」
「毒には毒を―――聞いたことはないか?」
「意味がわからん」
「猿には猿をあてる―――本当に兵と石油を送って欲しければ、もう少し戦果を示せとな」
●“鈴谷”
「なんだかんだ言って」
後藤は言った。
「中華帝国軍は、タダで米国から出ていくつもりはなかったワケだ」
「勝手に攻めてきたり、勝手に出ていくと言ったり……」
「あいつらがどれ程身勝手で迷惑な存在かわかったろう?」
「はい」
「撤退宣言が出た途端、北米の8割の州で中華系住民に対する暴行、リンチ、略奪―――それから、市民による不法移民の狩りだしが始まって、中華系住民の家や中華系資本の企業が焼き討ちされて、死者が数万人に上ったことだって納得出来るよな?」
「そ……それは」
「それが米国国民の報復―――そんなところだ。こいつぁ、長くモメるぜぇ?」
「……」
「犠牲者の数はこれから増える。ヒューストンで中華帝国軍相手に商売してたような連中は片っ端からだろうな」
「どうしてそう、嬉しそうに言うんですか?」
「嬉しそうか?」
「はい」
「そうか……そいつはいけないなぁ……」
後藤は自分の顔を撫でると言った。
「とりあず、本題ね?中華帝国の精鋭部隊が暴れている」
「帰ってもらえばいいじゃないですか」
「油田採掘基地を壊しているんだよ」
「えっ?」
「北米産出原油の4割を生み出すテキサス州の油田だ。その採掘基地をぶっ壊されたとなれば、アメリカにとってはある意味、占領されているよりタチが悪い。
既に採掘基地がいくつか破壊されて、グレイファントムにもかなりの損害が出ている。
このままだと、採掘基地が全部破壊されて、アメリカは石油の海外依存率が跳ね上がることになるだろう」
「ってことは……」
芳がポツリと言った。
「北米経由で日本に石油が入ってこない?」
「あの飛城のおかげで、ロシア経由のパイプラインが止まっているからね。大打撃さ」
「……うわっ」
「わかったろう?俺達が何しなくちゃいけないか」
「兵隊派遣してもらうために来て、石油売ってもらうためにさらに働く……」
美奈代は苦笑気味に言った。
「次は鉄鉱資源か何かですか?」
「スネるなよ。とにかく、事前情報だ。俺達が展開するのは、東テキサス油田と呼ばれる地帯の一角、世界第三位の石油会社である|スタンダードオイルテキサス《SOT》社最大の石油精製工場付近。
敵は少数の部隊に分散して、近くの部隊やメサイアを破壊しながら移動している。そのルートからして、精製工場が狙いなのは明らかだ」
「なぜ、すぐに叩かないのですか?」
「奴ら、米軍を自分達に引きつけようとしているのさ」
「米軍を?」
「ああ。正直、グレイファントムじゃ相手にならん。すでに、たった5機相手に30騎が撃破されている」
「……帝剣じゃないんですか?」
「俺もそう思った。だが……どうも違う気がするんだ」
「……どう?」
「それを確かめるのも」
後藤はニヤリと笑った。
「……お前達の仕事のうちってワケさ」
●テキサス州 某所
「本国から到着したばかりだというのに」
漆黒の騎体の胸部装甲が開き、コクピットから騎士が出てきた。
「もう撤退だと?」
病的に白い肌に赤みがかった瞳がギョロリと周囲を睨み付ける。
妖艶。
その言葉が彼女の形容を語るのに最も適しているだろう。
しかし、この生理的な嫌悪感を抱かせる気配は、彼女を見る者に、彼女という女性を、妖艶な美女と見せるより、むしろ―――蛇を連想させてしまう。
中華帝国軍の戦闘服の上に取り付けられた5本線が、彼女が普通の騎士でないことを教えてくれている。
既に景色は夜の帳の中へと消えようとしていた。
彼女は、メサイア部隊が制圧したままの、谷間の集落の景色を一瞥した。
夜だというのに、灯り一つ点っていない。
誰も住んでいないのだ。
破壊されたままのドアや窓が、何があったかを教えてくれる。
「……ここは、どこの縄張りだっけ?」
「韓国軍です」
「あいつらぁ、どこ行ったんだい」
「ここから55キロ先の集落に集結中。明日、南南西16キロにある第6門まで移動する予定です」
ペッ
彼女は唾を吐いた。
「どうりでニンニク臭い……」
クンッ
彼女の鼻腔は、敏感にその臭いをかぎ取った。
「……死体臭いワケだ」
僚騎が投げかけたサーチライトに驚いたらしい、カラスが羽音を立てて飛び去っていく。
サーチライトの向こうには、何故か一軒だけ焼き払われた家の跡があった。
「孟」
彼女は通信装置に語りかけた。
「―――どうだい?」
「ヒドいもんでさぁ」
サーチライトの中に、戦闘服姿の男が出てくるなり、その厳つい肩をすくめて見せた。
「人間の形をほとんどトドメちゃいねぇ。ただ、サイズ加減からして、女子供もかなりでしょうなぁ」
「近くにチョコやタバコが転がってなかったか?」
「ゴロゴロ転がってましたよ」
男は拾ったタバコを口にくわえようとして、放り捨てた。
「キムチ野郎は、民間人懐柔するために、チョコやタバコ使うってのぁ、噂で聞いてはいたんですがねぇ……」
「戻ってきな。丁、適当な寝床になる所はみつかったかい?」
「ペンションと思しき建物がありました」
姿は見えないが、懐中電灯の動きが暗闇の中でチラホラと動いて見える。
「室内は綺麗です。バーには酒もあるし……ベッドもフカフカだ。電力は……よかった、自家発電がある」
「よし……そこに“司令部”を設けよう」
女はちょっとだけ嬉しそうに言った。
「10時過ぎだ……となりゃ、美女は寝る時間さ。明日にゃ、私達も手ぶらで帰るんだし―――史、騎体を移動させな」
「はい」
「ったく……津島紅葉が新型を投入したと言うから、“コイツ”を持ってわざわざ来たというのに」
騎体の震動を感じながら、彼女はぼやいた。
「折角のお披露目がパーかい」
「陳大校」
MCからアラーム付きで報告が入った。
「メサイア部隊が接近中―――反応は2……いえ、6。増大中」
「グレイファントムか?」
「いえ……スピード、出力反応ともにグレイファントムの比ではありません……これは?」
「総員っ!」
彼女は弾かれたように怒鳴った。
「結界展開っ!ライトを消せっ!」
「姉御っ!?」
先程、焼け跡から出てきた男がギョッ!?となった顔で怒鳴った。
「た、戦わないんですかい!?」
「―――冗談」
女はコクピットに潜ろうともせず、ニヤリと笑った。
「あたしゃねぇ。眠いんだよ」
●翌日早朝 “鈴谷”
「昨日、空間異常が生じた集落跡付近を中心に、もう一度、捜索する」
美奈代はコクピットの中で言った。
「集落から10分でSOTの製油工場だ。敵が動くとなれば、夜明けが勝負だ」
「はぁい」
「……ったく」
美奈代は眠たげにあくびした後にぼやいた。
「夜間捜索で深夜まで飛んだ後、夜明け前に再出撃って……どこまで人使い荒いンダ。ウチの艦長は」
「文句言わないで下さい。私だって眠いんです。ジャンケンに負けて一番騎になった責任は、大尉にあるんですよ?」
「……反省します」
「不幸中の幸いは、天儀中尉とペアになった位ですよ」
「斬込隊、前衛隊、狙撃隊の順番で捜索……ですから、部下に睡眠時間を与えられるだけ満足……天儀、起きてる!?」
「……ほえ?」
「ほえ?じゃなくて、発艦前なんだから起きなさいっ!」
「……ご飯」
「帰るまでお預けっ!」
「そんなぁ……」
「フライトデッキコントロールより和泉大尉、デッキステータス・グリーン。発艦、どうぞ!」
「了解―――和泉・牧野組、“死乃天使”、出ますっ!」
かつて人口500人を超えた、その小さな集落にたった一軒だけ存在したペンションにも、朝が来た。
朝特有の冷たく、そして心地よい空気が辺りを包み込む。
「ん~っ♪」
ペンションのドアを開け、心地よさそうに背筋を伸ばしたのは、陳大校と呼ばれた女だ。
無邪気に伸びをするその無垢な笑顔に、昨晩見せた邪気はない。
「やっぱり、朝の心地よさはどこでも同じだねぇ」
ヒクッ。
しかし、深呼吸の途中で、彼女は動きを止めた。
「……忘れてたよ」
落胆したように、しかめっ面で睨み付けるのは、ペンションの向いを少し行った所にある焼けた建物。
昨晩は気付かなかったが、明るいところで見れば、焼け残った壁に弾痕がくっきりと残っている。
「死体の処理位、しっかりやんなよ……キムチ野郎が」
「姉御。おはようございます」
道を歩いていた男が、彼女に気付いたらしく、小走りに駆け寄ってきた。
「ああ……どうしたい?妙に早いじゃないか」
「周辺をいろいろ……金目のモノなんて残っちゃいねぇ。家の中にゃ、頭潰された赤ん坊や、半分裸のオンナの死体があったりで……もう朝から……やめときゃよかったと」
「墓場泥棒なんてやろうとするからだよ、バカだね。朝飯済ませたか?」
「へい」
「なら、まだ寝てるヤツ起こしな。そろそろ、敵さんも動くよ」
「へいっ!」
“鈴谷”を発艦した美奈代達が、その村の上空にさしかかったのは、それから30分してのことだった。
「電波妨害があったのは、この辺でしたよね」
「ええ……破壊された集落があって……もう目の前が石油精製施設……まだ、施設に影響ないようですねぇ」
牧野中尉も首を傾げる。
「やたらデッカイ樹木がたくさんあるから……まさかセンサーが林を誤認したなんてありえないし……」
「“結界”が展開された可能性は?」
結界
この場合、魔力による防御系電波妨害行為を指す。
つまり、魔力に基づく磁界に近いフィールドを展開し、その中に存在するものを、外部からの探知より隠す仕組みだ。
ただし―――
「まさか」
牧野中尉はそれを否定した。
「この“死乃天使”や“D-SEED”、さらに“白雷改”が搭載しているセンサーがどれ程高いグレードかはご存じでしょう?探知する側の力が強かったら、結界は意味が」
ピーッ!
コクピットに警報が鳴り響く。
「ミサイル!?」
白煙を派手に上げながら自分達めがけて接近してくるのは間違いなく―――
「ちいっ!」
火器管制装置《FCS》が、ミサイルをロックする前に美奈代はビームライフルのトリガーを2回引いた。
ビーム光がミサイルに吸い込まれるように命中し、派手な炎の光が4つ、生み出された。
「FCSのサポートなしでミサイル撃ち落とす!?」
牧野中尉は唖然とするしかない。
「どういう人達ですか!?あなた達って!」
「私は凡人で、あっちは病人ですっ!」
「いいましたねっ!?」
「病人、変人、もとい、天儀っ!」
「今、いろいろ、ひっかかりましたけど!」
「敵だ!ご飯食べたかったら頑張れっ!」
「はいっ!」
「……いいコンビですね」
「ミサイル、撃破されました」
「―――やるじゃない」
陳大校は、コクピットでへぇっ。という顔になった。
「MC達のコントロールでしょう?」
「ランダムプログラムを30近く組んでいたので、弾道を予測されたとは―――思えないのですが……」
MCは、困惑した声で言った。
「まさか、あれを反射神経と動体視力だけで撃ち落としたなんて……」
「ははっ。面白いじゃないか―――全騎。獲物のご来場だ」
「姉御、あいつぁ、一体、どこの騎ですか?」
「さぁね―――どこだろうと」
陳大校はSTRシステムに力を込めた。
「楽しませてくれりゃ、それでいいじゃないか!」
「敵、出現!数5っ!」
「どこからっ!?」
「擬装網を使っていた模様っ!11時方向の谷の影っ!」
美奈代は“死乃天使”の騎体をひねった。
今まで、谷影にチカッと光が走ったかと思うと、すぐに敵の一撃が飛んできた。
騎体を捻り損ねていたら、“死乃天使”は今頃、胴体に巨大な風穴が開いていただろう。
近くをかすっただけで、騎体表面に加熱警報が出た。
「何て出力―――天儀、後方に回り込むぞ!」
「はいっ!」
“死乃天使”と“D-SEED”の翼が開き、青白い光に包まれる。
その途端―――
「馬鹿なっ!?」
陳大校は目を見開いた。
視界に捉えていたはずのメサイア2騎が、一瞬でどこかに消えたのだ。
「どこだ!?」
「後ろです!」
MCが狼狽しきった声を上げた。
「後方、6時方向―――後方から射撃!」
「―――っ!?」
ズンッ!
幾重にも防御されているはずなのに、聴覚を失わせる程の音。
生きたまま挽肉製造器に放り込まれたかの様な激しい揺れ。
陳大校は、何かを叫んだかもしれないが、耳で聞き取ることは出来なかった。
「―――っ、ううっ」
きーんとする耳を励起して、強く頭を振った陳大校は、聴覚が戻るより先に騎体を緊急離脱モードに入れた。
騎体情報の上では、騎体に損害はない。
だが―――至近弾としても、今の爆発は一体!?
ハッ!となった陳大校は、戦況モニターを見た。
友軍反応は、ほんの少し前には、5騎だった。
それが、今では3騎に減っている。
肩を並べていた騎体が2騎、無惨な姿をさらしている。
「ま……まさか」
呆然として、陳大校は首を左右に振った。
「じ、冗談じゃないよ……この私の自信作を……かくもあっさり?」
「姉御っ!」
「どうしやすっ!?」
生き残った2騎が陳大校騎の前に立ちはだかり、彼女を守ろうとする。
その影に入ったせいだろうか。
彼女は我に返るなり、舌打ちした。
「―――ちいっ!」
高度を下げた白いメサイアが2騎。
陽光を浴びて光り輝く装甲のデザインはどうだ?
メサイア開発に携わる者として、目の前に現れた白い宝石を、何と評する?
「冗談っ!」
陳大校は、脳裏に浮かんだ疑問を振り解いた。
その美しさに、一瞬でも見とれた自分が許せない。
「メサイアはねぇっ、見た目じゃないんだよ!」
「姉御っ!」
「孟、丁っ!」
「へいっ!」
「はいっ!」
「私の作品を信じるかい!?」
「へいっ!」
「当然です!」
二人は答えた。
「帝剣を作り上げた姉御だ!その姉御の最新作、“猛龍”に恐いモノなんてねぇっ!」
「そ、そうだっ!僕は世界最強のメサイアに乗ってるんだ!」
ガチガチガチ……
通信機に混じって聞こえる、そのかみ合わない歯の根の様な音が何か、陳大校は訊ねなかった。
「―――いい子達だ」
陳大校は口元に厭らしい笑みを浮かべながらパネルを操作した。
“データ収集モード 展開”
そう書かれた三次元モニターが彼女の前に開かれ、孟と丁、2騎のステータス・データが表示される。
それだけではない。
表示されているのは、5騎分のステイタス・データを表示する項目。
つまり―――
「……こ、これは?」
ピピッ
表示されたステイタス・データを見た途端、陳大校は絶句した。
「こ、こいつぁ一体、何者だっ!?」




