封印、解除 第五話
「脱走は出るわ、裏切りは出るわ」
艦橋。
艦長席の横で、後藤は肩をすくめた。
「挙げ句が行方不明一人。しかも六本線とはねぇ」
「というか」
美夜が額に青筋を立てながら言った。
「どこにいたんですか?後藤さん」
アームレストを掴む手に力が入って震えている。
放っておいたら、後藤の首根っこを締め上げかねないのは誰の目にも明らかだった。
「いやぁ。トイレで気張っていたら」
後藤はニヤリと笑った。
「この騒ぎでしょ?こりゃ、出ない方が利口だろうって計算が働きましてね?」
「……で?」
美夜は言った。
「この苦々しい状況を、どうやって解決したらいいか。考えていただけません?」
「ああ。そいつぁ」
ポリポリ。
後藤は頭を掻いた。
「いい案がありますよ?ちょっと損害大きいけど」
同じ頃、獄族軍の飛行艦の中では―――
ガンッ!
室内にそんな音が響いた。
ダユーは、音のした方から視線を外した。
「何を考えて―――」
ダユーの目の前で怒りに肩を振るわせているのは、宗像だ。
その視線の先には、宗像に殴られて床に転がった月城大尉がいた。
殴られて血が流れる口元をそのままに、彼女もまた、負けまいとして宗像を睨み付ける。
「何を考えている―――貴様ぁっ!」
「人のことが―――っ!」
宗像が、月城大尉に飛びかかる。
それを待っていたかのように、月城大尉の蹴りが宗像の脇腹を捉え、苦痛に動きを止めた宗像に、月城大尉が逆襲した。
互いにつかみ合って、もんどり打ちながら殴り合いになった二人を前に、ダユーは紅茶に手を伸ばした。
「……で?」
ダユーの隣に座ったユギオが、あきれ顔でダユーに訊ねた。
「これは一体?」
「まず一人が寝返ったのですが」
カチャ。
ダユーはソーサーにカップを戻した。
「もう一人が、その後に続いた。お互い、そんなことするはずないと思っていたようで……」
「同じ部隊の仲間―――ということですか?」
「ええ。面通ししてあげようと思ったのですが」
「ほとんど共食いの世界ですよ。これは」
「そうですね……いい加減にしなさい」
ダユーの一声に、宗像達は動きを止めた。
「主の許可なく、こんなところでじゃれ合わない」
「……はっ」
「はい」
互いににらみ合った後、二人は立ち上がった。
「とにかく、ケンカになるから、あなた達は部隊を別にしますけど、まずはお互いにメースに慣れてもらうことから始める―――文句ないわね?」
「はい」
「ありません」
「よろしい」
チリンッ
ダユーはベルを軽くならした。
すると、音もなくドアが開き、入ってきたのは二人の士官だった。
一人は背の高い若い男。
もう一人は、あのティアリュートだった。
「お呼びですか?」
「紹介するわ。人間の協力者よ。あなた達に預けるから、うまく使いこなしなさい―――とりあえず」
ダユーは、宗像達の顔を見てから言った。
「―――医務室へ連れて行きなさい」
「どういうことです」
ユースティアに宗像を預けたティアリュートが、医務室へと部下の見舞いに向かう途中だというユング少佐に訊ねた。
「人間が我々の部隊に?」
「俺達は、ユギオ様から管轄がダユー様、つまりは獄族軍の方へと移る」
「契約違反では?」
「契約者はユギオ様達中世協会で、配属先の決定権もまた彼等にある。俺達に配属先を拒絶する権限はない」
「……ちっ」
「正確に言えば」
ユングは歩調を止めることなく答えた。
「お前の部隊にだ」
「私の?」
「俺達の中隊は損害が大きすぎた。部隊を再編成するから、その時にはお前にも一隊を預けることになる。5騎で部隊を編成する」
「そんな」
「武功を立てて名を売るためには、誰かの下にいては駄目だ。上を目指さねばならん。貴様、何のためにここに来た?」
「……」
「単なる兵士で戦場にいられた軍隊時代とはワケが違うんだ。自覚しろ」
「はっ」
「明日、新入りと一緒に、バラライカの新しいのがベースに来る。アイツを乗せてみろ」
「使い物にならなかったら?」
ユングは不意に立ち止まった。
そして、言った。
「俺達は傭兵だぞ?」
「……了解」
「とにかく、のんびりしているヒマなんてないんだ」
後藤は言った。
「こんな所で冒険家やってる余裕は、俺達にはない」
「……」
美奈代は、後藤の言葉を待つ。
「すぐにでも、北米戦線へと戻ってマラネリ軍と合流しなければならない。そのために、何が必要かといえば」
場所はハンガーデッキ。
後藤の横では、紅葉が苦り切った顔をしている。
「……この龍の巣から出ていくことだ」
「どうやってです?」
「“鈴谷”をテレポートさせる」
「はい?」
美奈代は、目が点になった。
「ど、どうやってです?テレポートに必要なシステムは、そう簡単には……」
言いかけて、美奈代は言葉を失った。
後藤が、何をしでかそうとしているのかがわかったからだ。
「……反応弾と飛行艦、しかも、人間様の乗った艦を同格扱いですか?」
「そういうことさ」
後藤は、嬉しそうに口元で笑った。
「俺達ゃ、そんなバクチでもやらなけりゃ生き残れないところまで来てるのさ。
作戦は簡単。
反応弾をいただいた時のシステムを地上で展開させ、そこに“鈴谷”を突っ込ませる」
「口で言うと簡単ですけど」
山崎が心配そうに訊ねた。
「システムはそんなに拡張することが出来るのですか?」
「不可能じゃないわ」
紅葉が答えた。
「予備機材も使えば、“鈴谷”がギリギリ通る事が出来るサイズまで拡張出来る」
「ですけど」
異議を唱えたのは、美晴だった。
「システムの管理は誰がやるんです?」
「……私」
紅葉が自分を指さした。
「私が残る」
「まさか!」
「安心して。事が終わったら脱出するから」
「ど、どうやってです?」
「“鈴谷”を通す時には、TAC側でのコントロールが必要だけど、それさえ通したら、プログラム作動で管理させる。その間に、私もテレポートで脱出する―――さて」
紅葉は腰に手をやると、美奈代達の顔をジロリと一通り眺めた。
「一緒に死んでくれる物好き、志願で大募集中―――というわけで、和泉大尉決定」
「はっ?」
バカのようにポカンと口を開け、美奈代は自分を指さした。
「わ、私ですか?」
「当然。厄介事はアンタの仕事でしょ?」
「いつ決まったんです?」
「私が今決めた」
「……」
「今、殿下が簡易テレポートシステムを使用して、“エトランジュ”へ向かっている。向こうの準備が整うのが3時間後。こっちの準備が整うのもそれくらい。準備が整い次第、我々はこの土地から脱出する」
「TACは?」
「放棄」
「……もったいない」
「でしょ?研究収集用の機材が満載しているのよ?おろせるモノを降ろしたいけど、やってる余裕もないし。軽く数十億円の損害よ?資材だけで」
「……うわっ」
「ノコノコと、どっかに行っちゃったお師匠様への餞別だと思って我慢するけどさ」
「あの」
「何?」
「TACをフェルミ博士にコントロールしてもらったら?」
「絶対にイヤ」
紅葉は即答した。
「これはもう、私と殿下の意地の問題。絶対に、ここでお師匠様の手は借りない」
「どうして」
「私と殿下は、ここから出て、そしてもう一度、龍の巣を突破して堂々と乗り込むの。お師匠様とはその時まで再開しない。そう決めているのよ」
「……厄介ですね」
「本当にそう思う。我ながらね」
「……」
「地上の広い所を選んで、そこにTACと部材を広げる。作業を手伝ってもらうわよ?」
「傷、直ったみたいね」
宗像が、ダユーによって呼び出されたのは、シャワーを浴びて身支度を整えた後だった。
場所はダユーの私室。
ランプの炎に照らし出されたダユーの顔は、普段のそれとは違う魅力となって宗像を捉えて離さない。
豪奢な家具が決してイヤミにならないように配置された室内に立つダユーは、微笑みながら近づくなり、そっと指で宗像の頬を撫でた。
「せっかくの肌が痛むわ?あんなことしたら」
「申し訳ありません。しかし」
「いいわよ」
ダユーは、数歩下がると、しげしげと宗像を眺めた。
「制服の着心地はどう?」
「……はっ」
宗像が身につけているのは、傭兵隊の制服だ。
「悪くはないです」
「うん」
ダユーは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたのために傭兵達を雇ったのよ?」
「私のために?」
「そう―――あなたに弱い仲間は必要ない。魔界でも有数の腕を持つ傭兵隊」
言いかけて、ダユーは声を上げて笑った。
「ははっ!そう言えば、その傭兵隊でさえ潰したのがあなただったわね!」
そう。
あの鍾乳洞で傭兵隊を全滅に追い込んだのは、誰でもない。
宗像達だ。
「報復が恐い?」
「……いえ」
面白そうに顔をのぞき込んでくるダユーから視線を逸らした宗像は答えた。
「その程度。降りかかった火の粉は払いのけてみせます」
「まぁ、連中もあなた達に見逃してもらったから生き延びたようなものだから、その恩義に反しないでしょう。でも、傭兵には黙っていてあげる。それも優しさだと思うから」
「……どうも」
宗像は小さく礼を言うと、訊ねた。
「それで、月城大尉のことですが」
「今は中佐よ」
「……月城中佐は」
「あれは諜報部門で活躍してもらう。それにしても、そんなに嫌い?」
「あれは、部隊を裏切りましたから」
「あなたもでしょう?それとも、あなたは何か考えがあってのこと?」
「……私はあなたに逢いたかった」
宗像は答えた。
「私は、そのためだけに来た。部隊を裏切ったわけではありません。私は部隊とあなたを天秤にかけ、そしてあなたを選んだ。それだけです」
「裏切ったのではなく、捨てたのだと?」
「関係をゼロにした。そう考えています」
「―――成る程?」
ダユーは感心したように頷いた。
「関係がなくなれば、そもそも裏切ったことにならない」
「詭弁だと、自分でも思いますが」
「それでもいずれ―――かつての仲間と殺し合うことになるとしても?」
「あなたの側にいられるのなら」
「そんなに私に惚れてくれた?」
「あなたはどうなのです?私を誘ってくださったのは、単なる気まぐれですか?」
「―――どうかしら」
ダユーは、両手で宗像の頬に触れた。
「あの時、私の中に走った直感が正しかったのかどうか―――これから試すことにするわ」
「直感?」
「今は知らなくていい」
ダユーは宗像に視線を送りながら言った。
「ただ、今の私は、あなたを感じたいだけ。それじゃいけない?」
「……それが、採用試験ですか?」
「そうね」
ダユーは苦笑すると、顔を宗像へと近づけた。
「私を夢中にさせてご覧なさい?そうすれば―――」
その時、ランプに浮かぶ影が、重なった。
「よし」
上空からの映像を確認した紅葉が頷いた。
「これで準備は出来た」
場所は環礁の中。
つまり、海上だ。
海上に一つだけある、TACがようやく着陸出来る程度の規模しかない小島というより、岩の上に着陸したTACの中には今、紅葉しかいない。
そのTACを中心に、魔法陣を構成するパネルを浮かべて互いを固定させた挙げ句、出来上がったのが、海に浮かぶ魔法陣。しかも―――
「直径80メートルの即席魔法陣……ですか」
環礁の沖合に着陸している“死乃天使”のコクピットで、美奈代が言った。
「世界最大級じゃないですか?」
「中型……ってトコね。もっと大きいのは結構あるわ」
「……はぁ」
「素材が軽いから、水に浮かんでくれる。凪いでいる今が絶好のチャンスよ」
「波が出てきたら?」
「パネルが浮力を失って沈む。そしたら終わり」
「……」
「“鈴谷”?聞こえる?こっちの準備は完了。今、パワーを入れる」
「ったく」
美夜はぼやいた。
「飛行艦を垂直90度でダイブさせろ?だなんて」
「竜骨が耐えますかね」
「駄目なら、海面に叩き付けられて終わりよ」
高木副長の言葉に、美夜は答えた。
その目の前のモニターには、海上で白い光を放ち始めた魔法陣が映し出されている。
「―――操舵。ビーコン照射は大丈夫か?」
「万全です」
小野操舵手は引きつった顔で頷いた。
「前部GFを一時的に解除。船体を水平落下させ、そのまま魔法陣に突っ込む」
「その通り」
「そんなことする、俺が狂ってるんですか?それとも、やらせるあなたが狂ってるのですか?艦長」
「狂ってるのは」
美夜は答えた。
「やらなきゃいけない状況に追い込んだ奴だ」
「誰です?それは」
「死んだ後に、閻魔にでも聞けばいい」
「しばらくは勘弁して欲しいですね」
「同感だ。艦の位置を慎重に固定しろ。補正が効かない。一発勝負になるぞ。艦長より全責任者へ通達。物資及び兵員の固定状況知らせ」
海面に向けてまっすぐに艦を降ろす。
言葉にすれば簡単だが、実際にやれとなれば無理に等しいことだ。
弾薬や燃料の満載した大型旅客機を垂直90度でダイブさせるよりもリスクが高い。
美夜が要求したのは、パネルによる壁を作って、そこに艦を通すという常識的なこと。
しかし、建設経験のある士官を含め、作業に関与する者達から、“鈴谷”を通すだけの高さの柱を立てたとしても、丸くパネルをはめ込むのがどれ程難しいかを説明され、さすがに美夜も断念するしかなかった。
なにより、そんなことをするだけの資材がどこにもない。
次に美夜が考えたのは、山の斜面を利用してパネルを設置するという案だ。
これも駄目になったのは、他でもない。
パネルを可能な限り、平らに設置する必要があるのだが、パネルを設置可能なほど平らな山の斜面がどこにもない。
そういう理由だ。
結局、紅葉に言われて海面へと設置することとなったのだが、
「90度のダイブなんて、普通なら沈没というのだが」
シートベルトで体を固定した美夜は顔をしかめるしかない。
「素人は、これだから恐い」
「やってのけるのがプロでしょう?」
艦長席のすぐ近く。
簡易座席に座った後藤が、シートベルトの具合を気にしながら言ったが、
「リスクを避けるのもプロの仕事です」
「―――ごもっとも」
「座標位置、固定」
「よし―――艦長より全乗組へ」
これが最後かしら。
そう思いながら、美夜は艦内にむけて通信を開始した。
「これより本艦は、垂直90度となるダイブを敢行する。艦長として諸君等に命じることはただ一つ―――祈れ!それだけだ!」
美夜は艦内通信を切った。
「機関―――前部GFを切れ……操舵、タイミングあわせ!」
「機関了解―――前部GFジェネレーター停止!」
ジリリリリリリリッ!
艦橋―――いや、艦内に警報が鳴り響き、モニターに警告が表示される。
飛行艦は不可視の海に浮かんでいるのと同じ。
その海を生み出すジェネレーターが止まれば、海に浮かんでいることは出来ない。
当然、沈没することとなる。
艦前部のジェネレーターが停止することで、艦そのものの前部の重量に引っ張られる形で、艦後部が、不可視の海と空の狭間を軸として垂直になる。
そして、艦は沈没する。
しかも、そのスピードは、本物の海に浮かぶ船とは比較にならない程、早い。
グンッ!
体が何かに引っ張られたような衝撃の中、美夜は自分の艦が垂直になったのを体で感じた。
艦隊に配属される前の士官候補生時代、操舵シミュレーター過程で、ジェネレーターの操作を間違え、艦を沈没させた苦い経験が脳裏をよぎった。
美夜の視界一杯に、魔法陣が迫ってきた。




