金髪が散って
「和泉は何を!」
怒り狂いながらも、目の前を通過していくサライマ達を、月城は見送るしかない。
「―――くそっ」
その目に浮かぶのは、純粋な憎悪だけだ。
和泉の奴も、
月城は本気で言いたかった。
部下を目の前で失ってみればいい。
その敵が、目の前でのうのうと移動していたら、どうしたくなるのか、それでわかるだろう。
魔族なんて、私にとって全て敵だ!
火器管制装置
操縦権非承認
「悪く思わないで下さいね?」
月城騎のMC、坂巻中尉は、そうとしか言わなかった。
通信モニター上の彼女は、普段からポーカーフェイスというか、単に無表情というか、月城も扱いに困るほどの無表情を崩そうともしない。
こんな時だ、「大尉の命令ですから」とか、弁明じみたことでも言ってくれたっていいじゃないか!
無言のまま、操縦権を剥奪するとは何事だ!
「敵をみすみす、目の前を通過されるのを黙ってみていろというのか!」
「……あら」
坂巻中尉は、少し驚いた。という顔で訊ねた。
「敵って―――何ですか?」
「魔族に決まっているでしょう!」
「……」
「……何ですか?」
「いえ?」
坂巻中尉は、眼をつむって小さくため息をついた。
「私、大尉とパートナーを組ませていただく前に、あなたの過去を調べさせていただきました」
「……」
「先に太平洋上空で、何があったのか。その戦闘詳細も目を通させていただいています。部下だけでなく、長年、苦楽を共にされた、専属パートナーのMCまで亡くされて、さぞご無念でしょうね」
「―――それで?」
サライマ達は第四層を抜け、上層へ向かっているだろう。
今からでもいい。
叩き殺しに行ってやりたい!
月城大尉の衝動を抑えているのは、操縦権を失って言うことを聞かないSTRシステムだ。
頭に完全に血が上っている月城に、坂巻中尉は冷たく言い放った。
「先程の和泉大尉との会話を聞いて、あなたに失望しました」
「なっ!?」
「内親王護衛隊総隊長まで栄達された方の発言としては、あまりに幼稚です」
「なっ……に……っ」
顔を真っ赤にさせた月城に、坂巻中尉は冷たい態度を崩さない。
「和泉大尉の方が、まだ指揮官としての素質に恵まれていますね」
「なっ」
もう、怒り心頭に発した月城は、言葉が出てこない。
「―――太平洋上空で戦死した二人。神坂少尉と柊少尉が、どうして命令に背いたか、あなたを見ていてわかりました」
「……」
「―――あなたが、内心では同じ事とを考えている。そう、部下に見透かされていたからです」
「っ!」
「否定します?あの時、自分はそんなこと考えていなかった―――そう、否定します?出来ますか?今の態度で」
「……」
「和泉大尉は、はっきりとMCにまで厳命し、同時に、共同責任まで取らせると、部下に発砲禁止を自らの態度で示しました。
これでは部下は撃ちません。
撃てないですよ。指揮官の意志がはっきりしてますからね。
部下の甘えが入る余地、ないですもの。
でも、こういう時に発砲を主張するあなたは?
あなたは一人だけ敵の撃破に動こうとした。
それが、内心でのあなた。
死んだあの二人は、それをわかっていた。
わかっていたからこそ、動いた。
もし、あの二人が生き残っていたら、きっとこんなことを言ったでしょうね。
“隊長だって、本当は同じ事したかったはずです”
―――さて。
あなたは何て答えたでしょうね」
「……」
この問いに、月城は答えることが出来なかった。
「魔族軍騎、外に出ますよ」
涼が顔をしかめながら、通路の端に騎体を移動させた。
戦闘の意志を示さないよう、HMCは筒先を下に向けたままだ。
「―――宗像中尉」
「駄目だ」
宗像は涼の言葉を遮るように言った。
「発砲なんてするな。下手に警戒させるな」
「……命令には従いますけど」
サライマが2騎、涼の前を通過していく。
鍾乳洞周辺には、既にスモークを焚いている。
そんなことを命じたのは宗像だ。
あなたの敵は、何ですか?
私達は、何と戦っているのですか?
涼は、本当に二人の考えが理解できない。
理解しようとしても、出来ないのだ。
魔族は敵だと、そう教えられてきた。
なら、殺して何が悪い?
私達は、殺すべき義務があるはずだ。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとも言う」
宗像は言った。
「たった2騎。しかも負傷兵の救出までやる連中だ。そんな奴を撃破して、お前は誰に武勇を誇るんだ?私や和泉は、そんな武勇を求める奴を部隊に置くわけにいかん」
「ですけど」
「―――何だ?」
「敵、ですよ?」
「敵なら皆殺しか?」
「それが―――その」
皆殺し。
その言葉の意味する所を思い、涼は言葉を詰まらせた。
「わ、私達は」
「涼」
そっと、諭すように言ったのは芳だ。
「私、和泉大尉の判断は正しいと思うんだ」
「えっ?」
「逃げる敵まで殺す必要なんてどこにもないじゃない。連中を逃がして、何か損するの?」
「損とか得とか」
「戦争は」
寧々が言った。
「ゲームじゃないんです。スコアに拘りすぎると、気が付いた時には、相手のスコアのうちに入りますよ?」
「……っ」
「わ、私」
涼は言った。
「お姉さまが、敵に甘いんじゃないかな……って、ちょっと心配になっただけよ」
「甘くなんてないよ」
芳は言った。
「魔族軍だって、仲間、しかも負傷兵抱えての撤退、見逃してくれた相手に逆襲しかけることは、さすがにないよ」
「それが甘えだって言いたいの!」
「こっちの都合通りに振る舞いを解釈してくれる保証なんて、どこにあるのよ!」
「あるよ」
「どこに!」
「―――あれ」
芳が指さした先。
スモークの向こうの小さな丘にサライマ達が着陸していた。
「?」
サライマの1騎が楕円形のラグビーボールのようなものを地面に下ろすところだった。
「あれが?」
「私の判断が間違ってなければ、あの2騎が、こんな所に着陸する危険を侵している理由は一つだけ」
「何よ」
「見てればわかる―――多分ね」
「?」
妙に自信満々の芳に、涼は不思議に思ってモニターをズームに切り替えた。
「……えっ」
丘の影からワラワラと出てきたのは、一団の人影。
魔族軍だろう。しかも、かなりの負傷者がいる。
「……あれって」
驚く涼の前で、何人かが立ち止まると、まるでこちらの視線に気付いたかのように、こちらを向いた。
「わっ」
目線があった様な錯覚を感じて、涼は思わず声を挙げた。
その涼に、
魔族は、
姿勢を正してまっすぐに手を斜め前に伸ばした。
敬礼だ。
そう、涼にはわかった。
敵に対して、敬礼を払ったのだ。
彼等は、敬礼を解いてから、下ろされたボール状の中に乗り込み、サライマ達と共に宙に舞った。
「―――ね?」
芳は嬉しそうに言った。
「敵にはもう、戦闘の意志はない。撤退させてやればそれで終わるの。
それに、あんな義理堅い連中でしょ?
撤退させてあげれば、後ろから襲いかかってくるようなことはないよ」
「……お姉さまは」
涼は、何だか複雑な気持ちだった。
「それがわかっていた?」
「言葉は通じてなくてもね?仕草で通じるものはあるでしょ?“行け”って、それだけやってね?向こうが戦おうとしなければ、戦わなくても済むって、それがわかるでしょ?逃がしてやればいいんだよ。戦うなんて、本当は無駄なことだから」
「……」
「戦うばかりが指揮官じゃない。騎士じゃない。戦わずに済む方法があるなら、その手段を取ることを躊躇わない」
芳は嬉しそうだった。
「それが出来る辺り、私達、良い指揮官の下にいるって、そういうことだよ。涼」
「……そう、思う、ことに、する」
答えながら、まだ、どこかで、わだかまりがとれていないことを、涼自身が自覚していた。
でも、そのわだかまりを、涼自身が説明できない。
割り切れない。
それが、涼の本音だった。
「小清水少尉?」
そんな涼に、寧々は言った。
「指揮官の命令は絶対です。いくらお姉さまだろうと、あなたはその命令に従う義務がある。ちょっと背いてもいいだろうなんてのは、あなたの甘えでしかありません」
「……っ」
「大尉から女房と頼られる身になりたかったら」
寧々は、そっと背を押すような口調で言った。
「まず、大尉の発想を理解する。そこから初めてあげなさい。
どうして大尉は、ここで敵を逃がしたか。
それを徹底的に分かろうとしなさい。
まずそこからです」
「わ……私っ」
「牧野中尉にでも相談したらどう?」
「高くつきそうで恐いですけど……」
涼は頷いた。
「……やってみます」
“鈴谷”との回線が開かれたのは、それからすぐのことだった。
「敵は全滅?」
「2騎を含め、残存勢力は撤退」
「その2騎は?」
「見逃しました」
「―――あ。そう」
後藤は、皆の前で平然とした顔を崩さない。
後ろの美夜も、何でもないと言う顔で、小さく頷いただけだ。
「ご苦労さん」
部隊で散々揉めた2騎を見逃した話は、二人には理解できている様子だ。
まるで問題とさえしていない。
それで当然。
そう、二人は態度で示していた。
少なくとも、月城にはそれが気に入らなかったし、涼には納得がいかない。
「さて」
後藤は大きく息を吸うと、姿勢を正した。
「これからが、大仕事だ」
その顔は、本当に真顔だった。
ほとんどの部下が、後藤のそんな顔を見たことがなかった。
「―――総員、傾聴」
その言葉で、涼は思わず鯱張ってしまった。
後藤の言葉には、それ程、人を従わせる力があった。
強引というのではない。
脅迫的というべき、そんな力だ。
「これは、独立駆逐中隊に発せられた」
後藤は、通信モニターの見えない位置から白い包みを取りだした。
「―――勅命である」
勅命。
天皇からの命令。
皆が、目を見開いて、言葉さえない。
後藤が、包みをピラッと裏返した。
そこに描かれているのは、間違いない。
菊の御紋。
美奈代達、近衛騎士にとって神よりも絶対と見なければならない存在が、そこ描かれていた。
「魔族軍なんてどうでもいいんだ」
後藤は言った。
「1騎や2騎、人道的に扱ってやる程度の余裕があってこそ、俺達は精神のバランスがとれているってもんさ。
そんなことで一々、仲間割れするな。
馬鹿者共め」
馬鹿者
今まで、散々、後藤に怒られてきた美奈代達だが、後藤から罵声を浴びたのは、この時が初めてだった。
「敵に対する礼節なんて、今更に軍人勅諭の精神を説くつもりはない。お前達に説くのは、この勅命だけだ」
「……っ」
通信が全てモニターされていることに、今更ながら気付いた涼は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「いい年して、子供じみた口ケンカした罰だ。
俺の言葉で翻訳して命ずる。
お前達は、すぐに第六層に降下しろ。
そこに環状列石がある。
環状列石を確認した時点で俺に報告しろ。
いいか?
これは、お前達が考えている以上に重要なことだ。
これからの作業の中心は」
ジロリ。
後藤の視線の先。
そこにいたのは―――
「ツヴォルフ中佐」
「わ、私っ!?」
「何か―――感じているんだろう?」
「っ!?」
「お前さんが作業の中心だ。和泉」
「はい」
「中佐を守れ。中佐が全ての“鍵”だ。部下全員ぶっ殺してでも、中佐一人を守れ。これ以降のお前の任務はそれだけだ」
「……了解」
美奈代は頷いた。
「中隊は第五層にて集結。集結次第、第六層へは私と天儀で先陣を切る。フロア確保の後、フィア」
「……っ」
「どうした?」
「な、何でもない」
「体調不良か?」
「ち、違うわよ」
「―――恐いのか」
「う、五月蝿いわねっ!」
フィアは声を荒げた。
だが、その声は震えていたし、泣き出しそうにさえ見えた。
「いくら、どんなに恐くても、あんたに弱みなんて見せるもんですか!」
「……」
「何よっ!」
「―――宗像」
「何だ?」
「第六層に降下の後、私は騎体を降り、フィアと行動を同じくする」
「おい?」
「余計なことするな!」
「恐いなら、同じ所にたってやる。私はお前にその程度しかしてやれない。だが、私はお前の指揮官だ。部下一人だけ、危険に曝すマネはしない」
「格好つけるな……バカぁ」
グスッ
フィアは乱暴に涙を拭った。
そして―――
「そんなことしなくていいっ!」
フィアは、突然に怒鳴り声をあげた。
「後藤中佐!」
「……」
「聞こえてるんでしょう!?返事位してよ!」
「……聞こえているよ」
「あんたが―――ううん!?あんたの背後にいる“誰か”が、私に何をさせたいのかはわかっている!私にはわかるっ!だけど、そのせいで、誰一人だって、危険にさらしたくない!だから、これは交換条件よ!」
通信モニターの中で、フィアの右腕が動いた。
STRシステムから抜かれた右手が掴んでいたモノ。
それは―――拳銃だった。
「フィアッ!?」
美奈代が目を見開いたのは無理もない。
フィアは、拳銃を自らのこめかみに押しつけていた。
「やめろっ!」
「五月蝿いっ!後藤中佐っ!」
「……はいよ」
「あ、あんた、警官だったんでしょう!?交渉しましょうよ。私に死なれたら、困るんでしょう?あんたも、後ろにいる人達も」
「……選択の余地は」
後藤は頷いた。
「なさそうだな」
「美奈代達を、第一層まで移動するように命じなさい」
グイッ
フィアは、こめかみに銃口を突きつける力を強めた。
銃が震えているが、その力は強い。
「―――あんた達が望むものは、私の判断が間違っていなければ、地上でわかるはずよ。
地上なら、美奈代達が危険に曝されることはない。
だから―――だからっ!」
「―――わかった」
後藤は頷いた。
「和泉」
「命令を拒否します」
「……」
「フィア、何を考えている。私達は仲間だろう?お前一人が危険に曝されて」
パンッ!
耳をつんざくような銃声が、美奈代の説得を掻き消した。
照準をずらして、フィアが発砲したのだ。
フィアの美しい金髪が、幾本となく宙を舞った。
「……私が本気だって、これでわかった?」
「……中隊長より全MCに厳命。全騎士のコントロール剥奪を命じる。全MCは、騎体を地上へ移動させろ。それと、ツヴォルフ騎を刺激させるな。通信の発信は俺だけに限定する。発信を止めろ」
「そんなっ!」
ピーッ
警報が鳴り響き、
警告
操縦権剥奪
美奈代の前に、無情な警告が表示された。
「牧野中尉っ!」
STRシステムを操作するが、“死乃天使”はびくとも動かない。
「だめですっ!」
ブースターが作動し、モニターの景色が動いていく。
「このまま、このままフィアのやりたいようにさせたら!」
理由はわからない。
虫の知らせ。
第六感。
そんなものだろうか?
フィアが、恐ろしく遠い所へと行ってしまう。
そんな、確信にも似た思いが、美奈代の中で沸き上がってくる。
「……美奈代?」
フィアの声が、美奈代の耳に届いたのは、その時だ。
「ありがとう。
ケンカばっかりだったけど、
あなたは私を友達だって認めてくれた。
最後まで、仲良くなれなかったけど、私はあなたにあえて嬉しかった。
瞬を―――お願いね?
上手く言えないけど……」
「フィア?何を……ねぇ……何を言ってるの?」
「……さようなら。私の友達」
「フィア!?」
死に物狂いで美奈代はSTRシステムを動かそうとした。
「何言ってるのよ、フィア!?こらっ!私の許可なくてどこに行こうというのよ!」
行かなくちゃ。
フィアの元へ。
フィアの所へ行かなくちゃ!
動け!
動いてよ!
美奈代は、声をからして叫んだ。
無駄だと、理性は割り切っている。
行っても無駄だと、そう、語っているのに。
感情は抑えようがない。
フィアの名を何度も叫ぶ喉が痛い。
あふれ出る涙が、止まらない。
なのに、自分はフィアから遠ざかっていく。
その美奈代の耳に、フィアの歌声が聞こえてきた。
そして、フィアの歌声が途切れると同時に、美奈代の騎体は、第一層を抜けた。
そこで待っていたものは―――
残酷な現実だった。




