負傷兵と人道と
カールズバッド鍾乳洞に反応弾貯蔵施設があることは、米国民にも知らされていない。
今回の中華帝国軍本土侵攻戦において、彼等に占領地域から脱出させることの出来た反応弾のかなりがここに収容されていることなんて、知っているのは米軍上層部のほんの一握りだけだ。
「うわぁ……」
サーチライトに照らし出された格納庫の中。棚に整然と並べられた反応弾の弾頭が鈍い光を返す。
ただ、純粋な化学反応を引き起こすだけに作られた道具。
化学反応をもって無辜の人々を殺す死神の玩具。
美奈代は、たった一発でも使って欲しくない。
そう思うのが普通だと、そう思う。
「周辺サーチ。トラップの可能性は?」
「ありません。まさか、こんな所にブービートラップしかける程、米軍も酔狂じゃないでしょうし」
「そう願うわ―――TAC、前進する。白石?転送システムを起動準備」
TACが美奈代達の間をすり抜けて格納庫に入る。
「狙撃隊と宗像」
美奈代は涼達に命じた。
「第一層まで戻って退路を確保。月城大尉と鵜来、第三層。山崎と柏は第四層で警戒体勢にシフト。天儀、格納庫入り口にて第六層に備えろ。魔族がどこに隠れているかわからないぞ」
「了解」
「特に宗像」
「ん?」
「米軍かドイツ軍が入り込もうとしたら、その時は、意地でも足止めしろ。時間がほしい」
「―――難しい仕事を」
「交渉事は、お前と柏が適任だが、ここはお前に任せる」
「了解した。狙撃隊、続け」
「―――ちょっと」
不満げな声がレシーバーに入った。
「私は?」
「決まってるだろう?」
美奈代は答えた。
「私と一緒に力仕事だ」
TACの貨物搭載室のカバーが開くと、中から四角くて黒い物体がロボットアームによってTACの上にせり上がってきた。
長方形の真っ黒い塊。
「まるで羊羹みたいですね」と、移動中にちらりと見た祷子が呟いた。
「とらやの羊羹が食べたいです」
「私、舟和の芋羊羹がいい……帰国したら食べたいわ」
「甘いもの、最近ご無沙汰ですからね」
「甘味のパイロット用配給止まったしね」
「あれはショックでした。私、悲しくて涙で枕を濡らしたんですよ?」
“D-SEED”はシールドとビームライフルを準備しながら、美奈代達には背を向けている。
「ホント、そういう所は羨ましいわ。ところで津島中佐、これ、何ですか?」
「黙って見てろ」
紅葉がそう言った途端、長方形の塊が、美奈代の見ている前で左右に広がり始めた。
「……羊羹が薄く広がっていく」
「食い物から離れろ」
長方形を構成していたのは、黒いパネルだと、美奈代はようやく合点がいった。
「……これ、まさか」
問題は、その黒いパネルの上に白く書かれた得体の知れない模様。
円と三角を複雑に組み合わせたそれは、およそ軍隊で見慣れるべきシロモノではない。
「……魔法陣?」
「そうよ」
紅葉が頷いた。
「簡易テレポートシステムは、魔法科学技術の範囲。結局ね?科学なんて言ってるけど、基本は昔ながらの魔法陣なのよ」
「……はぁ」
「グズグスしてないで、ラックから弾頭を確保しなさい」
「どれから行きます?」
「ああ。ちょっと待って―――Mk12Aか……こんなの、まだあったんだ。大尉?リンク確認してからでいい。そいつの中のW78は、爆発しやすいの。起爆に通常爆薬使用する関係で、ラックから落としたらドカンよ。ちょっと待って」
「り、了解」
「紅葉ぃ。こっちは?」
「ああ。そっちのB83はいい。ラックごと積み重ねておいて……白石。リンク、つなげて」
ポウッ
魔法陣が青白く光り輝いたかと思うと、何だか得体の知れない白い靄が魔法陣を掻き消した。
「これは?」
「空間が歪んでいる証拠。今、ちょっと言えないところとつながっている。向こうから搬送用のローラーコンベアが伸びてくるところだから」
その言葉が終わる前に、靄の中から巨大なローラーコンベアが確かに伸びてきた。
「大型物資搬送用だから、問題ないはずよ。急いで。容赦なく、片端から運び出して。ただし、落とすことだけは禁止」
「……了解」
美奈代は手近の棚からコンテナを引き出し、コンベアに載せた。
コンテナを押すと、コンベアの上を転がって靄の中へと消えていく。
「これでいいんですか?」
「―――いいわね?上等。大尉?向こうで受け取ったって」
「……よかった。続けますよ」
「ねぇ。紅葉」
フィアが訊ねた。
「これ一発、いくらするの?」
「和泉大尉千人分が、一生働いて帳尻が合うかギリギリの所ね」
「うわぁ……高いんだぁ」
「……私、褒められたの?」
「少なくとも、私は褒めてない」
フィアは、口も止めないが手も止めない。
「ほら。急ぎなさいよ。時間は待ってくれないわよ?」
「……了解」
「どうです?」
「……駄目ですね」
“D-SEED”のコクピットで、祷子は水城中尉の返事を受けた。
「鍾乳洞にマジックレーダーを通さない物質が含まれているようです。第六層へのサーチが飛びません」
「……問題は」
祷子は、ポツリと言った。
「第六層に、一体、何体の敵がいるか―――ですね」
「しかし」
水城中尉は言った。
「この落盤で互いの行き来が出来なくなった。つまり、向こうも手が出せない状況であることは事実だと思います」
「思いたい。ですね」
「……はい。ところで」
「はい?」
「生体反応がありますけど、どうします?」
「ログ、消してください。私達は、見なかったことにしましょう」
「いいんですか?」
「殺したいんですか?」
「……ログ、消しておきますね?システムエラーで処理ってことで」
「ティアリュート様?」
「……待たせた」
サライマの脚部にあるコンテナに潜り込んだティアリュートが、何かを引っ張り出してきた。
それは、ユースティアの目には、四角い紙包みと金属の塊にしか見えなかった。
「それは?」
「ここへ移動する途中で、みんなが人間界の武器を面白がって回収していたのは覚えてるだろう?」
「はい」
ユースティアは嫌悪感をあらわにして頷いた。
「面白がって、皆で人類を、あんな風になぶり殺しにするなんて……思い出したくもないです」
「同感だ。メース使いの風上にも置けないと、私も、ああいうのは嫌うが」
ティアリュートは、その四角い包みを、落盤に押しつぶされた白い塊と、落盤の間へと押し込んだ。
C4プラスチック爆薬なんて知る術もない。
「多分、これでいいと思う」
「それは?」
「ユング教官が、何かの役に立つと確保していた、人類の作った爆薬……そしてこれは」
コンッ。
ティアリュートは、手の甲で軽く金属製の塊を叩いた。
「ユング教官に教わった。あの人は、人間界の武器にも精通しているからな」
「……はぁ」
「人間の作った爆発系兵器。誰かが、戦利品だって持ち込んだ代物だ」
Mk83汎用爆弾という名称は知らなくても、ティアリュートの判断は正しかった。
落盤に半ば押しつぶされた格好でいるのは、米軍の1,000ポンド《454キロ》爆弾だ。
落盤で爆発しなかったのが奇跡のようなものだ。
ティアリュートが叩いたところは、その信管の真横ということも含めて、魔族軍が、人類側の兵器についていかに無知であるかを証明するような事態だ。
「万一に備えて、コクピットに入っていてくれ。ユング教官によれば、爆薬は1分で爆発する―――そうだ」
ティアリュートは、ユースティアをせかした。
「急げ」
「はいっ!」
「さて……と」
ユースティアが自分の騎のコクピットに潜り込んだのを確かめたティアリュートは、ユングに教わっていた起爆方法を思い出しながら、ぽつりと言った。
「これでしくじったら―――もう終わりね」
ティアリュートは、信管に取り付けられていた安全ピンを抜いた。
「これで、あと4つ」
殲龍がコンベアにコンテナを載せた。
「美奈代?そっちは?」
「あと……3つだ」
「敵がそれまで大人しくしててくれるといいんだけど」
「願うしかないな」
「ねぇ。紅葉」
「何?」
「最悪、このシステムで私達も逃げていいの?」
「駄目に決まってるでしょ?私達、どうするのよ」
「TACを放棄して逃げる」
「ああ。って!そんなコトできるわけないでしょう!?」
「今、思い切り納得してなかった?」
「黙れっ!問題発言禁止っ!」
紅葉が続けて何かを言おうとした、まさにその瞬間―――
ドンッ!
ズズズンッ!
爆発の連鎖が鍾乳洞を揺るがした。
「な、何っ!?」
格納庫の天井からパラパラと埃が落ちてくる。
「美奈代さんっ!」
祷子から通信が入った。
「敵、落盤を爆破した模様!反応2!」
「って!」
美奈代は手にしたコンテナをコンベアに載せた。
「今から行く!フィア!?コンテナとTACを頼む!」
「わかった!」
「―――開いた!」
爆煙の向こうに、光が見えた。
第五層に通じる通路の落盤が吹き飛ばされたのだ。
「生存者との通信開く!?」
「やってみます!」
ユースティアの呼びかけを聞き流しながら、ティアリュートは第五層の敵の反応を探った。
敵も突然のことに、どう反応すべきか迷っているのか、それとも賢明というべきか、こちらへ向けて襲いかかってはこない。
―――せめて
ティアリュートは思わずロザリオを握りしめた。
―――生存者の回収だけでも。
「ユング隊長からです!」
ユースティアから明るい声があがった。
「第五層、生存者3。重傷1。脱出ポッドでの回収を求めています!」
「他は!」
「反応なし。地上へ脱出した可能性も」
「ユースティア」
「はい」
「脱出ポッドを持て。私が人類側を抑えるから、その間に教官達を頼む」
「はいっ!」
反応は2?
美奈代は、それにひっかかった。
「たった2騎……か」
「美奈代さん?」
祷子から通信が入った。
「どうします?」
「……格納庫入り口で待機」
美奈代は答えた。
「敵の目的は、ここからの脱出のはず。無駄な戦いは避けろ」
「いいんですか?」
「2騎程度、どうとでもなるだろうし」
美奈代は楽しげなまでに苦笑いを浮かべた。
「ゲームであるだろう?一番、地下にいるのがボスキャラって」
「定番ですね」
「つまり、一番厄介なヤツだ。それが勝手に出ていってくれるなんて、普通は考えられない話だろう?」
「ゲームでやったら詐欺ですね」
「この戦争そのものが詐欺みたいなもんだ。何が起きても、詐欺みたいなもんさ」
「私達も―――ですか?」
「戦争がなければ」
美奈代はビームライフルを準備しながら言った。
「私達は、戦場に駆り出されるなんて詐欺にあわずに済んだはずだ」
「被害者の会でも作ります?」
「戦死したら、あの世で作ってやるさ。もっとも」
「もっとも?」
「先に死んだ連中が似たようなの作っているだろうけどね」
「神様も」
祷子は本当に楽しげに笑った。
「そんなのあったら、あちこちで訴えられて大変でしょうね」
「まぁ、しょうがない」
美奈代は、何でもない。という顔で答えた。
「創造主は不完全な故に、不完全に世界を作り上げた。
神の子、或いは創造物であるはずの人間が、かくも不完全なのは、作り上げた彼等が不完全だからだ」
「……それって」
祷子は答えた。
「魔族や神族によって作られた被造物である人類のことですか?」
「これを聞いた時は驚いたんだ」
美奈代は答えた。
「人間は、魔族や神族という異世界の生命体によって作り上げられた存在だとすれば、彼等こそが我々の創造主として説明できる。この世が不完全なのは、彼等の失態だと、責任転嫁まで出来るんだから」
「責任転嫁ってのがひっかかりますけど」
祷子は笑ってしまった。
「人類の不完全さを認めているというのですね?」
「人類が万能なら、神なんて必要なものか。それに、真の神は自分の内に探せという言葉は、様々な宗教で説かれているところだ。仏教でも、神道でも似たようなこと言ってないかな」
「―――ですね」
「まぁ、とりあえず」
煙の向こうから、サライマが現れた。
「向こうの出方を待とう。下手に刺激する必要もない―――フィア?」
「あんた達のワケわかんないやりとりの間に終わったわ」
「そう―――津島中佐?」
「もう少し待って。システムの収納作業、もう少しかかる」
「部隊全騎へ。敵の残存部隊が撤収する。見送ってくれ。無駄に戦う必要はない」
「宗像だ。どういう騎士道精神だ?」
「無駄弾は使うな―――そんなところだ。たった2騎だ。見逃してやってもどうということもない」
「……了解した」
「……えっ?」
第五層で何が起きたのか全く知らないティアリュートは、シールドを構えながら第五層へと単身飛び込んだ。
こんな無茶をしたくないのが本音だが、やるしかなかった。
何騎もの敵が待ちかまえていると、ティアリュートは本気でそう覚悟していてたのだが―――。
「て、敵は?」
敵の反応はたった2騎。
しかも、2騎共、シールドは構えているが、武器を構えていない。
そのうちの1騎が、しきりに手をパタパタさせている。
―――行け。
ティアリュートにはそう見えた。
理由はわからない。
ただ、人類に交戦の意志がないことだけはそれでわかった。
「い、行けってこと……よね?」
ティアリュートは、それまで持っていた覚悟が霧散して、むしろ拍子抜けした顔で周りを見回した。
「お言葉に甘えさせていただければ……ありがたいけど」
「ティアリュート様!」
ユースティアのせっぱ詰まった声が入る。
「負傷者の容態悪化!危険です!」
「回収急いで!」
シールドを構え、背後をホバー移動するユースティア騎の楯になるよう、慎重に騎体を滑らせながら、ティアリュートは目の前にいる人類側のデミ・メースに神経を集中させる。
第四層へと通じる通路の途中でユースティア騎が止まった。
片膝を付いたユースティアが、脱出ポッドを通路脇の部屋の前に置く。
ぐったりとしたメース使いの頭部と足を持った傭兵仲間が何事かわめきながら脱出ポッドへと駆け寄ってくる。
コクピットから飛び降りたユースティアが、脱出ポッドのハッチを開いた。
「腹をやられている!」
負傷者のサスペンダーを持っていたのは、ユングだった。
「療法杖を出せっ!」
「はいっ!」
療法杖は、治癒魔法が予め封印されている魔法の治療具だ。
脱出ポッドに収容されているのは、使用回数は多いが、止血や火傷の治療―――死なさない程度の性能しかない。
それでも、何もしないよりマシ。
「この程度なら、数回、杖振るってやれば助かるっ!」
ユースティアはポッド内部の壁に設置されているベッドを準備する。
「下ろすぞ!」
「はいっ!」
負傷者がベッドに横たえられると、医療用品のコンテナから療法杖を取り出し、ユングに手渡した。
「よし―――俺達の命はあずけた。頼むぞ?ユースティア」
「揺れますから、体を固定してくださいね!?」
「月城だ。本当に撃たないつもりか!?」
「駄目です!敵は負傷者を回収中!」
「相手は魔族だぞ!」
「国際騎士法を拡大解釈します!負傷者の収容が必要と判断される場合、戦闘停止が義務化されていますから!」
「魔族だというのにか!」
「魔族相手なら、何してもいいというのですか!?」
「法の適用範囲について言っている!いつからあいつらに国際騎士法が適用されるようになった!」
月城は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「和泉っ!相手が何だかわかっているのか!」
美奈代にはわかっている。
相手は魔族。
そして―――月城にとっては部下の仇以外の何者でもない。
それを目の前でみすみす見逃せというのは、彼女に耐えられる判断ではない。
だけど―――
「判断するのは前線指揮官の私ですっ!」
美奈代も負けていない。
「私の指揮に従って下さい!」
「―――っ!」
「発砲は厳禁っ!各MCは、騎士の行動に責任を持て!命令違反は厳罰だぞ!―――ったく!」
美奈代は舌打ち一つ、内心で毒づいた。
「月城大尉―――厄介だな」




