グリュックシュヴァインの戦い
グレーテル大尉達が中華帝国軍の砲兵陣地跡にたどり着いた時、すでにフォイルナー少佐率いる部隊は交戦状態に突入していた。
「バカやっちまった!」
フォイルナー少佐率いる部隊を包囲するように敵メサイアが展開。
グレーテル大尉達は、少佐達の部隊のほぼ真後ろに着地した。
「戦況は!?」
「最悪!」
MCのエリカ中尉が悲鳴に近い声で答えた。
「部隊、一方的に押されています!勝負になりませんっ!!」
「何っ!?」
真横を、色彩感覚が疑わしい色に塗装された奇妙なメサイアが駆け抜けた。
機動の俊敏さは、相手が並の騎士でないことを教えてくれる。
グシャッ!
何かが潰れるような音が、コクピットに響き渡った。
「ツァーノ騎、大破」
イリスが、フォイルナー少佐に、何が起きたかを教えてくれる。
「行動不能……騎士、MC共に生体反応ロスト」
「チッ」
フォイルナー騎の持つハルバードが、大鎌を構えながら襲ってくる敵騎めがけて翻った。
「何っ!?」
彼が熟練の判断と、必殺の技術で繰り出した一撃を、敵騎はまるで予想していたかのように、全く無駄のない、敏捷な動作であっさりと回避してのけた。
大質量同士がすれ違う震動がコクピットを揺るがせる。
あまりのことに目を見張る彼の目の前を、メサイアが通過しようとしている。
バンッ!
その腹部で光が生じた。
何か判断するより先に、すれ違いきった途端、腹部に大穴を開けられたメサイアが、騎体を四散する大爆発を引き起こした。
「……?」
一瞬、歴戦の猛者であるフォイルナー少佐にも、何が起こったかわからなかった。
ステイタスモニターに映った武器使用ログ。
それが決め手となった。
「イリス?」
「この子のパワーなら」
イリスは答えた。
「戦闘中のMLの使用に問題は」
「いや」
彼は答えた。
「感謝する」
「はい。ミューゼル騎戦闘不能。アイスラー騎大破」
「戦力の何割を喪失した」
「既に三割―――クラッチマー中尉騎より通信」
「回せ」
「ヴォルフ!」
せっぱ詰まったブリュンヒルデの声がコクピットに響く。
何だか、それだけで迫力というか、本能的な恐怖を感じた。
「こ、これは何!?あんな敵がいるなんて!」
「知っているなら教えてくれ」
彼等の後方では、飛鼠と対峙したノイシアが一騎、大鎌を首にまともに受け、その首が宙を舞っていた。
首を吹き飛ばされ、崩れ落ちる胴めがけて、別な飛鼠達の大鎌が容赦なく振り下ろされる。
1騎に対して数騎が完璧に連携して襲ってくる。
普通の騎士なら不可能なレベルの超絶機動は、一度の攻撃を回避するだけで精一杯だ。一度の攻撃をかろうじて回避した所を、別な騎の一撃が襲ってくる。それさえ回避する僥倖に巡り会えた者も、次の攻撃まで回避出来る保証までは手にすることが出来ない。
飛鼠達は、確実にフォイルナー少佐率いる歴戦の部隊を食らいつくそうとしていた。
戦況モニターに表示される戦況を、信じられない気持ちで眺めていたのは、何もエレナだけではない。
友軍と敵をそれぞれ表示する色が違っていると、本気で自分に言い聞かせようとしたのは、何もエレナだけではない。
それでも友軍反応は次々と消えていく。
「……フッシャー騎の反応喪失」
ヘルガの、どこか感情を失ったような声がレシーバーに入る。
「バルバラも、生命反応消えました」
「残存……10騎!?」
エレナはようやく、戦況モニター上の事態が現実だと受け入れる事が出来た時には、突撃した友軍の反応はほとんど残っていなかった。
少佐達が突撃した時の友軍の数は27。
中華帝国軍メサイアは30。
27対30のほとんど僅差での戦闘。
数の上では差は無かった。
それで戦闘が始まったのだ。
それが―――
エレナは、戦闘開始からの経過時間を見た。
経過時間は―――255秒。
5キロを戦闘速度で突撃した時点で170秒ちょっとだったのを覚えている。
つまり、敵陣地に乗り込んでから、まだ1分ちょっとしか経過していない。
そんな短時間のうちに、ドイツ軍の誇る精鋭部隊は音を立てて壊滅しようとしていた。
それが、信じられない。
「エルフ小隊!」
呆然とするヘルガの耳をエレナの毅然とした声が打ったのは、その時だ。
「前進する!地雷原途中の爆撃孔に狙撃陣地を構築!そこから敵を狙う!機動、急げっ!」
「移動命令は来てないわ!?」
「少佐の命令を待って」
騎体に震動を感じつつ、ヘルガは怒鳴った。
「仲間が死んでいくのを黙ってみてるつもり!?」
「―――っ!」
「責任は小隊長の私がとる!」
ブースターが火を噴き、エレナの駆るノイシアが空中を跳躍した。
「私達、貴族はね!」
朝焼けに照らされる世界が、えもいわれぬ美しい光景となってヘルガの目に焼き付いた。
「こんな時に!」
エレナは狙撃砲を構えながら叫ぶ。
「―――誰かを見殺しにしていいなんて教わってないっ!」
エレナの騎は、跳躍しつつも狙撃砲を構えたままだった。
こんなところで狙撃砲を撃っても当たるはずもない。
第一、照準がつけられない。
「―――そこぉっ!」
エレナのかけ声と共に、
ドンッ!
その叫びを具現化したかのように、落下機動に入ったノイシアの構える狙撃砲から砲弾が放たれた。
ドンッ!
ドンッ!
「ちょっと!?」
突然の発砲に驚くヘルガの声がまるで届いていないようだ。
「なによコイツっ!セミオートのくせにっ!なんて連射速度が遅いのよっ!」
一発ずつ薬莢が排出され、砲弾が敵めがけて吸い込まれていく。
エレナは規定通りのターゲットロック、つまり、メサイアの火器管制装置によるターゲットの選定から射撃にいたる手順を一切行っていない。
命中なんて、普通に考えたら期待するだけどうかしている程度の射撃。
敵に対する牽制でしかないとヘルガは勝手に思った。
高度が落ち続けているのに、エレナは射撃をやめようとしない。
発砲回数は、残弾からするに6発。
命中は―――
「う、うそっ!?」
ヘルガが目を見開いたのも無理はない。
戦況モニター上の敵の反応が、一気に6つ、減っていた。
自分の騎が放った砲弾の数は6。
冗談のような話だが―――撃破したのは自分の騎、いや、エレナだと判断するのに十分だった。
「ば、ばか―――ぐっ!?」
着地の鈍い衝撃がMCRを貫き、ヘルガは危うく舌を噛みきる所だった。
脊椎を通して、脳みそが痺れた程のショックに、一瞬だが意識が遠のく。
その間にも、ノイシアには続々と戦況が伝わってくる。
「……整備の言葉なんて……金輪際、信じないからね」
痛みに顔をしかめながら、ヘルガはエレナに報告した。
「6騎撃破確実―――やるじゃない」
「つーか!」
周囲には、小隊のノイシア達が手榴弾の爆発で開いた孔に飛び込んでいく。
その中で一番大きな孔に飛び込んだエレナは、狙撃砲のマガジンを交換しながら怒鳴った。
「狙撃で十分相手になるなんて!あいつら本当にメサイアなの!?」
ギィィィンッ!
デュミナスのハルバードが飛鼠を捉え、その胴体を真っ二つにしてのけた。
「動きが読めるようになれば―――」
横では、ブリュンヒルデ騎がハルバードを一閃。飛鼠の頭部を切断していた。
「恐れるには足らないが」
飛鼠相手に五分の戦いを繰り広げられるようになっているのは、果たして自分の技量なのか、それとも騎体の性能なのか判断が出来ない。
少なくとも、部下が五分で渡り合える相手ではないことは確かだ。
フォイルナー少佐は、そんな状況下で部下に戦えなどとは命じない。
部隊が敵と五分以上で渡り合えないことは、つまる所、そんな状況を作り出せない指揮官や上層部、そして国家の責任だ。
自らの失態のツケを、部下に命で支払わせるような愚作を、彼はとるつもりは毛頭無い。
「……部隊全騎、後退!」
後退命令。
つまり、部隊と、そして自らの敗北を素直に認めることになる。
栄光のドイツ帝国軍指揮官として出すことが許されない命令。
フォイルナー少佐は、その命令を躊躇うこともなく出した。
彼にとって、大切なのは面子ではない。
生き残ること。
彼は知っている。
勝者とは、生き残った者のことだ。
「後退し、一度戦力を立て直す!イリス、狙撃部隊は?」
「前進。距離2000にて砲撃戦準備中。なお、先程の突撃時、シュヴァルツ騎が撃破6」
「……上々だ。ブリュンヒルデ。デュミナスで部隊の後退を支援する。希望するなら君も逃げていい」
「……ご冗談がお好きで」
ブリュンヒルデは苦笑いしながらフォイルナー少佐騎の横に移動した。
「こんな状況、いままで何回あったかしら?」
「―――そういうことか」
「そういうことです」
兵士達を満載した兵員輸送艇が遠ざかっていく。
列車砲の構造を全く知らない宗像に出来たことは、愛騎のセンサーを使って、捕獲した列車砲に爆発物が仕掛けられていないか調査するよう、部隊に命じる程度だった。
中華帝国軍の砲兵司令部は、司令官が自決。
自らの命と引き替えに、部下全員の助命を願ったと、宗像は聞かされた。
表面的な哀悼の意は捧げたが、宗像はその死に、特段の感慨を抱かなかった。
美奈代なら泣き出しているだろうな。
そんなことを考えるのが精一杯だ。
捕虜になることを拒み、部隊を失った責任を死んでとる。
それは指揮官として当然のことだ。
当然の帰結にすぎない司令官の死より、敵とかわした約束がどれ程信じられるか。
そっちの方が余程心配だった。
曰く、放棄する装備に爆発物の類は一切しかけない。
曰く、砲兵部隊は丸腰だ。
……どこまで信じていいのかがわからない。
胃が痛くて吐き出しそうだ。
もし、どこかで裏切られたら。
部隊に損害が出たら?
撤退まで狙撃部隊が狙いを定めていること。
こちらの電波妨害によって遠隔装置の起爆は実質無理だということ。
さらに保険として、兵員輸送艇通信アンテナは破壊させてもらったが、それさえ安心できる材料になっていない。
くそっ。
こんなのがイヤだから、指揮官なんてやりたくないんだ。
胃の辺りを抑えながら、宗像は苦々しく横に立つ月城騎を睨み付けた。
―――あんたは大尉。私は中尉。軍歴にしたらあんたは私の何倍だ?
―――あんたが指揮するべきだ。私は責任なんて取りたくない!
呼吸と一緒に、そんな毒があふれ出すような錯覚を、宗像は確かに覚えた。
「お姉さま」
MCから桜庭優の声がした。
「上空、距離8500。高度1500を移動する物体5。速度は時速50キロ」
「50?遅いな。航空機?ヘリか?」
「いえ……」
分析の名手である優にしては返答を躊躇している。
それが、宗像には気になった。
「どうした?」
「……すみません。お姉さま―――宗像騎桜庭より部隊全MCへ。分析の協力依頼を宣言します。これよりターゲットを“ホテル1”から“ホテル5”と呼称。この飛行物体についての意見を」
「?」
宗像は、モニターに映し出されたマジックレーダー反応にちらりと視線を向けた。
「……なんだ?」
得体の知れない。
それは、この物体のためにあるようなものだと、宗像はそう思った。
胴体から両脇に張り出した翼らしき物体は、空力というものをどう考えているのか、設計者を問いつめたくなる代物。
さらに、そこから前後に細い管状の物体が伸びている。
「レーダーノイズの誤検知にしては……ヘンですよね」
「何?これ」
「見たことないですよ?こんなの」
MC達が、次々に首を傾げる。
「ライブラリーに該当無し。こんなの、兵器、民間機、共に見たことありませんよ」
彼女たちの知識の中でも、該当するものがない。
それが、MC達を混乱させているのは確かだ。
攻撃すべきか否かさえ、相手がなんなのかわからなければ判断出来ない。
宗像達は、去っていく敵部隊を含め、周辺警戒に神経を使うしか、やることはない。
「ツヴォルフ騎より隊長騎MCへ」
しびれを切らせたようにフィアが通信に割り込んできたのは、その時だ。
「何してるのよ?」
「通過する不明機について、判断を議論していました」
「ドンパチの真っ最中に優雅なことで……で?」
フィアは訊ねた。
「どれ?殲龍にはデータは来ていないけど」
「こちら桜庭。中佐、転送しますので確認下さい」
「ありがと……どれどれ?」
フィアが転送されてきた不明機の映像を見た途端―――
「バカぁっ!」
信じられないほどの大声で怒鳴った。
「何考えてるのよ!どうしてこいつらがここにいるのよ!?」
「ふ、フィア?」
驚いたのは宗像だけではない。
フィアは混乱しているだけじゃない。
明らかに、おびえていた。
「あいつらをどこかで見たことがあるのか?」
「知らないっ!」
フィアは叫ぶ。
「知らない知らないっ!知らないけど、“あいつら”は危険なのよっ!全騎っ!森の中へ隠れてっ!攻撃しないで!絶対にやり過ごして!」
その声の元、殲龍が近くの森の中へと移動を開始する。
「おいっ!フィアっ!?」
宗像が慌てて止めに入る。
「―――よく見て!」
伸ばされた“白雷改”の手をかわし、フィアはメサイアとほとんど変わらないほど高い木々の中へと殲龍を潜り込ませる。
「わかんない!?あの外見だけで、相手がなんなのか!」
「……えっ?」
「大型妖魔よ!しかも飛行型、龍種なんて、相手になるもんですか!」
「龍……?」
一瞬、ポカンとした宗像だったが、大型妖魔という言葉だけには正確に反応した。
「全騎っ!森の中へ隠れろ!識別灯を消せっ!狙撃隊は手近な所へ!」
「宗像中尉っ!」
涼が血相を変えて通信に割り込んできた。
「お姉さま達は!?あいつらの針路には、お姉さま達が向かった砲兵陣地が!」
「―――っ!」




