生きたい
唐強国少佐率いる赤兎改部隊が砲兵達の待避壕を拡張した第二防衛ラインに後退。代わりに飛鼠部隊のかなりが塹壕に潜んだ。
狙撃部隊は地雷原を突破する敵ドイツ軍メサイアに対する有効な攻撃手段とはなり得ない。
下手すれば軍法会議ものの動きだ。
彼と王少佐がわざとそんな方法をとった裏にあるものを、ほとんどの者が知らない。
知らなくていい。
二人は思っている。
いざという時は逃げ出すことだけ考えればいいのだ。
塹壕で狙撃砲を構える彼の後方では、司令部が何のために残留を命じたのか、ベルゲ騎が必死になって開けた塹壕に籠もって小さくなっている。
列車砲に砲弾を込める専用騎。
メサイアがまるでわかっていない総司令部によって、戦力扱いされた気の毒な連中だ。
「給弾隊」
彼はそんなベルゲ達に呼びかけた。
「聞こえているな?」
「……はい」
震える声が返ってきたのは、少しの間の後だった。
かなりあどけない少女の声だった。
通信モニターに映る顔は、どう見ても15か16歳がいいところだ。
煤に汚れた顔に、戦闘服らしい装備もつけていない。
作業用のつなぎでメサイアに乗っている。
はっきり、まともじゃない。
「朝鮮人の割には返事はしっかりしているな」
彼は態と砕けた声で言った。
「名前はソミンだったか?
「はい。ムン・ソミン大韓帝国軍軍属です」
ソミンと呼ばれた女性騎士が小さく頷いた。
「ベルゲに乗せられた挙げ句が、こんな所に置き去りとはな」
「……」
「何をやった?」
「……えっ?」
「軍属でメサイア乗りだ……囚人兵、懲罰隊だろ、お前」
「……」
「……まぁいいさ」
「お前みたいなガキがそんな所にいるってなりゃ、気にするなって方が無理だ。そう思っただけだ」
「……」
「忘れてくれ」
「……父が」
ソミンはポツリと言った。
「王政党の幹部の息子に、姉を嫁がせろと命じられて、それに反対して……」
「……」
「政治犯扱いされたんです。邪魔者が消えたって、息子に迫られた姉は、それを苦に自殺しました。私と兄は、父の代からの政治犯だって……ここへ」
「お兄さんは?」
「戦死しました。斬込隊に配属されて、地雷を踏んで」
「……」
「武器なんて握ったことのない人だったのに……」
ソミンの喉からおえつが漏れ始めた。
「MCのユンも、他の人達もみんな似たようなものです」
「その騎体にブースターはついているな」
「ブースター?」
「いくらなんでも」
「……いえ」
ソミンは意外なことを言った。
「ついていません」
「いくら何でも!」
彼は驚いて怒鳴った。
「何を考えてるんだ!グレイファントムがベースだろうが!」
「……」
「……まさか」
「……脱走防止のため、ブースターやホバー機能は全て取り外されています」
「おいっ!」
何てこった!
彼が頭を抱えたのも無理はない。
ソミン達のベルゲ騎は高速移動が出来ない。つまり、撤退となれば、自分達は歩行だけで移動するメサイアを護衛するしかない。
ドイツ軍の追撃を逃れる術はない。
だけど……
「……おい」
彼はふと脳裏をよぎった妙案を口にした。
「お前ら、今がチャンスじゃないのか?」
「ち……チャンス?」
モニターの向こうでソミンが愛らしい仕草で首を傾げた。
こういう所は、長中尉に見習わせてやりたいな。と、彼は本気で考えた。
「コクピットから出て、脱走しろ」
「……」
「米帝軍にでも投降すれば、悪いようにはされないはずだ」
「……」
悲しげにうつむいているソミン。
それを、彼は躊躇していると本気で思いこんだ。
「な?連中には……そう!ジュネーブ条約ってのがあってだな!」
くそったれ!
彼は自分の脳みそに鞭を振り下ろしたい気分で一杯になった。
若い時に居眠りなんてしてたから、こんな若い女の子一人説得できないバカになっちまったんだ!
「よくは知らないが、とにかく、捕虜を殺すことが出来ない仕組みが」
捕虜になって、事情を知った米帝軍は、きっと彼女達を殺すようなマネはしない。
それは、彼女たちにとって悪い話じゃないはずだ。
だが、
フルフル。
何故か、ソミンは首を横に振って、そして言った。
「ハッチが……開かないんです。内部から開くことが出来なくて」
「俺が開けてやる!」
「それで、無理矢理こじ開けようとすると、コクピット全部、爆発する仕組みになってるんです。前任者は、それで爆死したって聞かされています」
「……何てこった」
彼は思わず額に手を当てた。
「死ねと命じているのと変わらないぞ。いくら懲罰部隊とはいえ……それで軍隊か!?お前ら朝鮮人は、それでも人間か!?」
「……お気遣いは、感謝します」
ソミンは、うなだれていた顔をあげ、精一杯、無理矢理に笑って見せた。
笑った頬を、涙が一筋、零れた。
「でも!私達が捕虜になったことが知られれば、国の家族がみんな困るんです!国の裏切り者になれば―――私にだって、弟がいるんです!みんな、家族に迷惑をかけたくないから、ここにいるんです!」
「……っ!」
「ドイツ軍が接近していることはわかっています。私達が逃げられないことも……でも」
ソミンはつらさに耐える者のみが浮かべることの出来る、言い様のない笑みを浮かべながら、震える手で何かを下の方から取りだした。
「私達には―――これがありますから」
ソミンが取りだしたもの。
それは―――手榴弾だった。
「安全ピンを……抜くこと位、私にだって出来ますから」
「ばっ!」
「ご迷惑は―――おかけしません」
「大莫迦野郎っ!」
自分でも驚いた程の罵声が彼の喉から飛び出した。
「俺は軍隊でいろいろやってきたが、部下に最初から死ねとは命じた覚えはないっ!そもそも!」
彼は厳しい目で、ソミンを睨み付けた。
「お前もお前だ!おいっ!」
ソミンは恐くて彼と視線すら合わせることが出来ない。
「―――お前、死にたいのか!?それとも生きたいのか!」
「……えっ?」
「死にたいなら、この狙撃砲で楽にしてやる!
世界も知らず、男も知らず、美味いものだって食べたことないんだろう!?
どうなんだよ?!
お前、この美しい世界を見たくないのか!?
燃えるような恋してみたいと思わないのか!?
美味いもんシコタマ食べたいと思わないのか!?
弟に会いたいだろう!?違うのか!?」
「……」
「……まだ若いんだ。そんな意固地になるな。自分の身に起きた悲劇に酔いしれるなんて、莫迦なことだといい加減に気づけ。生きようと思うんだ」
「……」
両手で顔を覆い、泣きじゃくるソミンを後目に、彼はMCに命じた。
「兵器の規格はほとんど一緒のはずだ。外部アクセスを探せ。万一の射撃は、俺がやる。武装系のコントロールは俺に回せ」
「了解。やってみせます」
「全騎、聞いての通りだ。俺と……ハッキングが得意なヤツは名乗り出ろ。人命救助だぞ」
「……情報軍から回されてきました。電子戦闘には自信があります」
そう、告げたのは長中尉騎のMCだ。
他に、数名が同様の名乗りを上げた。
数は4。ベルゲ騎全てに当たれる数だ。
部隊戦力はその間激減するが、それでも飛鼠達が頑張っている限りは大丈夫だ。
「4騎、ベルゲの塹壕へ移るぞ。呉、その間、部隊の指揮を任せる」
「了解……成功を」
「当然だ。問題は……」
彼は、ちらりと地雷原を向いた。
「飛鼠共がどれ程、ドイツ軍をくい止めてくれるか……だな」
精密機器の塊でもあるメサイアには、予想さえ出来ない不具合に備え、外部から騎体の中枢情報へ介入する“アクセスコントロール”と呼ばれる機能が標準でついている。
外部の機器をメサイアと接続し、内部のトラブルを判断、外部コントロールによってトラブルを解決するための機能だ。
「ありました―――グレイファントムと同じだ」
MCの楊少尉が、グレイファントムの左脇腹にそのアクセス用のパネルを見つけ、安堵の声を挙げた。
「ケーブル、伸ばします」
赤兎改からアクセス用のケーブルが伸ばされ、パネルに接続される。
「外部アクセス……よし。こりゃ酷い」
楊は思わず唖然とした声を挙げた。
「訓練校で習ったグレードと一緒だ……勘弁してくれよ。あれは10年以上前だぞ」
「出来るか?」
「訓練生でも―――よし。コクピットハッチ開放……パスワード解析……くそっ、時間がかかる」
「急げ」
「……了解」
ズズンッ!
爆発の炎が立ち上り、その遙か彼方から、ドイツ軍のメサイア達が一斉に突撃してきたのは、まさにそのタイミングだった。
「クソバカ共がっ!」
警報が鳴り響く赤兎改のコクピットで彼、唐強国少佐は思わず叫んだ。
北米大陸侵攻作戦から常に最前線で部隊と共に戦ってきた彼が、メサイア乗りとしてより、酒と女相手の武勇伝の方が少しばかり名高いのは、30の坂を少し登ったばかりの若い彼にとってはやむを得えないだろうと弁護しておく。
「死にたければ、手前で首でもくくりやがれっ!」
その彼がドイツ軍突撃をその目で見た時に言い放った言葉がこれだ。
思わず握っていたコントロールユニットを殴ってしまう。
拳に走った鈍い痛みに顔をしかめ、そして本音を怒鳴った。
「こっちは戦う気なんてないのに!」
そう。
これが本音。
彼等に科せられた任務は―――砲兵部隊撤退完了までの時間稼ぎ。
それだけだ。
とっくの昔に逃げ出した部隊の人柱に部下もろともになるほど、彼は物好きではなかった。
陣地に籠もっての防衛線なんて意味はない。
砲兵部隊と共に後退するのが常道のはずだ。
それが、彼の考えだ。
しかも、目の前には死にかけた女の子達。
間に合うか?
この子達を放り出して、今すぐにでも敵に向き合いたい。
出来ることなら今すぐ放り出して、そして、逃げ出したい。
「……くそっ!」
彼は、強く頭を振ると、そんな考えを追い出した。
「少佐」
横で別なベルゲ騎のハッキングにかかっている長中尉から通信が入った。
「戦況は―――」
「ああ」
チラリと戦況モニターに視線を送る。
メサイア達が、光の点となって入り乱れている。
「飛鼠ってのは―――すごいものだな」




