砲兵陣地奇襲作戦 第二話
●ドイツ軍最前線
第44メサイア機甲大隊“グリュックシュヴァイン”は、敵陣地前に展開した所で動きを止めていた。
大型狙撃砲とロケットランチャーを装備したノイシア達がその筒先を敵陣地へ向けるその前で、斬り込みを担当する部隊の騎士達が車座に集まってフォイルナー少佐の話に聞き入っていた。
「作戦は大きく変更された」
部下達を前に、フォイルナー少佐は司令部からの通達を伝える。
「日付変更と同時に、猿共の砲兵隊は撤退を開始。これにより日本軍による砲兵陣地攻撃は全く無用となった」
フォイルナー少佐は、自分に向けられる部下の視線を何故か煩わしい。と言わんばかりに無視して続けた。
「従って、我々は日本軍との連携を考えることなく、敵メサイアを攻撃。これを制圧する」
「あの」
座って聞いていたミューエ中尉が挙手した。
「それじゃ、日本軍は何もしないのですか?」
「総司令部は、後方から勝手に攻めろと伝えてある。連中が斬り込んだ後のおこぼれを、我々がいただく手はずだったが、連中こそが、我々のおこぼれに預かる立場になった。そんな所だ」
「悪い話じゃないですね」
若いミューエ中尉は楽しげに笑った。
「そっちの方が正しいと思います。いろいろと」
「人種民族差別は好むところではないが」
ジロリとフォイルナー少佐は中尉を一瞥した。
「今は構わん。白人の優位を自慢したいなら、相応の戦果をあげろ」
「了解です。ところで隊長」
「?」
「敵のメサイアに関する情報は?」
「狙撃部隊は赤兎改だと断定されている。タルバッハ少尉の分析によれば、狙撃に特化した仕様だというから、接近戦には向いていないだろう。ただし、彼女の判断が正しければ、狙撃能力は決して侮れないレベルに高められている」
「猿の製品で作られているのに?」
「その猿相手に、新大陸軍ですら苦戦している現状をどう説明つけるつもりだ?ヘルツ少尉」
「……っ」
「敵を侮るな」
「……はい」
「“青の姫”が危険だと判断した以上、舐めてかかるな。なお、赤兎が使用する狙撃砲はセミオートタイプの130ミリ狙撃砲。有効範囲は5キロ。狙撃用ピットから地雷原の縁を全てカバーしている」
「……」
「作戦は予定通りに実施する。各部隊は所定の手段でルートを開け。突撃と同時に狙撃隊が敵狙撃部隊に対して制圧射撃を開始する。制圧射撃の時間は120秒。敵からの反撃の可能性は十分にある。十分に注意しろ」
「了解。ところで」
最年少のヴェルデ少尉が怪訝そうな顔で訊ねた。
「少佐?その顔のケガはどうなさったのですか?」
騎士達の興味の対象となっているのが、自分の顔に走る手形やひっかき傷だと、彼自身も自覚はしている。
自覚すればするほど、彼の中の男としてのプライドに触れる。
「……事情はいろいろあるんだ」
「イリスに手を出そうとして、クラッチマー中尉に殺されかかったって、噂があるんですけど」
「……」
チラリと見たブリュンヒルデは何故かそっぽを向いたままだ。
そのそっけない態度が、むしろ騎士達の疑惑の火に油を注ぐ。
「少佐」
騎士達がゆらりと立ち上がった。
「その辺、どうなんですか?」
歴戦の騎士達の背後に浮かぶのは、間違いなく殺気だ。
“青の姫”と呼ばれる知識と、その清廉な美貌から圧倒的な人気を誇り、軍広報を経て国民の間でもひっぱりだこに人気を誇るというイリス・タルバッハ少尉。
最前線送りが公になった途端、抗議の電話やメールが殺到し、軍の国内回線がパンクしたと言う噂は、フォイルナー少佐も聞いたことはあったが、その裏付けを目の当たりにした気分だった。
そんな彼に、騎士達は容赦がない。
「返答如何では、俺達にも覚悟というものが」
「―――あるわけないだろう」
「……では?」
「今は作戦のことだけ考えろ。作戦開始は10分後。各員の奮闘に期待する。以上だ」
「起立―――敬礼」
「日本軍から大隊長宛に通信が入っていました」
下手すれば撃たれるな。
そんなことを考えながら、デュミナスのコクピットに入ったフォイルナー少佐に、イリスが告げた。
「内容は」
「攻撃のタイミングを聞かれました。少佐が留守だと伝えた所、敵陣地を強襲できる位置にいるので、そちらが戦闘行動に入り次第、適宜攻撃を開始すると伝えて欲しいと言われました」
「……なんだそれは」
戦闘準備をしながら、少佐は眉をひそめた。
「そんないい加減なことをしているのか?日本軍は」
「……はぁ」
「イリス、通信回線を全部隊宛に開け」
「は、はいっ!」
イリス。
少佐に初めてファーストネームで呼ばれたイリスは、頭に完全に血が上ってしまった。
心臓が破裂しそうなほどドキドキしている。
声が裏返ってしまう。
たくさんの女性騎士やMCがいる中で、彼がファーストネームで呼ぶのはブリュンヒルデ・クラッチマー中尉だけだというのが、彼を知る者の常識だというのに、今、自分も名前で呼んでもらえた!
ただし―――
舞い上がるイリスにまったく気付くこともなく、フォイルナー少佐は部隊に命令を出すことだけに専念している。
潤んだ瞳でイリスが自分を見つめていることも、二人の会話を聞いたブリュンヒルデが殺意に近い視線を送っていることも、彼は全く気付いていない。
●中華帝国軍陣地
「ドイツ軍、戦闘展開完了の模様、距離5100!」
「敵は横数列に展開、数30以上。大隊規模と推測されます」
各コクピットではMC達の状況分析が進む。
ドイツ軍メサイア隊の来襲。
もうすぐ夜明けだというのに、彼等の前に現れたのは、麗しき朝日ではなく悪夢の方がまだマシという、最悪の敵の方だった。
「飛鼠隊が前に出る。それでいいんだな?」
「その通り」
飛鼠を管理しているという王中佐は、彼に頷いた。
「敵が攻め込んできたら、俺達は一目散に逃げる。いくら赤兎改でも、狙撃砲だけではどうしようもない」
「……敗北主義的だな」
「現実主義的と言って欲しい。貴隊に余計な手間をかけさせるわけにもいかない」
「まぁ、いいだろう」
痩せている割に自分の上官より質が悪いと態度で示している王中佐は鷹揚過ぎる態度で頷いた。
「こちらの戦いぶりをしっかりと目に焼き付けてくれ」
「―――そうさせてもらおう」
彼はそう答えた。
彼にとって戦果なんてどうでもいいことだ。
部下をここで失うわけにはいかない。
そのためには、ここは耐える所だと、彼はわかっているだけだ。
「我々は第二防衛ラインにて支援砲撃体勢に移動する。了解されたし」
「せいぜい、識別信号を発振し忘れないことだ」
「そうさていただこう。通信を終える」
くそっ。
彼が毒づいたのと同時に、
「少佐っ!」
長中尉が隊内通話で食ってかかってきた。
「少佐には、戦う姿勢がまるでみられませんっ!あの部隊から武器の貸与を受けるなりするのが、筋道というものではないのですか!?」
「バカ抜かせ。俺は交戦する意志はない―――部隊全騎、後方第二防衛ラインにて支援砲撃体勢に移る。移動各騎、個別に移動開始」
「少佐っ!」
「何度も言わせるな」
その苛立った声に、長中尉は思わず黙ってしまった。
「自分達の立ち位置を見間違えるな。俺達は狙撃部隊だ。前衛で白刃を振るう立場じゃない。王中佐も、それがわかっているから俺達の後方移動を認めてくれたんだ」
「……」
通信モニター上の長中尉の顔は明らかに不服従を示している。
「狙撃砲逆手に持ってメサイアをぶっ潰すのがおてんば中尉殿の戦いだというなら、一人でやってくれ」
「いろいろひっかかる言い分ですが」
「命令不服従するヤツは俺の部隊にはいらん。すぐにメサイアから降りてどこへでも行け」
「……命令には従います」
「よろしい」
彼は自らの騎を移動させながら、MCに命じた。
「後方のベルゲ部隊と通信を開いてくれ」
「―――時間だ」
ドイツ軍の中華帝国軍砲兵陣地への攻撃は、少佐の指示通りの時刻に正確に開始された。
「手榴弾用意っ!」
大型の柄付き手榴弾を持つノイシア達が一列に並ぶ中、指揮官騎が号令を下す。
突撃第一隊のグレーテル大尉の罵声が騎士達の耳を叩く。
「いいか、ドンピシャの所に投げつけろ!?下手に近場に落とすととんでもないことになるぞ!?―――構えっ!」
メサイアが手榴弾の投擲姿勢に入る。
騎士達のコントールではなく、MC達の操作なんだから、騎士である俺達を脅すなよ。というのが、騎士達の本音だ。
無論、グレーテル大尉が求めているのは、そんな言い分ではない。
手榴弾のもたらす好ましい結果だけだ。
「―――放てっ!」
ブンッ!
メサイア達の強力な腕力がものを言う。
トン単位の重量がある大型手榴弾が放物線を描いて飛んでいった先は数キロ先。
そして―――
「きゃっ!?」
スクリーンに突然発生した爆発に、エレナは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「な、何っ!?」
強い閃光と共に強い衝撃波が大地を走る様子がはっきりと見えた。
爆発の跡は、黒いキノコ雲が幾本も立ち上っている。
「な、何が起きたの!?」
「燃料気化爆弾」
ヘルガがなんでもないという声で答えた。
「あれが!?」
「そう。地雷がかなり誘爆したわね。近場はロケット攻撃で吹き飛ばすから」
ヘルガは、コントロールパネルを叩きながらエレナに告げた。
「斬込隊が突入する―――狙撃隊は火力支援。ターゲット選定は終了済み」
「つーかさ」
エレナは口を尖らせて抗議した。
「火力支援なら、私達騎士の仕事ないじゃない」
「代わりにやりたければ、コントロール渡すわよ?」
「―――面倒くさいからいい」と、エレナはそっぽを向いた。
「何よ。道作りだなんて……私、いつから土方に転職したのよ」
「ぐちゃぐちゃ言わない。みっともないわよ」
ピーッ!
騎体に走る電子音は、指揮官騎からの射撃開始命令だ。
敵の狙撃を回避するため、電波妨害が施された挙げ句、擬装網まで被ったノイシア達のMC達は、一斉に愛騎めがけて射撃を命じた。
腰部にマウントされていたロケットランチャーから一斉に炎が噴き出し、斬込隊の前方に着弾。
海軍の爆雷―――“ヘッジホッグ”を改良した地雷破壊専用の特殊弾頭が、地雷を道連れに連続した爆発を見せる。
「爆発でルートが開いた!」
「野郎共!地雷になんてひっかかるなよ!?―――全騎、抜刀!」
グレーテル大尉騎が戦斧をラックから引き抜き、高々と、部下に見せつけるかのように頭上に掲げた。
それを合図に、ノイシア達が戦斧を抜刀、ドイツ騎士の牙を剥いた。
狙撃部隊から連続した火線が敵陣地めがけて叩き込まれる。
曳光弾の光が綺麗な放物線を描いている光景は、思わず見とれてしまうほど美しい。
「―――おっと」
敵陣地に立ち上る土煙。
鼓膜をつんざく爆音。
破壊の芸術を前に、グレーテル大尉はちょっとだけ時間を忘れた。
すでにフォイルナー少佐率いる本隊は突撃を開始している。
「いかん!」
グレーテル大尉は怒鳴った。
「大隊長殿に続けっ!全騎―――突撃ぃぃぃぃっっっ!!」




