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砲兵陣地奇襲作戦 第一話


●中華帝国軍陣地


 砲兵部隊陣地はもぬけの空。


 つい昨日まで、広大な地雷原の護られた巨砲達が絶対的な死の炎を吹き上げていた陣地に響くのは、低いメサイアのアイドリング音だけだ。

 砲の手入れをする兵士達を照らし出すサーチライトはどこにあるかもわからない。

 見上げた空には星々が弱い瞬きを続けている。

 祖国で見上げた星とあまり変わらないその配列に、不思議な懐かしさを感じつつ、コクピットから出た男はタバコに火を付けた。


 軍規では、夜間、こんな外でタバコは禁止されている。


 狙撃兵や砲兵の的にしかならないから、そして、彼の部下が同じ事をしていたら、彼自身が怒鳴っていたろう。

 それが、まっとうな戦場なら。

「……くそ」

 深く紫煙を吸い込んだ彼の口から、煙と共に吐き出されたのは、そんな言葉だ。


 ―――メサイア隊は砲兵部隊撤退まで砲兵陣地を死守せよ。


 そんな命令を受けた時、彼は自分の耳を本気で疑った。

 砲兵隊が派手にやったおかげで、業を煮やした米帝軍がメサイア部隊を集結させつつあることは、既にあんたも知っているはずだ。


 耳鼻科に行ってきますから、その後、もう一度言って下さい。


 憎き上官に、そう言いたかった。

 上官が正気だとはとても信じられなかった。


 ―――不満か?


 通信モニターの向こう側にいる上官は、太りきった顔を歪めながら彼に言った。

 その値踏みするような目の色が、彼の神経には耐え難い。


 ―――命令違反は銃殺だと知ってるのだろうな。


 そこから俺を銃殺出来るならやってみやがれ。と、内心で毒づきながら、表面上は不動の姿勢を彼は崩さない。

 上官に何を言われても受け流せ、感情的になるな。

 それが、軍隊内での兵隊の不文律だ。


 しばらく無言で彼を眺めていた上官は、


 ―――反逆となれば、対象が家族にまで拡大することも。当然、知っているだろうな。


 面白いのかよ。


 彼は思った。


 俺達みたいな連中をいたぶって、面白いのかよ。


 その答えを聞きたいとさえ思わない。

 ろくな答えが返ってこないのはわかりきっている。


 ―――撤退中の列車砲は大変貴重なものだ。敵にくれてやる訳にはいかん。

 ―――メサイア隊は、砲兵達の撤退完了まで、その場にとどまり、撤退を支援しろ。


 彼はそこで初めて口を開いた。


「我々は撤退の支援を任務とする。そう解釈すればよろしいのですね?」


 ―――当たり前のことだ。


 上官はこれ以上ない程、彼を見下げて言った。


 ―――無駄な心配はするな。砲兵が撤退すればよい。わかったな?


「……無駄はどっちだよ」

 砲兵部隊とメサイア隊。

 頭数からすれば、砲兵の方が多いのは確かだ。

 だが、建造コストや戦闘力を考えたらどうなんだ。

 司令部として、どちらを死守すべきと考えるのが普通なんだ。

 紫煙の向こう。

 暗闇の中で見慣れないメサイア達がうごめいているのをぼんやりと眺めるしかない。

 彼等のメサイアは、塹壕の中で筒先を地雷原にむけている。

 敵がこない以上は、もう何もすることはない。


 敵が攻めてさえ来なければ、彼等はつかの間の平和を甘受出来るのだ。


「唐少佐」

 隣の騎から装甲を蹴って移動してきたのは、副官の長中尉。

 中華帝国軍では珍しい女性の前線士官だ。

 中華帝国軍では、女性兵は前線に出ることはほとんどない。

 あったとしても、それは司令部や医療、そんな所であり、交戦を任務とする前線部隊に配属されることはない。

 万一、捕虜になった場合の処遇を考えるととてもではないが配属は出来ないというのが、中華帝国軍の昔からの考えだ。

 そんな中、女性で前線に出る者は、せいぜいが騎士やMCメサイア・コントローラー程度にすぎない。

 それも、その実力故に命じられた者か、志願するかのいずれか。

 長中尉は前者。

 軍中央学校から上り詰めたエリート。

 短くまとめられた髪につぶらな瞳は、騎士というより女優のような印象を与える、かなりの美女だ。

 たしか、まだ24だったな。

 彼はそんなことをふと思った。

「どうした?」

「質問が」

 軽く敬礼した後、長はたずねた。

「増援で送られた飛鼠ひそ部隊ですが」

「……」

 彼はふと、長の赤い唇に見とれ、彼女の言葉を聞き逃した。

「―――あの?」

「あ?」

「聞いていて下さったのですか?」

「何を?」

「ですから!」

 長は不服そうに顔をしかめるが、そんなしぐささえ、彼の男としての欲情を刺激する。

「あの部隊、到着から6時間近く、ずっとコクピットから出てこないんですけど」

 そう訊ねると、地雷原の縁の塹壕に並ぶ愛騎の後方に並ぶ、赤兎より一回り以上小柄なメサイア達に視線をむけた。

 首がないナマコのような不気味な頭部が特徴的なその騎体は、見る者に生理的な嫌悪感さえ感じさせる。

 好きにはなれない。

「ああ。そんなことか」

「?」

 小首を傾げる仕草さえ可愛いと思うのは、女っけのない軍隊生活が長いせいか、それともこいつが本当に美人だからか。

 彼は、そんな下心を心から追い出すようにわざとらしい咳払いをした。

「あいつは―――飛鼠ひそタイプDは、無人騎だ」

「無人?」

「ああ……全て有機コンピューターなる代物が騎士やMCメサイア・コントローラーの代わりを務めてくれる……そうだ」

「そうだ……って」

 長はますます怪訝そうな顔をした。

「少佐もご存じないのですか?」

「あいつの中身を本当にご存じなのは」

 彼は飛鼠ひそ達の後ろ、かつて砲兵部隊司令部の避難壕のあった場所に陣取るTACタクティカル・エア・カーゴのあるあたりに視線を向けた。

「あそこの連中だけさ」

「その……」

 長は言いづらそうに訊ねた。

「どこまで……その」

「戦力としては未知数だ」

 彼は長の質問を先取りするように答えた。

「はっきり、俺達にとっては敵か味方かさえ不明」

「識別信号を発振し続けろと命じられていますが、そんなことしたら敵に居場所を教えるようなものです」

「無人騎の攻撃ってのは―――皆殺しが当然だ」

「みな……殺し?」

「そう。敵味方じゃない。周りはすべて敵。そう言えばわかりやすいかな?」

「では、私達が識別信号を発振出来なかったら?」

「その時は」

 彼は意地悪そうに言った。

「俺達も敵だ」

「……」

「心配するな」

 彼はそっと言った。

「俺達の任務は敵の撃滅じゃない」

「―――は?」

「砲兵隊撤退までの時間稼ぎだ。敵が攻めてきたら、飛鼠ひそ達を囮にして俺達はとっとと逃げる」

「そんな!」

「俺は死守命令だけはあの司令から出させなかった」

 彼は自信満々に言った。

「俺達の任務は、撤退支援だ」

「ここで敵をくい止めることが、任務です」

「違う。敵が来なくて、そして撤退が完了すれば、俺達はここからずらかる」

 彼はニヤリと笑った。

「お前、こんな所で犬死にしたいのか?」


●鈴谷艦橋

 甲板では美奈代達の発艦作業が続いている。

 メサイアの半端ではない発艦音が響く中、

「……どうも」

 後藤が、他の乗組員に聞こえないよう、小声で美夜に言った。

「まずいことになりましたな」

「……とても、現状で皆に伝えるのは気が引けますね。指揮官として」

「俺は人としても、気が引けますけどね」

「同感です」

「司令部からは?」

「あの司令部むのうどもが」

 ニヤリと冷たく笑った美夜が後藤に顔を向けた。

「こういう状況で即決即断なんて出来ると思ってます?」

「本当に、俺ぁ、上司ってのにだけは恵まれないんですよね。昔っから」

「いいじゃないですか」

「へ?」

「私なんて、上司に夫にまで恵まれていません。恵まれてるのは部下だけです」

「……上には上がいるってことですな」


FDCフライトデッキ・コントールより後藤中佐」

 通信モニターに、メサイアの発艦を指揮している飛行発令所指揮官、中村大尉のゴツい顔が映り、スピーカー越しに、恐ろしくドスの聞いた声が流れた。

 軍人でなければヤクザにしか見えない極悪な顔から出る声に、美夜は本能レベルの恐怖を感じてしまう。

「中隊全騎発艦を確認。コントールをそちらへハンドオーバーする。よろしく頼むぜ」


 美奈代達が全騎発艦に成功して以降は、メサイア隊に対する命令権は中隊指揮官である後藤に移る。


「了解した―――敵陣地に動きは?」

「偵察隊よりのデータ入りました―――ん?」

 レーダー要員の笠間少尉が首を傾げた。

「どうした?」

「戦況モニター出します。敵陣地に大きな動きあり」

「動き?」

 思わず互いに顔を見合った後藤と美夜が、同時に艦橋前面にある巨大な液晶モニターに映し出された戦況情報に視線を向けた。

「―――これは?」



「中華が撤退している?」

 美奈代は、後藤に言われた言葉の意味がわからなかった。

 圧倒的な砲兵火力をもって、敵を圧倒する力を誇る彼等が戦場から離脱する理由が思いつかない。

 強いて言えば……

「……砲兵陣地の移動、ですか?」


「いや」

 後藤は首を左右に振った。

「完全な撤退だ」


「て、撤退って、まさか!?」


「事実だ。偵察隊が陣地から撤退する大規模な車列を確認している。

 間違いなく弾薬運搬車両だ。ハイウェイに長い車列を作っている以上、完全な退却に入っていると判断できる」


「……昨晩のお話は」

 しばしの沈黙の後、言った。

「本当のようですね」


「……ああ」

 後藤は肩をすくめた。

「しかも、奴さん達も知っていると見える」


「そりゃ」

 美奈代は苦笑気味に答えた。

「あの連中の方が、敵に近いでしょうし?それに」


「それに?」


「―――絶対、何らかの被害、受けてます。殴られて、相手に気付いた」


「そう判断する方が妥当だろうね」


「で?世間話はともかく、我々にどうしろと?」


「砲兵陣地に陣取っているのはメサイア部隊。中華の砲兵隊は、メサイアの楯の後ろで逃げ出している。この状況の変化の下で、お前が何を求めるか」


「そんなの」

 呆れた。と言う顔になった美奈代は、

「後藤隊長が決めることでしょう?あなた中隊長なんですから」


「お前も成長したねぇ。反抗期か?」


「左遷希望です。銃殺台はお断りですが」


「絞首台を準備してやるよ」


「……冗談ともかく」


「俺は本気だがね」


「土下座でもしましょうか?」


「命乞いは聞かないよ。欲しいのは戦果でね」

 後藤は答えた。

「どっちにしても、主役は俺達じゃない。砲兵とメサイア、どっちを叩いても、戦功はドイツのもの。俺達ゃ、影だからね。お日様の脚光を浴びる立場にない」


「……全責任はとっていただけるというなら、案はありますけど」


「指揮官は」

 チェシャ猫みたいな顔だなと、美奈代は後藤の顔を見て思った。

「責任とるためにいるからね」


「前線指揮官の肩書き、今すぐ返納させていただきます」

 美奈代は首の辺りをわざとらしくさすった。

「痛いの嫌いなんで」


「―――で?」


「……戦果は最大、リスクは最小に、そんなことさせてください」


「それ、聞かせてもらおうか?」



「あいつらしいというか」

 宗像はあきれ顔のまま、戦闘速度を発揮する“白雷改”を駆る。

「何、考えてるんだというべきか……」

 地上すれすれの超低空侵入を夜間にやれだなんて、考えるヤツの神経が知れない。

 本気で美奈代の脳みそをえぐり出してみたくなった。

「高度2万メートルからのダイブとどっちがいい?なんて、選択肢になってないっていうのが、どうして理解できないのか」

 どういう仕組みか本気で聞いてみたくなる光学補正装置が、明け切らぬ北米の夜を昼間さながらに描き出す。喩え世界で一番安全と称えられるMCメサイア・コントローラー管制下のフライトとはいえ、ギリギリの大地が迫り来る錯覚から入る恐怖感は、ちょっと表現出来ない。

「言うだけ無駄か……部隊全騎」

 宗像は隊内通信を開いた。

「和泉の無謀のおさらいだ」


 作戦という言葉を使わないのは、宗像なりの抗議の現れだ。

 こんな命令を押しつける横暴ぶり。

 これを作戦として立案する無謀ぶり。

 なにより、発想内容の乱暴ぶり。


「横暴と無謀と乱暴。「ぼう」が3つで参謀だと誰から聞いたが……あいつは間違いなく、その典型例だ」


「そんなことありません!」

 涼がむっとした声で抗議した。

「お姉さまの作戦は、成功率が高いから安心できます!失敗したことありませんから!」


「そりゃ……そうだがな」

 宗像は、いくつかの作戦を思い出してみた。

 確かに無謀と思う作戦は多かったが、どういうわけか部隊全体で危機に陥ったケースは覚えがない。

 奇策だが堅実に結果だけ残してきた。

「全騎、無事生還は運だけじゃない……そういうことか」


「そうです!」

 涼は胸を張って答えた。

「作戦がしっかりしてなければ、そうは行きませんから!」


「そう願おう。あの迷参謀殿の作戦についてだが」

 宗像は話を戻した。

「敵は現在、ハイウェイ周辺を縦列で移動中。我々の任務は、可能な限り無傷で敵の列車砲を手に入れることだ」


「手に入れてどうするんです?」

 有珠ありすが訊ねた。


「捕獲してから考えるといっていた」


「そんな無謀な。捕獲した後の管理は?」


「応援でも呼びつける気だろう。近衛だって陸軍だって、飛行艇付きの列車砲なんて、欲しくないのかと聞かれれば、喉から足どころか《自主規制》まで出すだろうさ。欲しいなら取りに来い。そう司令部に伝えれば、明日には日本から特別便が来るだろうよ」


「それは豪勢な」

 かおるが笑っていった。

「私達、分け前はないですよね」


「下っ端の辛いところだ―――突入まで3分。敵にメサイアの護衛はない。

 山崎と美晴、敵車列の頭を止めろ。月城大尉と有珠ありすは左。私は右から行く。狙撃隊は後方に展開。

 フィアは狙撃隊と行動を共にしてくれ。

 作戦第一段階は車列の停止。

 第二段階で、車列の制圧に移る。

 最重要目標は、兵員輸送艇。

 列車砲は構造上、兵員を搭乗させるスペースはないから、兵員輸送艇がいるはずだ。そいつを確保しろ。たたき壊す必要はない。

 最悪は破壊して構わんが」

 宗像は言い淀んだ。

「列車砲運用要員は推定で千人を超える。意味を考えてくれ」


「……今更」

 美晴はポツリと言った。

「機甲師団まるまる焼き殺した私達ですよ?今更何を遠慮する必要が?」


「殺しを好むな……危険だぞ?」


「殺させたのは誰です?私の意志ではないはずです」


「トリガーを引き、剣を振り下ろすのは我々、騎士や兵士の務めだ。だが、その殺意は国家のもの。それは詭弁だ。柏、やりたければやれ……それで気が晴れたとしても、お前を待っているのは軍法会議と銃殺台だ」


「……」


「自暴自棄になるな。自分の命に釣り合う殺しをしろ。千人殺しても死んだら意味がない」


「―――了解」

 美晴は憮然とした声で言った。

「私と大ちゃんは敵車列の停止に傾注します。そっちの方が望みです。台車の破壊は許可いただけますか?」


「その辺は任せる。適宜判断しろ」


「了解」


「お姉さま」

 宗像騎のMCメサイア・コントローラー、桜庭優からの報告が入る。

「敵車列直前。接敵まで30秒」


「フィア。電波妨害頼む」


「わかった。レーダージャミング開始する」


「効率よく行こう」

 宗像は大きく息を吸い込んだ。


「全騎、戦闘展開―――かかれっ!」




●中華帝国軍 兵員輸送艇内 高級士官室

「どういうことだ」

 砲兵部隊を率いる張少将には、総司令部から送られてきた撤退命令の意味がわからない。

 砲兵師団司令部を兼ねる兵員輸送用201号艇の指揮官用に割り当てられた私室で、彼は睡眠不足の目を擦りながら副官に尋ねた。

「総司令部は何を考えているんだ?増援を送るわけでもなく、下がれとは……しかも、メサイアは全て前衛に残せだと?給弾用メサイアまでベルゲとして残せとはあんまりだと思わないか?」


「全くです」

 当番兵の持ってきたコーヒーを勧めながら、副官は答えた。

「おかげで我々は丸腰で移動です。ここを叩かれたら終わりだということを、総司令部は理解しているのでしょうか」


「司令部が我々に要求しているのは、指定した時刻に所定の場所に布陣することだけだ」


「……まさかと思いますが」


「何だ?」


「前線で反応弾の使用が?」


「バカな」

 コーヒーを受け取りながら、張は顔をしかめた。

「反応弾を使用したら、反撃の一撃は祖国に落ちるぞ。そんな状況を望んでいるのか?」


「……いえ」


「命令は本物なんだな?これで敵の欺瞞でしただと、我々の首では済まないぞ」


「通信コードまで確認しています。本物としか判断出来ません」


「なら、後方で何があった?」


「後方に下がればわかります」


「それもそうだな……」

 張は苦笑しながらコーヒーに口を付けた。


 ズンッ!

 ギィィィィィィィッッッ!



 艇を揺るがす激震が走ったのはその瞬間だった。



 数万トンもの規模を誇る艦が激しく揺れ、そして前につんのめった。

 その衝撃で、

「熱いっ!」

 コーヒーを胸元一杯にこぼした張が思わず悲鳴を挙げた。

「くそっ!?何だ!被弾したのか!?」


「張司令より艦橋!」

 副官がデスクの上の艦内通話を掴んだ。

「何だ!?何が起きた!?」


 艦橋からの返事は早かった。

 ただ、その内容は、決して副官の聞きたい内容ではなかった。


「敵襲だと!?」


「隊列最前方、“対馬1号砲”前にメサイア2が出現!左右後方にも確認されています!」

 艇長は通話装置の受話器に怒鳴った。

「最悪なことに」

 艇長は艦橋の外を引きつった顔で睨み付けた。

 船窓の外から自分達に突きつけられているモノが何か、イヤでもわかるからだ。

「我が艇真横に……敵メサイアが出現。銃口をこちらにむけています」


「……だそうです」

 メサイアの攻撃能力の高さは、軍人としてイヤになる位知っている。

 その火砲の命中精度は、砲兵として嫉妬に狂うほど正確にして、高い破壊力を誇る。

 まともに目を付けられれば、逃げる事なんて出来る相手じゃない。

 それを骨の髄まで知る副官は、受話器を握りしめたまま、張に現実を言った。

「部隊の現状で、対メサイア戦は不可能です」


「逃げることもか」


「砲台の陸上速度は20ノットが限界」

 副官は苦笑いをした上で言った。

「メサイアから逃げる方法があれば命令してください。司令」


「……」

 張は瞑目したまま、しばらく沈黙を続けた。

「……師団全将兵の安全の保証を交換条件として認めるよう、敵に要請してくれと、艇長に伝えてくれ」


「抗戦はしないと?」


「抗戦?ここでその言葉が出てくるとは……私は、君が王政党の政治将校だとは知らなかったよ」

 張もまた、苦笑した。

「いい方法があるなら聞こう。君もご存じの通り、移動中の列車砲は薬室に一発の砲弾も搭載していない。自衛用の機関銃さえ搭載していない、完全な丸腰だ。体当たり?鈍重な艇の鈍い体当たりをまともに受けるメサイアが存在するものか。何をしろと言うのだ?」


「……」


「逃げることも出来ず、メサイアに対抗できる戦力もなく、ただ、存在するものは将兵の命だけだ。それに、白兵戦は砲兵のすることではない」

 張は幾分、落胆した顔で言った。

「部下の無駄死には指揮官の恥じる所だ。砲撃戦の機会を奪われた時点で、砲兵たる我々の戦争は終わった―――そういうことだ」


「……大変、残念です。我々は、いい仕事をしていたのですが」


「同感だ」


 艇長に降伏を命じる副長の前。

 張は引き出しの中から拳銃を取りだした。







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