若手の苦労
「戦局は刻一刻と変化するものだ」
ドイツ北米派遣部隊司令官、第2メサイア師団のレンネンカンプ司令は、苦しい顔つきで言った。
「そうは思わないか?諸君」
居並ぶ大隊指揮官達の中にはフォイルナー少佐がいた。
「北部方面は優勢に転じつつあった。少なくとも2日前まではそうだった」
「……」
大隊指揮官達は、彼が何を言おうとしているのか知っている。
彼が、ここで同意さえ求めていないことを、知っている。
「諸君も知っての通り、チンク共が砲兵部隊を前進させるまでは」
「……閣下」
皮肉屋で知られるクロイツェル少佐が、口元に意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「“あれ”を砲兵と呼ぶのですか?」
「言い方ではないぞ?ルーカス」
「文句も言いたくなりますよ。司令」
「……違いない」
最前線で何があったか?
中華帝国軍の無差別砲撃だ。
しかも、単なる砲撃ではない。
問題は、その砲の破壊力だ。
30センチ以上の戦艦から下ろした大口径砲を搭載する列車砲。
特に、人類最大口径を誇る80センチ砲搭載型列車砲までも重量物移動用の特殊TACに搭載した機動列車砲部隊、もしくは陸上戦艦砲部隊と呼ばれる部隊が北部方面に投入されたのだ。
はっきり言う。
この部隊の打撃力を他と比較したければ、それは砲兵部隊と競うより、海軍の戦艦部隊と競う方が正しい。
砲の口径が30センチを超え、最大80センチという超大口径を擁する集団と、最大でも20センチ程度の砲しか持たない砲兵部隊を比較するのはあまりに酷だ。
2日前の昼から始まった砲撃は、今でも続いている。
メサイアを砲兵の代わりに使用する、コスト無視の砲弾供給システムが物を言い、その砲撃速度は列車砲とは思えないほど早い。
容赦のない砲撃が繰り返され、戦線では砲撃によって巻き上げられた土砂や死体、もしくはその破片が雨のように降り注ぐ。
砲撃は地面をクレーターに変え、地形を一変させた。
80センチ砲弾の直撃を受けた野戦司令部は、地下30メートルに渡って、その土地ごと消滅させられた。
陣地は兵士ごと破壊され、とてもではないが戦線は全く維持できる状態ではない。
砲撃を恐れて前線の兵士達が塹壕から逃げ出す者が続出した。
或いは戦闘を放棄したとしても、指揮官達ですら文句が言える立場ではなかった。
何しろ、彼等の多くもまた、兵士達共に後方に逃げていたからだ。
しかし、米軍側も一方的に叩かれたわけではない。
そう、言いたいが―――現実はその通りだった。
陣地防衛用に布陣していた米軍側砲兵陣地に配備された砲兵部隊に配備されていたのは、M777榴弾砲。
口径155ミリ、射程約30キロの彼女達を熟練の陸軍砲兵部隊の兵士達が駆使したものの、その砲撃は中華帝国軍に髪の毛ほどの損害さえ与えることは出来なかった。
砲兵達の技量が未熟だった?
違う。
防衛用に彼等が投入した、ある新兵器の存在がここで大きく働いたのだ。
バリアシステムだ。
小型の無人TACにFGF発生装置を搭載した簡単なシステムで、メサイアのセンサーが感知した敵の攻撃の飛来方向に対して、重力力場を展開させるだけ。
ただし、万物を原子の塵に変える重力力場の強力な作用と、MCによる正確無比なコントロールにより、対攻撃阻止率は100%に近い。
いくら米軍が中華帝国軍の砲兵陣地に砲弾を撃ち込んでも、上空で完璧に阻止されてしまう。
対する中華帝国軍は、砲兵陣地から一方的に巨大な砲弾を思う存分、撃ち込む事が出来る。
この差は歴然としていた。
米軍の砲兵部隊は壊滅的打撃を被り、各陣地は容赦のない破壊にされられた。
中華帝国軍の砲兵陣地に列車砲部隊が投入されてから、ほんの短期間のうちに、シカゴにある米軍司令部は、最早北部の守りたる最前線を維持することが出来ないと判断。
全部隊の後退を正式に命じるまでに陥っていた。
「“ドーラ”の砲撃だろう?あいつを頭上にばらまかれて逃げるな。という方が無理だ」
「“ドーラ”だけじゃない。30センチ砲から40センチ砲まで艦砲も加わっている」
「おやおや?元はどこの国の製品だ?そりゃ」
「オリジナルを使っていれば、メイド イン ジャーマンの麗しい刻印を拝見できるだろうさ」
「海軍が艦砲をチンクに売却したのが悪いんだ」
「違うだろう?艦砲の生産施設まで売却したクルップの責任だ」
「……諸君」
勝手なことを言い出した部下を前に、レンネンカンプ司令は額に青筋を立てた。
「ワイツヴェルガーの野郎なら今頃、“演説”が始まっているような事態だぞ?」
メサイア師団の中でも有名なうるさ型であるワイツヴェルガー少将は、会議の度に所要時間の8割を怒鳴り散らして浪費する事で知られ、部下はその迷惑な時間を“ワイツヴェルガーの演説”と呼んで嫌っている。
「今、忌々しくも、我々に筒先を向けているのが、我が国の産物であることははっきりとしている。それだけに砲そのものの狙いは極めて正確だ」
「喜ぶべき所ですか?第一、あれはキムチ野郎に売却したのでは?」
「ニンニク臭い野郎共に、チンク共が命じたのさ。よこせとな」
「それをTACの土台に乗せた」
「そうだ。艦砲も大型TAC」に搭載。山野を問わずにどこでも飛来できるようにした。ちなみにこの足場はフランス製がベースだ」
「……俺達、ヨーロッパ人は」
クロイツェル少佐は笑って言った。
「売り手を間違える点でだけ、差異がありませんな」
「商売下手という意味でなら同意する」
レンネンカンプ司令は苦笑しながら頷いた。
「その落とし前は、我々軍人の仕事だ」
「請求書はクルップにでも送りつける?」
「経理は俺達の仕事じゃない。それに、同国の愛すべき製品を破壊するようなマネが出来るか」
「―――では?誰が行くんです?」
クロイツェル少佐は、その答えが気に入ったらしい。ニヤリと笑ってそう訊ねた。
「愛国心の現れとして、挽肉にされにでも?」
「日本軍がいるだろう」
「……あまり、面白くない話ですな」
「毒には毒をもって―――猿には猿をもって」
レンネンカンプ司令はクロイツェル少佐に訊ねた。
「少佐?私は何か間違ったことを言っているのか?」
「―――いえ?」
クロイツェル少佐は、新大陸国民のように大仰に肩をすくめた。
「来年あたり、名言集のトップに記載されるでしょうな。感服です」
「日本側との簡単な協議は終了している」
レンネンカンプ司令は言った。
「あの厄介なバリア破壊は、日本軍が責任を持つ。連中のバリア破壊を確認した後、我々が砲兵陣地に斬り込む。作戦としては簡単だろう?フォイルナー少佐」
「……」
突然、指名を受けたフォイルナー少佐は形通りに答えた。
「そう……ですね」
「ならいい」
レンネンカンプ司令は満足そうに頷いた。
「支援はしてやる。大隊の活躍には期待しているぞ?少佐」
「……つまる所」
大隊の作戦会議の席上、ヘルガは、フォイルナー少佐に訊ねた。
「日本軍を生贄にして、そのスキに叩く?」
「というか、私達が生け贄じゃないですか」
「モノの言い方を覚えろ―――中尉」
フォイルナー少佐はムッとした顔で言った。
最近、少佐の顔に喜怒哀楽がはっきり浮かぶようになったなと、ヘルガは思った。
「日本軍がバリアシステムを破壊したのを確認後、飛行艦の艦砲射撃により砲兵陣地を攻略する」
「……ものは言い様ですね」
「日本軍側の作戦は、彼等に一任されている。我々が彼等に要求するのは結果だけだ」
「それで?肝心の我々の作戦は?」
「―――こうだ」
フォイルナー少佐は、黒板に張り出された戦域地図を指示棒で突いた。
「砲撃陣地の周辺。その最外縁は、半径5キロに渡って地雷原が構築されている。
地雷の種類は接触型と感応型、ワイヤータイプと、8種類。連中が保有している対メサイア用地雷のあらゆるタイプが確認されている。
踏めば爆発、ホバー移動の風圧でも起爆、地面に張り巡らされたワイヤーを切断して吹き飛ぶ可能性もある。
まさに、悪魔の園だ」
「……」
ウウッ。
居合わせた騎士達の間からうめき声があがる。
「この悪魔の園の主役は地雷だが、同時に監視たるメサイアが地雷原の内側から目を光らせている。
対メサイア用大型狙撃砲が、地雷原突破を試みる敵を狙撃してくる。
つまり、地雷を回避していると狙撃砲の一撃をかわしそこねるという寸法だ」
「工兵隊は?爆導索で、ドーンっと」
ツァーノ少尉がうんざりとした顔で訊ねた。
「工兵隊に、チンク共の餌食になれと?」
「貴い犠牲です」
「工兵隊に面と向かって言って見ろ。命の保証はせんぞ」
「……」
「新型の投擲型サーモバリック爆弾を使用して地雷原を強行突破する。ツァーノ少尉。突撃と爆弾の投擲、どちらに就きたいか」
「そりゃ……」
ツァーノ少尉は、顔をしかめて唸った。
「―――騎士ですから、突撃で」
「よろしい」
フォイルナー少佐は頷くと言った。
「現状、確認されているメサイアの数は約40。2個大隊程度だ。
配備されているのは、赤兎改と飛鼠タイプの新型。
後者については、極東戦線で魔族軍にも配備されているという“未確認情報”が入っている」
「魔族軍が?何です?チンク共は悪魔とも取引を?」
「詳細は不明。無駄な想像をしているヒマはないと思え。
本作戦で投入する小隊を発表する」
「……」
騎士達にとって、緊張の瞬間がやってきた。
大隊戦力の全てを投入することは、基本的にあり得ない。
万一、作戦に失敗した場合、大隊の全戦力を喪失する恐れさえある。
後方で待機して、最悪の事態に備える予備戦力を確保するのは当然なのだ。
「アインツ、ツヴァイ、フュンフの三小隊」
何人かの騎士が体をピクリと動かした。
「前衛担当。
各小隊、陣形は楔型をとり、三手に別れて侵入する。
全騎、火炎放射装置を装備。
地雷原通過の後、敵狙撃部隊の陣地を突破。メサイア部隊との交戦より砲兵陣地攻撃を優先させろ。
狙撃部隊との砲撃戦担当は、ドライ、ゼックス、エルフ小隊」
「何でですか!」
顔を真っ赤にして席を蹴ったのは、エレナだった。
「私達は十分戦えます!前線で実績を作りました!わ、私っ、小隊指揮官として前衛を志願します!是非、エルフ小隊を前衛に加えてくださいっ!」
「―――大型狙撃銃及びロケットランチャー装備で地雷原外縁に配置する」
「少佐っ!」
グイッ!
くってかかったエレナを、ヘルガが乱暴に椅子に座らせる。
顔を真っ赤にしたまま、フォイルナー少佐を睨み付けるエレナは、少佐に完全に無視された状態だ。
「他部隊は指定地点にて全騎待機。
必要に応じて補充に入ってもらう。
なお、今作戦は、我が大隊にとって日本軍との初の共同作戦となる。
日本側との指揮権の共通化は行われないが、誤認攻撃なきように、敵味方の識別は厳重にするように」
「エレナが気の毒です」
大隊長室に戻ったフォイルナー少佐にブリュンヒルデが言った。
「あの子、私達がいない間、戦線を支えていた自信があるんですよ」
「……彼女はもう少し」
フォイルナー少佐は席に座った。
「行動の前に、考えるという姿勢が欲しいものだ」
「教えてあげるのも指揮官の務めですよ?」
ブリュンヒルデは、コーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぐ手を止めない。
「あの子、前衛に抜擢されるって自信もっていたから、解散の時に泣いてましたよ?」
「……」
「……まぁ。狙撃の腕前があるからこそ、この大隊に抜擢したヴォルフの判断からすれば順当な配置なんでしょうけど」
黙るフォイルナー少佐に、ブリュンヒルデはコーヒーを出した。
「肝心のヴォルフは、戦果よりも日本軍の活動にこそ興味があるんじゃなくて?」
「……」
「大当たり♪」
はい。熱いから気を付けて。
ブリュンヒルデは、別なカップをイリスに手渡した。
甘い香りが、中身がココアだと教えてくれる。
イリスのほんわかしたほほえみが、いつもなら張りつめた空気に包まれるこの部屋を、少しだけ暖かくしてくれる。
「違うの?」
「……私が不満なのは」
「?」
「せめて日本騎を間近で見る機会が欲しい―――それだけだ」
「見てどうするんです?」
「……それから決める」
「相変わらずの考え無しなんだから」
ブリュンヒルデは苦笑しながらイリスの目の前に座った。
「作戦が終わった後、ミーティングとでも何とでも言って、日本軍と接触すればいいではないですか」
「なかなか、そうもいかん」
「?」
「中華帝国軍の後方の動きがかなり慌ただしい」
「大きく撃って出る可能性が?」
「違う」
フォイルナー少佐は、引き出しから取りだした写真をデスクの上に広げた。
席を立ったブリュンヒルデは、デスクの上に並んだ写真を見た。
「……これは?」
「テキサス方面の旧米軍側防衛線。昨日の写真だ」
フォイルナー少佐が指さした一枚を手にする。
幾何学模様の線に見えるのは、全て塹壕だ。
大型の重機がいくつも塹壕の構築に駆り出されているのがはっきりとわかる。
「対空砲陣地に、対戦車塹壕ですよね?これ……防衛陣地を構築しているのですか?」
「正確には、防衛線だな。同様の工事が数十カ所で確認されている」
「何故?」
ブリュンヒルデには理由がわからない。
中華帝国軍は、攻勢に出ているのだ。それが、なぜこのような防衛設備を構築している?
「……ブリュンヒルデ」
フォイルナー少佐は、静かに、しかし、はっきりとした声で言った。
「狭く入り組んだ地形を利用し、前方に地雷原を敷設。
対空砲を主力とした対空陣地が、相互カバー出来る用に配置されている。
君も、この配置には覚えがあるはずだ。
この典型的な配置は……間違いようがない」
「……」
じっ。と考え込んだブリュンヒルデは、ハッとなった途端、顔色を変えた。
「まさか!」
ブリュンヒルデは、恐ろしいものを手放すかのように、写真をデスクに戻した。
「考えすぎです!きっとこれは、米軍の反撃を恐れて!」
「……悪い情報はもっとある」
フォイルナー少佐は、コーヒーを脇に置いた。
「……」
「諜報部からだ。中華帝国軍司令部は、北米大陸からの完全撤退を北京に進言している。最前線の各部隊も撤退を開始し、奴らが優勢だったはずの前線は、相次いで放棄されている。
米軍は、その隙をついて反撃に出ようとしているが、連中にとって不幸なことに、空爆によって寸断された補給線がつながっていない」
「……そんな」
「こんな状況を、君も見たことはあるはずだ。若かった頃に」
「わか?」
「……どうした?今、凄まじい殺意を感じたが?」
「……いえ」
「まぁ、いい」
フォイルナー少佐は、何故かコーヒーカップを掴む自分の手が震えていることに気付いた。
「……」
背筋が寒いなんてものじゃない。
それが何なのか、彼自身がわかっている。
恐怖だ。
初陣の時よりも、部隊が全滅した時よりも、遙に強い恐怖を覚えた。
彼は、その恐怖から逃れるように話を続けた。
「再三に渡る米軍の攻撃要請にもかかわらず、中華帝国軍の砲兵部隊を師団司令部が攻撃しようとしないのは、その攻撃が無駄だからだ」
「……成る程?」
ブリュンヒルデは冷たい声で言った。
「可能性としては、我々がこの砲兵部隊に砲撃支援を求める可能性もある―――と?」
「簡単に言えばそうなる」
彼は無理矢理コーヒーを喉に流し込んだ。
味が、まるでわからない。
「だから、本来ならば潰すことなんて考えたくないのだ。
中華帝国軍は、間違いなく何かから逃げている中だ。
奴らは、それと対峙することが無駄だと、そうわかっているからこそ、逃げている。
下手すると、この砲兵陣地も時間を待たずに撤退する可能性が高い」
「なら、この先、どうなるんですか?作戦は継続?」
「司令部からは中止命令は来ていない。それに、人間同士の戦いはしばらくは続くだろう。だが、すぐに無駄だと、皆が気付く」
ふうっ。
小さくため息をついた彼は、窓の外を見た。
青い空に白い雲が浮かぶ、美しい世界が、そこには広がっていた。
「……気付いてからでは……遅いのだがな」
「―――わからないことが、二つあります」
ブリュンヒルデは、その背中に言った。
「まず一つ……どうして、こんなことに?」
「それが中華帝国軍の狙いだったのか。それは現在、諜報部が死に物狂いで調べている。判明するかそのものが不明だ」
「裏で魔族軍とつながっていると聞きますけど、あれは本当だと証明されたことになりますね」
ブリュンヒルデは、汚らわしい。と、吐き捨てる様に言った。
「許せません」
「同感だ。しかし、我々は任務に従えばいい。下手な正義感は寿命を短くするだけだ」
「わかりました。では、最後にもう一つ」
「……何だ?」
「―――イリス?」
「はい?」
「部屋から出なさい。これ以上は子供は見てはいけません」
「は……はい。あの……失礼します」
ブリュンヒルデの気迫に押される形で、イリスは部屋から出ていった。
「ブリュンヒルデ?」
「最後の質問です」
ブリュンヒルデが、デスクを回り込むとフォイルナー少佐の前に仁王立ちになった。
その顔は、フォイルナー少佐にはとても人間の顔とは思えなかった。
「……どうした」
「ヴォルフ……」
「う……うむ」
「さっきの……」
「……何だ」
「私が若かった頃というセリフについて、納得のいく説明をお願いします」




