フィアとの再会
●鈴谷
鈴谷のデッキにTACが着艦したのは、午後2時頃だった。
鈴谷と並行するように航行するのは、マラネリ王国軍所属の高速飛行艦「黄金の暁号」だ。
「あの国からここまで何時間で来たのよ」
デッキに降り立った少年王に、紅葉は開口一番、文句に近い軽口を叩き付けた。
「2時間ちょっと。常識の範疇だ」
「どういうジェネレーター搭載してるのよ」
「後で教えてあげよう。お師匠様は?」
「坂城さん……整備部隊の隊長と話し込んでる」
「ああ……」
少年王の足が止まった。
ハンガーの奥で、仕立てのいい背広を着込んだ老人が、背の高いサングラスをした銀髪の整備兵と何事か話し込んでいた。
整備兵の自信にあふれた顔と、相変わらずのポーカーフェースを浮かべる老人。
何だか懐かしささえ感じる光景とはいえ、それを見る彼の心中は複雑だった。
「……デュミナスで勝てたと思ったけど」
ハンガーデッキに並ぶ“白雷改”を眺めながら、軍服を着た小太りの少年王の口からため息が出た。
「……あなたには負けた」
「精霊体を使わずにあんなレベルの騎体を作っただけで褒めてあげるわよ」
紅葉は面白そうに少年王の頭を撫でた。
「ホント、あんた偉い」
「……やめてほしい」
グリグリと頭を撫でられた少年王は、頬を少しだけ赤くしながら答えた。
「詳しい者が見れば、あれがモンキーモデルだとすぐにわかるだろう。それに、僕はこれでも国王だぞ?」
「メサイア絡みの時は、対等の立場だって言ってきたのはあんたの方よ?」
「……っ」
「ほんと、あんたはかわいいよ?」
紅葉に微笑まれた少年王は、不意に視線を外し、ふてくされたように言った。
「男に可愛いはヘンだと思う」
「そう?とにかく」
紅葉は小さく首を傾げた。
「デュミナス、大活躍じゃない。おめでとう」
「……その初陣を前に、君は“死天使”を作り上げた」
「カイザーの反応は?」
「デビュー戦には大満足らしい。制式採用は前向きに検討すると言われたけど、いろいろモメもしたよ」
「黒狼様と白狼様の専用機。世界的なビックネームの愛機となれば、そりゃハクがつくもんね」
「……それで」
少年王は、ハンガーを見回しながら言った。
「“死乃天使”は?」
「ああ。一番奥のデッキ。後で案内してあげる。お師匠様にも報告したんでしょう?デュミナスの件。ついでにレクチャー受けておきなさい」
「しかし、普段は出不精がモットーのお師匠様が……何故?」
「あんたと同じ」紅葉は言った。
「“死乃天使”の情報を知りたいのよ」
「このエンジンマウント方法は」
紅葉の私室に入った少年王は、紅葉がコーヒーを出すのを待ちながら言った。
その目の前には、“死乃天使”の仕様書が広げられている。
「コロンブスの卵だ」
「でしょう?」
熱いわよ?そう言いながら、紅葉はコーヒーカップを少年王の目の前に置いた。
「私にもこの発想はなかったわ」
「君の発案ではないのか?」
少年王の目の前に座ったフェルミ博士が、おや?という顔になった。
「残念ですが」
全員の前にコーヒーを置いた紅葉は席に座った。
「私ではなく、和泉大尉の発想です」
「技官か?」
「“死乃天使”のメサイア使いです。新開発の飛行ユニットの発想も、彼女のものです」
「確か、女性だったな」
「呼んできましょうか?」
「いや」フェルミ博士は首を横に振った。
「素人の突拍子もない発想は時に我らを超える。それだけのことだ。賞賛に値するとは思えん」
「……はい」
「無論、あの戦いぶり。目の当たりにした世界中の騎士達が熱くなっているだろう」
「世論の反応は凄まじいですよ」
少年王はコーヒーを飲みながら言った。
「紅葉さん。お茶菓子の心配は」
「してないわよ」
「……重武装重装甲、全てをなぎ倒す“破滅の嵐”とさえ呼ばれる帝剣を、わずか10秒で12騎喰ったのです」
「今朝の朝刊トップの記事になっていたぞ?敗北主義に染まりかけていた世論も動くだろう」
「メサイアを熟知した武官達も騒いでいましたよ。あの帝剣を喰らうとは、インペリアル・ガーズのメサイアはバケモノか……と」
「伊達に修羅場はくぐっていないからね。あいつらも」
「あの2騎の戦いぶりはたった10秒に過ぎないが、その10秒が世界に与えた影響は決して少なくないはずだ。
あの戦いぶりに刺激を受けて、興奮した騎士がごまんといるだろうよ。
よい戦意高揚のネタとなってもらいたいモノだが、我らは我らの仕事がある―――殿下」
「はい」
少年王は頷くと、脇に控えていた武官に命じた。
「例の設計図を」
「はっ」
武官がバインダーから大きな図面を引き出した。
「量産を前提としたデュミナスの後継騎の設計図です。意見をうかがいたい」
「黒狼専用騎?」
「いや。まずは我が国の軍向けの精霊体搭載型だ。海外には非搭載型のモンキーモデルを輸出する。しかし、例えモンキーモデルでも、僕の考えでは、ドイツや欧州にくれてやれる最大限のスペックを想定している」
「私達三人が設計する最強の騎……」
「暇つぶしには、悪くないな」
「お姉さまぁっ♪」
鈴谷に戻った美奈代をまず出迎えたのは、涼のそんな声だった。
「り、涼っ?」
コクピットから出た所で、突然、誰かに抱きつかれた美奈代は、その声でやっと相手が涼だとわかった。
「お姉さまぁっ♪さみしかったですぅ♪」
「ち、ちょっと!?」
驚く美奈代は、涼に抱きつかれたまま、無重力のハンガーを流れていく。
「落ち着け涼っ!これから艦橋へ着任の挨拶に―――」
「そんなの後でいいじゃないですかぁ!」
美奈代の胸に頬ずりする涼は甘えきった声で言った。
「私にそ、“ご挨拶”してください!」
ガチャッ!
「り、涼?何で手首をねじ上げるんだ?ついでに、今のガチャッて音は何っ!?」
「スタンガンも用意してあります」
「ちょっとぉっ!」
「和泉大尉!」
遠ざかっていく“死天使”から、牧野中尉の声がした。
「艦長には、私が報告しておきますから!」
「止めてくださぁいっ!」
「シャワー浴びてくださいね!?」
「薄情者ぉぉぉっっ!」
2時間後。
「ううっ……」
美奈代は、涙ながらに通路を移動していた。
「も、もうお嫁にいけない……」
“私がもらってあげます!”
脳裏に浮かんだ、あっけらかんと答えた涼の笑顔を振り払うように、首を強く左右に振った。
「艦長にまた怒られる……」
―――お楽しみだったようだな。
後藤はそう言ってお咎めはなし。
むしろ、艦橋のクルー達の痛いものを見る視線の方が、余程辛かった。
―――艦長?今、休憩に入ったよ?ただ、和泉はすぐ連れて来いとカンカンだったけどさぁ……ああ。心配しなさんな。小清水少尉とのお楽しみは、恋人同士のご褒美だと思って大目に見てやってくれるよう、俺からも頼んでおいたから。
後藤からそう言われた時には死にたくなった。
―――それにしてもお前さん。男に立て続けにフられたって、女に走るってのはどうかと思うけどねぇ……俺は。
―――とりあえず、今のうちに詫びだけは行ってこい。
―――減俸も今なら避けられるはずだ。
「私、一体、周りからどんな目で見られているんだろう……」
泣きながら艦橋を出た美奈代が最初に向かったのは、艦長室。
美奈代は何も考えずにドアを開けてしまった。
あ。しまった。
そう思った時には遅かった。
ドアを開いて、室内をのぞき込む格好になった美奈代の目の前に現れたのは、がらんとした艦長室の中。
何故か、鍵がかかっていなかった。
―――怒られる前にドアを閉めてここから逃げよう。
美奈代はそう思って、音を立てないようにドアを閉め始めた。
すると―――
「あれ?」
中から声がした。
ビクッ!となった美奈代は、ドアを閉めようとしたままで硬直した。
「―――どうしたんです?お姉さま」
え?
お姉さま?
……まさか。でも?
「り……涼?」
いや。そんな馬鹿な。
涼はベッドで失神しているはずだ。
簡単に復活されては、私が頑張って“宗像”した意味がない。
何より、この声は涼じゃない。
若い女の声。
私は、この声を聞いたことがある。
……誰だっけ?
「?あれ?どうしたんですか?」
声はドアの向こう側。
ドアを挟んで、向こうが見えないけど、ドアに手がかかった。
「お姉さま?」
グイッ
力が加わって、ドアが大きく開いた。
そして、その向こうにいた相手の顔が見えた。
「……」
「……」
今、自分がどんな顔をしているんだろう?
多分、相手と同じ顔をしていることだろう。
「……」
「……何してんのよ」
「こっちのセリフだ!」
美奈代はつい怒鳴ってしまった。
それが、この子を相手にした時の挨拶のようなものだったから。
「ここで何をしているんだ!フィアっ!」
「すっかり遅くなったな」
食堂でフィアの食事を受け取った後、人気女優の不倫問題について食堂のおばさん達と雑談にはまったのがまずかった。
すっかり腹を減らしているだろう。
ここ1月近く、昼食が弁当ばかりではさすがに気の毒だ。
とはいえ、二人分の食事を下手に頼み続けるのもどうかと思うし……。
そんなことを考えながら、美夜は弁当箱を手に艦長室に通じる通路の角を折れた。
「?」
うるさいわねっ!
心配してやったのに、何だその言いぐさはっ!
誰が頼んだのよっ!
貴様ぁっ!
痛っ!やったわねぇっ!?
自分の部屋からドスンバタンとスゴイ音がしている。
「はぁっ」
美夜はちょっとだけ、安堵まじりのため息をついた。
どうやら、これ以上は心配しなくて済みそうだ。
「……」
「……」
正座させられた美奈代とフィアが、互いに真っ赤になってそっぽを向いている。
その顔はひっかき傷や手形が走り、髪や服はボロボロだ。
「……というわけだ」
とっくみあいのケンカを止めるのに散々苦労した美夜は、二人の前に仁王立ちになって、説教に痛めた喉をさすった。
「以後、気を付けろ」
「……はい」
「わかりました」
絶対に反省していないことは明白な二人の態度を前に、もうこれ以上、何か言っても無駄だと悟った美夜は言った。
「和泉大尉」
「はい」
「意見を聞きたい」
「意見?」
「後藤さんも知っていることだが、判断を保留していた。フィアの生存を公表したいが、いつのタイミングがいいと思う?」
「現場の混乱を考えれば」
美奈代は即答した。
「このまま、死なせた方が」
ガンッ
脇腹にフィアの肘が入った。
「やったわね!?」
「何よ!この薄情者っ!」
ガンッ
ガンッ!
「……いい加減にしろ」
まっすぐ垂直に振り下ろされた美夜のげんこつが脳天に炸裂した二人は、頭を抱えてその場にうずくまったまま、声が出てこない。
「フィア」
「……はい」
「今晩、後藤さんと高木副長を交えて面談する。そろそろ、生き返ってもらうから覚悟しておけ」
「……へ?」
「無理」
ハンガーデッキにいた紅葉は言った。
「“白雷改”と前衛でドンパチするなんて、殲龍には無理っていうか」
「……」
「……あんた、殲龍の本来の意味、わかってる?」
「電子戦闘騎でしたっけ?」
「精霊使い専用操縦システムと、ジャミングシステム双方の評価を任務とする試験騎。実戦配備なんて認められていないし、対メサイア戦なんて想定外。それでメースまで仕留めたフィアちゃんが、並じゃないってことなんだけど」
「……じゃあ」
「後方で大人しくしてもらうか……それにしても」
紅葉は首を傾げた。
「どうしたの?今頃になって殲龍なんて」
「……いえ」
美奈代はお茶を濁した。
「……浮いているから。どうするのかなって」
「あれは予備騎どころか……私にもわかんない。搭載する操縦システムがシステムだけに、ベルゲにするわけにもいかないし。正直、中途半端なのよね。殲龍の位置づけも……まぁ」
「は?」
「フィアちゃんが復活したら考えることしている」
「えっ?」
「艦長がフィアちゃんの生存をいつ公表するかにかかっているわね」
「あいつが生きてるの、ご存じだったんですか?」
「……」
じっ。と美奈代を見つめた紅葉は言った。
「―――カマかけただけ」
「なっ!?」
「ホント、あんたって単純よね」
そう、紅葉が苦笑した時だ。
ビーッ!
ビーッ!
警報が鳴り響いた。
「艦橋より全乗り組みに達する。全艦戦闘態勢。メサイア全騎、出撃体勢をなせ!」
「救援要請?」
その言葉に、ブリーフィング・ルームに集まった全員がぎょっとなった。
「ドイツ軍が、ですか!?」
「違う」
後藤は首を横に振った。
「中華帝国軍が、だ」
「いいことじゃないですか」
美奈代には、後藤が何を言いたいのか今ひとつわからない。
「ドイツ軍が頑張っているんでしょう?」
「北方戦線はドイツ軍とカナダ方面から合流した英国軍まで加えてようやく五分だ。ところが、この状態は中華にとっては面白くない」
「……」
「中華帝国軍は―――“例のヤツ”を本国から大量に動員して戦線の挽回をはかろうとしているのは間違いない」
「例のヤツって?」
「飛鼠だよ」
「勘弁して下さい!」
美奈代は悲鳴に近い声を上げた。
「まさか!あのタイプですか?艦長が気絶したっていう!」
「そう。いや……艦長の気絶した所、なかなか色っぽかったぞ?和泉、お前も少しはだな」
「セクハラですか?それともパワハラ?タレコミ用のフリーダイヤル知ってますよ?」
「恐いこと言うなよ……冗談だ」
「飛鼠の件も?」
「……遙ちゃん」
後藤は横に待機していた涼宮遙中尉に言った。
「映像、出して」
スクリーンに映し出されたのは、港の映像だった。
「一昨日、SS03による高々度強行偵察の結果だ」
「エス?」
「都築達だよ」
「都築が!?」
「ああ。偵察任務についている。各地の強行偵察や電子妨害とか……地味だけど、頑張ってると褒めておくよ」
「……」
美奈代は、ちらりと寧々を見た。
都築の生存を知って安堵したのか。寧々は胸元を押さえて深いため息をついていた。
「問題は、埠頭に並ぶこいつ等だ」
後藤は、ズームアップされた画像の一部を指示棒で突いた。
頭部にクセのあるメサイアの映像。
「あいつら……ですね」
「“素材”をどこで確保しているのかは聞かないさ」
“素材”
飛鼠をコントロールする有機体コンピューターの根幹。
つまり、人間だ。
美奈代は、写真で見せられたあの無惨な人体のなれの果てを想像して、思わず口元を抑えた。
「とにかく、あいつ等がここにいる。それだけを考えればいい」
「……」
その通りだ。
美奈代は無言で頷いた。
「俺達も、そうそうのんびりしている訳にもいかない。戦局がこうも悪化したままだと、米軍の力が減る。いいか?俺達がここにいるのは、米軍のお手伝いのためじゃない」
後藤はスクリーンに映る映像を切り替えるよう、指示を出すと厳しい顔で言った。
「米軍の、世界の軍事力を、日本に派遣してもらうためだ」
そう。
ここで無駄に米独英といった各国軍の戦力を消耗させることは、それだけ日本に投入できる戦力が減ることを意味する。
それは巡り巡って、決定的な所で美奈代達に負担となって襲いかかってくるのだ。
「慈善事業やってるわけじゃない。割り切って良い。あらゆる慈悲を否定し、あらゆる正義、人道、とにかくきれい事を無視しろ。
そして、中華を徹底的に叩け。
それこそが究極にして、我々に与えられた絶対的な正義だ。
神とやらさえ認めるだろう大義のため、祖国のため、あらゆる武器を使い、この北米から連中を叩き出せ。
一分一秒でも早く」
「……」
「……ま」
不意に砕けた様子で後藤は大げさに肩をすくめて見せた。
この切り替えの速さの前には、一体、この後藤という人物の裏表が分からなくなる。
「こういう精神論は大嫌いでね。俺ぁ」
パンッ
指示棒を掌で受け止めた後藤は言った。
「作戦を伝える」
美奈代達は、無言で膝の上に置いたクリップボードにペンを用意した。
「北部戦線にむけて飛鼠の大部隊が投入されるという情報がある。北部戦線における米軍は現状、列車砲を含む大規模砲撃部隊の集中砲火を受けて壊滅状態。戦線は崩壊寸前。防衛部隊は完全撤退の手前にいる」
「ど、どうしてですか!?」
芳が唖然とした顔で訊ねた。
「たかが砲撃部隊なんて!」
「これがさぁ……」
後藤は楽しそうに笑った。
「恐ろしく厄介な相手でね」
「こっちから反撃、バリアでくい止めてるんだわ」
「バリアで?」
「ああ。反撃は全部、そいつにくい止められちまう」
「メサイアは」
「まず、連中の砲撃陣地だ。
ほぼ全周囲に、開発した強力な対メサイア用地雷を大量に敷設した地雷原がある。
ホバー程度だったらひっかかってドンだ。
飛行して突破?
その前に狙撃隊が狙いをつけている。
狙撃隊まで、何の間違いで突破出来たとしよう。
次は数にモノ言わせたメサイア部隊の防衛線を突破する必要がある」
ここまで話してから、後藤は美奈代を見た。
「―――和泉?」
「はい?」
「お前の仕事だぜ?」
「……」
「どうする?」
「撤退の二文字がないなら」
「……」
「やってやれないことはないです」
「どうやる?」
「似たようなこと」
美奈代は楽しそうに笑った。
「川中島でやらされましたから」
「川中島?」
「ええ」
美奈代の後藤は、その笑みに二宮を思いだした。
そんなことを知らない美奈代は続けた。
「私達が、二宮教官の子供達だって―――そういうことで




