モンキーモデル
北米大陸の強い日差しの下。
輸送艦部隊の見張りが双眼鏡を空に向ける。
中華帝国軍がばらまいた狩野粒子の影響下。
レーダーは使い物にならない世界。
そこでは、訓練された見張りの目や耳程、頼りになるものはない。
ステルス性を前提に設計されたはずなのに、レーダーを反射しまくる見張り艦橋を、この輸送艦が4基も取り付けているのは、そのせいだ。
「ノイシア1騎、急降下!」
見張りが双眼鏡を構えながら叫ぶ。
上空。
激しいエンジン音が大きくなりながら接近してくるのがわかる。
「―――ふむ」
見張りの教育を担当する下士官が満足そうに頷いた。
これはいい。
訓練に使える。
ここで距離と方位を即座に報告しないのは問題だな……。
「ノイシア、加速するっ!」
「ん?」
下士官が、双眼鏡を手に握った。
まさにその時だ。
グワァァァァッッッ!
満載排水量で3万トンを超える艦に激震が走り、下士官は床に放り出された。
固い床にイヤという程キスさせられた下士官は、痛む体をむち打って立ち上がると怒鳴った。
「な、何が起きた!?」
「ノイシアが急加速をかけながら接近、地表すれすれで急上昇をかけました!」
「どこの非常識だ!くそったれめっ!慰謝料請求してやるっ!」
ノイシアが加速しながら補給艦に突っ込んでいったかと思うと、補給艦に激突するギリギリで急制動を展開。
そのまま、体勢を利用して、殺しきれなかった加速を上昇に使用した。
大型爆撃機並の機動性しかないメサイアで、これだけの機動をやってのけること自体が、はっきり生半可な技術ではない。
「さっすがフォイルナー少佐!」
「あんな機動、よくもやれるっ!」
地上でノイシアを見守っていた騎士達の間から歓声が上がるが……。
「……さすがね」
ヘルガや、他のMC達は別な感心をしていた。
「さすがイリス……どういう技術よ……あれは」
「え?」
ヘルガの声を聞いたエレナが、きょとん。とした顔になった。
「何言ってるのよヘルガ。あれはフォイルナー少佐の技でしょう?」
「ブースター制御まで騎士が出来るもんですか。あのパワーと慣性制御はMCの技術……私達の腕じゃ今頃、補給艦に激突しているわ」
「だからやっぱり」
「フォイルナー少佐は何もしていない……まぁ、あんなチキンレースじみたことにつきあえるんだから、やっぱり少佐は肝据わってると思うけど……」
「じゃあ?」
「今のノイシアはイリスが一人でフルコントロールしている」
「ヒェッ?」
奇妙な声を上げたのは、イリスとパートナーを組むルナだ。
「あの子、私と一緒の時は一度もあんなことしなかったのよ!?」
「……というか」
ヘルガが言った。
「あなた、空中起動は苦手だから、遠慮していたんじゃない?」
「あ、それありそうですね」
エルフ小隊の騎士、アレナ少尉が頷いた。
「訓練校の時、空中機動訓練ってだけで青い顔してましたし」
「そんなことないっ!」
「私が出来る限りでは」
水平飛行に戻ったノイシアのコクピット。
MCRから、イリスの遠慮がちの声が聞こえてくる。
「……これが精一杯です。これ以上の加速は騎体に危険が生じます」
「……まただ」
フォイルナー少佐は冷たく言った。
「加速をあと5%上げられるはずだ」
「ダメですっ!」
イリスはびっくりして言った。
「現在の外部温度ではこれが限界です。4.5%加速上昇させると、常温で既に想定平時温度を超えているセンサー類が摩擦熱による異常加熱により破損するおそれが」
言い終えて、イリスはハッとなった。
「す……すみません」
「……かまわない」
フォイルナー少佐は小さく微笑んだようにイリスには見えた。
「本国の環境と、北米大陸の環境を混同したのは私だ」
「い、いえ……あの」
「とにかく、今の機動で確認した。ノイシアでは、あの機動以前のことしか出来ない」
「……はい」
イリスは、そっとMC用のコントロールユニットを撫でた。
「この子は、素直でいい子なんですけど……」
「―――降りるぞ?デュミナスに乗り換える」
「……はい」
「今度はさすがに離れたか?」
見張り艦橋で、先程の下士官はちょっとだけ安堵の声を上げた。
見慣れないメサイアが、急降下と急上昇を繰り返している。
時折、空中で派手にブースターを吹かせて空中停止してみせたりしている。
そう思えば、急加速をかけてジグザグに飛行してみたりする。
そのエッジの利いた機動は、別次元のそれとしか言い様がない。
飛行の意味はわからなくても、メサイアについては素人の下士官にとっても、それははっきりわかる。
「だけど……」
北米の強い日差しの下、まぶしそうに空を見上げた下士官は首を傾げるしかない。
「なんで、あんなことやってるんだ?連中」
「……」
6回目の機動が終了した。
フォイルナー少佐からの通信はない。
通信モニター上の少佐の顔は無表情で、何か怒っているようにしかイリスには見えない。
「……あの」
イリスは恐る恐るという顔で言った。
「この騎で、あの空中急制動は、危険です。
この子で、あの高度で、あんな急制動をかけたら、騎体が耐えられないどころか、制動が利かずに地面に激突します」
「……無理……か」
フウッ
ドイツ製の感度の良いマイクが、少佐のため息を確実に拾って、イリスの耳に届けた。
近くにはブリュンヒルデ騎が接近しつつある。
「……でも」
イリスは、覚悟を決めたように言った。
「あんな瞬間移動じみたことは出来ませんけど」
「ん?」
「似たことなら出来ます」
「似たこと?」
「ブースター加速時を使った、ちょっした裏技ですけど……」
「?」
「ちょっとだけ……わがまま、聞いていただけますか?」
そこで動くな。
速度0で高度を維持していろ。
それが、ブリュンヒルデ騎のMC、アーデルハイト少尉が受けたイリスからの依頼だった。
あの子はファンが多いから、ここでケンカでも売ろうものなら、生命維持装置のコネクタ一本抜かれる程度じゃ済まないだろうから、文句は言わない。
あのレベルの美少女は、本人が非力であればあるほど、周囲が強くなる。
あの子をイジめたMCが、事故死したなんて話はごまんと転がっている。
考えるに恐ろしい。
犠牲者になりたくないアーデルハイトは、ブリュンヒルデの許可を得て、高度250メートルに騎体を制止させた。
しかも、下で見物していたエルフ小隊から3騎が同じことを命じられている。
「この高度は……?」
「イリスに言わせると」
アーデルハイトもはっきりとしたことは言えないらしい。
首を傾げながら言った。
「昨晩、日本軍に撃破された帝剣のいた高度……なんだそうです」
「何?私達は生け贄?」
「勘弁してください」
アーデルハイトは苦笑しながら言った。
「ただでさえ、あの子は“曰く付き”なんですから」
「曰く?」
「ご存じありませんか?」
「マラネリ王国に出向中に配属された子でしょう?寿除隊した前任者の引継で」
「そうなんですけど」
ピーッ!
言いかけて、アーデルハイトは脅威接近の警報を出した。
「上方、高度2500から接近!」
「あの子、何するつもり?」
幸いというか、フォイルナー少佐に“見物していろ”と命じられたヘルガは、エレナと共に、地上から一部始終を見守っていた。
「ねぇ」
エレナは空で起きていることより、サングラスの方が気になるらしい。
「レイバンよりポリスの方がいいと思わない?今度、シカゴで休暇もらったら買ってこようかなぁ」
「こら」
ヘルガは殴る仕草で叱った。
「地上からどう見えたのか報告求められたらどうするのよ」
「早く言ってよ!」
サングラスをかけたエレナは、ハッとなって騒ぎ出した。
「やだ!日焼け止めクリーム塗り忘れてるじゃない!」
「もう黙ってろ!」
ピピピッ!
イリスの指がなめらかに、そして素早く動く。
コントローラーは、イリスの意志を読みとるように素早く反応してくれる。
ノイシアで泣かされていた入力エラーがまるで心配いらない。
「……スゴイ」
イリスは思わず呟く。
パワーゲージはレッドゾーンにすぐに飛び込んでくれる。
必要なパワーを発生させるまでのラグを、全く感じさせることさえない。
申し分ない。
「この子……すごいけど……」
ブースターの速度はすでに音速に達しつつある。
「何か……」
イリスは正直、とまどっていた。
性能は申し分ない。
そのはずだ。
コントロールシステムの使いやすさはノイシアなんてもんじゃない。
そのはずだ。
でも―――
心の中で溢れかえる不満。
ぽっかりと開いた虚ろな思い。
イリスは思わず呟いた。
「何?この不足感……」
ブースターにラグがある。
反応が思ったより鈍い。
加速が早まるのが、こんなにかかっていたら、あんな加速はやっぱり無理。
だめだ。
ここで余計なこと考えちゃ。
私は、出来ることだけやる。
お父様と約束したじゃない。
出来ることをしっかりやるって!
イリスは自分を叱ると、騎体各部に回していたエネルギーを瞬間的にカットし、余剰エネルギーをバイパスに注入―――
「……ここで」
イリスが狙っている瞬間は、すぐにやってきた。
それを、震動と音で感じ取ったイリスは叫んだ。
「少佐、耐ショック!」
「―――え?」
ブリュンヒルデ達が、万一に備えてシールドを構えたのはいい。
問題は、突っ込んでくる方だ。
瞬きする前。
それはたった一騎の黒いメサイアだったはずだ。
それが……?
「……え?」
ブンッ!
ドップラー効果を伴いながら、4騎編隊の間をメサイアが突き抜けた。
「何?」
驚いて見た地表では、デュミナスが上昇に入っていた。
それはいい。
問題は―――
「ち、ちょっとヘルガ!?」
パニックになったエレナがヘルガの裾を掴んだ。
「な、何?何が起きたの!?」
「……何が起きたと思う?」
「私には」
エレナは唾を無理矢理飲み込んだ。
「私には、少佐のメサイアが分裂したように見えたんだけど!」
「そう」
ヘルガは再び空を見上げた。
「―――なら、脳みそはともかく、あなた、目だけは正常ね」
そうか。
イリスは、この機動でわかった。
この騎体に足りないものが。
この騎体をここで止めているものが何なのか。
間違いない。
これじゃ、無理だ。
今のこの子じゃ、無理だ。
何が?
何故?
“それ”は、望んでも手に入らない。
だから、無理。
―――少なくても、欧州では。
「すみません。少佐」
イリスは、心底申し分ないという声で言った。
「私には、これ以上、この子の性能を引き出す自信がありません」
「……」
しばらくの沈黙の後、フォイルナー少佐は言った。
「……さて」
「……はい」
「騎士でもなく、まして地上でもなく、空中機動で四身分裂をやってのけたMCに、私は何と声をかけたらいい?」
「……この子のパワーとブースターで出来る精一杯です。ただ」
「?」
「今のでわかりました。私が、この子にどうして不満を持ったのか」
「不満?」
「―――はい」
「搭乗したばかりだというのに、この騎に不満があるというのか?」
「はい」
その声は、はっきりと、しかし、しっかりとした口調でフォイルナー少佐の耳に届いた。
「この子が、どうしてこのレベルなのか……いえ」
イリスは一瞬、言い淀むと、覚悟を決めた声で言った。
「……どうして、マラネリ王国が、この子をこのレベルで止めたのか」
「このレベル?」
「この騎は―――」
通信モニター上のイリスは、冷たい程、真剣な顔をしていた。
その顔で、イリスは、フォイルナー少佐にとっては信じられないことを口にした。
「あの国の技術力からすれば、完全なモンキーモデルです」
モンキーモデル。
自国の兵器を他国へ輸出する際に、輸出用に意図的に性能を低下させたコピー兵器のことだ。
「何?」
フォイルナー少佐の顔が、険悪になったのは、イリスにもわかる。
だが、言わずにはいられない。
「……今」
滅多なことでは動じないはずの歴戦の英雄、フォイルナー少佐の声が震えていた。
「この騎について、何と言った?少尉」
「何度でも言います。この子はモンキーモデルです」
「それは―――情報部としての意見か?」
「長年、メサイアの分析に従事してきた経験が教えてくれます。マラネリの正規軍配備メサイアにあって―――日本軍のインペリアルドラゴンシリーズにもあって、そしてこの子にはないもの。それが、モンキーモデルと私が評価する根拠です」
「何だ」
「精霊体です」
「精霊……体?」
「例えば―――魔晶石から強い出力を得ようとすれば、魔法処理の関係で、魔晶石に自我が生まれます。それが精霊体なのはご存じですよね?」
「……」
「でも、精霊体はキリスト教やイスラム、ユダヤといった偶像崇拝をタブー視する世界では認められません。魔晶石に人間並みの自我を与えることに反対しています。ドイツもですけど」
「宗教……か」
フォイルナー少佐は苦い顔で言った。
「愚物共めが」
「で、ですけど、私は、そんなことしなくても、あんな加速は無理でも、この子の出力でも、瞬間的な分身位は出来ると……そう理解していただきたくて」
「……」
「……」
「先程の操作データは、あとで本部に提出しろ」
少佐は相変わらずの無表情でイリスに命じた。
「それと―――タルバッハ少尉」
「はい?」
「今後、この騎を任せたい」
「は?」
イリスの目が点になった。
「異動命令はすぐに発する」
「で、ですけど私は!」
「ここまでやってのけたのだ」
フォイルナー少佐は、ちょっとだけ楽しそうにイリスには見えた。
「デュミナスを任せる。文句は聞かないぞ。これは命令だ」
「……少佐って」
困り果てた顔で、イリスは言った。
「本当は、すごく強引なんですね」
「……昔はよく言われたものだ」
はぁっ。
ため息をついたイリスは、小さく呟いた。
「強引なのは……嫌いじゃ、ないですけど」




