イリス
●ネリス空軍基地
「ジャップ共の圧勝……だと?」
ドスッ!
ドカッ!
倉庫の裏で、鈍い音が響く。
「面白くない話だな」
その音を背に受けながら、ウォーリスは顔をしかめた。
「ジョエルに活躍の場がなかったと……そう言うのだな?」
「残念ですが」
背の高いやせ気味の男が頷いた。
「その通りです。サー」
「そうか―――軍曹」
「はっ」
背後で何かをしていた男が、動きを止めた。
「そいつらを始末しておけ。いつも通りだ」
「はっ」
軍曹。
そう呼ばれた男の足下には、先程の黒人騎士達が横たわっていた。
手錠で手足を拘束され、数倍に膨れあがった顔は赤黒い血に汚れている。
「―――黄色猿に、この基地で好き勝手された罪は、死んで償わせろ」
「当然です」
軍曹が顎でしゃくると、彼の部下が頑丈そうなロープを腰から抜いた。
「まぁ、同じ有色同士のよしみもあったんでしょうがねぇ……」
軍曹が、女性騎士の首にロープを巻き付けた。
基地に帰投した美奈代達は、再びハンガーに騎体を格納。
整備兵達が帰還後の簡易検査を開始する。
機材がほとんどないため、整備兵に出来ることはかなり限られるせいか、美奈代達がコクピットを降りてから1時間足らずで終了。
ハンガーに残るのは警備兵だけとなった。
「明日、鈴谷と合流するまでの辛抱よ。それまでは眠っていて」
紅葉は満足そうに言った。
「たかが帝剣程度。私の騎にとってはどうということは―――」
不意に、辺りに電子化された軽妙な音楽が流れ始めた。
ネズミの国のマーチだと美奈代が気付くのには少し時間が必要だった。
「やばっ!?」
慌てた様子の紅葉が白衣のポケットに手を突っ込んだ。
「ち、ちょっと御免っ!」
紅葉は携帯電話を取り出すと、物陰に向かって走り出した。
「は、はい。つ、津島ですけど!」
携帯電話一つ出るのに、何故か紅葉は緊張した声をあげた。
「……殿下!?」
殿下。
その呼び名に、どうやら、相手は皇室の人らしいと、美奈代は勝手に見当をつけた。
麗菜殿下あたりかな?
そう思った美奈代は、紅葉が電話を終えるまで、少し待つことにした。
「―――お待たせ」
紅葉が憮然とした顔で戻ってきた。
「可愛い着信音ですね」
「……悪かったわね」
紅葉の頬が赤かくなったのは、美奈代の思い違いとも限るまい。
「殿下が来るわ」
「麗菜殿下が?」
「マネリラ王国の少年王……勘弁して欲しいわよ」
「?」
翌日。
やっと眠ったという充実感の中、目覚めた美奈代は、朝食の席に座った。
場所は昨日の会食の場。整備兵達によって綺麗に清掃されていた。
“この国における日本人の立場が、どれ程難しいか、わかってくれましたか?”
食器を回収に来た日本料理店のシェフは、明日の朝食までの面倒を約束しつつ、寂しげにそう呟くように言っていた。
日本人なら郷愁を誘われるみそ汁の香りが漂う中、日本料理店のシェフが作った朝食の席。
普段はパンだけど、たまにはいいですね。と、牧野中尉もまんざらではないらしい。
「おはよう」紅葉が入ってきた。
「起立―――敬礼」
この中では美奈代が紅葉に次いで階級が高くなる。その号令に合わせて全員が起立し、紅葉に敬礼を送った。
「略式で結構よ。食べ始めなさい。せっかくのおみそ汁が冷めるわ」
「―――始めろ」
美奈代の命令で、皆が思い思いに食事を始める。
チラリと時計を見た紅葉は、テレビのリモコンを動かした。
「ニュースが始まるわ。面白いから見ましょう」
美奈代が初めて見るアメリカの番組。
文字がくるくる回ったり、意味不明なCGが流れたりと、こういうのは、どこの国も同じなのかな。と思うオープニングはどうでもいい。
問題は、次に映し出された映像だ。
真っ暗な夜空。
炎上する建物。
火事にしては派手だ。
しかも、炎に照らし出されるのは帝剣達。
その帝剣に光の矢が突き刺さり―――
「こ、これって、昨日の?」
驚いた美奈代が声を上げるが、
「しっ」
テレビに見入る牧野中尉が口元に指を当てて美奈代を黙らせる。
「……」
美奈代は黙って再びテレビを見る。
帝剣達がなぎ倒され、戦闘は一方的に終了した。
すべてはたった10秒足らず。
シールドを回収したD-SEEDが離陸して遠ざかっていく。
映像は一旦、そこで途切れた。スタジオのアナウンサーが画面に出てくる。
「……見られていたのですか」
「もう一部始終」
紅葉は頷いた。
「おかげで、功績を米軍に譲って恩を売りつけるって私の計画は全部オシャカ」
紅葉はみそ汁を割り箸でかき回しながら言った。
「アメリカ軍に騎兵隊やらせたつもりだったのに、意外な伏兵がいたものよ」
「……」
「ま、私達にお咎めはないから安心して」
「えっ?」
美奈代は驚いて紅葉の顔を見た。
「しかし、我々は機密騎を」
「んなこと言っても、バレちゃってるし」
紅葉はおいしそうにみそ汁の椀を両手で持っている。
そうしていると、何だか抱きしめたくなる程愛らしい。
「ダシ加減は最高ね……考えてみなさい。和泉大尉」
「は?」
「機密騎を海外に出すってことの意味」
「……中身さえバレなければ、外見がどうでもいいと?」
「もし、さっきの映像を、分析装置付きで撮影していたら」
「……」
「私は撮影スタッフの殺害を命じたわよ?ためらいもなく」
「っ!?」
驚いた美奈代が周りを見回す。すると、牧野中尉達は、さも当然という顔で頷いていた。
「帝国にも、これだけの戦力があるって誇示することはね?今回のようなケースではむしろ歓迎することなのよ」
「……」
美奈代は、しばらく考えてから答えた。
「戦力が少なすぎると米国が抗議していた件を言っていますか?」
「そう。これでメサイア36騎、機甲1個師団を殲滅。大尉?この戦果から考えて、派遣戦力が少ないなんて、アメ公の立場で文句言える?」
「……いえ」
「これでアメリカは黙るわ。よくやったと褒めてあげたいけど……」
はぁっ。
みそ汁の椀を戻した紅葉はため息をついた。
「余計なお客を引き寄せちゃったのよねぇ……」
「?」
「皆、聞いて」
紅葉は整備兵達に言った。
「10時に師匠と、マネリラ王国から殿下がいらっしゃるから、適当に相手してあげて」
対帝剣12騎。
戦闘時間10秒。
結果、帝剣12騎全滅
日本軍の受けた損害―――皆無。
一方的過ぎるワンサイドゲームが世界各国の騎士達に与えた影響は、紅葉に理解できるレベルを遙かに超えていた。
想定以上じゃない。
想定外だ。
エレナ達は、朝からテレビに釘付け。
テレビ局のやらせだとか、
日本軍の新兵器が使われたとか、
何が起きたかであちこちで議論がわき上がっている。
フォイルナー少佐もまた、部屋に籠もったまま、映像を何度も再生して見入っている。
「……ブリュンヒルデ」
画面から目を離さず、フォイルナー少佐はカップだけブリュンヒルデに突き出した。
「胃に悪いですよ?」
何杯目か忘れた程、コーヒーを飲み続けるフォイルナー少佐の体を心配しつつ、ブリュンヒルデは煎れたばかりのコーヒーをカップにそそいだ。
「日本軍の新型……どう見た?」
「分析は彼女に頼みました」
ブリュンヒルデは、部屋の隅におかれたソファーで居心地悪そうにしていた少女に声をかけた。
「イリス?」
「は、はいっ!」
そう。
ルナとパートナーを組むMC、イリスだ。
「諜報部に所属していたと聞いたが?」
ジロリと上官に睨まれたイリスは半分泣きそうだ。
「もうっ!」
ブリュンヒルデが苛立った声を上げた。
「ヴォルフ!そんな恐い顔でイリスを見ないでください!」
「……私は元からこういう顔だ」
「うそおっしゃい!イリス?怖がらなくていいのよ?ヴォルフ?質問は私にしてくださいな。あなたは存在だけで100キロ彼方の子供に引きつけ起こさせるんですから」
「……その呼び名は、やめろというのに」
自分が小さい子に怖がられていることを、何となくは察していたらしい。
フォイルナー少佐はやや失望というか、傷心気味に言った。
「子供が絡むと性格が変わるのは相変わらずか」
「何か?」
「……もう一度聞く。タルバッハ少尉は、かつて諜報部に所属していたんだな?」
「……はい」
イリスは小さく頷くと、心配そうにブリュンヒルデを見た。
大丈夫。
ブリュンヒルデの顔は、優しくそう語っていた。
「BNDの第三課です」
「……情報分析機関か」
「10歳からずっと……諜報部員の持ち込んでくるメサイアのデータ分析を担当していました」
「キャリアは長い……な?」
「8年です」
「貴様からみて、この映像はどう判断する?」
「……」
「……忌憚のないところを聞きたい」
「……」
イリスは、覚悟を決めたように言った。
「あり得ません」
「?」
「あんな高レベル突撃に必要なエネルギー、仮にノイシアで発生させようとしたら、騎体もブースターも耐えられません」
「全てが並ではないと?」
「……」
イリスは無言で頷いたが、
「……でも」
おずおずと後ろに隠すようにしていたファイルを、フォイルナー少佐に見えるように、顔の半分を隠すようにして取りだした。
「……デュミナスでも……無理、ですよ?」
「……」
ギロッ!
それは、人間の眼光とは思えなかった。
まさに血に飢えた狼の尻尾を踏んだらきっとこんな目で睨まれるだろう。
そう本能的に思わせるほど、鋭すぎる眼光だった。
「ヴォルフ!」
ブリュンヒルデの後ろに逃げたイリスをかばいつつ、ブリュンヒルデは怒鳴った。
「ですから!」
「……つまり」
フォイルナー少佐はイリスから視線を外すと、わざとらしく目をつむった。
「日本軍のあの2騎は、デュミナスより」
「……推定、5倍以上の出力を誇ります」
「……」
「……」
唖然とした顔のブリュンヒルデが、助けを求めるようにフォイルナー少佐に視線を送るが、
「諜報部でメサイア解析において多大な貢献を為したことで知られている、“青の姫”がそうおっしゃるなら」
クックックッ……
フォイルナー少佐の喉から、そんな音が漏れる。
彼は怒っていなかった。
「……ヴォルフ?」
ブリュンヒルデが驚いたのも無理はない。
「……」
イリスに至っては、信じられないものを見た。という顔だ。
フォイルナー少佐は笑っていた。
穏やかに、
晴れやかに、
―――笑っていた。
笑いながら、彼は言った。
「東洋に、“井戸の中の蛙”という比喩がある。見識が狭い、世間知らずの意味だが……成る程?」
席に戻ると、満足げな顔でコーヒーを飲んだ。
「ブリュンヒルデ。コーヒーがぬるい」
「はい」
「ノイシアという井戸しか知らない私が、デュミナスで湖を知った。そして今、日本軍が海を持ってきた……成る程?」
何度も頷くと、不意にフォイルナー少佐は、席を立った。
そして、引き出しから何かを取り出すと、目の前で固くなっているイリスの前に立った。
「礼代わりだ」
ぐい。と突き出された手が握ったもの。
イリスは両手を広げてフォイルナー少佐の手の下に伸ばした。
パラッ
掌に落ちてきたのは、チョコレートの包みだった。
「私は甘いモノは苦手なのでとっておいた」
「……あ」
見上げたイリスの目に映ったフォイルナー少佐の顔は、とても優しかった。
狼と畏怖される恐怖はそこにはない。
まるで、優しい兄のような、本能に頼って良いと告げてくれる存在が、そこにはいた。
優しさに包まれるような幸福感の中、イリスは満面の笑みを浮かべていった。
「ありがとうございますっ!」
「……うむ」
頷いたフォイルナー少佐は、そっと手をイリスの頭に乗せた。
「少尉はデュミナスに乗ったことはあったか?」
「……いえ?」
「試乗してみるといい。ブリュンヒルデ」
「はい?」
「相手をしてくれ」
「……」
一瞬、あっけにとられたブリュンヒルデだったが、すぐに楽しげに微笑んだ。
「いいですよ?」
-----キャラクター紹介---------
イリス・タルバッハ
・ドイツ帝国軍少尉。
・MCであると共に精霊使い。
・精霊体を完全に味方につける特技を持つ。
・MCとしての能力は欧州随一。
・騎士なしでメサイアのフルコントロールが可能というチート級の存在。
・メサイアについては、写真を見るだけでフレームの形やボルトの仕様まで見抜くことの出来るバケモノじみた分析能力を持つため、軍情報機関であるBND第三課にて各国のメサイアの性能分析を手がけていた。
・別名、「青の姫」。
・ドイツ帝国では軍広報により国民的美少女に祭り上げられていた。
・「いりすたん♪」という熱狂的ファンは世界中に存在。
・ファンクラブ、親衛隊、その他関連グループを自称する組織から個人までファンの数は下手なアイドルを凌駕する。
・髪は腰より伸ばした青のロングヘア。顔立ちは童顔で、精霊体並に愛らしい。
・前線配属は司令部も反対したが、本人の強い志願によって行われた。
・グリュックシュヴァインへと配属されたのは、『エリート部隊だから死なないだろう』という理由から。
・この措置に対してドイツ国内外のファンは暴動寸前の抗議を示し、数日間、抗議電話のために軍公用回線がパンクした。
・ココアが好き。
【ネタバレ】
・イメージは『マブラヴオルタネイティヴ トータル・イクリプス』のイーニァ・シェスチナ。
・なお、ドイツ帝国宰相シックルグルーバー(独身)とは深い関係というか……実は彼の非嫡出子。
・後にフォイルナーがシックルグルーバーに睨まれることになるのは、彼女がフォイルナーの妻となるから。




