北米戦、初陣 第一話
ドイツ軍の一部が後方攪乱任務につくのには、十分な理由がある。
本来、後方攪乱任務は、日本軍の仕事とされていた。
ところが、米軍がメサイアの不足を理由に日本軍を防衛線の一部として勝手に配下に組み込んでしまい、手放そうとしないのだ。
おかげで、北部方面でこれから攻勢を受けるドイツ軍は、中華帝国軍メサイア部隊を、自分達だけで相手にするしかない状況に気付いた。
日本軍を手放そうとしない米軍を恨みつつ、ドイツ軍に与えられた選択肢は二つ。
対メサイア戦で全く役立たないことで有名な英国軍と手を組むか。
それとも、自前の戦力を用意するか。
“ライミーと手を組むなら自滅した方がマシ”という意見が圧倒的多数を占めたベルリンの司令部命令により、増援部隊が送り込まれたのは、ドイツ軍にしては当然なのだ。
「日本軍をどうしても動かさないのか?」
「ニューメキシコ防衛線もメサイアが全然不足しているのよ。米軍司令部は、目先の敵よりも、身内の頭数の少なさにおびえている様子ね」
ブリュンヒルデ・クラッチマー中尉は、フォイルナー少佐にコーヒーを出しながら言った。
「コーヒー。さすがに物量の国ね。本国では貴重品扱いなのに」
「南米からの輸送ルートが確保出来ない現状では厳しいな」
ブリュンヒルデを副官に迎えてから、フォイルナー少佐は幼なじみの煎れたコーヒーを飲むことを朝晩の日課としている。
少なくとも、大隊長に副官がコーヒーを煎れるなんて、ドイツ軍人にとってありえる話ではない。
そんな事は従兵の仕事だ。
フォイルナー少佐にコーヒーを煎れる行為が、果たして彼女の軍人としての忠誠心の現れなのか、それとも女としての思慕故か。二人の関係を知る周囲はあえて触れようともしなかった。
「マラネリ製のコーヒーに慣れていたせいか。味が変わったな」
「米軍配給ブレンドは味が悪くて困るのよ」
ブリュンヒルデは困ったように言った。
「ごめんなさい。マラネリ産は貨物の中でまだ」
「いい」
フォイルナー少佐はコーヒーを飲み干した。
「これはこれで気に入った。次は濃いめに煎れてくれ」
「はい」
「話を戻す。日本軍の動きが知りたい。情報は?」
「……」
普段のフォイルナー少佐なら、日本と聞いても興味すらないだろう。
彼にあるのは、軍人貴族らしく、戦いとメサイアだけだ。
ブリュンヒルデには、そんなフォイルナー少佐が日本に固執する理由が分かる。
マラネリの少年王が言っていた、最強のメサイア。
その存在が気になって仕方ないのだ。
「コロラド州にて待機中と確認しています」
反面、ある事情から日本大嫌いのブリュンヒルデは感心すらない。
日本とは関わりたいとさえ思わない。
反応は彼女の意図を遙に超えて冷たいものになる。
「日本軍の担当は、カンザス・オクラホマ地域。主要任務は、飛行艦護衛任務」
「随分と広大だな」
「現状、猿共は五大湖方面へ攻勢を強めている最中。カンザスやオクラホマ地域なんて、戦略的には価値は低いけど、それでも護衛は欲しいのが米軍の本音でしょうね」
「チンク共の目的はあくまで東海岸か」
「五大湖方面の攻略の意味は、工業地帯を確保すること。
東海岸は政治的な意味が強いです。
アラバマを突破、大西洋岸平野を制圧して、ワシントンに黄色い旗を立てるつもりでしょう。そうなれば、この国は息の根が止まります」
「西海岸に意味はない?」
「ロッキー山脈が邪魔をしているし、主要道は爆破されて物流が確保出来ません。
なにより、東海岸が陥落すれば、西海岸はオマケでついてくる。逆はない。それだけです」
「考えてみれば」
コーヒーカップをソーサーに戻したフォイルナー少佐は、デスクに広げた地図を見ながら言った。
「東海岸方面だけ見ると、この国は以外と小さいんだな」
「そう」
ブリュンヒルデも異存はない。
「あの日本の」
ピーピーピー
ヒルデガルドが言いかけた時、室内にアラームが鳴り響いた。
デスクの上におかれた電話が呼び出し音を上げていた。
フォイルナー少佐が受話器をとった。
メサイアや飛行艦同士の通信にも使われるテレビ電話のモニターが作動し、一人の男がモニターの向こうにあらわれた。
「フォイルナーか?」
相手はドイツ帝国軍第40メサイア機甲大隊を率いるクルト中佐だった。
フォイルナー少佐とは古くからのつきあいのある古参。
フォイルナー少佐からすれば、父親と言えるほど歳が離れている。
ベテランらしい、いかつい顔立ちの持ち主で、すっかり薄くなり始めた頭は綺麗になでつけられているあたりが、年頃を教えてくれている。
とはいえ、胸には一級鉄十字勲章の他、いくつもの従軍記念章をぶら下げている彼の経歴は、フォイルナー少佐にとっても十分に敬意に値した。
そんな歴戦の彼が、珍しく興奮した声をあげていた。
「昨晩のことは知っているな?」
「昨晩?」
チラリと目の前に立つブリュンヒルデを見た。
「―――何のことです?」
「お前がペゴスで派手な北米デビュー戦を飾ったことは知っている」
クルト中佐は苦笑しながら言った。
「寝不足か?クラッチマー中尉相手にベッドのお祝いが過ぎたようだな」
「……」
ブリュンヒルデが真っ赤になっているのに、フォイルナー少佐は顔色一つ変えない。
「……すまん。中尉は近くにおらんだろうな?」
「すぐ目の前にいます。代わりますか?」
「それを早く言え!ヴォルフ!」
クルト中佐はびっくりした顔で怒鳴った。
「フロイラインの俺への印象が悪くなるだろうが!」
「……で?」
「お前達の子供の名付け親は俺だと決めているんだ!そこん所を忘れないでほしいものだな!」
「中佐」
フォイルナー少佐は表面上は冷静に、しかし、やや言葉を滑らせ気味に言った。
「ご用件を」
「おお!」
クルト中佐はポンッと手を叩いた。
「お前達が北米デビュー戦を飾った数時間後だ。
俺達の輸送艦の鼻面300キロ先をすれ違ったのに気付かなかったか?」
「……途中、飛行艦隊を認識したのは認めます」
「そうだ。
日本軍は米軍の指揮下で動かないなんてとんでもない。
飛行艦部隊のエスコートに従事しているんだ。
俺達も北極ルートからカナダ経由で西海岸に入ったが、護衛を受けたよ」
「……」
「ミズーリ上空は敵の勢力圏内だが、そこでメサイアを含む機甲部隊と接触した」
「それで?」
「俺達の騎は輸送艦の中で身動きも出来ない。やったのは日本軍だ」
クルト中佐は心底、感心した。という顔でうなった。
「見事なものだったぞ?」
中華帝国軍支配地域となったニューオリンズからシカゴまで伸びる州間高速道路55号線とルート60経由で州間高速道路57号線が分岐する場所を挟む格好で立地するシャウニー国立森林公園とマーク・トゥエィン国立森林公園に挟まれた区域。
そこは現在、中華帝国軍と米軍が入り乱れて戦う北部方面の最前線だ。
西海岸で食料と水の補給を受けたドイツ軍輸送艦隊は、そこにメサイアを運ぶためロッキー山脈を越えたところで日本軍の飛行艦“鈴谷”のエスコートを受けた。
目的地はセントルイス。
フォイルナー少佐率いる44大隊との合流が予定された場所。
任務そのものは、単なる移動だけに、さしたる問題もないはずだった。
ところが、スプリングフィールド郊外にさしかかった所で事態は動いた。
●鈴谷艦橋
「メサイア?」
「はい」
深夜、CICからの報告の叩き起こされた美夜は、すぐに艦橋に入った。
「中華の支配地域になっているリトルロックから、米軍防衛網を迂回して後背を突こうという動きです」
先に艦橋に入っていた副長が答えた。
「通報は?」
「すでに行っています。米軍からの返信はありませんが」
「……そうか」
美夜が考えたことは一つ。
後方の輸送艦隊のことだ。
艦隊の安全を確保することがエスコートの務め。
ここでリスクは犯せないが―――
「針路変更して逃げ切ることは可能か?」
「敵はすでにこちらを補足しています」
その言葉が、美夜に覚悟を決めさせた。
「メサイアの数は?」
「反応は20を超えて増大中」
「かなりだな」
美夜は眠気がすっかり覚めた目で戦況モニターを見た。
「これは……中華帝国軍が大迂回中の所に我々が入り込んだという所か?」
「恐らく」
「……間が悪すぎる」
「然り」
「全艦、戦闘態勢。メサイア隊を全騎上げろ」
「……艦長」
高木はこっそりと訊ねた。
「彼女は、どうします?」
「まだ待て」
「しかし」
「あの子を止められる和泉大尉はまだ到着していない」
「……はい」
●スプリングフィールド郊外
全騎の発艦を確認した月城は、
「運がないとはこのことだ」
ぽつりと呟いた。
「敵の迂回行動のまっただ中に飛び込むとは」
月城の判断によれば、事態はこうなる。
米軍の防衛網を突破出来ないことに業を煮やした中華帝国軍は、正面突破を諦めて後背からの奇襲攻撃に切り替えた。
そのための大部隊の移動する先に、鈴谷と輸送艦隊が入り込んだ。
確かに、運がないといえばない。
敵の大部隊の目の前にのこのこ入り込むなんて、鴨ネギも良いところだ。
「隊長」
後方に展開する涼からの通信が入る。
「作戦を願います」
「……わかった」
すでに月城騎の周囲には、駆逐中隊騎が轡を並べている。
雲一つ無い夜。白い月明かりの下、“白雷改”達が居並ぶ姿はなかなかに壮観だった。
周りを見回すだけで血が沸く月城は、内心の興奮を抑えながら言った。
「本質的な目的は、輸送艦隊を安全に通過させることだ。敵はすでに輸送艦隊を補足。その撃破に向けて動いている」
月城は、戦況モニターに表示される敵予想ルートを見た。
「敵の数はこちらの4倍。数だけは十分だ」
「大尉。山崎です」
「うん?」
「後方には大規模な機甲部隊がいます。これについては」
「中尉の危惧はもっともだ」月城は頷いた。
「メサイアだけを相手にして、機甲部隊を無視したとあっては戦術上はともかく、戦略上においては大きな痛手だ。柏、山崎、それから狙撃部隊」
「はい?」
「濡れ仕事を押しつけてすまんが、やってくれるか?」
濡れ仕事。
その意味は、美晴にもわかった。
「広域火焔掃射装置の使用許可を」
「許可する」
「了解。山崎・柏騎は敵機甲部隊の掃討に動きます」
「こ、小清水ですが……」
「狙撃部隊は敵機甲部隊掃討の支援最優先。砲撃支援が必要な場合、すぐに呼ぶ」
「……了解」
涼は思った。
これがお姉さまなら、正面突破して火炎放射でメサイア焼き払って、ついでに後ろの部隊を叩くなんて派手なことするだろう。
戦力を分散させるリスクをお姉さまなら嫌う。
でも、月城大尉は違う。
リスクをリスクと考えていないんじゃないか?
その根拠は何?
「全騎」
月城は言った。
「与えられた“白雷改”の性能を信じろ。これなら数倍の敵なんてどうということはない」
―――まずいな。
月城の一言に、涼は無意識に舌打ちしてしまった。
―――この人は、危険だ。
大丈夫だという根拠は、己の発案した作戦にはない。
騎体に対する過度の信頼だ。
美奈代なら絶対に認めないことを根拠だとしている。
騎体の性能が必ずしも勝利につながらないことは、涼も実戦で骨身に染みている。
“白雷”が赤兎に敗北したことだってあるのだ。
月城大尉なりの励ましだと思いたいが、それが本心なら、涼に残るのは絶望だけだ。
「月城隊長」
涼は少しだけ考えてから言った。
「地形的に遮蔽物を活かした狙撃は困難。ケースバイケースで移動の許可、願います」
「善処しろ」
「了解」
「ブースターでの移動は極めて危険。狙撃隊はホバー移動。柏中尉?」
「はい?」
「後方につきます。よろしいですか?」
「了解。なるべく早くね?」
「―――必ず」
頷いた後、小清水は狙撃隊内部に限定した通信を開いた。
「芳、寧々ちゃん。聞いて」
月夜の下。
後方を飛行艦部隊が通過していく。
飛行艦の防空能力を測りかねているのだろうか。中華帝国軍のメサイア達はホバー移動で接近してくる。
「茜」
月城大尉は、MCに問いかけた。
「敵の機種はわかるか?」
「……判明」
10秒ほど遅れてMCの広沢茜少尉が答えた。
「帝剣です」
「大したことないな」
月城は、楽観的に答えた。
「……は?」
茜の目が点になったのも無理はない。
「あ、あの?」
「その程度なら、このレベルの騎でなくても大丈夫だ」
「……はぁ」
茜は、月城大尉の言葉をどう理解して良いのか、本気で迷った。
大尉には余程自信があるんだろうと勝手に思いこむのが精一杯だ。
何しろ。相手は内親王護衛隊の総隊長まで経験した一端の騎士なのだから。
「……まさか」
茜は、自分の脳裏に浮かんだ疑問を振り払った。
そんな馬鹿な話はない。
そう、思ったからだ。
「大尉?どうなさいますか?」
「宗像」
「はい?」
「すまん。いつもの癖ですっかり忘れていた。指揮官はお前だったな」
「……そのままやって下さって結構ですよ?」
「いや?立場が立場だ。お前に全てを委ねる。済まなかった」
「……」
通信モニター上の宗像は、明らかに困った。という顔になった。
「この状況で……ですか」
「やれば出来る」
月城大尉は言った。
「お前の素質を信じるぞ?」
「……了解」
宗像は、覚悟を決めた。
どうせ、相手は何を言っても聞いてくれるはずもない。
エリート部隊の偉い奴なんて、みんなそんなものだ。
都合のいい時だけ指揮官面して、悪くなれば逃げ出す。
作戦を勝手に立案しておいて、これでしくじれば知らんぷりするに決まっている。
宗像は、そうタカをくくっているし、はっきり、この状況は宗像にそう思わせるのに十分すぎた。
「全騎。前方に帝剣部隊接近。斬艦刀装備―――狙撃部隊。聞こえるか?」
「こちら狙撃部隊」
「配置は?」
「帝剣部隊側面3キロ地点。3騎による十字砲火可能ポジションにつけています」
「了解した。戦況モニター上、マーカー設定するポイントはここだ」
宗像が指定したのは、狙撃部隊からすれば十字砲火の交差ポイント。
そして、宗像達が展開する目と鼻の先だ。
「涼?」
宗像は訊ねた。
「はい?」
「このポジションにつけたのはどういう意味だ?」
「美奈代お姉さまなら」涼は誇らしげに言った。
「ここに展開しろと、間違いなく言うからです」
「嫁の判断か?和泉はいい嫁に巡り会えたものだ」
宗像は安堵のため息一つ。前衛部隊に命じた。
「前衛部隊はこのまま前進。敵展開予想地点250で停止。横一列に。数を多く見せたい」
宗像騎を中心に、月城、鵜来の三騎が横に並んだ。
本当なら、山崎がいて、美晴がいて、都築がいて、さつきがいてくれた。
祷子も美奈代もいた。
それが、今やその誰もいない。
寂しさより、むしろ悲しさの方が本音に近い。
「結構、燃えるシチュエーションですね」
有珠は興奮気味に言った。
「映画みたいで、ゾクゾクします!」
「そうだな」
宗像はそっけなく答えた。
「お前みたいな楽天家は、どんなシチュエーションでも、楽しむことは出来る」
「褒めてます?」
「一応な」
まるで有珠をたきつけるように、宗像は怒鳴った。
「人生はゲームだ!負けたら終わる!それだけ、それが人生だ!」
「はいっ!」
「帝剣部隊接近中!数25!」
「生き残ったら一晩でエース認定されるぞ?」
「頑張りますっ!」
「よしっ―――全騎、広域火焔掃射装置準備。涼?広域火焔掃射装置を使う。炎を合図に仕留めろ。なるたけ多く頼むぞ?」
「はい」
「帝剣、接近中」
「……ホントに次から次へと」
涼はターゲットスコープを睨みながらぼやいた。
「よくもまぁ、あんな重メサイアを量産しつづけられるものですね」
「国家総動員法を楯に好き勝手出来ますからね」
高良中尉が言った。
「大陸に進出した企業の機材は使い放題。資源も人も工具も……為政者の思い通りに」
「その具現化が……あれですか」
月明かりに照らし出された巨大な甲冑達が目の前に並ぶたった3騎を目指して殺到している。
お前らなんてひねり潰してやる!
その歪んだ覇気が、騎体からにじみ出している錯覚さえ覚えてしまう。
月明かりがあるおかげで白い三騎がぼんやりと浮かんで見える。
こう見ると、白いメサイアは夜間戦には全く向いていないことは確かだなと、涼はそんなことをふと思った。
“白雷改”達が、広域火焔掃射装置のノズルを展開。
その筒先を帝剣達に向けている。
「ターゲット・ロック。マーカー4」
「同じく。マーカー6。このポジションにHMCがあるから、8と11を同時に狙撃可能」
寧々と芳からの通信が入った次の瞬間―――
ゴウッ!
ギュァァァァァァッッッ!
この世のモノとは思えない背筋が寒くなるような音が響く中、地上に太陽が生じたのかと錯覚する程、激しく輝くプラズマ炎による地獄の宴が始まった。
「撃てっ!」
涼は、とっさにそう叫ぶと、HMCのトリガーを引いた。
前方で突撃機動に入った友軍の帝剣達。
勝利を確信して振り上げられた戦斧に白い月光が反射して輝く。
その勇壮な光景に、後続の騎士は勝利を確信した。
こりゃ、第一波だけであっさり終わるな。
後続第二波に配置された騎士は、自分が手柄を立てられないのを残念に思った。
本国でこの騎を引き渡された時には、これでバンバン手柄を立てて、大将まで出世してやると、本気でそう思ったのだが、現実はそう簡単ではない。
まぁ……。
小さくため息をついて、彼は自分を慰めた。
あんな得体の知れない三騎程度潰しても、司令部がどれ程も評価してくれるものか。
しゃしゃり出ても、第一波の邪魔になったと因縁をつけられてもつまらない。
「第二波所属全騎」
隊長騎から命令が来た。
「第一波だけでことが足りる。全騎停止」
……まぁ。そうだろう。
勢いで第一波と一緒に突撃して、あわよくばと思っていた隊長。
今頃、臍を噛んでいるに違いない。
第一派は敵との交戦距離まで100メートル程。
彼は隊長がどんな顔を浮かべているかを想像して、苦笑を漏らしながら帝剣の速度を落とした。
その次の瞬間だ。
「……ん?」
白いメサイア達が槍状の武器を突き出していたのは知っていた。
珍しいタイプの“槍”だと思っていた。
その“槍”から……
「!?」
ゴウッ!
ギュァァァァァァッッッ!
銀紙を噛みながら黒板に爪を立てたらきっとこんな感じだろう。
その音は、彼の背筋を心底寒くさせた。
だが、その音よりも強く、彼を恐怖させたのは別にある。
帝剣の夜間暗視装置が一瞬で停止。画面が真っ白から真っ暗になった。
強烈な炎の光に、光学部のヒューズが耐えられなかったのだ。
モニターが完全にブラックアウトして、外の状況がまるでわからない。
これだ。
何も分からない。
戦場という極限状態の中、これに勝る恐怖はない。
コクピットの中は、暗闇の中を計器類の弱い明かりが照らし出す。
その中で一番強い、赤い光をともすのが、騎体状態を告げるステイタスモニター。
モニターは騎体装甲の異常加熱警報で真っ赤に点滅を繰り返している。
彼にとってわかるのは、自分の騎体にも何かが起きたらしい程度だ。
「な、何が起きた!?」
「全騎っ!伏せろっ!」
隊長機から突然の命令が飛ぶ。
命令には絶対に従うことを信条とする彼は、弾かれたように騎体をその場に伏せさせた。
だが、他の騎士達はそうはいかなかった。
わからない。
その恐怖が、彼等の反応を狂わせた。
「な、何!?誰だ!?何だ、伏せろってどこへ!?」
「隊長!?隊長っ!な、何が起きているんですか!?」
僚騎から聞き慣れた声が、指示と説明を求めて通信を混乱させている。
「こんな時にモタモタするな!張、龍、伏せたのか!?くそっ!何もわからん!誰でもいい!状況の分かる者は!?」
ズンッ!
ズズンッ!
ガシャンッ!
MCからの声に、さらに問いかけようとした彼の耳をつんざくような破壊音が連続して響き渡ったのは、その時だ。
「何が起きている!?」
目の前は真っ暗。
モニターは警報だらけ。
とにかく、周囲でとんでもない騒ぎが起きていることは確かだ。
何も分からないことが、彼に本能的なまでの恐怖感を引き起こした。
うわずる声で、彼は叫んだ。
「とにかく、モニターだけでも回復させろ!こんな状態で敵に襲われたら終わりだぞ!?」
「は、はいっ!」
MCはマニュアルに従って暗視装置故障時の回復手順を行った。
「先程の強い光で暗視装置が破損しました。光学補正が効きませんので注意してください!」
「それと、さっきの音は何だ!?」
「友軍に対する砲撃及び着弾音。帝剣805、856、824、832号騎、反応消えました!」
「やりいっ!」
ターゲットスコープから目を離して、芳が歓声を上げた。
「二騎同時キル達成っ!」
高出力を誇るHMCのエネルギー弾を、2騎の胴体をえぐる弾道で発射。
エネルギー弾は、帝剣2騎の胴体を、芳の狙い通りに派手にえぐり取った。
「芳っ!」
コクピットで小躍りする芳に、涼の怒鳴り声が響く。
「続きの射撃、どうしたのよ!」
「―――あっ、ごめんっていうか」
芳は答えた。
「地形の影に隠れちゃって射撃不能だよ」
「そっちも!?寧々ちゃんは!?」
「こちらも同じ……このポジションで致命傷は無理です」
「……ったく」
涼は舌打ちした。
敵の指揮官はたいした奴だ。
プラズマ炎の強い光で夜間暗視装置が一瞬にしてオシャカになった。
視界が効かない中、部隊に伏せろと命じることは、そう簡単に出来ることじゃない。
地形の関係で射撃が出来ない。
想定外はあるものだ。
「……まぁ」
涼は肩をすくめた。
「宗像中尉?柏中尉達の支援に回りたいのですが、私達、まだお入り用ですか?」
「いや―――いい」
宗像は前衛2騎に進め。の合図を出しながら言った。
「ご苦労。掃討はこちらでやる。柏達には借りて悪かったと伝えてくれ」
「了解。狙撃隊はポイントBへ移動開始。柏中尉?MLRSの支援砲撃、入ります。後方のポイントUへの侵攻は避けてください。敵の退路真上に落としますので」
「やれやれ」
遠ざかって行く狙撃隊の反応を見ながら、宗像は思った。
指揮官に限定した話をすれば、小清水はこのままなら、和泉を超える。
それは確実だ。
和泉に実務能力を与えたら涼になる。
そうすると……。
和泉は無能ということになるか?
まぁ、いい。
涼は参謀という点では、まだまだ和泉を超えられはしないだろう。
そう思ってやらなければ、和泉が気の毒過ぎる。




