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グリュックシュヴァイン 第三話

 ブリーフィング・ルームには、すでに大隊のほとんどの騎士とMCメサイア・コントローラーが集まっていた。

 皆が名優の登場を待ちかねる観客さながらに、久々の大隊長の登場を前に緊張した顔をしている。

 エレナ達は指定されている席にそれぞれ腰を下ろした。

「とりあえず」

 ヘルガは、横で浮かれきっているエレナに言った。

「これは命令よ?歓声を上げない。大人しくしている」

 エレナが聞いているかは全く自信がないが、

「これ破った女性士官は、全員が例外なくフォイルナー少佐に嫌われている。それと、こんなので撮影始めたら間違いなく、大隊から追い出されるから。預からせてもらうわよ?」

 ギクッ。となったエレナのポケットからヘルガが抜き取ったのは、小型カメラだった。



「戦線に変化はない」

 ブリーフィング・ルームに入ったフォイルナー少佐は、固い表情のまま語り出した。

 重い、渋い声は、女として聞いているとゾクッと来る官能的な何かがある。

 チラリとヘルガが横を見ると、エレナがすっかりイッた顔になっていた。

 病気が伝染しそうな恐怖を本能的に感じたヘルガは、彼女の存在を忘れることにした。

「中華帝国軍は、ペコス川防衛線に対する攻略を継続中。北部方面には、砲兵1個師団級の戦線投入が確実されている」

「え?」

 ヘルガは思わず、きょとんとしてしまった。

「1週間前、韓国軍の運用する列車砲に陸戦艇部隊まで加わった重砲撃師団が再編成を完了したという情報も入っている。敵は火力で陣地を破壊するつもりだ」

「……」

 フォイルナー少佐は、小さくため息をついた。

「現時点では、砲兵に対する新たな攻撃命令は来ていない」

 ……まぁ。そうだろう。

 ヘルガはそう思った。

 砲兵を叩くなんて、新大陸軍にやらせればいいと思う。

 連中にだって、砲兵はいるはずだ。

「砲兵の護衛に、どの程度のメサイアが展開するかは不明。新大陸軍は、防衛陣地の再構築を優先しており、砲兵隊を事前に叩く余裕は―――ない」


「我々が……」

 思わず口に出た言葉を、ヘルガは慌てて飲み込んだ。

 貧乏くじを自分から引く必要なんて、どこにもない。


「新大陸軍からの命令はない上に」

 フォイルナー少佐は無機質な口調で言った。

「砲兵部隊制圧後の後始末をしてくれる歩兵も……いない」


「陸軍はどうして」

 ガング中尉という、大隊でも古参の騎士が訊ねた。

「部隊を派遣しないのですか?俺達、メサイア部隊はこういう時、単独で動くべき性格を持っていない。占領は歩兵の仕事だ」


「歩兵隊が」

 フォイルナー少佐は答えた。

「不祥事を引き起こすことは、新大陸国民の対独感情を悪化させかねない。そしてなにより、我が国が新大陸に対して領土的野心をもっていないことを示すためにも、ここに歩兵隊は投入できない」


「いっそ、そこら中にドイツ国旗でもおった建ててやれば?」


「敵のリストに新大陸軍が加わるだけだ。この大陸から生きて祖国に生還したくないのか?」


「考えたくないですな……」


「その通りだ。我々は、余計なマネはしない。新大陸軍の要請に基づき行動する。そして、その全ての責任は彼等のものだ」


「現状の要請は?」


「戦場の防疫任務が終わり次第、待機。中華帝国軍が後方で部隊の再編成中との情報も入っている。新大陸軍のメサイア隊は、現状では姿を見ることさえ期待できない。消耗に対して、補充が追いつかないとも聞く」


 つまり、新大陸軍に期待するな。

 自分の上官は、そう言っているのだ。

「対する中華帝国軍は、一日10騎の割合でメサイアを製造していると聞く」


 どうしろと?

 ヘルガは誰かに聞いてみたかった。

 1日1騎倒して5日でエース。

 その割合で頑張っても、その頃には45騎が待ちかまえている?

 冗談じゃない。

 そんなの、戦う意味があるのか?

「喜べ」

 どうやって?

「獲物に事欠くことは、当面の間、ない」

 ……。

 無理だ。

 ヘルガは思う。

 私は、隊長ほど人間が出来ていないから、敵が多いことを喜ぶことなんて出来はしない。

「敵の動きは当面の間、極めて苛烈なものになるだろう。ベルリン及び師団司令部は、我が大隊だけでは戦力不足と判断。極東向けの部隊を臨時に北米へ向けることを決定した。

 40、42両大隊が本日、カリフォルニアに到着する。

 魔族軍との戦闘経験のある部隊だ。

 合流を受け、我々は従来の新大陸軍支援任務から外れ、独自の遊撃戦闘へと任務を変える」


 任務が……変わる?

 遊撃戦闘って?


 チラリと周りを見るが、皆、緊張した顔を崩そうともしない。

 フォイルナー少佐の存在に、皆が押さえつけられている。

 そんな感じだ。


「敵の補給施設の破壊だ」


「待って下さい!」

 ザワッ!

 初めて、騎士達の間からざわつきが生じた。

 その中で、数人の騎士が椅子を蹴って立ち上がった。

 中心は、部隊でも血の気の多さで知られるヴィットマン少尉だ。

「俺達、グリュックシュヴァインがそんな任務を!?」


「不満か?」


「当然です!」 

 ヴィットマン少尉は気色ばんで頷いた。

「俺達ゃ、トリュフを掘り出しに来てるんじゃないです!」


「……」


「……そ、そりゃ」

 フォイルナー少佐の眼光に押されたヴィットマン少尉は、バツが悪そうに肩をすくめた。

「任務なら、従いますけどね?」


「なら、そうしろ」

 フォイルナー少佐は言った。

「前線に移動中のメサイア部隊を攻撃することも、我々にとっては大切な任務だ」


「そうですよね!?」

 ヴィットマン少尉はハッとなって、笑い顔になった。

「そうか!それを早く言ってくださいよ!少佐ぁ!」



「あーあ」

 状況説明が終了し、ブリーフィング・ルームから出たヘルガとエレナは、仲間達と共に、休憩所の近くで針路を変えた。

 仲間の一人、エレナが、マネリラ王国製の新型を見たいと言い出したからだ。

「ヴィットマン少尉達が単純なバカだって、ホントにわかった」

 整備が完了したメサイアを一時的に格納しておく専用ハンガーに向かいながら、ヘルガは言った。

「あの人バカよ」

「何が?」

 ルナが首を傾げた。

「だって、補給施設叩くんでしょう?しかも、奇襲攻撃なら楽じゃない。それに、メサイア戦は二の次、三の次でしょう?」



「ここにもバカがいた」

 ヘルガは、ムッとした顔のルナの斜め後ろを歩いていた少女に気付くと、声をかけた。

「……イリス?」

 青い髪に触れるだけで折れそうな細い手足。

 愛らしい幼い顔立ちは、およそ軍隊に似合わない。

 どう見ても15歳より下だと思う背の低い少女、イリス・タルバッハ少尉だ。

 青く長い髪。あどけなさを残す愛らしい顔立ち。

 軍服ですら可愛く見える、とびきりの美少女だ。

「えっ?」

 突然、話しかけられてびっくりした顔のイリスがヘルガを見た。

「私ですか?」

「どう思う?」

「……えっと」

「10秒以内に回答なき場合は、パンプキンの刑」

「つ、つまり!」

 パンプキンの刑。

 スカートをめくり上げて頭の上で縛ってしまう。当然、ショーツが丸見えになるという、よく女子校でやるタイプのイジメだ。

 イリスが慌てた様子で答えた。

「少佐がおっしゃっていた攻撃対象は、元から対メサイア戦。補給施設の防衛を任務とするメサイアを撃破することだったのに、ヴィットマン少尉は、それを、補給施設を破壊すると勘違いした」

「そう」

 ヘルガは楽しそうに頷くと、イリスの頭を優しく撫でた。

「補給施設の攻撃なんて、当然、敵も阻止するために戦力回してくるに決まっている。そのリスクがわかっていない。ルナはわかってるわよね?」

「リスク?」

 ルナはきょとん。とした顔になった。

「何?奇襲ならリスクなんて、あったら逃げるだけじゃない」

「イリス?」

「はい?」

「新型のマジック・エジェクト・システムはテレポート標準装備だから、早めに申請しておきなさい。あなたが申請すれば、整備部隊と補給部隊が死に物狂いで手配してくれるわよ?」

「は?」

「ダメよ!」

 ルナが突然、イリスを抱きしめた。

「“これ”は私のモノなんだから!」

「……好きにしなさい。そのリスクこそがね?栄えあるグリュックシュヴァインに相応しい任務としての価値を与えてくれるんだから」

「どういうことよ?」

 エレナが訊ねた。

「敵の支配地域に深く侵入して戦闘行為を行う。つまり」

 ヘルガは、小さく息を吸い込んだ。

「周りは敵だらけ。場所によっては砲撃の雨が降る。反面、味方の支援は一切ない。救援も望めない。たとえば、そんな中で、一騎だけ行動が遅れた場合……」

「……」

「……」

「……死ぬ以外に、選択肢はない」

「まさか!」

 ルナはあっけらかんと笑った。

「ジュネーブ条約だってあるのよ?いくらなんでも!」

「東南アジア戦線の中華帝国軍の捕虜証言で」

 ルナは言った。

「擱座したグレイファントムのMCメサイア・コントローラーが、50人以上の男に陵辱レイプされた挙げ句に殺されたって」

「……」

 ルナはギョッとなった顔で、言葉が思いつかないままヘルガを凝視した。

「いい?私達は女。戦場で女の末路は男のそれよりヒドいわよ?国際法上、捕虜は保護されるべき存在―――表向きはそうだけど、現実には通じないんだから」






 戦場の銃声はすでに遠くなっている。

 歩兵部隊に蹂躙されたこの小さな村にとっての悪夢は終わろうとしていた。

 この村の終わりという形で。


 村の学校から盛大に煙が立ち上り始めた。

 学校のには、男達や子供が集められていた。

 彼の部隊がこの村を制圧したのは昨日のことだ。

 退路を断たれ、孤立した小さな村。

 戦略的にも価値はないような、そっとしておきたくなる古くからの村だ。

 

 戦禍を受けた村を立ち直らせたい。

 意見を聞きたいので、翌日の正午。

 全ての男は学校に集まるように。

 

 村長を通じて、彼等の指揮官はそう命じた。


 子供達はお菓子を用意してあるので同じく学校へ集まるといい。


 半ば強制的に集められた男と子供達。

 燃えさかる学校の中で彼等の亡骸を見たら、きっと子供はお菓子を口に入れたままだろうし、何人かの男は、酒とたばこを口にしたままだろう。

 

 甘言を流してだまし討ちするのが常套手段だ。


 イのヤツが、機関銃の弾が残り少ないと言っていたけど、大丈夫かな。


 彼が考えたのは、そんなことだった。


 パンッ

 乾いた銃声が家の中から響いた。

「おい。ユン」

 ドアが破られ、窓ガラスはほとんど割られている家の外でタバコを吸っていた兵士が、家の中に入った。

 銃声に何も感じるところはないらしい。

 手にはガソリンの詰まったジェリ缶が握られている。

「終わったか?」

「……ああ」

 部屋の奥から、ベルトを戻しながら満足げな顔をした兵士が出てきた。

「白人の女も、若いウチならいいもんだぜ?」

「そうか?」

 ちらりと部屋の奥が見えた。

 白い脚が無造作に床に投げ出され、血だまりの中に浮かんでいた。

「ああ。小学生だといっていたな。俺の娘より年下だったが、胸はデカかったな。母親の前で処女奪ってやった。次は母親だ。やってみろよ。“親子丼”は最高だぜ?」

「俺にも回せよ」

 兵士は肩をすくめた。

「俺が楽しむ前に殺しちまったら、意味がねぇ」

「悪く思うなよ」

 兵士からジェリ缶を奪った彼は、部屋の奥に向かった。

 バシャバシャという音と共に、辺りにガソリンの匂いが充満し始める。

「バレたら後々厄介なんだからさぁ」

「一蓮托生」

「―――次の村で回す。約束する」

「頼むぜ?」

 部屋から出た兵士は、ポケットからタバコを抜き取って火を付けた。

 そして、一息、タバコを吸っただけで部屋の奥へと投げ捨てた。

「マルボロはまずい」

 ボンッ!

 ガソリンが燃える匂いをかき消すように、タンパク質が燃える嫌悪すべき異臭が立ち上る。

 兵士達は、そんなことに構うこともなくタバコについて語り合う。

「ティスが懐かしいな」

「俺はタイムだ」


 隣の家でも。

 他の家々でも。

 次々と炎が上がり始めていた。


 道に転がっていた死体が、兵士達によってその炎の中へと投げ込まれる。

 その“作業”が終わった兵士達は、ガレージの4輪駆動車に意気揚々と金目のモノを積み込む作業に没頭する。


 ブロロッ


 そこに近づいてきたのは、中華帝国軍の軍用車両の列。

 車列が停止し、先頭の高機動車から士官が降りてきた。

「韓国兵か?」

「はい」

 居合わせた兵士達が敬礼した。

「大韓帝国陸軍第101師団です」

「任務は何か?」

「この周辺に潜む残敵の掃討です」

 燃え上がる家々を前に、中華帝国軍の士官は何か言いたげな顔をした。

 その時だ。

 金切り声が響き渡り、燃える家から何かが飛び出してきた。

 全裸の白人女性だった。

 髪に火が燃え移っている。のたうち回りながらその火を消そうとするが、

 パンッ!

 すぐ近くにいた兵士がその女性めがけて引き金を引いた。

 燃えた頭が吹き飛ばされ、女性はその場で動かなくなった。

 兵士はすぐに死体を燃える家に引きずっていくと、炎の中へと軍靴で乱暴に押し込んだ。

「あれは何だ?」

「ゲリラです」韓国軍兵士は即答した。

「気にしないでください」

 兵士は、意味ありげな笑みを浮かべると、ポケットから無造作にドル札を取りだした。

「これに免じて」

「……」

 周りを見回した士官は、そっと札を掴むと自分のポケットにねじ込んだ。

「……あまり、目立ってやるな」

 兵士の耳元で、士官はそう言うと、その場を離れた。


 遠ざかっていく車列を一瞥した兵士達は再び、略奪品の積み込みに勤しみ始めた。



 




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