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マイフェアレディZ

●富士学校 食堂


「えええええ〜〜っっっっ!!?」


 夕刻、食堂に突如響き渡った怒鳴り声に、居合わせた全員の動きが止まった。

 何人かはみそ汁を鼻から吹き出し、死にそうな勢いでむせいでいた。


「み、美奈代っ!?」

 さつきが青くなって美奈代の両肩をつかんだ。

「あんた一体、どうしちゃったの!?」

「だ、だから何だ?」

「ど、どうしちゃったんですか!」

 美晴も席を蹴って立ち上がった。

「そんな申し出受けるなんて!」

「べ、別に間違ったことを言ってはないだろう!?」

 美奈代は訳が分からない。という顔で反論した。

「士官が教養を持つというのは、確かに正しいことだ!」

「「だからって!」」

 さつきと美晴が同時に怒鳴った。

「それってデートでしょ!?あの染谷と!」


 シン……。

 一瞬、食堂が静まりかえった後……。

 染谷はどこだ!?

 あの野郎!抜け駆けしやがったな!?

 染谷を探せっ!

 叩き殺せっ!


 食堂は騒然となった。


「……あらま」

 周りを見回した祷子は、自分達、こと、美奈代に対しての視線が、さっきまでとは違っていること、さらに、美奈代がようやく自分が受けた申し出の意味を理解して凍り付いていることに気づいた。

「それにしても」

 祷子はテーブルの上に置かれていたアルミ製の急須から御茶を注ぎながら言った。

「染谷候補生、なかなか素敵なお誘いじゃないですか」

「ああ……それにしても」

 さすがの宗像もあきれ顔だ。

「お前、オードリー・ヘップバーンも知らんのか?」

「……だ、誰だソレ」

「歴史上最高と言っても過言ではない名女優中の名女優だ。妖精とまで呼ばれた彼女を知らないとは、お前、本当に人類か?」

「そ、そこまで言うか?」

「でも」

 お茶、どうぞ?

 祷子が皆の茶碗にお茶を注ぎながら言った。

「染谷候補生って、意外とロマンチストだったんですね。私もそんなお誘いには憧れちゃいますね」

「しかし」

 クックックッ……!

 宗像は腹を抱えて笑い出した。

「我が校のヒギンス博士は、とんだイライザを見初めたもんだ!」

「クスッ。理沙さんったら」

 祷子もおかしくて仕方ないという顔だ。

「だ、だから!」

 美奈代はたまらずに言った。

「フェアレディってのは、日産のZのことだろう!?教養とスポーツカーがどう関係するか知らないが!」

「……美奈代さん」

 ポンッ。

 美晴が沈痛な面もちで美奈代の肩を叩いた。

「これ以上、恥かくような発言は慎みましょう。分隊長がそれでは、私達がいたたまれないから」

「うっ」

「とりあえず」

 宗像は言った。

「イライザでさえ、教授の元へは、精一杯のお洒落をして訊ねていった。負けてはいられない」

「素敵なマイフェアレディ計画ですね」

「祷子。お前は私のマイフェアレディだ」

「ふふっ。ありがとうございます。でも今は」

「あ、天儀?」

「理沙さん。お化粧品とお洋服、見繕ってあげてください」

「任せろ。和泉は私服のセンスが最悪だからな」

「な、何だと!?」




「―――成る程?」


 夜。


 美奈代は二宮の私室へ呼び出された。


 否。


 正確には、部屋から拉致られた挙げ句、ここに連行されてきたのだ。

 パイプ椅子に座らされ、テーブルに置かれたライトを浴びる美奈代は、何故か女性教官達に取り囲まれていた。

 教官達の殺気だった視線を一身に浴びる美奈代は生きた心地がしない。

 警察の取調室の方が、まだ心地いいだろうな。

 美奈代は心底そう思いつつ、浴びせられる質問に答えるしかなかった。

「了解した」

 そう答えたのは、座学担当の牧野中尉だ。

 先に搭乗した“雛鎧”のMCメサイア・コントローラーを担当してもらった人物だ。

「拷……じゃない。尋問は終わりました」

 椅子から立ち上がった牧野中尉が振り返った先には、机に両肘を乗せ、手を組んで顔の前に置くという、某国連特務機関の最高司令官の如き姿勢をとる二宮がいた。

「―――調書を読み上げなさい」

「はっ。二宮閣下。」

 牧野中尉は恭しく頭を下げた。

「―――被告は我が訓練校第七分隊所属候補生であります。

 この者は、我が訓練校に属する女性として背いてはならない教義に反した容疑がかけられています。

 曰く、被害者、第一分隊染谷隊長に対する売春行為未遂及び、訓練校に関係する全ての女性への背信行為。

 この裏付けは、すでに容疑者の自白で十分と判断しています。

 この事態に際し、わが独身女性保護同盟最高評議会は、いかにして容疑者が被害者をたぶらかしたかを徹底的に調べ上げた後、然るべき処置を」

「回りくどい」

 二宮は姿勢を崩すことなく言った。

「結論を述べなさい」

「このガキ!候補生の分際でオトコたぶらかしやがって、羨ましいんですっ!」

「実にわかりやすい。報告は簡潔にして要領を得ていないとな」

「……あのぉ」

「和泉」

「……はい」

「で?どうやって、染谷をたぶらかした?」

「べ、別にたぶらかしてなんて!」

「―――質問を変えよう」

 二宮はどこからかハンマーを取り出し、美奈代の脳天めがけて振りかぶった牧野達を手で制しながら言った。

「染谷と初めて会話したのはいつだ?」

「え?えっと……?」

 美奈代は、四方で振り上げられたハンマーにおびえつつ、ようやく思い出した。

「あの……5月の強歩訓練の時、水を配っていた時だと」

「ああ。図々しく生理を理由にさぼった時だな」

「うっ」

「それで?」

「お疲れさまです……って、確かその程度」

「それ以降は?」

「時々、すれ違い様に敬礼する程度で」

「……むぅ」

「二宮閣下」

 二宮の斜め後ろに立つ女性士官が書類を挟んだバインダーを手渡しつつ、

「ILOからの情報です。容疑者が自白しました」

「あ、ILO?あの……二宮教官は、パレスチナに何か?」

「パレスチナは既に人の住めるところではあるまい」

 二宮は書類に目を通しながら言った。

「“いたたまれないほど、ロンリーな、男達”の略でILOだ」

「いっそ合コンとか……どうです?」

 皆さん、そのILOの女版でしょう?という言葉だけはかろうじて飲み込んだ。

「私達は高い理想に生きることを誓った女達だ。妥協はしない―――どれ」

「……」

 いろいろ言いたいことはあるが、生きてここを出たければ、下手なことは言うべきではないだろう。

 美奈代はそう思ったので黙った。

「……成る程?」

 二宮は書類から視線を外し、言った。

「染谷はILO候補生実働隊により袋だたき、つるし上げを受けた後、医療隊の適切な処置により投与されたクスリにより自白した。それによると」

 ゴクッ。

 女性士官達が固唾を呑んで二宮の言葉を待つ。

「染谷は入営の際、和泉を見初めた。つまり―――」

 ジロッ!

 刺す様な視線が恐ろしく痛い。

「一目惚れしたんだ」

 なっ!?

 が、外見が全てなの!?

 私の方が美人なのにっ!

 こんな小便臭いガキのくせに!?

「わ、私が悪いんですか!?」

 まるで一方的に美奈代が悪い!と言わんばかりの声に、美奈代はそう抗議するのが精一杯だ。

「和泉は、亡くなった染谷の母親の、若い頃にそっくりなんだそうだ。

 そんなこともあって、その後も、気になって事あるごとに見ていたら、自然と異性として意識するようになった。つまり、好きになったと自覚した」

 染谷候補生はマザコンだったのか!?

 なら、母性の魅力でたぶらかせば!

「……」

 一体、何なんだ?

 美奈代は泣きたくなった。

 自分はまだ、デートもしていない。

 告白なんてされてもいない。

 ただ、自分を好きになってくれた人がいた事を知っただけだ。

 た、確かに、フェアレディと聞いてすぐに車しか思いつかなかったのは、よく考えれば、女の子としてどうかとは思う。

 それでも、デートの誘いらしいものは受けたんだ。

 それは、一人の女の子として、喜ぶべきことのはずなのに、こんな風に吊し上げられるなんて、あんまりだ。

 外見に自信は全くない。

 早瀬じゃないけど、これはもしかしたら、千載一遇のチャンスなのかもしれない。

 実際、美奈代はそう思う。

 ただ、そう思った直後にこれだ。

 私は―――まともな恋愛が出来ないのか?


「二宮閣下」

 美奈代の瞳から涙がこぼれそうになった時、部屋のインターフォンが鳴り響いた。

「校長からです」

「貸せ―――閣下?染谷が死にましたか?―――はっ!?」

 二宮があきれ顔になった。

「今、この時間にですか?……はい。わかりました」

 受話器を戻すと、二宮は立ち上がった。

「和泉」

「……ぐすっ。はい?」

「もういいぞ」

「へ?」

「閣下!?」

「すぐに部屋に戻って、神城三姉妹をたたき起こして教官室へつれてこい」

「神城達を?」

「―――連中の玩具がきた」






-----用語解説---------

フェアレディZ

 ・日産のスポーツカー

 ・Z32と思われる。

 ・ちなみに作者はS130が好き。

 ・補足設定だが、美奈代は高校時代、学校近くの日産ディーラーでアルバイト(イベントの受付嬢)をした経験がある。









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