模擬演習 第五話
敵―――第一分隊3騎の陣形は、典型的な逆楔形陣形だ。
B C
A
↑ ↑ ↑
● ● ● ● ● ●
● ● ●
●
【注:ABC=敵騎 ●友軍騎】
前面に展開する敵を相手に、3騎が臨機応変に対処するためには、横一列に仲良く並ぶ事自体がありえない。
だが、それこそが、今回の参謀役である都築の狙いだった。
美奈代達は、3騎一組で突入を開始した。
前方に2騎。後方に1騎。
前方の2騎は剣を抜刀していない。
あくまで楯を前にするだけだ。
コクピット内部は慣性制御が効いているため、振動をほとんど感じないが、走るたびに巨大な針葉樹の枝が揺れ、葉や残雪が落ちていく。
『敵前方、300メートル!』
「いくぞっ!」
美奈代は、コントロールユニットを操作して、隣の柏騎から何かを受け取り、同時に柏騎が美奈代騎から何かを手渡した。
そして―――
「あいつら、何を考えている?」
二宮は戦況モニターから視線を外さずに首を傾げた。
前衛2騎がぴったりと寄り添うように疾走する。
しかも、抜刀していない。
あれでは戦えない。
二宮は各騎のステータスモニターに視線を移した。
ステータスモニターに映し出される各騎の状況はグリーン。
使用されている兵装が赤く表示されるモニター上で、実際に赤く表示されているのは、10騎のうちわずか3騎。
「勝てないと判断したのか?」
「何だあいつ等?」
B騎担当の恩田は、それでも敵の展開の速さに感心していた。
もしかしたら、俺より操縦が上手いかも。
メサイアを立ち上げるだけで四苦八苦した頃を思い出し、恩田は、慌ててその考えを否定した。
メサイア初乗騎だというのに、やや荒削りだが、それでも自分の手足のようにメサイアを操っている。
そんなのは偶然に、そう、偶然に過ぎないんだ!
何しろ、俺達はエリート候補生の部隊なんだぞ!?
あんなドン亀部隊とは違うんだ!
「そ、染谷さん、どうします?」
「やらせてみようじゃないか」
染谷は楽しげに言った。
「どんな楽しいマネをしてくれるんだろうね」
染谷は、美奈代達の突撃を前にしても、泰然自若とした様子を崩さない。
「前方雛鎧2騎、展開」
「ん?」
MCからの報告。
彼の騎の前で、シールドを押し立ててくる2騎が左右に割れた。
● ●
C
●
【注:C=敵騎 ●友軍騎】
「3騎で包囲するつもりか?」
染谷達には、その意味がわからない。
このままでは、シールドで自分を押し込むことは出来ない。
むしろ2騎が自分達を無視しているようにさえ思える。
――戦術も知らない連中のお遊戯か?
染谷は横を抜けようとする候補生騎2騎を何もせずに見送ることに決めた。
左右に分かれ、一斉に攻撃してくることもありうるが、そうなればなったでいくらでも対処の方法はある。
「子供の頃からシミュレーターをゲーム代わりにしてきた僕に勝てるかな?……どれ」
モニターの向こうで、雛鎧が左腕でシールドを構えつつ。何故か右腕が何かを操作するように軽く上下した。
その何でもない動きが、彼の騎士としての本能をして、彼に何かを警告した。
危険だ!
「何?―――ぐっ!?」
ビィィンッ!
騎が後ろに押されたのは、その瞬間だった。
すさまじい力が幻龍にかかっている。
だが、本来、その力をかけるべき2騎はすでに後方に下がっている。
「なんだっ!?」
下手をしたら、後ろに引きずり倒されていた。
何か、見えない力に引き倒されそうになる自騎を何とか立て直そうとするが、騎体を後退させなければどうしようもない。
その彼の目の前に、剣を構えた雛鎧が襲いかかってきた。
「何をしたっ!?」
「ワイヤーだと!?」
二宮がそれに気づいたのは、武装情報ではなく、偶然に装備情報に赤い点滅を見つけたからだ。
擱座したメサイアの回収等に用いるために、メサイアにはワイヤーが取り付けられている。
点滅は、そのワイヤーが展開していることを告げていた。
それで二宮は、奇妙な形で押される敵騎に何が起きたか理解できた。
「成る程?」
力業だが、損害を少なくできる点で加点ものだ。
敵はワイヤーを切断するか、ワイヤーから逃れるために後退を余儀なくされる。
それこそが、候補生達の狙いなのだ。
「ここまでは褒めてやるべきか」
短時間でこういう作戦を展開するには、臨機応変の発案と、身内で連携できる信頼関係がなければならない。
それを彼女らは現実にやっている。
二宮は、端から見れば気色が悪いほど顔を緩めているのに気づいていない。
「うん―――さすが私の教え子だ♪」
その二宮に、背後に立っていた別な教官の声がかかった。
その声は呆れていた。
「ここまでですよ」
「やった!」
美奈代は歓喜の声を上げた。
美奈代と美晴、前衛2騎でワイヤーを二重に持ち、下からすくい上げる要領で敵騎の腰にワイヤーを押しつけ、後方に押しやる。
狼狽し、後退する敵に対し、余裕を与えることなく、一気に剣の一撃を加える。
それが都築の発案だ。
敵騎は完全に押され、バランスを崩している。
その敵騎に今、都築が襲いかかった。
「行けっ、都築っ!」
美奈代は思わずそう言ってしまった。
が―――
ガンッ!
「―――えっ?」
その鈍い音と同時に、宙を舞ったのは、
幻龍に突き技を喰らわそうとした雛鎧。
都築騎だ。
ドォォォォンッ―――!!
吹き飛ばされ、宙を舞った都築騎が地面に叩き付けられるまでが、もどかしいほどゆっくりとしていたように、美奈代には思えてならない。
「―――都築っ!」
美奈代の悲鳴に近い叫びの後、各騎から報告が入った。
『都築っちがやられた!』
「宗像!?」
『こっちは無事だ』
「神城っ!そっちは!」
『こっちは全騎無事!』
長女の一葉が答えた。
『紙一重で光葉が避けた!』
「よくやった!―――間合いをとれ!」
雛鎧を後退させながら、美奈代はちらと都築騎を見た。
大地に大の字になって倒れる都築騎はぴくりとも動かない。
それが腹立たしい。
折角、惚れ直してやったのに、ああもあっさりとブッ飛ばされるヤツがあるか!
美奈代が、都築騎の生命反応があることを確認した時だ。
「“マスター!”」
“さくら”が悲鳴に近い声を上げた。
「敵、動いたよ!」
「なっ!?」
そう。
第一分隊の逆襲が始まったのだ。
「下がれっ!」
プライドを傷つけられた彼らの手には今、エモノが握られている。
相手が女だあろうが情け容赦はないはずだ。
不運なことに、真っ先に襲われたのは美晴騎だ。
『―――ヒッ』
レシーバーに美晴が恐怖に息を飲んだ音が聞こえた。
「柏っ!死にたくなかったら戦えっ!」
『は、はいっ!このおぉぉっ!』
錯乱したような声と同時に、美晴騎が背中にマウントしていた薙刀を抜いて斬りかかった。狙いはどうしても一番動きが鈍くなる腹部を狙った低めの一撃。
だが―――
ガンッ!
美晴騎は薙刀を振りきる前に、シールドに防がれた。
そう思った瞬間、横薙ぎの一撃が柏騎を吹き飛ばした。
模擬刀でよかった。
美奈代は思った。
真剣なら、美晴は今頃、靖国行きの片道切符を手にしているだろう。
それにしても驚くべきは染谷の技量だ。
「べ、ベテラン並か!?」
どうする?
その疑問に、答えが出てこない。
そんな美奈代の耳に通信機越しの声が聞こえてきた。
『前の雛鎧、和泉候補生か?』
染谷だ。
「―――は、はい」
『どう?ハンデをあげようか?』
「それ、騎士道精神に則っているつもりですか?」
『ご婦人には親切にっていうのがモットーなんだ』
「一応、断っておきますが、今、候補生がブッ倒したのは立派なご婦人ですよ?」
『騎士である以上、全力でお相手するのが親切。違う?』
「詭弁を!」
『まぁ落ち着いて聞いて欲しい』
「―――何です」
『一対一で勝負しないか?』
「一対一で?」
『ああ。君が勝てば、部下に攻撃を止めるように命令してもいい』
「……あなたが勝ったら?」
本来なら、“候補生”とでもいうだろう。
だが、今の美奈代にとって、それさえ恐ろしく丁寧すぎる気がした。
『僕のモノになって欲しい』
「……」
『……』
「……」
『……何故、反応がない?』
「……は?」
『告白されて、反応がそれ?』
染谷の声は、明らかな落胆の色を含んでいた。
『か、かなり傷ついたけど……』
「ち、ちょっと待ってっ!」
美奈代は怒鳴った。
「い、今の、何の告白ですかっ!」
『私のモノになれと言ったけど……え?ち、違うのか!?ダメなのか!?宗像候補生は、和泉候補生には、絶対にこれでいいって!』
『和泉っ!』
息巻いたさつきが怒鳴った。
『こんなヤツのペットだかオモチャだか奴隷になったら、許さないからね!?』
「露骨に表現するなっ!」
『ど、どういう扱いがお望み?』
「完全無関係っ!」
『それは―――』
染谷は冷たく笑った。
『完全に嫌われたようだ』
「あなたを好きになる物好きがいるものですかっ!」
『なら、男らしく力ずくだな』
染谷騎が剣を構えた。
模擬刀とはいえ、下手に命中すれば無事では済まない。
「っ!」
『第一分隊各騎、和泉騎は私のエモノだ。手を出すな』
『了解っ!』




