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ヴァルキリーズストーム  作者: 綿屋 伊織
第一章 富士学校
18/257

模擬演習 第四話

「?」

「何の音だ?」

 教官の質問に、美奈代は答えた。

「実体弾の飛来警告です!」

 後頭部に見えない手を展開しつつ、美奈代は答えた。

「レーダー有効範囲は?」

「30キロ!」

「砲撃を受けた場合、どう行動する?」

「移動、もしくは―――っ!!」


 ドドンッ!


 爆発音が雛鎧を揺るがしたのは、まさにその時だった。


 ガンッ!


 美奈代は後頭部の痛みに気を失いそうになった。

「このバカもんっ!」

 教官が怒鳴る。

「いちいち答えてるヒマがあるなら、さっさと動かんかっ!」

「も、申し訳……」

 こぼれる涙を堪えながら、美奈代は騎体の状況を確かめた。

 雛鎧は、とっさに片膝をついてバランスをとりつつ、シールドで頭部をガードする姿勢をとっていた。

 教官が自分から瞬時にコントロールを奪い、とった姿勢であることは、美奈代にはイヤでもわかる。


「砲撃の後、どうするっ!」

「戦闘態勢に」

 雛鎧を立ち上げようとして、美奈代は騎体が動かないことに気づいた。

「―――えっ!?」

 コントロールユニットを操作するが、騎が全く動こうとしない。

「“さくら”!どうしたの!?」

 思わず怒鳴る美奈代に、“さくら”は半分、泣き顔で言った。

「腰が抜けましたぁ……」

「このバカっ!」

「バカもんっ!」

 ガンッ!

 美奈代の後頭部を再びレバーがどついた。

「“さくら”!こんなことは山ほど経験してるはずだ!」

 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッ!

 教官が怒鳴るたびに、美奈代の後頭部に激痛が走る。

「いい加減にしてくださいっ!」

 美奈代はたまらずに怒鳴った。

「ここは自分ではなく、“さくら”を叱ってください!」

「叱ってるだろうが!」

「レバーを押さないで下さいっ!」

「クセだ、気にするな!」

 ガンッ!

「ううっ……」

「和泉候補生」

「グスッ……はい?」

「12時間、メシ抜き確定だ」

「そんなぁ!」

 軍隊の数少ない楽しみ。

 それがメシと睡眠。

 冗談抜きでそういうものなのだ。

 それを取り上げられた美奈代は泣き顔で叫んだ。

「あんまりですっ!」

「あーあ。俺達はこの後、屋台のおでんで打ち上げだぁ」

 教官は晴れ晴れした声だ。

「屋台のおでんって、おいしいんですか?」

 さくらは興味津々で訊ねた。

「ああ。あれで一杯は最高だな」

「私も食べたいですぅ」

「ど、どうやって?」

「―――はぅぅぅぅっ」


『和泉』

 モニターに宗像が映る。

『状況、わかってるな?』

「状況?」

『……和泉』

 タダでさえ低い宗像の声のトーンが落ちた。

『後でシメるぞ』

「すまんっ!」

 美奈代は戦況モニターを開いた。

 周辺の地形図と自分達の現在位置が映し出される。

 全騎が、今は無事。

 そして―――

「丘陵の向こうに敵騎」

『それだけじゃない』

 それは、初めて聞く宗像の声。

 宗像は緊張していた。

『教官達が状況を変えた』

「状況を?」

 戦況モニターの上。

 そこに映し出された最新情報にようやく気づいた美奈代は、我が目を疑った。

「被弾により―――教官全員戦死!?」

 思わず振り返った美奈代は、後ろで知らん顔を決め込んでいる教官の顔を見た。

「い―――」

 生きている!

 そう叫びそうになった。

 それはあくまで仮定の話。

 現実ではない。

「パパ―――死んじゃったの?」

 “さくら”が心底嬉しそうな顔で美奈代に訊ねた。

「い、一応、そういうことになっている」

「やったぁ!」

 ガンッ!

 美奈代は、バーの一撃をモロに喰らった。

「な―――」

 美奈代はその痛みを忘れたように怒鳴った。

「何考えてるんだ!ウチの教官共は!」

 ガンッ!

「“さくら”っ!」

「は、はいっ!」

「これ以上バー使ったら、後部座席を射出しろ!射出確認後、ML(マジックレーザー)で狙撃!」

 美奈代の目は本気だ。

「殺せっ!」

「いいんですか!?」

 “さくら”は美奈代の命令に、目を輝かせた。

「いいっ!」


 ピクッ

 バーに手をかけたものの、躊躇しているのが、後頭部の感触でわかる。


「例え教官といえど、死人から殴られるいわれはないっ!」

「―――あーあ。お姉ちゃん、ブチギレ」

 “さくら”は青くなったり赤くなったり忙しい教官に言った。

「パパが悪い」

「……何もしてない」

「しないから悪い」

「―――ったく」

 美奈代はブチブチと言い続けた。

「初の実騎訓練だぞ?普通なら歩行だの基礎的なことやるべきだ。シミュレーションと現実のギャップを」

『和泉っ!』

 今度は早瀬からだ。

『何してるんだよ!早くどうするか決めてよ!』

「えっ?」

『命令、読んでないの!?』

『私達は、自力であの敵を撃破しなくちゃいけないの!美奈代が隊長よ!?』

「なっ!?」

『美奈代さん』

 美晴だ。

『しくじったら、コスプレ接待どころか、48時間のメシ抜き。卒業までの外出止めですよ?』

「死ねというのか!」

『それはそれで言い過ぎだけど……』

「―――数はこっちの方が上だ!」

 美奈代は言った。

「1対3で行く!1騎に対して3騎!それなら最悪五分まで!」

「1分にもならん」

 後ろの教官が、ぽつりとそう言った。

「パーティを組め!」

 美奈代はそれを無視した。

「弱いのはわかってる!」

 そして、怒鳴った。

「弱者こそが強者を倒すことが出来る唯一の存在だ!無様でいい、格好悪くていいから、勝ってメシ喰ってフロ入って寝るぞっ!」

 美奈代は周囲が驚くほど張りあるのある声で作戦を告げた。

「狙いは染谷騎一騎だ!第一分隊は染谷候補生一人で成り立っている!彼さえいなければ、プライドばかりの烏合の衆に過ぎない!最初だけでいい、他の連中には目もくれるな!」

「そ、それでいいの!?」

「いいっ!私と宗像、都築で前衛!美晴と早瀬、山崎で中衛!天儀、後方で待機!」

『えっ?』

 祷子が驚いた顔をモニターに映した。

『いいんですか?』

「危険な時は支援に回れ!―――いいかっ!」

 美奈代は気合いを込めて怒鳴った。

「教官達は気にするな!ここで我々がダメになれば、候補生を無駄死にさせたとして、教官達の年金をパーに出来るっ!」


 ギクッ!

 後ろからそんな音がした。

 それを無視した美奈代は続けた。


「降格に減俸、それが理由の家庭崩壊!」


 ギクッ!


「全部無視しろっ!どうせ我々の金じゃないっ!」


 ギクッ!


「日頃の恨みを晴らせっ!―――中尉、染谷騎はどれかわかりますか!?」

「マーカー、C騎です」

 MCメサイアコントローラーの牧野中尉から声が入る。

「他騎同様、第一種装備の「幻龍」です」


 MDIJα-015「幻龍」

 近衛騎士団のメサイアの代名詞。


「指揮官騎の信号発信中」

『律儀なのか誘っているのかわからないが……間違いなく、そいつが染谷騎だ』

 宗像は言った。

『あのお山の大将がいなければ、あとは烏合の衆に過ぎない』

「そういう事だ。“さくら”」

 美奈代はコントロールユニットを握りしめながら訊ねた。

「いける?」


 無意識に自分の口から出た言葉に、美奈代は頷いた。


 そうだ。

 行くしかない!


 美奈代はそう決意した。


 勝てるはずはない。


 それは明らかだ。


 だが、

 いつだって、

 どんな時だって、

 絶対勝てるなんて、誰にも言えないんだから。

 勝てないんじゃない。

 負けないんじゃない。

 私は、違う!私達は、やることをやるんだ!


「はいっ!―――“マスター”!」

 “さくら”は目を輝かせ、楽しげに言った。

「いざとなったら私をかついで逃げて下さい!」

「自重何百トンあると思ってる!」

「ううっ。ヒドい!。女の子に体重の話するなんて……こんな色白のカワイイ女の子に……」

「色白って―――ペンキだろうが」

 やりとりを聞いていた教官がポツリとそう言ったのを、“さくら”は聞き逃さなかった。

「ペンキだなんて、ひどいです!TP-45W特殊ペイントです!。ワックスだってかかってます。全身のお化粧代だけで、パパのミジメすぎる薄給よりかかってるんですよ!?」

「ちくしょぉぉぉっ!」

 その一言に、教官はキレた。

「それでオレは家族4人養ってんだ!長女は予備校生で二度目の大学受験!次女は中学、長男は幼稚園だ!おれの悲哀を……家族のために身を粉にしているオヤジの悲哀を!ぬがぁぁぁっ!!リーマンナメんじゃねぇぞっ! このクソガキぃぃぃっ!」

「わーんっ!児童虐待で通報してやるぅ!」  

「……」

 いい所まで行っていたのに。

「前衛3騎で血路を開く、それでいいなっ!?」

 結局、やるしかない。

『待て』

 止めたのは都築だ。

『全騎、回線を隊内へクローズ』

「都築?」

『3騎同時でかかるなんて、染谷も教官も、とうにお見通しだ』

「だから―――」

『だから』

 どこか楽しげに都築は言った。

『予想もしないほど、卑劣に行くんだよ―――俺達は殺し合いをしてるんだ。オリンピックに行くわけじゃねぇ』

「卑劣?」

『ああ―――』


 都築は作戦を話した。


『クックッ……成る程?』

 聞き終えた宗像が喉を鳴らして笑った。

『それはいい』

『こら都築っ!』

 都築の後ろで教官が怒鳴るが、

『スミマセン。死人は発言しないでください。規則ですから』

『都築っち!』

 一葉は興奮気味だ。

『それならなんとかなるかも!』

『だろう?』

『で、ですけど』

 山崎はどこか不安げだ。

『相手は歴戦。しかもメサイアは弾丸すら避ける』

『こっちも同じだ!』

 都築は怒鳴った。

『歴戦かどうかより、歩き回れるかを心配するんだ!バランスはMCにサポートを頼め。MCが使えなければ自爆装置でも作動させてやればいい!』

『ロマンですね』

『天儀、わかってるな』

『ふふっ……自爆はロマンです』

『で、誰がやるのよ?』

 早瀬も興奮気味だ。

『決まってる』

 都築は言った。

『ここから一気に敵前300まで疾走。その中で最もバランスがいい者がやれ。各自、そこまででメサイアに慣れろ』

『たった2キロの疾走でメサイアに慣れろぉ?』

 早瀬のため息混じりの声を否定する者はいない。

 だが、状況が状況だ。

『やるしかないよねぇ』

「早瀬、そうだ」

『じゃ!』

 双葉が言った。

『美奈代っちと都築っちのカップルの発案、早速実行っ!』

「よしっ!』

 美奈代は騎を動かしかけて、そのコトに気づいた。

「まっ、待て双葉っ!何だそのカップルってのは!」

『あーっ!美奈代っち顔真っ赤!』

「う、うるさいっ!」

『とにかく行くぞっ!』

 都築は怒鳴った。

『メシ抜きは御免だ!』

「―――“さくら”っ!」

「バランスに注意して!―――全ウェポン、セフティ解除!各部コンバットモード引き上げ!マスターフレーム、オン!各部同調良好!―――行けるよっ!」

 “さくら”の報告に力強く頷いた美奈代は雛鎧を前進させた。


 10騎のメサイアが、大地を蹴った。



----キャラクター紹介----------


牧野晴海まきの・はるみ

・美奈代騎のMC

・階級は中尉。

・作品中、最も階級を間違えられやすい人。……牧野少尉?違う!それは中尉と読むんだ!

・美奈代曰く「頭上の悪魔」

・コクピットに指導バーを組み込むなど、美奈代をいたぶることには努力を惜しまない。

・美奈代めがけて発砲したり、彼女を殺した(幽体離脱?)経験がある。

・美奈代のMの素質と、火事場の馬鹿力的能力の発揮を早期に見抜いていたからだと、本人は言うだろうが信じてはいけない。

・外見は清楚だが、内面には恐ろしい物を持つ、S系女の典型例。

・過去に後藤中佐と何かあったらしい。

・銃の取り扱いは苦手。

・イメージは艦隊これくしょんの龍田。


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