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ヴァルキリーズストーム  作者: 綿屋 伊織
第一章 富士学校
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模擬演習 第三話

 メサイアの動力源。

 Lクラス魔晶石エンジン。

 魔晶石を動力とする魔晶石エンジンが魔法擬似生命体である「精霊体」を産み出すことはこの世界では常識。

 そして、精霊体が自我を持つこともだ。

 だが、その自我は、MCメサイア・コントローラーの命じる内容を理解出来、かつ、メサイアの全てを管理出来る、一種のコンピューターとして機能するに留められるのが普通だ。

 兵器として、いや、道具として当たり前のことなのだが―――


 それを真っ向から否定してのける国がある。


 それが、大日本帝国。


 少なくとも、美奈代は、そう教えられていた。


「……」

 スピーカーからの二宮の指示が響く雛鎧すうがいのコクピットで、美奈代は顔を引きつらせていた。


 どうして?

 何故?


 スピーカー越しの教官からの指示が、耳に入らない。

 耳にはいるのは、自分の心からの問いかけだけ。


 何故?


 それだけだ。


「……」

「……」


 興味深そうに自分を見つめてくる二つの瞳。

 それを前にして、他に湧いてくる言葉なんて、ない。

 小さな女の子が、操縦者を守る最終装甲を兼ねたモニターカウルにちょこんと座って、自分を見つめているのだから、無理もない。

「ね、ねぇ」

 美奈代はようやくのことで女の子に語りかけた。

 年の頃は4歳くらい。

 大きな目とやわらかそうなほっぺた。

 幼稚園児の着るようなクリーム色のスモック。

「?」

 小首を傾げる愛らしい仕草。


 どう見ても、メサイアという兵器の中にいるべき存在じゃない。


 大体―――


「あなた……どこから入ってきたの?」

 閉鎖された狭いコクピット内に、例え子供といえど、潜んでいられる場所なんてない。

 違う。

 美奈代の目には、少女が突然、目の前に現れたように見えた。

「?」

 少女は、意味がわからないらしく、また小首を傾げた。

「和泉候補生」

 島教官が言った。

「あいさつ位しておけ」

「あ、あの―――」

「ああ……貴様等は、まだ精霊体に会ったことがなかったな」

「精霊体?これが、そうなんですか?」

「これじゃないもんっ!」

 女の子は、頬を膨らませて言った。

「私は“さくら”だよ!?」

 びっくりして声を失った美奈代に、教官がフォローするように言った。

「近衛がメサイアや飛行艦の魔晶石エンジンに疑似人格を持たせているのは習ったな?」

「は、はい」

 美奈代はテキスト通りに答えた。

「魔晶石エンジンは、命令を兵器に伝達させるだけでは精霊体の本来持つ力が存分に発揮されることはない。疑似人格を与えることで眠っているパワーを引き出す事が出来る」

「50点だ」

 教官の評価は厳しい。

「共に戦うパートナーとして疑似人格を位置づけ、自発的な協力を受けることで、魔晶石の眠れる力を引き出させるのが、最大の狙いだ」

 ―――それを言う前に点数つけないでよ。

 と、美奈代は内心でそう毒づいた。

「さて―――」

 教官は言った。

「“さくら”?状況は?」

「はぁい!」

 少女は手を挙げて、自信満々に答えた。

「ママに聞いてください!」

「殴るぞ?」


 作戦命令。

 それを完全に聞き逃した美奈代は、周囲に合わせる形でメサイアを動かすハメになった。

 どんな命令が下されているのか、まるでわからない。

「命令はすでに伝達された」

 恐る恐る訊ねた教官からは、後頭部への指導バーの直撃と、そんな返事しかもらえなかった。

「さくら……ちゃん?」

「“さくら”、黙っていろ」

 教官からそうクギを刺された精霊体―――“さくら”は、救難信号を送る美奈代を、気の毒そうな顔で見るだけだ。

「牧野中尉……どうした?」

 先程から、何の報告もしてこないMCメサイア・コントローラーに教官は問いかけた。

 普通ならそろそろ、何か情報があってもいい頃だ。


「島教官、騎体バランスに気をつけてください」

「バランス?―――こっちでは何も感知していない。動作も問題ない」

「騎体総重量が予定と異なっているんです」

「何?何か積んだか?―――どれくらいだ?」

「予定重量より、4トンも」

 牧野の言葉を遮るように、“さくら”は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「わたし、そんなに太ってない!」

「4トンって、太る太らないの問題じゃないと思う……」という美奈代の呟きは正しい。

「あのなぁ。“さくら”」

 教官は、怒る“さくら”をなんとかなだめようとして失敗した。


 ばかぁっ!

 チビっ!

 飲んべえ!

 貧乳!

 ……。


 コクピット内では、唖然とする美奈代を後目に、教官と女の子の怒鳴り合いが続く。

 それは親子喧嘩というより、子供同士のケンカだ。

「あの……私、どうすればいいんですか?」

「命令通りに動けばいい!おい、このチンチクリン!」

「鏡見れば!?」

「いい加減にしなさいっ!」

 コクピットを制圧したのは、MCLメサイア・コントローラー・ルームにいる牧野中尉の一喝だ。

「何をやってるんですか!」で、始まった説教が二人の動きを封じるコクピット。

 美奈代は外に助けを求めるように、モニターの外を見た。


 他の騎はすでに移動を開始している。

 肩のナンバーから、斜め前方を移動中なのが宗像騎だと知った美奈代は、そっと宗像騎との通話を試みた。

『ん?どうした?』

 通信はクリア。HUDヘッドアップ・ディスプレーの片隅に設置された通信モニターに、宗像の顔が映し出される。

 美奈代は小声で訊ねた。

「宗像、すまんが」

『何だ?』

「後ろのノイズは無視してくれ。どんな命令を受けている?」

『―――戦況確認ボタン一つでわかることだぞ?』

「あっ」

 基本的なミスに気づいた美奈代は、赤面しつつボタンを押した。

「スマン……このまま前進、前方に潜む敵を撃破」

『典型的なお役所命令だな』

「成る程?」

 しかし、そこで美奈代はひっかかった。

「天儀はどうなる!」


 そう。

 天儀の乗るメサイアは単座騎。

 教官なんて乗っていない。

 戦闘に巻き込まれれば最悪―――



『私も心配だ』

 宗像は真顔で頷いた。

『私のスイートハートがなぶり者にされるようなことがあれば……そう考えただけで―――』

「考えただけで?」

『濡れてくる』

 背筋が寒くなる美奈代の前で、モニターの宗像は身をよじらせた。

『ああ―――たまらん』

「も、もう少し、普通に考えていいぞ?」

『私はめい一杯、普通だ―――それと』

 宗像は言った。

『これから始まる砲撃だが、直撃一回で12時間のメシ抜きだ』

「へ?」

『だから、砲撃だ』

「実弾か!?」

『前哨戦ってことだな。メサイアの装甲の前には無意味だが、どっちにしても我々をいたぶるつもりだろうさ』

「第一分隊は、訓練校を代表するエリートだぞ?」

 美奈代は、まるで宗像に抗議するように言った。

「そのエリートが、我々のような女を嬲るというのか?」

『こういう時だけ女を出すのは、女の狡さだ―――そうだ』

「誰が言った?」

『染谷本人』

「……」

『あいつ、面白いぞ?』

「……」

 宗像は、美奈代の顔が曇ったことに気づかないまま続けた。

『隊長のツラ被っている時は冷血漢を装っているが……いや、それがないと馬鹿正直というか、単なる世間知らずというか……』

 宗像は、からかうように、モニターの向こうで肩をすくめた。

『どっかの誰かと同じだ』

「……随分、よく知っているな」

『最近、よく話すからな―――知っているか?あいつ、仕事以外では、かなりの口べただぞ?』

「……そうか」

『―――どうした?』

「……宗像、お前」

 美奈代は、楽しげに染谷のことを話す宗像に、

「お前、染谷とつき合っているのか?」

 そう、訊ねた。

 訊ねた途端、胸がちくりと痛んだ。

 毅然とした態度で分隊を指揮する染谷は、凛々しさでは他分隊の男子候補生からも定評がある。


 将来を渇望されるエリートの卵。


 そう言われれば、美奈代はすぐに染谷の顔を思い出す。

 美奈代は、分隊の指揮に自信を失いかけた時、染谷の顔をすぐに思い出すことにしていた。


 ―――こういう時、染谷候補生ならどうしていたか。


 美奈代は、いつだって、そう自問自答して問題を乗り越えてきた。

 染谷は、美奈代にとっていつだって分隊長としての理想であり、尊敬や憧憬の対象である。

 だから、いつでもその姿を追い求めていた。

 追い求めていたからこそ、同期の女性候補生達の中では、彼の魅力を自分が一番分かっていると、美奈代はそう思っている。


 それが、どういう気持ちか、美奈代はもう自覚しているのだ。

 自分がその自覚を口にする資格がないという思いこみと共に。

 その自覚を胸に、美奈代はモニターの向こうの宗像の顔を見る。


 宗像理沙。


 それは、宝塚スターで十二分に通用する美貌の持ち主だ。

 自分のような平凡な顔ではない。

 凛々しい染谷のような男の横に立つのは、こういう美人こそ相応しいんだろう。

 そう思うと、美奈代はとても惨めな気分になった。


『あのなぁ……どうしてそうなる?』

 宗像はあきれ顔というより、むしろ心底嫌がった顔だ。

『私がどうしてあいつと?』

「えっ?ち、違うのか?」

『話せばつき合っているというのか?小学生かお前は』

「だ、だけど……」

『少なくとも、あいつの意中は私ではない。むしろ、私にその相手のことを教えてもらうために、私に接触した』

「あ、ああっ!」

 美奈代はポンッ。と手を叩いた。

「天儀か!」

『お前……どうして』

「な、何だ?早瀬か、それとも柏だったか!?」

『どうしてお前はそうも鈍い』

「わ、私が何だと?」

「いずれ分かる」

 クックックッ。

 美奈代はレシーバー越しのその音が、宗像の笑い声だとようやく気づいた。

「宗像―――楽しそうだな」

『ん?』

「状況を楽しんでいるように見える」

『そうだ。―――全ては怯えるためのものじゃない。楽しむためものだ』

「だけど」

『とりあえず、今は第一分隊との勝負に全力を注ごう。和泉は染谷を相手に楽しめ』

「わ、私がか?」

『分隊長同士で戦って、分隊長に仕留められれば、染谷も分隊長としてのメンツが立つ。メサイア戦の後は』

「後は?」

『染谷騎のコクピットに潜り込め―――優しくしてもらえ?』

「どういう意味だ?」

『和泉が女になる間に私達はゴミ相手だ』

「だから」

『事故に見せかけてあいつら何人殺せるか、とても楽しみだ』



 戦術モニター上に反応が出たのはそれからすぐのことだ。

「おっ。連中来たな」

 美奈代達の移動先に立つメサイアのコクピットの中。恩田がやや上擦った声で言った。

「染谷さん。レーダーに反応有。あん時の恨み晴らしてやる。宗像は俺が殺るっ!手を出すなっ!」

 恩田の息巻いた声が通信機に響く。

「少しは落ち着け」

 恩田騎の隣に立つメサイアを駆る染谷の冷え切った声に、皆が黙った。

「もう少し、様子を見ろ。相手は初めて歩いているんだ」

「で、ですけど」

 恩田はせわしなくコクピットの計器類に目をやる。

「アイツらの乗騎はβ騎ですよ?俺たちには指一本触れさせてももらえなかった化け物を、アイツらはああして乗りこなそうとしている。対して俺達はα騎だ。しかも、単騎操縦はまだ10時間も」

「戦闘機動は単独で出来ると豪語していただろう?」

 染谷は楽しげに言った。

「勝てるよ。恩田?もう少し待ってくれ」

「何かあるんですか?」

「サプライズは用意してある」

 染谷は楽しげに頷いた。



 美奈代達が移動を開始して10分後。

 そろそろ、演習地は山から森へと景色を変えようとしていた。


 ピーッ


 コクピットに警告音が鳴ったのはその時だった。



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