トラック島、奇襲さる
「いぃーちっ!」
「にぃぃぃいっ!」
“鈴谷”甲板上。
強い日差しに焼かれる甲板に手を付いて、腕立て伏せに勤しむ美奈代達の声が響く。
海で遊んだ帰り、二宮から命じられた挙げ句のことだ。
《せっかくシャワー浴びたばかりなのにっ!》
海水浴の仕上げといわんばかりに、艦内では満足に使えないシャワーをたっぷりあびて体を洗ったばかりの美奈代達はすでに汗だく。
海のじっとりとした空気と、南方特有の強い日差しが恨めしい。
「ごっ、じゅぅぅぅっっ!」
バタッ!
皆が力尽きたようにその場にへたばった。
「―――まったく」
その様子を見届けた二宮は、心底面白くないという顔で言った。
「慣れてきたようだな……腕立て……」
「そんなことはありません」
さつきは額を流れる汗を拭いながら言った。
「響きます」
「そうか?」
「そうです」
「じぁ、あと10回追加」
「……」
30分後
「ありゃ、誰からも誘ってもらえなかったことを根に持ってのことだぜ?」
甲板上でひっくり返りながらさつきは文句を言った。
「ですけど」
美晴は海に浮かぶ米軍艦隊を興味深そうに眺めながら答えた。
「艦長は“二宮中佐は一日忙しい”って言うから、誘っちゃ悪いなって」
「“部下から誘われましたのでっ!”……教官、その口実で仕事から逃げたかったらしい」
比較的平然とした様子の宗像は手すりに寄りかかった。
その背後では、米海軍空母“シャングリラ・テキサス”が補給艦から燃料を受け取っている。
米艦隊と帝国海軍の艦艇50隻近い兵力が、このトラックに集結している中だ。
爆音を轟かせながら、“プレステ2”が“鈴谷”上空をフライパスしていく。
「―――なぁ」
甲板に大の字に転がって、その様子をぼんやりと眺めていた美奈代がぽつりと言った。
「“アレ”には、どうやったら乗れるかな」
「“アレ”?」
美奈代は無言で遠ざかっていく“プレステ2”を指さした。
「PS2ですか?」
「メサイア操縦資格じゃ無理かな」
「無理無理」
さつきは笑った。
「戦車兵に潜水艦操縦させるようなもんだよ」
「……そうか」
「ここが気に入っちゃったんでしょ」
「……うん」
美奈代は「うんっ」と伸びをした。
「青が一杯の―――なんて言うのかな?こんな広くて、どこまでも行けそうな……吸い込まれそうな―――上手く言えないけど、とにかくそんな世界……私は好きだ」
「この戦いが終わったら」
美晴は悪戯っぽく笑った。
「南方県の事務官にでも転属希望出したらどうです?パラオやグアムあたりで」
「―――悪くないけど」
美奈代は小さく笑った。
「あの飛行艇のパイロットを目指したいな」
「本気?」
さつきはあきれ顔だ。
「海軍のシゴキはきついよ?」
「私は―――」
美奈代は、もう遠ざかってしまった飛行艇が飛び去った方角を指さして、
「この“青い世界”を自由に飛べる、あの“飛行艇”っていうのに乗ってみたいだけだ」
「PS-2は綺麗なデザインですもんね」
美晴は笑った。
「それなら美奈代さん、民間のパイロット目指した方がいいですよ。PS-2の民間版は、八式飛行艇と一緒に、東亜航空の南方航路路線で就航してますし」
「……そうか」
そっちもあったか。
美奈代はそう思ったが、
「やめておけ」
そう言ったのは宗像だ。
「人の命は重いぞ。下手をすれば、重みで翼が折れる」
「……それでも」
美奈代は海の向こうを指さした。
「ああいうのより、よっぽど私の趣味には合う」
「ジェットよりプロペラ―――デジタルよりアナログな和泉にはお似合いだな」
宗像は笑って美奈代が指さした海の方を見た。
黒い点が10以上、こちらに向かってくる。
ぽつりぽつりと、黒い点は時間を経るごとに増えてくる。
「―――待て?」
「ん?」
「今日、発進した戦闘機があったか?」
「宗像ぁ、あるわけないじゃん」
さつきは首を横に振った。
「トラックは戦闘機離着陸出来ないもん」
「じゃあ、アレはなんだ?あれ、スホーイだぞ」
皆が立ち上がって海を見たその瞬間、
サイレンが鳴り響いた。
「高度を上げろっ!」
無線機に怒鳴るのは、中華帝国海軍空母“天津”攻撃隊長呉大尉だ。
迫り来る島と無数の船舶を前に、彼は歓喜するよりむしろ驚愕していた。
「こうも簡単に取らせるかっ!?」
米軍と帝国海軍。
海軍大国として名を馳せる二大国の機動部隊が集結している海域に、何の抵抗もなく入り込めたことが、呉大尉には信じられない。
「一体こりゃ?」
すでに爆撃の射程に入ったというのに、未だに対空砲さえ上がってこない。
天佑だ。
呉大尉は自分をそう言い聞かせた。
「―――いけっ!」
呉大尉は、パイロンに吊した爆弾を敵めがけて投下した。
ズズゥゥゥンッ!
“鈴谷”の上空をSu-30が通過する衝撃が走り、美奈代達は半ば吹き飛ばされて甲板に転がった。
「な、何っ!?」
後一歩で甲板から海に落ちるところだった美奈代は、驚いて空を見上げた。
「見てわからないのか?」
宗像だ。
「教えてやろう。これは空襲というのだ」
「いや、そういうことじゃなくて」
美奈代が驚いたのは、こんな事態でも平然としていられる宗像の神経であり、同時に―――
「宗像ぁっ!」
「なんだ?」
「どさくさに紛れて何してるっ!―――きゃんっ!」
「うむ―――85のBと見た」
抱きすくめる要領で、美奈代の胸をわしづかみにする非常識さだ。
「違うっ!」
美奈代はムキになって怒鳴った。
「これでもCはあるっ!」
「む?それは違う。絶対カップが合っていないはずだ」
「二人ともっ!」
反論しようと口を開いた美奈代を止めたのは美晴だ。
「現状、わかってますっ!?」
「すまん」
美奈代達が立ち上がろうとした途端―――
ズンッ!
「きゃっ!?」
爆発音に、思わず美奈代は甲板に伏せた。
空母と“鈴谷”の構造物が邪魔でわからないが、どこかに被害が生じたのは間違いない。
恐る恐る顔を上げた時、その視界に紅蓮の色を含んだ黒い柱が映る。
「やられたのは!?」
「あっち―――米軍の方っ!」
「何で反撃しないんだ!?」
「するのは私達ですよっ!」
「ちっ!総員搭乗っ!」
ついていない。
米第9任務部隊司令官ジョージ・キャンベルは内心でそう毒づいた。
さっきまで、質素だが、きちんと整理整頓が行き届いた室内は、惨憺たる有様だ。
窓ガラスは全て砕け、調度品がひっくり返っている。風に流れて入り込む煙が呼吸さえ困難にさせる。
何より、負傷したり、死んで床に転がる将校の死体は目も当てられない。
その光景を目の当たりにする自分もまた、体中に痛みが走る。
「提督―――ご無事で?」
副官のリー大佐がキャンベル提督の額にハンカチを当てながら訊ねる。
「大したことはない―――何が起きた?」
「中華帝国軍の奇襲です」
「……最悪だな」
キャンベル提督がそう思うのも無理はない。
この場に居合わせたのは、日米両軍の司令部同士。緊急の会合中だった。
議題は―――
トラック諸島を含むカロリン諸島一帯におけるレーダーの使用不能、通信障害が発生している。
これだ。
原因に関する見解は日米共に一つ。
狩野粒子。
幸いにして汚染レベルは低い。
問題は、狩野粒子が何故、この海域で確認されたか。
―――原因はともかく、現実の事態に対処すべきだ。
―――両軍共に、哨戒機を上げ、警戒に徹する。
会合は、そんな軍人らしい現実主義的な結論で終わろうとしていた。
その時、こう言ったのが誰だったのか、キャンベル提督は思い出せない。
―――狩野粒子を中華帝国軍が使ったものなら、笑えませんな。
―――全くだ。一体、連中はどこから狩野粒子を手に入れたんだ?
《……決して笑えなかったな》
キャンベル提督はため息一つ、頭を強く振ると、自力で立ち上がった。
「チンクも、絶妙なタイミングで仕掛けてきたな」
「提督」
副官の一人、ハスラー大佐がキャンベル提督に進言した。
「安全が確保されるまでシェルターに入ってください。今、艦隊に戻るのは危険です」
「その前に艦隊に対空戦闘を命じろ。メサイア隊は全騎戦闘態勢」
そこまで言いかけたキャンベル提督の声を遮ったのは、トラック基地の有馬司令の怒鳴り声だ。
「対潜警戒怠るなっ!」
壁にかかっていた電話相手に、それまでの温厚さは微塵も感じることは出来ない。
「水中から来られたらアウトだぞ!それから、“鈴谷”へ繋げ、空襲が終わったら送り狼をさせるんだ!」
日本語がわからないキャンベル提督には、彼が何と言っているかわからない。
ただ、
タイセン。
ケーカイ
職業柄、キャンベル提督が知っている数少ない日本語の語彙にその言葉があった。
アリマは対潜警戒を命じた。
何故?
狩野粒子。
その存在が念頭にあったキャンベル提督は、その理由に即座に思い当たった。
彼は部下への命令を追加した。
「全艦、ソナー警戒。対潜兵装は即時発射可能にしろ、何隻か対潜任務のため環礁から出せ。最悪―――」
提督は空襲の続く窓の外を睨んだ。
「環礁の外なら、アトミック機雷の使用を」
「し、しかしっ!」
「“あれ”の使用は、大統領から私に一任されている」
「潜水艦相手にですか?」
「ジャック。メサイア隊を攻撃に出せ。それから君」
キャンベル提督は狼狽する副官をあきれ顔で見た。
「それは、地中海で我が軍が、何にどんな目にあわされたか分かった上での発言か?」
同じ頃、
大型輸送艦隊の中では、詰め込まれたメサイア“グレイファントム”達が目覚めようとしていた。
「なんてザマよ!」
モニターやスクリーン、そして計器類の光が走るコクピットの中でそう喚いたのは、ステラだ。
本国へ戻った途端、ハワイでメサイアごと輸送艦に押し込められた彼女もまた、他の乗組員や騎士同様、数週間ぶりになる明日の上陸を楽しみにしていた矢先だった。
この騒ぎでは上陸はお預けだろう。
「こちらステラ・コールマン!ハッチ開けてっ!」
「こちら発艦司令所だ!メサイア使用許可は下りていない!」
「このままフネごと一緒に沈めっていうのっ!?」
「―――今、許可が入った!」
直立不動の体勢で搭載されているグレイファントムの頭上でハッチが開かれる。
油圧でゆっくりと開く仕組みのハッチは、まるで亀の歩みさながらに遅く、たまらずステラは―――
「邪魔よっ!」
ベキィッ!!
グレイファントムの左腕でハッチを殴り飛ばしてしまった。
「こらっ、ステラっ!」
ハッチが海面に落下する音を聞いたイルマが怒鳴る。
「あーあっ!あなたこれ、給料から天引きされるわよ!?」
「恐いこと言わないでよっ!必要な措置でしょ!?こちらステラ、緊急発進のため、すべての発進シークエンスを省略するっ!」
「ステラっ!始末書は書けよ!?」
発艦司令所の士官もステラに怒鳴った。
「発艦司令所よりグレイファントム全騎。ハッチ解放次第、自力浮揚開始許可!」
「サンクスっ!」
重力力場の理論を用いた一種のブースターを吹かしながら、グレイファントムが甲板上に出る。
甲板上に設置されていたウェポンラックが開き、ステラはそこから90ミリ速射砲を引き出した。
「敵はどこっ!?」
すでに対空砲が全艦から盛大に打ち上げられている。
「右っ!」
「右?」
ピーッ!
ステラは右を振り向き様、コクピットに響いた接触警報の意味を即座に悟ることが出来た。
スクリーン一杯に、炎上しながら迫ってくるSu-30が映し出されていたのだ。
速射砲で撃墜するヒマはない。
「うそぉぉぉっ!」
ドンッ!
鼓膜がどうにかなりそうな爆発音と、シェーカーの中に放り込まれたような衝撃がステラ達を襲う。
とっさに構えたシールドにSu-30の体当たりをまともに喰らったステラ騎は、一度海面まではじき飛ばされた。
そのまま落下しなかったのは、イマラのブースターコントロールが絶妙だったからとしか言い様がない。
「な、なんてことしてくれるのよぉっ!」
ステラは騎体を甲板に再び降ろすと、辺りを見回した。
「い、一体、何がどうなって―――?」
グレイファントムの目から見たトラック基地は酷い有様だ。
滑走路は爆弾で穴だらけで、車が何台かひっくり返っていた。
青い空も、今では黒い煙に覆われている。
そんな中、ステラ達の母艦の間近では、爆撃をまともに喰らい、真っ二つにへし折られた輸送艦が舳先を天に向けて沈もうとしている。
さらにその隣。
もう一隻、輸送艦が激しく炎上していた。
艦の構造物のあちこちで走る爆発は、艦内に残っていた弾薬が激しく誘爆を繰り返している証拠だ。
最近の輸送艦は乗組員がほんの数名だとステラは誰かに聞いていた。
だから、乗組員が脱出出来ればいい。
そう思っていた。
だが―――
ステラはモニターをズームさせてその輸送艦を見て青くなった。
炎上しているのは、物資輸送艦じゃない。
兵員輸送艦だ。
兵士達が炎と煙に巻かれ、甲板から次々と海に転がり落ちていく。
艦の横腹にまともに爆弾を受けたらしい。
もうもうと立ち上る煙の中、大きく抉られた艦体が見て取れる。
艦自体が受けた被害からして、艦内にいた兵士達は無事ではないはずだ。
「……神よ」
全身を炎に包まれ、まるで踊るように海に飛び込んだ兵士を見たステラは、思わず首から提げたロザリオを握りしめた。
その直後、輸送艦のボイラーに海水が侵入したんだろう、艦の後部、煙突の下あたりから今までで最大級の爆発が発生。
煙突を含む艦上部構造物が、甲板にいた兵士達を巻き込んで根こそぎ吹き飛んだ。
「……っ」
「ステラ」
呆然とするステラに、殺気だった声のイマラから通信が入る。
「敵空母の位置が判明したわ」
「どうするの?」
「今、この海域にある飛行艦は一隻だけ。インペリアルガーズの、“スズヤ”ってフネ」
「それが?」
「―――“スズヤ”は敵空母艦隊に殴り込むわ」
「私達は?」
「飛んで帰ってくる位のことは、このグレイファントムにも出来るでしょう?」
ハッチが開き、グレイファントム達が次々と甲板に出てくる。
「成る程?」
その光景を見たステラは、楽しそうにコントロールユニットを握った。
「お手伝いくらいは、させてもらえそうね」




