第七十七話 真夜中のシンデレラ
シオンの後についていと高級外車が停まっていた。
何の車種かはわからないがお金持ちだけが乗っていそうな雰囲気がある。
しかも色が黒でいかにもって感じを醸し出してた。
「乗れ」
「これ、なんて車?」
「ベントレーだ」
「すごくゴツイ顔をしているね」
ベントレーの顔は迫力のあるゴツイフロントだ。
見た人が避けてしまうような勢いを感じる。
それでいて変にギトギトしていないで落ち着きがある。
中高年のお金持ちの男性に似合いそうな車だ。
「いくらしたの?」
「秘密だ」
「えーっ、教えてよ」
「家が一軒買えるぐらいだ」
「えーっ、そんなに」
家が一軒買えるぐらいだから3000万から5000万ぐらいだろうか。
そんな高級車が道路を走っているなんて家が道路を走っているようなものだ。
もし、私がそれだけのお金を持っていたらブランド品を買い漁っていたところだろう。
「もういいだろう。乗れ」
「ドアは開けてくれるんだ」
「マナーだからな」
「おじゃましまーす」
私はシオンに促されてベントレーの後部座席に座った。
「うわぁ~、座席がすごいフカフカ」
体重の重さで座席がゆっくりと沈み込む。
それは低反発ベッドを思わせるような弾力だった。
「すごく広くて足も伸ばせる」
「気に入ったか?」
「気に入ったも何も、こんな車に乗るのははじめて」
「そうか。なら、満喫してくれ」
シオンは前の左側の座席に座ってシートベルトをする。
ベントレーは左ハンドルなので運転席が左にあるのだ。
私も後部座席のシートベルトをして準備を整える。
「それじゃあ出るぞ」
「どこへ行くの?」
「いいところだ」
そう言ってシオンはゆっくりとベントレーを走らせた。
排気量が高いからと言って変にスピードを出したりしない。
タクシーのようにお客さまを第一に考えた安全運転だ。
きっとお店のお客さんを乗せているからなのだろう。
「お店のお客さんもこの車に乗せるの?」
「たまにな」
「だからなのね。すごく安全運転」
「バカみたいにスピードを出すのはバカのすることだ。大人なら紳士的な運転をするのがカッコイイものなのだ」
「それは言えてるね。大人がバカみたいにスピードを出していたら危険だもんね」
「俺みたいな職業をやっていると一挙一投足をお客さまに見られているからな。気が緩められない」
ホストなんてお客から見たら最高の人間でなければならない。
お客をお姫様のように扱ってくれて、けしておごることはない。
それでいてどこまでも紳士的でお客を大切に思ってくれる。
そんな扱いをしてくれるからお客はホストにお金を貢ぐ。
シオンクラスにもなればたくさんの太客がいるのだろう。
「なら、肩が凝っちゃうね」
「お前も似たようなものだろう」
「えっ、私はホストなんかしてないよ」
「知っているぞ。お前、voiceって言う声優アイドルグループに所属しているだろう」
「何でそんなことをシオンが知っているのよ」
「ホストをやっているからな。情報通になるんだよ」
確かにホストにはいろんなタイプの女性がやって来るから話題に事欠かない。
恐らくシオンのところに来たお客の中にvoiceを知っている人が混じっていたのだろう。
「何だバレてたのか」
「今日はクリスマスライブ帰りなのだろう」
「そう」
「ライブは盛り上がったのか?」
「うん。すごく盛り上がったよ。何せ3万人超のファンが集まったんだから」
「すごい人気だな。俺を楽に越えている」
「でも、シオンのようにお金持ちじゃないけどね」
「ハハハ」
いくらファンが3万人いても女子高生声優アイドルにはお金が入って来ない。
お金のことは全部マネージャーが管理しているからお金がどうなっているのか知らない。
ただ、毎月月末になるとお給料が振り込まれている。
まだ未成年だからサラリーマンの月給ぐらいだけど。
「ねぇ、シオンていくらぐらい稼いでいるの」
「想像に任せるよ」
「教えてよ」
「夢は壊したくないからな」
「億?」
「さあな」
シオンは話をはぐらかしたが恐らく毎月億を稼いでいるのだろう。
でなければベントレーなんか簡単に買えることがない。
きっと自宅には何台も高級車を持っているのだ。
「着いたぞ」
「地下駐車場じゃん」
「行きつけの店はこの近くにあるんだ」
「そうなんだ」
シオンは地下駐車場の空いているスペースにベントレーを停めた。
「降りろ」
「ありがとう」
シオンが後部座席のドアを開けてから私はベントレーから降りる。
すると、シオンはキーレスでベントレーにカギをかけた。
「いくぞ」
「待ってよ」
私はシオンの後について行って地下駐車場から出る。
そして5分ほどあるくとシオンの行きつけの店に着いた。
「ここだ」
「ここってバーじゃん。私が入っていいの」
「マスターには連絡済みだ。問題はない」
「さすがだわ。まったく抜かりがない」
それぐらスマートにできないとホストは務まらない。
先さ先を見通して下準備をしておく必要があるのだ。
シオンの行きつけのバーはこじんまりとした外観をしている。
派手さはなく、ここがバーなのか疑ってしまうような落ち着いた雰囲気だ。
よく見ていないと通り過ぎてしまうほど目立たない。
ザ隠れ家に相応しい印象のバーだった。
シオンはバーのドアを開けて私を先に入らせる。
そしてすぐさま先頭に立つと私をエスコートしてバーへ連れて行った。
「うわぁ~、すごくお洒落」
「足元に気をつけろよ」
店内は間接照明で照らされているのでちょっと薄暗い。
だけどすごく落ち着いた雰囲気があって心が癒される。
こんなバーに来るのははじめてだからすごく感動した。
「どうぞ」
「ありがとう」
シオンが椅子を引いてくれたのですんなりと椅子に座る。
その隣にシオンシオンが座るとマスターに注文をした。
「マスター、いつものを頼むよ」
「今日は随分と若い子を連れているんだね。彼女もお客さんかい」
「いとこだ」
「へぇ~、シオンくんにこんなカワイイいとこがいたなんてね」
「カワイイ?あはっ、照れるな~」
マスターに褒められて私はいい気持になる。
やっぱり女子だからカワイイと言われたら嬉しいのだ。
「彼女にはオレンジジュースを頼む」
「はいよ」
マスターはシオンの注文したカクテルを作ってから私のオレンジジュースを用意してくれた。
「それじゃあ乾杯しよう」
「ねぇ、私もカクテルがいい」
「ダメだ。お前は未成年だろう。お酒は早い」
「今日はクリスマスイブよ。シャンパンぐらいいいじゃん」
「シオンくん、いいんじゃないのかい。彼女も女性なんだ。大人の女性として扱ってやった方がいい」
「マスターがそう言うなら。その代り今夜だけだからな」
「ありがとう」
だだを捏ねた甲斐があった。
せっかくのクリスマスイブなのにオレンジジュースだけじゃ物足りない。
やっぱりシャンパンを飲んでクリスマス気分を味わいたいのだ。
「じゃあ、改めて乾杯だ」
「乾杯」
私とシオンはグラスを合わせて乾杯するとシャンパンを飲んだ。
「くぅ~、しみる」
「お前はオヤジか」
「だって、シュワシュワののど越しがいいんだもん」
「そう言うのはお酒の味がわかるようになってからにしろ」
シオンが口うるさく言うのは私を子供だと思っているからだ。
確かに未成年だけれど膨らんでいるところはちゃんと膨らんでいるのだ。
「ねぇ、シオンっていつもこの店にお客さんを連れて来るの」
「お前がはじめてだ」
「えっ?」
「この店はひとりで飲みたい時によく来ているんだ」
「シオンにもそんな風に思う時があるんだ」
「ホストなんて商売をやっていたら、みんながそう思うさ」
シオンは渋い顔を浮かべながら遠くを見つめた。
きっとお客に気を使うから疲れてしまうのだろう。
完璧な人物像が求められるから気を抜くことができない。
だから、仕事中は常に気を張っていなければならないのだ。
「ホストって大変なんだね」
「普通のサラリーマンの方がいいさ」
「じゃあ、何でホストになんてなったの。サラリーマンになりたければ就職すればよかったじゃん」
「その選択肢は俺にはなかったんだ」
「どう言うこと?」
「この話はやめよう」
「気になるじゃん。教えてよ」
「またいつか気が向いたらな」
シオンは話をはぐらかせてそれ以上何も言おうとしなかった。
私もそれ以上は聴かない方がいいと思って質問は避けた。
人には人に知られたくないことのひとつやふたつある。
シオンも私には知られたくないから話さなかったのだ。
気が向いたら話してくれると言ったけれどその時が来ることはないだろう。
「ところでシオンって彼女いるの?」
「いない」
「えーっ、まだ童貞なの?」
「そんな言葉をどこで覚えた」
「学校。それより彼女いないって本当なの」
「本当だ」
「信じられない。こんなに男前で紳士的なのに彼女がいないなんて」
シオンクラスのイケメンならほっておく女子はいないだろう。
お金を払ってもシオンを彼氏にしたいと思うお客もたくさんいる
それなのに彼女がいないだなんて信じられない。
「見た目で惹かれる女子は相手にしないことにしているんだ」
「そんなのもったいないじゃん。イケメンならその顔を最大限活用しないと」
「じゃあ聞くが、お前は俺だったら彼氏にするつもりなのか?」
「う~ん、どうだろう。迷うな~」
「ほらみろ。そう言う女子は世の中にたくさんいるんだ」
「まあ、中身も大切だからね」
イケメンだからと言って簡単に付き合うとロクでもない目に合う。
DVだったり、暴力をふるわれたり、顔だけいいと中身がない男子も多い。
その点で言えばシオンは中身も紳士的だから問題はない。
ただ、彼氏にするかと言うことになると考えてしまう。
「お前はどうなんだ。彼氏はいるのか」
「いない。だって、女子高生声優アイドルだもん。恋人がいたら問題になっちゃう」
「今はお付き合いに夢中になっているよりアイドル活動に夢中になっていた方がいいな」
「けど、大切な青春を逃している気がするのよね」
「恋人をつくることばかりが青春じゃない。何かに夢中になることも大切だ。社会に出ればできなくなることだからな」
「確かにね。大人になったら女子高生声優アイドルなんて言えなくなるもんね」
今、女子高生だから女子高生声優アイドルでいられる。
これが大人になってしまえばただの声優アイドルになってしまう。
女子高生ブランドがついているからこそvoiceは輝けるのだ。
「俺達は似たようなものなのかもな」
「そうだね」
私は女子高生声優アイドルでシオンは一流ホストだ。
ファン達から求められていることがあるので自分達に自由はない。
シオンだって恋人なんて作れば離れて行くお客も増えるだろう。
やっぱりシングルでいることがお客をつなぎとめる最大の方法なのだ。
「ねぇ、この後、シオンの家に行っていい?」
「ダメだ」
「いいじゃん。ちょっとだけよ」
「男の家に上がることがどう言うことなのかわかっているのか」
「えっ、それってシオンが私を襲うってこと?」
「そう言うことだ」
「えっ、シオンって私をそう言う目で見ていたの」
「モノの例えだ。本気にするな」
「ちょっとがっかり」
シオンも男だから女子を襲いたくなることもあるはずだ。
ただ、私をエスコートしているからそれはしないでいる。
きっと私の魅力にまいってしまって我慢しているのかもしれない。
だって私ってカワイイから。
「ナハハハ」
「何を考えている」
「別に何でもないわよ」
「怪しいな」
すっかり会話が弾んだので私とシオンの距離が近くなっている。
出かける前はずっけんどうだったけれどいい雰囲気になって来た。
「ねぇ、この後、行きたい場所があるんだけど」
「俺の家じゃないよな」
「別のところ」
「ならよかった」
いくら私でも一度断られた場所には行きたいとは思わない。
私はそれほどおばさんほど図々しくないからすぐに諦める。
シオンにだって知られたくないことはたくさんあるのだから。
私とシオンはグラスを空にするとお洒落なバーを後にした。
シオンはお酒を飲んだので車は運転しない。
代わりの運転手がやって来てベントレーを動かしてくれた。
「どこへ行きますか、シオンさん」
「駅前の通りを左に曲がって丘を目指して」
「そこに何があるんだ?」
「いいところ」
「なら、頼む」
「かしこまりました」
運転手はそう返事をすると私の言った通り丘に向かって車を走らせる。
気を使ってくれたのか運転席と後部座席の間を透明な窓で塞いでくれた。
「お前にもとっておきの場所があるんだな」
「あたり前じゃん。誰にだってあるよ」
「そうだな。そうかもな」
「私たちだけが特別じゃないんだから」
誰もがみんな”特別なオンリーワン”なのだ。
誰かがそんなことを言っていたような気がする。
立場が違ってもみんなお気に入りの場所がある。
そこに行けば嫌なことも忘れられる大切な場所だ。
とかく人間は不安定だから心のよりどころがあった方がいい。
未成年になればなおのこと不安定になるから絶対に必要だ。
ベントレーは曲がりくねった道路を走って私が指定した丘の上までやって来た。
「着きました」
「ありがとう。ここで待っていてくれ」
「かしこまりました」
シオンは運転手にそう言うとベントレーから先に降りて私をエスコートした。
「うわぁ~、やっぱりここはいいわ」
「星がキレイだな」
「空に一番近い場所だからね」
「本当にキレイだな」
空気が冷たいので空が澄んでいて星が輝いている。
それは砂糖をちりばめたような景色で心が洗われる。
もし、この空に彦星と織姫がいたらデートしていたはずだ。
「シオン、こっちへ来て」
「何だ?」
「ここから街を見てみて」
「おおっ、これは……」
目の前に広がったのは夜の街の灯かりだ。
夜の暗闇を照らすようにいくつもの灯かりがきらめいている。
それは太陽の光で輝いている波打ち際のようだ。
「この景色をシオンに見せたかったの」
「いいところを知っているな」
「でしょ。私のお気に入りの場所なの」
「そうなのか」
私は両手を広げて夜の街を掴みとるような仕草をする。
「こうすると、この街を掴み取れるような気がする」
「この街だけじゃない。お前達なら世界を掴めるさ」
「ありがとう。シオンもこの街を掴めるよ」
「俺はお前のハートだけをつかめればいいけどな」
「何か言った?」
「何でもない」
私はとぼけてみせたがシオンの言葉は聞えていた。
ただ、その場で認めてしまうと面白くないから聞いていないフリをしたのだ。
シオンが私を求めるのならばいろいろと頑張ってもらいたい。
でないと私と言う存在価値が軽くなってしまうからだ。
ロマンチックな雰囲気で落ちる女子は尻軽女子だ。
男にいいようにされてすぐに捨ててしまうのがオチだ。
だから、どんなに気持ちが魅了されても我慢しないといけない。
すると12月の冷たい風が私とシオンを包み込んだ。
「うぅ、寒い」
「これを使え」
「ありがとう。シオンは寒くない」
「大丈夫だ」
そう言ってシオンは自分のコートを脱いで私の肩にかけてくれた。
風はずごく冷たいのにシオンはやせ我慢をしている。
それもホストならではの優しさなのだろう。
「ねぇ、シオン。またデートしてくれない」
「気が向いたらな」
「素直じゃないんだから」
「言ってろ」
シオンの言葉はまたデートしてくれると言うことだ。
私が未成年だから強がって気が向いたらと言っているだけだ。
本当は私のことを抱きしめて離したくはなかったのだろう。
そんなシオンの心の声が少しだけ聞えたような気がした。
「家まで送る」
「ありがとう」
私達はベントレーに乗って家路についた。




