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第七十四話 クリスマスライブ1週間前

とうとうクリスマスライブ1週間前になった。

事務所は慌ただしくなり忙しい。

私達の練習も厳しくなり毎日夜遅くまでやっている。

あとは残りの1週間でどこまでクオリティーを上げられるかだ。


「今日の練習、厳しい」

「仕方ないよ。ライブまで1週間なんだから」

「いよいよね。ワクワクするわ」

「ルカは余裕があるね」

「私達はこの時に向けて練習を繰り返して来たのだから」


ルカは誰よりも練習をするから自信があるのだろう。

実際に通してやってみてもルカのクオリティーは高い。

それはそれだけ一途に練習に力を注いできたからだ。


「あなた達、お喋りはそこまでよ。さあ、はじめから通して踊ってみなさい」

「は~い」

「まとい、気のない返事はしない」

「はい」


今はダンスレッスンをしているがダンスの先生は手厳しい。

それは先生の方としても責任があるから最高の状態まで仕上げたいのだろう。


その後、私達はライブで発表する曲のダンスレッスンを繰り返した。


「もうダメ。足が棒になっていて動かない」

「今日のダンスレッスンはここまでよ」

「えっ、午後はやらないんですか」

「午後からは予定が入っているからレッスンはなしよ」

「やったー」

「まとい、喜ばない」

「は~い」


私は床に寝ころびながら気のない返事をする。

あまりにレッスンが厳しいから午後にレッスンがないことが嬉しいのだ。

その気持ちをつい口にしてしまったからダンスの先生から怒られてしまった。


「先生、午後の予定ってなんですか」

「それはマネージャーから聞いて」


それだけ言うとダンスの先生はスタジオから出て行った。


「マネージャーからってまとい、また何かしたの」

「何でそうなるのよ」

「だってまといは問題児でしょ」

「私だっていつも問題を起しているわけじゃないよ」

「どうだかね」


ルカが失礼なことを言うのでキッと睨みつけた。


確かに私は問題を起したことがあるがしょっちゅうじゃない。

それにそのことについてはすでに罰を受けたからチャラだ。

今では何ら問題を起すことなく普通に過ごしている。

だから、マネージャーから呼び出しを食らう心あたりがないのだ。


「とりあえずお昼にしよう」

「そうね」

「やったー。これが一番楽しみなんだよな」

「まといは現金ね」

「だってお昼を楽しみに厳しいレッスンをしているんだもん」


お昼は事務所がケータリングを用意しているのでお弁当を持参しなくてもいい。

しかも高級なお弁当を用意していてくれるから毎日お昼が楽しみなのだ。

おまけに甘いスイーツもあるから心行くまで楽しむことができる。


ちなみに余ったケータリングは適当に見繕って持って帰っている。


私達はスタジオを出た後、真っすぐシャワー室に向かい汗を流す。

そして着替えをしてさっぱりすると事務所が用意した控え室に戻った。


「うわぁ~、今日も豪華」

「たくさんあって目移りしちゃうわね」

「私だけ贅沢して弟や妹に悪いわ」


用意されていたケータリングは30種類もある。

お弁当にはじまりドリンク、スイーツ、スナック菓子まで揃っている。

おまけにライブ1週間前記念にホールケーキまで用意されていた。


「とりあえず今日はこのお弁当にして、これとこれはお持ち帰りね」

「まとい、そんなに食べられるの」

「冷凍庫で凍らせて後で食べる予定よ」

「そんなのじゃマズくなっちゃうんじゃない」

「いーの、いーの。お腹に入ればみんな同じだから」


私はお持ち帰りのお弁当を全種類紙袋に入れる。

おかげで紙袋はパンパンに膨れていた。


「なら、私は弟と妹の分を持って帰るわ」

「私は今食べる分だけでいいわ」


ここなもそれぞれのお弁当を選んでお持ち帰りすることにした。

ただ、るかはひとりっ子だからお弁当のお持ち帰りはしないようだ。


「それじゃあ、いただきまーす」

「「いただきます」」


私達は席に着くと両手を合わせていただきますをした。

これは習慣になっているからどこでも同じようしている。

やっぱり日本人なら食べる前はいただきますをするべきだ。


「モグモグモグ。この照り焼きチキン弁当美味しい」

「チキンにしっかりと味が沁み込んでいて咀嚼するたびに照り焼きの味がするね」

「お肉も柔らかくてホロホロ崩れて行くわ」

「この仕上がりはお弁当のレベルじゃないね」

「さすがは”金福の照り焼きチキン弁当”だわ」


私達は”金福の照り焼きチキン弁当”に舌鼓を打ちながら満足する。

”金福”は有名な料理店でお弁当をプロデュースしているブランド店だ。

”金福”と言えば”照り焼きチキン弁当”と言うぐらいメジャーなお弁当だ。

他にも牛タン弁当や焼き肉弁当などお肉のお弁当を数種類手がけている。


「ケータリングに”金福のお弁当”があるとテンションがあがるよね」

「いえてる。”金福のお弁当”がない現場は3流よね」

「ときたまあるよね。そう言う現場」


私達はPR活動でいろんな現場に言っていたからよくわかる。

とくに地方のイベントに出席する時はしょぼいお弁当しかなかった。

だから、たくさんケータリングがあっても持っては帰らなかったのだ。


「ふぅー、食った食った」

「まとい、食べるの早い」

「早食いは太る原因になるのよ」

「大丈夫。その分、動いているから」


厳しいレッスンの毎日しているからお弁当の早食いぐらいじゃ太らない。

食べて栄養を補給するよりもレッスンで消耗する栄養の方が多いからだ。

太っている人が毎日レッスンをしていたらみるみるうちに痩せるだろう。

私達はそれだけ厳しいレッスンを毎日こなしているのだ。


「食後はスイーツね。どれにしようかな」

「そのホールケーキは」

「クリスマスライブ1週間前記念仕様になっているね」

「せっかくだから味見をしてみよう」


私はナイフでクリスマスライブ1週間記念のホールケーキを切り分ける。

そしてお皿に乗せて自分の席まで持って行った。


「何ケーキ?」

「ドライフルーツがたくさん入っている」

「へぇ~、変わってるわね」

「味は?」

「今食べてみる。パクリ、モグモグ」


ケーキの生地にお酒が練り込まれていて一口食べると口の中にお酒の香りが広がる。

おまけにドライフルーツとの相性がいいから咀嚼をするたびに幸せな気持になる。

スポンジは普通のケーキよりもしっとりしていてドライフルーツの固さとマッチしている。

咀嚼をすればするほど美味しさが広がるからはじめてでも満足できた。


「ほんのりお酒の味がしてすごく美味しい」

「私もちょっともらおっと」

「このドライフルーツ。お酒に漬け込んでるね」

「だからお酒の味が強いのか」

「下処理を怠らないなんてさすがね」


味見をしたここなもるかもお酒の味のするケーキに満足していた。


きっとこのケーキをプロデュースしたのは相当腕のいいパティシエなのだろう。

細かなところまで気を配っているから仕上がりは完璧だ。

とかくスイーツは分量を間違えるだけでも失敗するから特にそうだ。


そんな風にお昼の時間を楽しんでいるとマネージャーがやって来た。


「みんな、これからライブ会場へ向かうわよ」

「えっ、下見できるんですか」

「1度会場を確認しておかないといけないからね。すぐに準備しなさい」

「「はい」」


私達は早々に食事をすませて事務所の地下駐車場へ向かった。


「乗りなさい」

「マネージャーが運転するんですか」

「何か問題でもある」

「いつもは運転手さんがいるから」

「今日は都合がつかなかったのよ。さあ、乗りなさい」


私達はマネージャーが用意した白のミニバンに乗り込む。

そしてシートベルトをするとマネージャーが車を出した。


「ライブ会場ってさいたまスーパーアリーナですよね」

「そうよ」

「クリスマス時期の忙しい時によく抑えられましたね」

「スポンサーの中に会場にコネのきく人がいたのよ」

「な~んだ、そう言うことか」

「まだ事務所はそれだけの力がないからね」


STS事務所は創立してからまだ日が浅いから力を持っていない。

なので”voice”プロジェクトに力を注いで社運をかけている。

”voice”プロジェクトがうまく行くか行かないかで明暗が分かれるのだ。

だから、マネージャーをはじめ事務所のスタッフはレッスンに力を入れている。


それから2時間車に揺られていると会場であるさいたまスーパーアリーナに着いた。


「すごく大きい。こんなところでライブできるなんて」

「これなら数万人は入りそうね」

「3万席を用意してあるわ」

「3万人の前でライブをするのか。震える」

「るか、物怖じしたの」

「逆ですよ。ワクワクしてしかたないんです」


さすがは場慣れしているるかだ。

コメントも私達とは違う。

これだけの会場を見て驚かないことはすごい。

私なんかは膝がガクガクして物怖じしてしまっている。


「それじゃあ、ステージに向かうわよ」


私達は階段を通用口を抜けて客席の階段を降りて行く。

メインステージは後方にあって中央に踊り場があった。


「ステージ脇っていろんな機材でごちゃごちゃね」

「これだけの会場でライブをするから音響機器や照明機器もたくさん必要なのよ」

「機材だけ見ているとどこかの秘密基地のようね」


そんなことを思いながら私達はステージ脇からメインステージに上がった。


「うわぁ~、広ーい」

「こんなにたくさんのお客さんの前でライブするのね。緊張する」

「それがいいんじゃない。この会場を見てビビらない方がおかしいわ」

「るかも緊張しているの」

「私の場合は武者震いよ」


それは心強いお言葉である。

私もるかのようになれたらいいけれどそうはできない。

やっぱりこれだけのお客を前にすると震えてしまうのだ。


「メインステージはここだけど登場は舞台したから登場してもらうわ」

「いわゆる競り上がりですか」

「そうよ」

「いかにもヒーロー登場って感じの演出ね」


普通にステージに登場するのと競り上がって来るのとでは印象が大きく変わる。

競り上がる方がファン達を焦らすことができるので会場のボルテージも上がるだろう。

どれだけファン達を盛り上げられるかでライブの成功優劣も変わるから欠かせない演出だ。


「ステージ下でどう登場するのかを確認するわよ」


私達はステージ脇から入り込んでメインステージの下に行く。

ステージの下は鉄柱が張り巡らせてあってジャングルのようだ。

ある意味、大人向けのジャングルジムのような感じになっていた。


「この台の上に乗ってステージに登場してもらうわ」

「動かすのは人力なんですね」

「そこまでお金をかけられなかったからよ」

「なんか昭和って感じがする」


とかく昭和のステージは何でも人力でしていた。

当時はそれだけの技術がなかったから人力に頼っていた。

だから、みんなでタイミングを合わせる練習を何度も繰り返していたのだ。


「一度、試してみましょう。ここなは右、るかは左、まといは真ん中よ」

「本当に大丈夫なのかな。すごく不安」

「大丈夫よ。何度もチェックしていたし」

「本番だと思えば何とも思わないわ」


さすがにるかはいつでも強気だ。

私なんかスタッフがミスって怪我をしないか不安で仕方がない。

電動で動くならまだしも人力で動かすのだからなおのことだ。


私達が台座の上にスタンバイするとスタッフ達は声を揃えてタイミングを合わせる。

そして1、2、3のタイミングで台座を持ち上げて私たちをステージに登場させた。


「うわっ」

「キャッ」

「シャキーン」


スタッフ達のタイミングは揃っていて私達は同時にステージに登場した。

ただ、台座をせり上げる力がすごくて少しだけ体が浮いてしまった。


「うまくできたじゃない。完璧よ」

「ちょっとこれは体に毒ね」

「普通に登場しませんか」

「ダメよ。これは演出で決まっていることだから今さら変えられないわ」


マネージャーは完璧な登場に満足をしている。

ただ、やった本人は怖くて仕方がなかった。


「次は踊り場を確認するわよ。曲の途中で踊り場に移動するから忘れないでね」

「まるでランウェイね」

「ファンのみなさんと距離が近いです」

「やっぱりこれがないとライブじゃないよね」


踊り場はちょうど会場の中央に設置されている。

四方をファン達が囲んでいるから逃げ場がない。

ただ、ファンとしてはいろんな角度から見られるので満足度も高い。


「周りから見られているんじゃトチれないね」

「ミスでもしようものならすぐにバレちゃうからね」

「その緊張感がいいんじゃない。ワクワクする」


るかのように思えたらどれだけ楽になれるのだろう。

私とここなはすっかり心を委縮させていた。


「どれだけファンを満足させることができるかが肝心なの。すべてはあなた達の手にかかっているのよ」

「はじめる前からプレッシャーをかけないでください」

「私達は戦々恐々としていて不安なんです」

「やるだけよ。それだけ」


るかの言葉に少しだけ救われたような気がする。

要はやるかやらないかの2択だけなのだ。

私達はやるしか選択できないからやるだけだ。


「明日からはバックバンド入りで合同練習をするから覚えておいて」

「うわぁ~、いよいよか」

「これで私達の真価が問われるのね」

「明日が楽しみだわ」


私達は一通り会場を確認すると控え室の楽屋へ向かった。


「ここがあなた達の楽屋よ」

「ちゃんと張り紙がしてある」

「当日は騒がしくなるから間違わないようにね」


マネージャーは楽屋の扉を開けて中に入って行く。

その後で私達もついて行って楽屋の中に入った。


「うわぁっ、お花がたくさんある」

「あなた達を応援している先輩達からの差入れよ」

「えっ、もしかして声優さんのみなさんからですか」

「今までお世話になった声優さんからお花とコメントが来てる」


お花は楽屋の半分を占めるほど飾ってあってコメントもついていた。


「あっ、ゆいぴょんとひろたんからコメントが届いている」

「感激。虎悠衣子さんと上野紘さんからコメントをもらえるなんて」

「なんて書いてあるの」

「ゆいぴょんからは――」


”みなさま、やっと本番を迎えますね。アフレコのレッスンではみなさんの成長を見させてもらいました。みなさまならライブを成功させることができると信じています。当日、会場へは行けませんけれど影ながら応援させていただきます”


「だって」


さすがは声優の優等生である虎悠衣子ならではのコメントだ。

私達の成長を近くで見て来たから私達のことが信じられるのだろう。

まあ、当日ライブ会場に来られないのは残念だが虎悠衣子も忙しいので仕方がない。


「上野紘さんはどんなコメントをくれたの」

「ひろぴょんは――」


”とうとうクリスマスライブを迎えるのだな。お前らならできる。俺はそう思っているぞ。当日は緊張するだろうけれどアフレコのレッスンのことを思い出してくれ。適度な緊張感と勢いが大切だ。お前達の神ボイスでファンのみんなの心を震わせてくれ”


「だって」


男性ならではの視点のありがたい応援メッセージだ。

アフレコレッスンではおふざけをしない真面目な声優さんだった。

ただ、心には熱い思いを抱いているいかしたイケメン声優なのだ。


「あっ、”バタークッキーと紅茶”に携わった声優さん達が連名でコメントを出してる」

「”バタークッキーと紅茶”ってまといが主役をやったアニメよね」

「うん。レジェンドの声優さん達が集まって大変だったんだから」

「コメントにはどんなことが書いてあるの」

「うんとね――」


”おひさ、まといちゃん。仏頭明里ことあかりんだよ。代表をしてコメントをするね。ようやくクリスマスライブを迎えたね。私も嬉しいよ。アニメの方はスキャンダルのせいでまといちゃんが降板になっちゃったけどまといちゃんといっしょにお仕事ができて楽しかった。今度、またいっしょにお仕事をすることがあったらよろしくね。おばさんだけどまといちゃんのお姉ちゃんをしてあげるね。みなさん当日はお仕事が入っているから応援にはいけないんだ。だけど、遠くからまといちゃん達のことを応援しているからね。ファンのみんなを震えさせてね”


「だって」


いっしょにお仕事をしたレジェンド声優ならではのコメントだ。

仏頭明里の人柄が現れていて元気をもらえる。

謙遜しておばさんなんて書いてあったけれどあかりんは大切なお姉ちゃんだ。

また、どこかでいっしょになる機会があったら楽しみたいと思っている。


「いいな~、まといはレジェンド声優さん達からコメントがもらえて」

「これも役得よ」

「けど、アニメは降板になったのでしょ。迷惑かけたんじゃない」

「そのことは言わないで。忘れたい過去なの」


もう、過ぎたことを蒸し返さないでほしい。

和斗とのことでスキャンダルになってしまったからアニメは降板した。

だけれど、すごく反省したのだから忘れてほしい。


「あっ、大倉唯さんからもコメントが来てる」

「それ、私に見せて」

「なら、ここなが代表して読んで」

「いいよ――」


みなさま、お元気ですか。声優アーティストの大倉唯です。ようやくクリスマスライブを迎えましたね。みなさんとお会いして、その頑張りを見て来たから安心しています。日頃の練習の通りにすればライブは成功するはずです。当日、私も別会場でクリスマスライブをするので応援には行けません。ですが、会場の垣根を越えて両方のファンのみなさまを楽しませましょう”


「さすがは天使さまだわ。尊いコメントをありがとうございます」


ここなは大倉唯からコメントを頂いてすっかり舞い上がっている。

憧れの声優さんから直接コメントをもらえるなんてそうそうない。

事務所が声優さんを講師に迎えるアフレコレッスンを用意してくれたからだ。


「なんだかんだ言ってみんなクリスマスは忙しいのね」

「仕方ないわよ。声優業だけでなく音楽業とかもやってるんだもん」

「私は天使さまが傍にいてくれるだけでいいですわ」


まあ、実際にライブ会場に来てもらっても緊張するだけだから来ない方がいいかもしれない。

レジェンド声優さん達の前で歌って踊ってなんてプレッシャーが大き過ぎる。

せめてアフレコだけにしてもらいたい。


「けど、勇気をもらえたね」

「期待に応えられるように頑張りましょう」

「天使さま……」


私達が抱いていた不安もいつの間にかなくなっていた。

あとは当日に向けて最終仕上げをするだけだ。

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