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第四十八話 脱出

Tswitchを買ってもらってから一日のほとんどの時間Twitchで遊んでいた。

外出することは禁止だからゲームをして遊ぶしかないのだ。

和斗に連絡をとろうかとネットに繋いでメールを送ってみた。

だけど、返事は返って来ずに何日も空いたままでいる。


「お兄ちゃん、メールを見たかな」


RINEの違って既読がないからメールを読んだのかわからない。

だからネットに繋ぐたびに和斗あてにメールを送っていた。


「やっぱゲームどころじゃないのかも」


大事なプロジェクトを進行中だから仕事に忙しいのかもしれない。

おまけに今回の件が重なったから対応に追われているのだろう。


「お兄ちゃんが無事でいてくれたらそれでいいのだけど」


便利な世の中になったからこそ連絡がとれないと心配になる。

昔だったら連絡をとること自体大変だったから連絡がとれないのが普通だ。

だから、連絡が取れた時はすごく喜んだことだろう。


「まとい、行って来るからね」

「いってらっしゃい」

「大人しく家にいるのよ」

「はーい」

「あと散らかしたら片づけておくのよ。でないとみんな捨てるからね」

「わかってますって」


私とマネージャーは親子のような会話をしながら朝のお見送りをする。


このところ私がいい子だったからある程度マネージャーの信頼を買えた。

おかげであまり口うるさく言われることはなくなった。

私がルールを守っていればマネージャーも厳しくはしない。

それがわかってきたからなるべく大人しくしていた。


「今日は臨時役員会があるから遅くなるわ。晩ごはんはコンビニで買って来なさい」

「外に出ていいんですか?」

「お弁当を買って来るぐらいならいいわよ。その代り変装をして行くのよ」

「わかりました」

「どこにマスコミが張っているかわからないからね」

「もう1週間も経つのにまだ張っているんですか」

「マスコミはネタを掴むためなら何でもするやつらだからね」

「もう、ストーカーじゃないですか」


有名人になった以上マスコミから逃れることができない。

たとえ活動を休止していても常に監視されている。

とくに私のようなスキャンダルになったらなおのことだ。


「それじゃあ行ってくるわ」

「いってらっしゃ~い」


私はマネージャーを見送ってから玄関のカギを閉めた。


「ふぅ~、いい子を演じるのも疲れるわね」


私がいい子にしていたのには理由がある。

それはマネージャーの家から脱出する計画を立てていたからだ。

そのためにはマネージャーの信頼を買っておく必要があった。

そうでないとルールが厳しくなるからがんじがらめになってしまう。

おかげでマネージャーはすっかり私を信用してくれたようだ。


以前だったらコンビニへ行くことすら許してもらえなかった。

お弁当は何時もマネージャーが買って来てそれを食べる。

だから、自分の好きなお弁当を選べないからつまらなかった。


「まあ、けど、すぐに脱出するわけじゃないけどね」


まずはどうにかして和斗に連絡をとりたい。

私が無事であることを伝えたいし、和斗が何をしているのか知りたい。

あれから1週間も経つから和斗も心配していることだろう。


私がいなくなっても警察へ家出届を出すことはできない。

そんなことをすれば和斗の方が警察に捕まってしまうからだ。

だから、きっと自分の力で私のことを探しているに違いない。


「メールが返って来ないってことはネットに繋いでないってことよね」


ゲームを日課にしていた和斗からは想像もできない。

きっとメールも返せない状況にあるのだろう。


「とりあえず”まりもカート”で遊んでいよう」


もしかしたら和斗がゲームに参加するかもしれない。


”まりもカート”は和斗の家にいたころ2人でよく遊んでいた。

”スポロボ”派の和斗を口説いていっしょにはじめたのだ。

最初はうまく行かなくてイライラしていたことを覚えている。

だけど、はじめて優勝したらのめり込んでしまった。

まあ、ゲームは成功体験の積み重ねだからきっかけとしてはよかったのだろう。


「まりもにルイーズにピンチ姫。グゥパアまで出場するのね。私はもちろんピノコ」


私がピノコを選んだ理由はカワイイフォルムだからだ。

やっぱり感情移入をできるキャラクターを選んだ方が楽しい。

実際にレースをしているのはキャラクターなのだが自分がレースしている気分になれる。

その辺りが”まりもカート”にハマった理由だ。


おまけに”まりもカート”はオンライン上で知らない人達と遊べる。

なので”まりもカート”を通じてネットの友達もたくさんいるのだ。

もちろんゲームをするだけの友達で実際には会わない。


「さ~て、今日は私が勝つからね」


私はボタンをおしてエンジンをふかしてスタートを待つ。

他のキャラクターも同じようにエンジンをふかして準備は万端。

そしてスタートのランプが青色に変わるとみんな一斉にスタートした。


最初に飛び出したのはグゥパアでジェットエンジンでトップに立つ。

次いでまりも、ルーズと続く。

私は4番手につけてルイーズの後ろにピッタリと張りついた。


”まりもカート”はリアルに忠実なので空気抵抗もあったりする。

だから、前のキャラクターの後ろに張りつくと空気抵抗を受けないのだ。


ただ、気をつけなければならないことがひとつある。

それは後方にいるキャラクターからの攻撃だ。

後にいるキャラクターが甲羅を投げるといっしょに巻き込まれてしまうのだ。

なので一番後ろにいるキャラクターはまとめて片づけられるように攻撃して来る。


「前だけじゃなく後も気をつけないとね」


私は私の背後についたピンチ姫から逃れるように前のルイーズから離れた。

その瞬間、後ろにいたピンチ姫が甲羅を投げて来て前のルイーズをコースアウトにした。


「やっぱりね。そう来ると思っていたわ」


私の経験値が働いて危機から逃れることができた。

おかげて3番手まで順位が上がりいい位置につけた。


まあ、でもレースは長いからこの後も続々と順位は変わるのだ。


私は”まりもカート”に夢中になりながら1時間たっぷりと遊んだ。


「ふぅ~、疲れた。結局、お兄ちゃんは遊びに来なかったわね」


和斗が遊びに来ると私にコメントをつけるからすぐにわかるのだ。


「さてと、コンビニでお弁当でも買って来るかな」


時計の針を見ると11時30分を指していたのでお昼にすることにした。

マネージャーに言われた通りサングラスとマスクをして変装をする。

コンビニは歩いて5分のところにあるけれど油断は禁物だ。

どこにマスコミが張っているかわからないからだ。


私は部屋を出てエレベーターで1階に降りてからマンションの外に出た。


「スー、ハー。やっぱり外の空気は美味しいわ」


ずっと家に籠っていると外の空気が新鮮に感じる。

都会の空気だからけっしてキレイではないけれどそれでもだ。

きっと地中で暮らしているモグラも同じ気分なのだろう。


私は辺りを見回して怪しげな人がいないか確認する。


「とりあえず、ここにはいなさそうね」


和斗の家はバレているけれどマネージャーの家までは知られていないようだ。

それはマネージャーは一般人に部類されるからであろう。

いくらアイドルのマネージャーと言っても会社員に過ぎないのだ。


私は斜め向かいのコンビニに入るとお弁当コーナーに向かった。


「うわぁ~、けっこう種類が揃っているわね」


まだ、12時にはなっていないからお弁当は全種類揃っていた。


「どれにしようかな」


お腹が空いていたからがっつり食べられるカツ重がいいかもしれない。

ただ、同じお肉ならば半熟の卵が乗った牛丼も捨てがたい。

どちらもこってりとした味付けだから満足できるだろう。


「どっちにしようかな……」


私がカツ重と牛丼で迷っていると隣の人が鳥そぼろ弁当を取った。


「鳥そぼろ弁当か……それもありかも」


鳥そぼろ弁当もお肉だけれどカツ重や牛丼と比べるとあっさり食べられる。

とかく気温が高い日はさっぱりとした鳥そぼろ弁当とお茶の組み合わせが合うのだ。


「よし、私も鳥そぼろ弁当にしよう。もちろんお茶は得茶で」


ついでに生クリームの乗ったコーヒーゼリーをひとつ加えた。


「やっぱりデザートは必要だからね」


そしてレジで精算をすませてからマネージャーの家に戻って来た。

その間、誰かにつけられた形跡も見張られている感覚もなかった。


マネージャーの家に戻るとスマホのアラームが12時を告げた。


「さてと。いただきま~す」


私はダイニングテーブルについて鳥そぼろ弁当を食べはじめた。


「鳥そぼろってごはんが進むのよね」


ほどよく甘いしょう油味がついているからご飯との相性が抜群にいい。

鳥そぼろだけでもご飯を完食できてしまうぐらい箸が進むのだ。

ただ、そぼろ上にした卵が残らないようにバランスよく食べ進めた。


「美味しい。これなら何個でも食べられそう」


鳥そぼろ弁当を食べて得茶で流し込んでまた鳥そぼろ弁当を食べる。

そんな至福の繰り返しをしているとあっという間に鳥そぼろ弁当が空になった。


「ぷぅ~、食った食った」


私は満足の吐息をこぼしながらデザートのコーヒーゼリーを手繰り寄せる。


「このコーヒーゼリーも甘さ控えめで罪悪感がないのよね」


コーヒーゼリーはほろ苦く仕上がっていてほんのり甘い生クリームと合う。

いっしょに口の中に入れるとコーヒーと生クリームのハーモニーで口の中が幸せになる。

そしてあっという間にコーヒーゼリーを平らげてしまった。


「はぁ~、何だか眠くなって来ちゃったな」


食べてからすぐに眠ると牛になると言われているが眠気には逆らえない。

このまま睡眠に落ちれば至福のひと時を楽しめるのだ。


「その前に後片付けをしておかないとね」


でないとマネージャーに怒られてしまう。

せっかくいい関係を築けているのだから壊したくない。

少なくとも脱出計画を遂行するまではいい子でいるのだ。


私は後片付けをしてからベッドに横になった。

布団をかけてちゃんと寝ようとしたけど、その前に眠りに落ちた。


それからどれぐらい眠っていただろうか。

私はマネージャーに起されて目を覚ました。


「まとい、寝るならちゃんとしなさい」

「ふわぁ~、今何時ですか?」

「もう、夜の22時よ」

「えぇっ!私10時間も眠っていたんですか!」


若い頃は長く睡眠するものだが10時間は長すぎる。

あまりにベッドが心地よいからか途中で起きなかった。


「それだけ眠れば夜眠れないわよ」

「何だか、損した気分」


やりたいことはたくさんあるのに睡眠で時間を使うのはもったいない。

暇なときならばいくら眠っていても損した気分にはならないものだ。


「それより、まとい。あなたのvoice復活の期日が決まったわ」

「えっ、私voiceに戻れるんですか」

「あたり前じゃない。あなたは今でもvoiceのメンバーなのよ」

「活動を休止しているから終わったものだとばかり思っていました」


私の場合、無期限の活動休止だったから余計にそう思ったのだ。

普通なら1年や2年は活動休止を続けているだろう。

それなのに活動再開の期日が決まったことに驚きだ。


「12月24日のクリスマスライブで復活するわよ」

「ええっ、いいんですか。2ヶ月後ですよ」

「スキャンダルの推移を見守って来て役員達が大丈夫だと判断したのよ。今のところマスコミも落ち着いて来ているしね」

「本当に大丈夫なんですか。クリスマスライブで叩かれませんか」

「それは覚悟をしてちょうだい。いくらマスコミが大人しくなって来ても疑惑は晴れていないからね」

「うぅ、気が重い……」


voiceへの復帰はうれしいがマスコミに叩かれるのは避けたい。

世間の反響にさらされるのは嵐の中にいるようなものと同じだ。

私は悪いことはしていないのに叩かれるなんてあんまりだ。

確かに和斗と同棲していたけれど何もやましいことはないのだ。


「それで週末からレッスンに参加してもらうからよろしくね」

「ここなとるかにどんな顔をして会えばいいんですか」

「あなたの中にやましい気持ちがなければ今まで通りで大丈夫よ」

「そうは言われても気まずいな」


私がちゃんと説明すればここなもるかも納得をしてくれる。

けれど、心のどこかに疑惑が隠れているから私を見る目も変わる。

不潔な女子高生だと思われてしまったら心外だ。


「まあ、週末まで3日あるから私の方で手配しておくわ」

「お願いします。ここなとるかにちゃんと説明してくださいね」


今はマネージャーに頼るしかない。

自分でしなければいけないことだけど今は仕方ないのだ。


ただ、週末からレッスンが再開になるならその前に脱出しないといけない。


私は翌日、いつものようにマネージャーを見送ってからひとりで留守番をした。


「さて、脱出するなら今日しかないわね」


前々から準備を進めていたからすぐに実行できる。


私は部屋を掃除してキレイにしてから家を出た。


「さて、まずはお兄ちゃんの家に行かないとね」


気分転換に街をフラつこうかと思ったが時間がないので止めた。

マネージャーが返ってくる前に家に戻らなければならないからだ。

脱出と言っても家出をするわけじゃない。

マネージャーの家から脱出して外に出るだけだ。


私はお弁当の代金を使って電車で和斗の家のある駅へ向かった。


「うわぁ~、懐かしい」


見慣れているはずの駅前の景色も新鮮に見える。

目に映るものが輝いて見えて眩しかった。

それは1週間も家の中に閉じ籠っていたせいだろう。


私は迷うことなくバスに乗って和斗の家の近くバス停で降りた。


「ここからは注意しないといけないわね」


まだ、マスコミが張っている可能性があるからだ。

和斗は当事者だからマスコミも目をつけている。

いくら一般人とは言えスキャンダルがスキャンダルだからだ。


私はサングラスとマスクと言う場違いな変装をして和斗の家に向かった。

すれ違う人達は私のことを不思議そうな目で眺めていたが無視をした。

いちいち気にしていたら前に進めないからだ。


私のことを怪しく思うならそう思ってくれても構わない。

ただ、よからぬ噂を流すことだけはして欲しくないのだ。


何がきっかけでマスコミが騒ぎ出すのかわからないからだ。


「アパートの周りには怪しい人はいないようね」


私はアパートが見える場所から顔を覗かせて辺りの様子を確めた。


相変らずアパートを取り巻く空気はのんびりしていて平和だ。

ここにマスコミが訪れたことなど想像できる人は少ないだろう。

ただ、アパートの様子がいつもと変わりないので安心をした。


「とりあえずお兄ちゃんの家を訪ねてみよう」


合鍵の場所は知っているから和斗がいなくても部屋に入れる。

それに今日は平日だから和斗は会社に出勤しているはずだ。


私はアパートの階段を上がって和斗の家の前まで来る。

そして郵便受けの底に貼りつけてあるケースから合鍵を取り出した。


「ふぅ~、何かドキドキする」


和斗の家に入るだけなのに妙な緊張感だ。

心臓がドキドキして来て鼓動が耳に届く。

自分の家に帰るつもりで入ればいいのだけだと自分に言い聞かせた。


私がしばらく和斗の家の前で佇んでいると隣の扉が開いておキヨさんが顔を出した。


「あら、まといちゃんじゃないかい。久しぶりだね。今までどこへ行っていたんだい」

「おキヨさん。ちょっと理由があっておばあちゃんの家に行っていたんです」

「そうかい。おばあちゃんの家かい。それならよかったよ。私はてっきりまといちゃんが家出をしたんじゃないかって心配だったんだよ」

「何も言わずにごめんなさい」

「まといちゃんの元気な顔を見れたからいいけどね」


おキヨさんは心から私のことを心配してくれたようだ。


おキヨさんとは付き合いが長いから心配をかけたようだ。

本来であればおキヨさんにひと言いいたかったのだけどあの時は仕方なかった。

けれど、私の方も元気なおキヨさんの顔を見れて安心した。


「おキヨさん。お兄ちゃんの様子はどうですか?」

「それがね。ここ最近、和斗君は家に戻ってないみたいなんだよ」

「ええっ!ほんとですか!」

「ほんとよ、ほんと。夜になっても明かりもつかないからね。いったいどこへ行ったんだろうね」

「そうですか……」


私は不安は当たっていた。

和斗と連絡がとれないから心配していた。

いつもの和斗ならばメールを送ったら必ず返信をして来る。

ましてや1週間も空けることなどありえないのだ。


恐らく和斗もマスコミから逃れるためにどこかへ避難したのだろう。

その非難した場所がどこなのかわからないから余計に不安になる。

友達のところだったら安心だけどそうでなかったときは――。


「まといちゃん、しばらくこっちにいるんだろう」

「ごめんなさい。まだおばあちゃんのところにいないといけないんです」

「病気なのかい?」

「まあ、そんなところです」

「それは大変だね」

「おばあちゃんも年ですから」


おキヨさんに嘘を言って納得してもらう。


おキヨさんなら本当のことを話しても大丈夫だと思う。

だけど、おキヨさんを巻き込むことになるから止めておいた。

あくまで日常を奪われるのは当事者の私と和斗だけにしておきたい。

でなければ申し訳なさ過ぎていたたまれないのだ。


私は和斗あての手紙を郵便受けの中に入れてマネージャーの家に戻った。


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