第二十話 忍び寄る影
喫茶店で昼食を終えた後、俺達は駅へUターンした。
目的は郊外にある遊園地へ行くためだ。
ちょうど駅のバスターミナルで遊園地行きのバスが走っている。
来た道を戻るだけなので迷うことなく駅まで辿り着いた。
「結構、混んでるね」
「みんな遊園地に行くんだろう」
バスターミナルはバス待ちしている乗客が行列を作っている。
その大半が家族連れで小さな子供達の姿が多く見られた。
「こうして見ているとタクとツーちゃんを思い出すね」
「ここ最近、顔を合わせていないから懐かしいな」
「ねぇ、今度さ。タクとツーちゃんも連れて来ない?」
「それはいいかもな。タクとツヨシなら飛び上がって喜ぶな」
遊園地は大人も楽しめるが主役は子供だ。
遊園地の方も子供をターゲットにしたアトラクションを設けている。
子供にとって楽園を演出することができれば遊園地も儲かるのだ。
「あっ、バスが来た」
「やっとか。でも、俺達は乗れそうにないな」
俺達は行列の最後尾にいるので順番が回って来ない。
ざっと見積もっても30人ぐらい並んでいるからしばらくは待つことになる。
「次のバスが来るまで待とう」
「だな」
俺達の前に並んでいた20人ぐらいの乗客がバスに乗車する。
なので次のバスが着たら俺達も乗れる計算になる。
「向こうへ着いたらすぐに入園できるようにネットで入場券を買っておくね」
「頼むよ」
まといはスマホを使って遊園地のサイトのホームページに繋ぐ。
そして予約受付サイトで遊園地の入場券を前もって買っておいた。
「できたよ」
「サンキュー。後はバスを待つだけだな」
今日は週末ということもありバスはいつもより多めに走っている。
なので20分ほど待てば次のバスがやって来るのだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。遊園地に着いたら何に乗る?」
「着いたら決めるよ」
「遊園地は絶叫マシーンがウリだから絶叫マシーンにしようか?」
「お、俺はもっとのんびりできる乗り物がいいな」
「のんびりって観覧車に乗るの?」
「ああ。最初は観覧車だろう」
まずは観覧車に乗って遊園地の全貌を眺めるのがいい。
その方がどこにどのアトラクションがあるかわかるから都合がいいのだ。
「もしかしてお兄ちゃん。観覧車で私と二人きりになって変なことをするつもりじゃないでしょうね」
「ば、馬鹿言え。俺は合理的に考えて観覧車を選んだんだ。けっしてやましいことは考えていない」
「怪しいわ。観覧車は密室になるから逃げ道がないし」
「何だよ、そんなにして欲しいのか。だったらやるぞ」
「イヤー。本性を現したわ。やっぱりエッチなことをしようと思っていたのね」
本気でやってやろうか。
どうせ誰も見ていないのだし好きなことができる。
どんなにエッチなことをしてもまといは逃げられないのだ。
「馬鹿を言っている間にバスが来たぞ」
「やっと来たのね」
20分と言う時間は長いようで短い。
何もしていないと至極長い時間に感じるがお喋りしていると短く感じる。
それだけ意識が逸れているから同じ時間でも気にならないのだ。
遊園地から帰る乗客を乗せたバスがバスターミナルに入って来る。
そしてバスが停車すると帰りの客がぞろぞろと降りて来た。
「みんな混雑を回避するために早朝から遊園地に行った客だな」
「半日楽しんだから帰って来たのね」
「これから街ブラをして楽しむのだろう」
「私達とは逆だね」
デートプランでどちらを先にするかは悩みどころだ。
元気なうちに遊園地に行って楽しむのもアリだが後に回すプランもある。
最初に遊園地へ行ったら後は疲れてしまうから後にする人も多い。
ただ、後のプランでのんびりできる映画館とかにするなら最初もアリだ。
俺の今回のデートプランは遊園地を後に回す方法にした。
先に遊園地にすると時間が気になるから時間を気にしないで楽しめる後にしたのだ。
だから、午後は遊園地でとことんまで遊ぶつもりでいる。
そんなことを頭の中で考えていると俺達の順番が回って来た。
「お兄ちゃん、バスに乗るよ」
「ああ」
バスの席は既に埋まっていて俺達が座る場所がなかった。
仕方ないので立って遊園地まで移動することにした。
「混んでるね」
「仕方ないさ。遊園地へ着くまでの我慢だ」
バスの中には入り切れないほど乗客の乗車したのでギュウギュウだ。
俺とまといは傍にいたがお互いの体がくっつくほど押しつけられていた。
「これじゃあ朝のラッシュみたいだね」
「まあ、周りがおじさんでないことが救いだけどな」
朝の通勤ラッシュでは半数以上がおじさんだからキツイ。
おじさん特有の匂いがするし、顔は汗でだらだらだし。
罰ゲームと勘違いするほど朝の通勤ラッシュは地獄なのだ。
まあでも、おじさんも悪気があってそうなっている訳ではないので責められないが。
30名ほどの乗客がバスに乗車するとバスはゆっくりと動き出した。
「これから1時間もバスに揺られるのね」
「遊園地は郊外にあるからな。1時間なら妥当な時間だ」
街中では大型施設が建設できないのでほとんどが郊外に建設されている。
郊外であれば大きな駐車場を完備できるから車で来る人にとっては都合がいい。
それに比べて街中に住んでいる人達はバスを利用して大型施設へ行くのだ。
どちらが都合がいいのかは人によってわかれるが買い物をするなら車の方がいい。
ただ、最近は配送サービスを充実させているから買い物しても配送してもらえるのだ。
バスはしばらく街中を走るとインターチェンジに乗って高速道路へ入った。
「高速に乗ったよ」
「なら、あと30分ぐらいだな」
相変らずバスの中はギュウギュウだが気持ち的に楽になった。
あと少しで目的地に着くから、この我慢も残りわずかだ。
バスは前に走っていた大型トラックを追い抜くために車線変更をする。
「おおっ」
バスが大きく揺れて遠心力で乗客が押し戻された。
「お兄ちゃん、ちょっと近い」
「仕方ないだろう。動けないんだから」
俺の目の前にはまといの顔があってもう少しで触れてしまいそうだ。
その赤くてプルプルの唇を見つめていたら何だかいやらしい気持ちになる。
(おいおいおい。この野郎、あそこをおっ起ててやがるな)
(彼女を見て感じちゃうのは仕方ないけど、ここでしちゃいけないよ)
(後ろの客に押された振りをしてあいつの唇にキスをしろ。今がチャンスだぞ)
(そんな破廉恥なことをしちゃいけないよ。ここは紳士的に振る舞うべきだよ)
(身動きがでとれないんだ。今ならやりたい放題だぞ)
(キミはそんな最低な男子じゃないよ。ボクは信じているからね)
例によって俺の頭の中に天使の俺と悪魔の俺が飛び出して来る。
悪魔の俺はまといにキスをするように迫って来るが天使の俺は反対している。
確かに今であればまといにキスをしても不慮の事故だったことにできるだろう。
ただ、こんな人ごみの中でキスをするのは気持ち的に憚られる。
「お兄ちゃん、顔が赤いよ」
「ちょ、ちょっと暑くてな」
バスの中はクーラーをかけてあるが乗客がギュウギュウなので暑い。
乗客の密集度が高いから冷気より暖気が勝ってしまっているのだ。
俺の興奮は周りの熱気に紛れたのでまといには気づかれなかった。
ピンポーン。
”まもなく○遊園地に到着します。降り口は左側”
バスのアナウンスが車内に響くと乗客から安堵の声が漏れた。
「やっと着いたね」
「そうだな……」
「どうしたの?」
「べ、別に何でもない」
頭の中でエッチなことを考えていたのであそこが反応してしまった。
まといの方からは見えないので大丈夫だがギンギンになっている。
こんなにもまといの唇が麗しく見えてしまうのはエッチなことを考えていたからだろう。
そしてバスはバスターミナルで停車するとバスの扉を開いて乗客を降ろす。
扉に近い乗客から降りはじめると波が引くかのようにさっと車内が空いた。
「ふーぅ。やっと着いた」
「これだけでも結構な疲労感だな」
「ヤダー。おじさんくさい」
「悪かったな」
まといに比べたら俺は9歳も年上なので疲れを感じやすい。
ゴリゴリのおじさんと言う訳でもないが日頃の疲れも残っているのだ。
「お兄ちゃん、早く早く」
「おい、先に行くな」
俺が体をほぐしている間にまといは先に遊園地に駆けていた。
これほどまといが元気なのは花の10代であるからだろう。
とかく若い時は疲れなと知らないのだ。
まといが予め入場券を買っておいたのですぐに入園できた。
「ねぇ、お兄ちゃん。あの絶叫マシーンに乗ろう」
「おい。最初は観覧車だって言ったろう」
「観覧車なんてつまらない。絶叫して楽しみたい」
「俺は乗らないからな」
「えっ。もしかしてお兄ちゃん、怖いの?」
「ば、馬鹿言え。そんなことあるわけないだろう」
「なら、乗ろう」
と言う訳で俺は乗りたくもない絶叫マシーンに乗ることが決まった。
まといに馬鹿にされないように強がりを言ってしまったのが間違いだ。
俺は根っからの絶叫マシーンが苦手なタイプの人間なのだ。
早い、怖い、回転する乗り物に乗ると声が裏返ってしまう。
あまりの恐怖で意識を失ってしまうほど苦手にしているのだ。
絶叫マシーンは遊園地で人気のあるアトラクションで行列ができていた。
俺達は行列の最後尾に並んで順番が来るのを待った。
「やっぱ人気のアトラクションだから混んでるね」
「き、気分が悪い」
「そんなの絶叫すれば治るよ」
「うぅ……」
どんな荒療治をしても俺の恐怖心は消えないだろう。
行列が短くなる度に地獄へのカウントダウンがはじまっている。
その度に俺は恐怖に震え、この時間が消えてなくなることを祈った。
「お兄ちゃん、私達の番がやって来たよ」
「お、俺は……」
「一番前に乗ろう。その方が楽しいから」
「や、止めてくれ……」
「えっ。怖くなったの?」
「そ、そんなことあるか。こ、怖くなんてない」
そう強がりを言ってみるが体は正直で膝がガクガクと震えていた。
「そうよね。お兄ちゃんがこんなことぐらいで怖がる訳ないものね」
まといは俺の逃げ道を塞いで絶叫マシーンに乗らせようとする。
思わずまといの頭を小突いてやりたいと思ったがそんな元気もない。
俺の心の中は恐怖でいっぱいで絶叫マシーンに打ち震えていた。
結局、まといの注文通り俺達は一番前の席に座った。
「早く出発しないかな」
「うぅ……こんなはずじゃ」
「あっ、動き出した」
絶叫マシーンはゆっくりと動き出して処刑台へと昇って行く。
その度に俺の恐怖は膨れ上がってとりとめもないほどになる。
そして処刑台の最上部へ来ると絶叫マシーンは止まった。
「うへー。眺めいい~」
「……」
まといはこれからやって来る恐怖を楽しみにしているが俺は違う。
心臓がバクバクしていて体中の血液の流れが早くなっている。
今、献血をしたら大量な血液が採れそうだ。
すると、絶叫マシーンはゆっくりと動き出し地獄へ落ちて行った。
「キャー!」
「ギャァァァー!」
まといの歓喜の悲鳴に混じって俺の絶叫が響き渡る。
すっかり声は裏返ってしまい悲鳴を通り越している。
今ならどんな高音の音楽でもキーをハズすことはないだろう。
隣でまといが俺の顔を見て爆笑している。
今の俺の顔は気の抜けた酷い顔をしているのだろう。
ただ、今の俺にそんなことを気にしている余裕はなかった。
そして絶叫マシーンはコースを一通り走って乗り場へ戻って来た。
「はー、楽しかった」
「……」
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「うぅ……」
俺の魂はあの世へ旅立ってしまい抜け殻だけが残っている。
まといはそんな俺を見て呆れたように大きなため息を吐いた。
俺は係員に担がれて近くのカフェまで運ばれて行った。
「もう、苦手なら何で言ってくれなかったのよ。知っていたら乗せなかったのに」
「仕方ないだろう。まといが逃げ道を塞いだんだから」
「私のせいだって言うの。呆れた」
「うぷっ、気持ち悪い……」
「お兄ちゃんがこんなにもだらしのない人だとは思わなかったわ」
「好きなだけ言うがいいさ。どうせ俺はだらしのない人間だ」
今の俺にまといに反発する元気は残っていない。
まといから貶されようがはいはいと肯定するだけだ。
「もう、せっかく楽しめると思ったのに」
「気持ち悪い……トイレに行って来る」
「ブー」
「俺のことは気にするな。ひとりで楽しんで来いよ」
「そうさせてもらうわ」
なんて薄情な奴かと思ったがまといといっしょにいられた方が惨めだ。
俺の不甲斐なさでまといの楽しみが奪われるなんて見てはいられない。
それにトイレでゲボゲボしている姿は見られたくはないのだ。
俺がトイレでゲボゲボしている間にまといはアトラクションを楽しんでいた。
せっかく喫茶店で食べたナポリタンとアメリカンが台無しだ。
ただ、ひと吐きしたら少しだけ体が軽くなった。
「まといのやつ。何であんな絶叫マシーンに乗れるんだ。俺にはわからん」
とかく絶叫マシーンに乗っているのは女性客の方が多い。
ただ単に楽しみたいからと言うより女性の方が絶叫マシーンに強いのだろう。
確か三半規管が発達している人の方が恐怖心は感じないと聞いたことがあるが。
まあ、いずれにせよ女性はアトラクションで絶叫していたいのだ。
それから俺はカフェのテーブルに突っ伏しながら元気が戻るまで待っていた。
まといは日が暮れるまでアトラクションを楽しんで半日で完全制覇してしまった。
「あー、楽しかった。もっと楽しみたかったんだけどな」
「どこにそんな元気があるんだ」
「あれ?お兄ちゃん、元気になったの?」
「おかげさまでな。ひと吐きしたら楽になった」
「ウゲェ~、汚な~。近寄らないで」
「俺を馬糞扱いするな。ちゃんと口を洗ったから大丈夫だ」
歯磨きはしていないけれど水道の水でちゃんと洗った。
その後でお茶を飲んでキレイに流し込んだから大丈夫だ。
「でも楽しかった。この遊園地は完全制覇しちゃったな」
「まといぐらいだぞ。半日で完全制覇をする奴は」
「だってあまりに楽しいから夢中になっちゃってね」
「まといは遊園地キラーだな」
まといのような客がゴロゴロいたら遊園地も大変だ。
半日で完全制覇されるのならば次々と新しいアトラクションを造らなければならない。
まあ、そんな予算は遊園地側にもないから既存のアトラクションで持たせるだけだけど。
「スタンプが集まったから景品と交換してもらうわ」
「それじゃあ受付まで行くか」
俺は重い腰を上げてまといといっしよに遊園地の受付まで向かった。
「本当に半日でスタンプを全部集めたのですか!」
「私にかかればこんなものよ」
「信じられません。今までそんなお客様はいませんでしたよ」
「それより景品と交換してよ」
遊園地のスタッフも信じられないようで驚きの顔を浮かべていた。
まといのような遊園地キラーに初めて会ったから度肝を抜かれたのだろう。
そして遊園地のスタッフはまといのスタンプカードと景品を交換して渡した。
「うわぁ~、カワイイ。運ちゃんのストラップだ」
運ちゃんと言うのはこの遊園地のマスコットキャラクターのことだ。
運ぶと運と運命をかけているとのことだ。
ビジュアルがピンク色のハートだから女性ウケはいい。
「満足したろう」
「なら、次は他の遊園地の完全制覇を目指そう」
まといならやりかねないから恐ろしい。
そのうち遊園地を完全制覇する女子高生として名を馳せるだろう。
ネットに動画をアップロードしておけば多くのいいねをもらえるかもしれない。
それから俺達は帰りのバスに乗って家路についた。
「今日は楽しかったー」
「俺は疲れた」
「もう、おじさんなんだから。まだ20代なんでしょう」
「30代に近い20代だけどな」
27歳は四捨五入をすると30代だ。
あっちの方は元気だけど疲れを感じやすくなっている。
聞いたところによると30代の壁があってがっくりと体力が落ちるらしい。
まだ、俺はそこまでは行っていないがそのうち体感することになるだろう。
「はいはい。歩いた歩いた」
「お、おい。手を引っ張るな」
まといは俺の手を掴んでぐいぐいと引っ張って行く。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「今日のデート楽しかったよ」
ふいにまといはそんなことを呟いて俺の頬にキスをした。
「なっ!何をするんだ」
「お礼よ。嫌だった?」
「別に嫌じゃないけど」
どうせなら唇にして欲しかった。
「今度は唇にしてあげるね」
「なっ」
俺の心を読んでいるのかまといはそんなことを言って来た。
そんな俺達のイチャイチャ振りとは裏腹に不穏な影が近づいていた。
「決定的な証拠写真が撮れたわ。フフフ」
暗がりから俺達の様子を見ている怪しげな影があった。




