第二話 ラスボスだったよね
どうやら俺は、勝手に心の声を小説として投稿されるらしい。
いやいや、訳がわからんが? 正直、ここが俺の知っている場所ではないということと、俺が俺で無いことはわかる。
何故かって?
俺は今居るこの西洋風の古城の一室みたいところには、リアルでは来たことがないし、窓ガラスに映る自分であろう姿が、いわゆるイメージしやすい魔族っぽい姿だからだ。
「これ、角だよな? うわぁ、角にも触覚あるのかよぉ、気持ちわる」
悪魔的な角は俺の額から飛び出しており、ユニコーン的になっているのだが、触ってみると意外と角側にも触られた感触がある。これはきっと、折られたりしたら死ぬほど痛い系だろうな。
服装は、ファンタジー系で闇属性魔法が得意そうな悪役魔族が、こぞって来てそうな黒を基調にした高級そうな服だ。あの怖いお姉さんが言った通りだとすると、俺が先日完結した小説のキャラに転生させられたという事だから、俺が知ってる筈だよな?
「こんな一角魔族で、前髪で目元隠れた黒髪ボサボサ頭で、中二的闇属性ビジュアルなキャラって書いたっけ? それに……やっぱり、前髪あげたらイケメンて、テンプレすぎて使わな……使わんよな、俺なら……」
確かあのお姉さんは、俺を敵役である魔王軍の一兵卒、いわゆる雑魚モブに転生させるって言ってたな。それが本当なら、俺がキャラ設定していたとしても、忘れている可能性が大だな。
「モブにしては、上等な服装って感じなんだけど、本当に雑魚モブなのか、こいつ。というか、今は俺か」
ふむ。一見、俺は落ち着いているように見える事だろう。まるで、この状況をすぐに受けれるラノベ主人公のように。
「そろそろ頃合いか……ぎゃぁああああああああ!? どゆことぉおおおおおおお!!! ここどこぉおおおおおお!!! この顔だれぇええええええ!!!! 助けてぇえええええええええ!!!!!!!」
閑話休題。
「はぁはぁはぁ……はぁあぁあああぁあ……受け入れ難いこの状況を、俺は受け入れない限り前には進めないと言うことは、認めたくないが分かった……」
夢ではなく、俺は別人として此処にいる。それはもう、認識しなければならないことのようだ。この名前もわからない人物として、俺は一先ず生きなければならない。
「本当に俺の書いた小説の中だという証拠が、この部屋にないのが困る。モブすぎて作者も覚えていないキャラに転生させるとか、詰み以外のなにものでもないじゃないか」
文句を呟いたところで、誰も反応してくれないし、よくある設定の神の声的なものも暫くまったが、全然聞こえてこない。これでは、この状況から抜け出すクリア条件すら分からない。
「鬼モードすぐる……なんだ!? え!? サイレン!? なになに!? 怖い!?」
知らない場所で聞く、警報的なサイレンほど怖いものはないよ!? 状況が分からなさすぎて泣きそうなのだけれど、とりあえず情報を得ようにも部屋についてる窓から、外を見る他ない。
外見るのも怖いんだよなぁ、さっきから爆発音みたいのが連続して聞こえてくるのが、大きな理由なのだが。そろっと、外を眺めるしかないよなぁ。
「……ん? あれは……おぉ、すご。実写化されるとあんな感じなんだなぁ。アニメどころか書籍化すらなっていないのに、実写化を先に見られるとは感慨深い。
アレは、間違いなく主人公だよな。ブチギレな感じで、古城の扉を吹き飛ばしながら、応戦してきた魔族らしき兵隊らをぶちのめしてるけど、改めて実写表現で見ると狂気しかないよ? マジこわ。
「アレが主人公だとすると、まだ一人でこんな敵の拠点にカチコミ入れる場面は……多分、と言うか第一章のクライマックスしか無いはず。ということは、つまり此処には〝聖女〟が攫われている拠点……ってことは、この後は……やばばばばばい!」
声に出るぐらい焦るよそりゃ!? だって、この後の展開を作者の俺は、知っているんだもの!
「侵食する夜が、この城を覆う前に脱出しないと!」
慌てて部屋の扉を開けて、部屋から駆け出す俺の脚が焦りからもつれて転びそうになる。それだけ自体は切迫している訳だが、そんな中でもまるで神視点で書かれる文章のように、心の声を紡ぐ俺って、メンタル最強なのでは?
「なんてことを考えてる場合じゃマジでないのよ!」
走れ! 駆けろ! 一刻も早くに、この城の敷地内から出なければ、主人公が発動させる術式〝導く者達〟に殺される!
「クソが! リアルな城って、こんなに広いんかよ! 描写的にスキルが発動すると、一瞬で覆う感じに書いてたけど、リアルだと数分はかかるよな! かかってくれるよね!? お願いしますよ、リアル補正さん仕事してね!」
こんな序盤の主人公覚醒イベントで、一瞬で派手に分からせられる根城の詳細描写なんてしてないから、一切逃げるルートが分からんのよ!? ただ主人公が攻め入ってきてから既に五分くらいたっているし、聖女の悲鳴が聞こえたら、いよいよになる筈だ。
「きゃぁあああ!」
ぬぁ!? 今の悲鳴は、聞いたことないけど絶対聖女だよね!? どんな子か実写版を作者としては、是非に見てみたいけども! それより今の俺の作戦コマンドは〝いのちだいじに〟なんだから!
「うぉおおおおお!!! 今の俺なら、いける気がする! 行けるって信じてる! だって魔族は、普通の人より強い設定にしたんだからぁあああああ!!!」
割れた窓から聞こえてきた聖女らしい悲鳴を尻目に、俺は自分の設定を信じて、廊下の角の窓から思いっきり良く、場外へとダイブしたのだった。
「え?」
主人公が怒り狂い敵の根城を殲滅する際、根城の裏口から聖女を救出しようとしていた者がいた。その際に主人公の圧倒的強さの覚醒を目にすることで、闇堕ちルートへと傾いていく主人公の宿敵となる青年。主人公と同じクラスメートであり、同じ異世界転移者。そして〝勇者〟のジョブを、女神を騙った厄神から与えられた腹黒勇者。
その黒炭 鬼三夏の瞳が、逃げ出そうと飛び出した俺をしっかりと捕らえた。
いや、正確に言えば、捕らえたのだろうということ。俺と奴との間には、相手の瞳が確認出来るような距離ではなかったのだから。
しかし、俺には分かる。
この背中に走る悪寒以上に、奴を生み出した作者として、それ以上の証拠なぞあるはずも無いと知っているのだから。