第一話 ファンなんです!
俺は、無料で読めるネット小説が好きだ。そして好きが高じて、自分でも小説を書いて、小説サイトに投稿している男子高校生である。
そのせいか、まるで誰かに読んでもらうかのような自分語りが癖になってしまった。これも、自作小説を毎日投稿していることにより得られたスキルと言って過言ではない。
そんな俺は今、非常に困惑している。いや、困惑を通り越して絶望している。何故なら、今の俺は〝俺が考えたハーレム属性持ちご都合難聴系鈍感主人公〟に討たれる予定の魔族、しかもわりと噛ませ犬的な奴……ですらない名もなきモブに転生してしまったのだから。
ことの始まりは、高校からの帰宅途中だった……
「こんにちは、スイトウマホウビン先生」
「……はい?」
ごくごく一般的な男子高校生をつかまえて、いきなりペンネーム名で俺に話しかけてくるこの綺麗なお姉さんは誰? しかも割と強めの雨が降ってるのだけれど、傘も刺さずに俺の前に立つとか、控えめに言ってめちゃ怖い。
「私、スイトウマホウビン先生の〝クラス転移って聞いてたんですけど、他のみんなはどこですか?〟のファンなんです」
うん、どう言うわけか、完全に俺がスイトウマホウビンだとバレてるね。あぁ、なんで今日に限って、人目の少ない路地を通っちゃったかな、俺のバカ! それはね、学校から早く帰ってサブスクのアニメ見たかったんだよ! しょうがないでしょ!
「きちんと完結してくれて、本当にありがとうございます。毎日投稿を最後まで続けるなんて、尊敬に値します」
あれだな、本当に怖いと何も言葉が出て来ないんだな。参考になるなぁ。頭でこれだけ冷静に自分語り出来てるのは、これが現実だと認めたくなくて、投稿用の新作小説を執筆する感覚にすることで、パニックを起こさせないようにしている自己防衛に違いないのだろう。
だってほら、足が結構震えてるしさ。手なんて、強く握りすぎて爪が手のひらに食い込んで痛いってのに、緩めることが出来ないんだよ? 控えめに言って、凄いやばくない?
「ただ、完結は喜ばしいことなのだけれど……私の毎日の楽しみは、どこへ?」
あぁ、うん。初めて見たね、漫画でよく見る表現の〝光の無い瞳〟って、リアルで見ると恐怖以外の感情は、全く湧かないね。だってほら、それを証拠に全く言葉が口から出てこないのに、現実逃避するために心の声は絶好調だからね。
「次回作を待つという手もあったのだけれど、それでは私の心が保たないんです」
ちょっとずつこっちに、歩いて来ないでくれます? 路地の向こう側の光が逆光になって、ホラー系ラノベの挿絵としては、ヤンデレ彼女に追い詰められる感じで悪くないんだけど、現実は不審者に迫られてるだけだからさ。
そろそろ俺の足さんよ、動かないかな? 流石に近づいて来られると、身の危険がリアルに感じられて、悲鳴を上げながら逃げ出しても、何ら恥じゃないよ? ねぇ、俺の御足様、動こう? ねぇってばっぁあ!?
「あ、そうそう。逃げられないよ? よく言うでしょ、『神からは逃げられない』って」
魔王ですよね、その台詞……いやぁ! もう手が届く距離ぃいい!
「そんなに怯えないで。だって貴方は、退屈な私の世界に色をくれたんだもの」
やめて! そんな優しげに、俺の髪を撫でないで! 最初は敬語だったに、どんどん親しげになってくる口調が怖いんだよ! 微笑んでいるくせに、目が笑っていないんだものね!?
「あぁ、良い。本当に……災厄の女神である私に触れられて尚、貴方の心は壊れない。やっぱり、オマエハオモシロイ」
あ、今このお姉さん、さいやくって言ったかな? さいやくって聞いたら、ファンタジー系が好きな俺としては、災厄って言葉しか思いつかないけど?
うん、そうだね。災厄の女神であってるな、コレ。だって、そんなに人間の口って、裂けたみたいに三日月にならないもんね。漫画表現でしか見たことないけど、大体コレ見たモブとかって、もう駄目な感じじゃん?
ほらぁ、目の前が真っ白になってきたじゃんよぉ。恐怖の限界突破で、気を失うんだね。えらいぞフィジカル、はやくシャットダウンしてメンタルを守ってくれ!
「目の前が白くなってきたのは、気絶する前兆ではない。お前の魂が肉体から剥がれ始めたかラダ。安心しろ、こちらのオマエの身体には、偽りだがオマエの思考、行動を写したモノを入れるのだカラ」
全く安心出来ないのは、何故? それはね、この俺の身体が乗っ取られる上に、この俺が魂抜かれて死んじゃうって話だからさ。流石にこれは、キレて良い案件だ。そう、俺だってキレることはある。それが、今だという話なんだ!
「もう完全に魂が、あの身体から剥がレタ。言葉を発することは、出来ない」
あらぁ、ほんとだ。気づけば、自分の身体を上からの視点で見てるってことは、そう言うことだね。あ、何事もなく俺の身体が歩き出した。猫背だなぁ、俺。客観的に見て、絡まれそうな歩き方してんなぁ。
「くくく、良いぞ。やはりオマエの思考は、オモシロイ。単なる異世界に転生させたところで、面白くない。現実の異世界など、所詮は現実でシカナイ。そこで、我は妙案を思いついたのだ」
だいたい権力者の思いつきのアイデアって、周りを振り回すってのがテンプレなんだよなぁ。で、このお姉さんは災厄の女神って名乗っちゃった時点で、お察しだね。
「今から転生させる世界は、私の神域に創り出した〝クラス転移って聞いてたんですけど、他のみんなはどこですか?〟の世界ダ」
……は? てっことは、アレか? 自作小説の主人公に、これから転生するってか!?
「誰が主人公と言ったノダ」
なら、悪役令嬢?
「ナゼ、ソッチになろうとする」
じゃぁ、ギルドの受付嬢?
「女にナリタイのか?」
それはそれで的な?
「……割と余裕ダナ。そうだな、オマエは苦境であればあるほど、心が煩くなるよウダ。転生先は、敵役である魔王軍の一兵卒とすることにシヨウ。いわゆる雑魚モブだが、ここから世界観を創り出した作者としての強みを活かし、雑魚モブから成り上がるところを、是非読ませてくれ」
色々言いたい事はあるものの、読ませてくれ?
「オマエの心の声は、元の世界のオマエが使用していた小説執筆アプリに、自動書記され、それを元の世界の代替君が編集した上で、スイトウマホウビンの新作として投稿する事になるのダカラ」
えぇっとぉお? 何故に?
「一人で楽しむには、もったいダロウ?」
……ちなみタイトルは?
〝アマチュアラノベ作家が、自作のご都合俺Tueeeファンタジーの悪役モブに転生したので……したので!? 納得なんかしてないんだからね!? 嫌だ! ワンパンで滅ばされたくないんだけども!?〟
ネット小説のタイトルらしく、大体これから起きることを説明してくれ、どうもありがとうございます。
こうして、俺は心の声をネットの世界へと小説として投げ込まれるらしい。
……いやいやいや、意味がわからないよ? どゆこと?