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バレンタインデーの覚悟

作者: 獅堂平


(出会い)


 垣谷尚樹かきやなおきと出会ったのは、通学途中の電車内だった。

 私は満員電車にもみくちゃにされ、不快感でじっとりと汗をかいていた。人の多さが原因ではなく、ずっと一人の中年男が手や足をぐりぐりと押し付けてきていたので不快だった。

 人生初の痴漢被害で、私は恐怖と不安で硬直していた。とてつもなく気持ち悪い。

「ねえ。おじさん」

 若い男性が中年男の肩に手を置いた。ブレザーの制服を着ていた。B高校の制服だ。

「あんた、痴漢しているだろ?」

 高校生が言った瞬間、中年男は青ざめた。周囲の乗客の視線が彼に集まった。

「……」

「女の子にそんなことして、恥ずかしくないのか?」

 男子高校生が詰め寄った刹那、電車はA駅に着いた。中年男はすぐさま電車を降り、人を押しのけながら走って逃げた。

 呆然と私や周囲の乗客はその姿を見ていた。

「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます」

 私は男子高校生に深々とお辞儀をした。

「どういたしまして。ああいうおっさん、許せなくて」

「本当にありがとう」

 私は安堵感で泣き出しそうになっていた。

「その制服、D駅近くにある学校の生徒?」

 私の学校は特徴的な制服なので、気づいたのだろう。私は首肯した。

 電車はB駅に着いた。

「じゃあ、俺はここで降りるね。気をつけて」

 彼は降車し、プラットホームを踏んだ。

「あの、名前だけでも」

 車内から私が聞くと、

「尚樹。垣谷尚樹だよ」

 扉が閉まる寸前、彼は笑って教えてくれた。


 *


 *


 *


(現在)


「あたしは好きな先輩がいたから追っかけて、この高校に入ったんだ」

 午前の授業が終わった昼休みに、千尋ちひろが言った。

「もしかして、今付き合っている彼?」

 私が聞くと、千尋は頷いた。千尋の恋人は高校三年生の男子だ。私たちは一年生なので二年上の彼氏である。

「春頃に付き合って、もう半年以上たつのかぁ。早いな」

 千尋は感慨深げに言った。私は高校生になってから一度も尚樹に告白できていない。それに比べれば千尋の行動力は素晴らしい。

 私も千尋と同様な理由でこの高校を選んだ。尚樹がいる高校だからだ。


 尚樹はモテる。女子からの人気は校内トップクラスで、男子からも信頼と人望があった。そんな尚樹に告白するのは、すごく勇気がいることだ。

「カッキー、また告白されたんだって」

 千尋が言った。カッキーとは尚樹のアダ名で、苗字が垣谷だからカッキーという単純なものだ。千尋は私の想い人が尚樹だとは知らない。

「へえ。そうなんだ。今回は誰?」

 動揺を見せないように私は尋ねた。

「二年生の女子だって。テニス部の子だったかな。結構可愛いよ」

「ふーん」

 可愛い子でも首を縦に振らないのは、既に恋人がいるからだろうか。それとも何か別の理由があるのだろうか。

「不思議だよね」

「ん? なにが?」

 言葉の意味がわからず、私は聞いた。

「カッキーって、モテるのに付き合っている相手はいないみたいだし、不思議だなって……。もしかして、同性じゃないとダメなのかな」

 ドキリとした。その仮定が事実だったら、女である私は玉砕するに決まっている。

「ど、どうなんだろ」

 私は声が上擦ってしまった。

「そういえばさ」

 千尋はにやけ顔で言う。

「君の好きな人って、どんな人なの? それも不思議なんだよなぁ。全然教えてくれないし」

 このタイミングなので、私の好きな相手が尚樹だと気づいているのかと訝った。

「え、そんなに知りたい?」

「そりゃ、そうよ。これでも親友のつもりだから」

 表情から判断すると、どうやら気づいてはおらず、純粋に知りたいだけのようだ。

「うーん。優しい人かな」

「漠然としているわね」

 千尋は苦笑した。彼女はころころと表情が変わるので、一緒にいて飽きない。

「告白はしたの?」

「してない」

 私は首を振り、目を伏せた。きっかけがないと勇気を出せない自分が忌まわしい。

「まあ、無理せず、マイペースでいいと思うよ」

 千尋は励ましたつもりなのだろう。うかうかしていると、いつ魅力的な女性が尚樹を奪うかわからない。


 *


 今日はバレンタインデーだ。私は告白する覚悟で登校してきた。

 彼の連絡先は知っているので、私はメッセージアプリで校舎裏に呼び出した。

「どうした? こんなところに呼んで」

 尚樹が現れ、私は一気に緊張感が高まった。鼓動が速くなり、顔は赤くなる。薄暗い校舎裏にしたので、表情はそれほど見えないだろうけれど、恥ずかしいことに変わりはない。

「実は……。これ!」

 私は手に持っていた包装紙に包まれたチョコレートを差し出した。

「お、チョコか。ありがとう」

 尚樹は満面の笑みで私を見た。多数の女子から貰っているだろうけれど、好感触なリアクションはありがたい。私は少しだけ安心した。

「あと、えっとね、実は、その」

 私はもぞもぞと身じろぎをした。

「好きです!」

 私は意を決し、言った。

「ずっと好きでした。付き合って欲しい」

 私の発言に、彼はあからさまに困惑していた。他の女子生徒には動揺しないのに、私だと反応が違う。

「あ、うーん。その、気持ちは嬉しいけど……」

「やっぱり、私に魅力がないから」

 私は気落ちした。

「そうではなくて、君は僕にとっては妹みたいな存在で……」

 尚樹は弁明した。

「初めて会った時に比べれば、私は成長しています。子供じゃないです」

「それは、そうだけど、僕と君は、()()()()()()()()()()だし」

 私と尚樹が出会ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 痴漢から助けてもらって以来、定期的に電車内で尚樹と会い、私は彼の情報収集をしていた。連絡先を教えてもらい、色々とコミュニケーションをとるうちに彼が高校教師を目指していることを知った。

「じゃあ、生徒でなくなったら、付き合ってもらえますか?」

 私は至近距離まで近づき、迫った。

「どうするつもり?」

 尚樹はたじろぎながら聞いた。

「高校を中退します」

 私はきっぱりと宣言した。

「それは困る!」

 尚樹は今まで耳にしたことのないボリュームで叫んだ。

 私は虚をつかれ、驚きの眼差しで見つめた。

「君が居なくなると……僕が困る」

 尚樹は真剣な表情をしていた。

「どういうこと?」

 私が聞くと、彼ははにかんだ。

「実は、僕も、気持ちに気づいてしまったんだ。君が好きなことを……。でも、君は未成年だし、僕は教師だし」

 予想外の言葉に私は唖然としていた。

「一般的にも、二十代の男が十代の女子に手を出すのは、気持ち悪いことだし」

 彼は悲しげに呟いた。

「じゃあ、私が卒業したら、お付き合いしてくれない? それまで、待っていてもらえれば……」

 私の提案に対し、尚樹は苦しげに言う。

「どうだろう。君はまだ若いし、これからも素敵な出会いはいっぱいあると思う」

 その時だった。


「あれ、こんなところで、何しているの?」

 通りがかった女子生徒が声をかけてきた。

「あ、いま、進路相談とか聞いていて」

「そう。なんか悩んでいてね」

 尚樹と私は慌てて誤魔化した。

「いやー、進路って難しいよな。また相談にこいよ」

 尚樹はこの場から退散するつもりだ。

 私は、

「垣谷先生!」

 と呼び止めた。

「ん?」

「進路を決めました」

 私はそう言って、左手の薬指を示した。


(了)



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[良い点] 物怖じせずに痴漢を糾弾出来る尚樹さんは、とっても頼もしい好青年ですね。 男子生徒からも女子生徒からも慕われるのも納得です。 読後感も爽やかで良いですね。 どうぞお幸せに。 [一言] 当時の…
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