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再来!佐和山城

文禄3年 9月26日


就任発表から、翌日。左馬助が言ってた『三日後に石田三成に謁見して、就任の命を承る』の件だが誉、近習の彦太郎、夜鷹と忠頼、その近習らを引き連れて佐和山城に行くそうだ。

つまり、明後日、佐和山城に行くまでは暇になる。政務をしようにも、字が読めない。だから、代わりに彦太郎や左馬助にお願いして代わってもらっている。一回、和紙に筆で書いてみるとミミズ字でそれをたまたま見た夜鷹から『遊ぶのは構いませんが、紙は高価ですので慎重に使いなされてください』と。確かに、この時代において、紙は高価だったような気がする。

それに筆では書きづらい。しかし、鉛筆はないだろう…大阪の貿易で得れるかな。彦太郎に聞くと、すぐに石田家御用達の商人を連れてきた。

上段の間に誉、その傍に彦太郎がいた。そして、下段の間に座礼をしている男がいた。服装が茶道を嗜む人のような衣装を着ており、落ち着いた雰囲気だった。目尻に皺を寄せていたが、敵対心のないような男だった。


「堺の商人 万代屋宗安でございます」


はっや。小一時間で来たぞ。商人の街 大阪からここまでって新幹線でもなきゃ、馬で来ると思うけど、早すぎる。


「は、早かったですね…」

「ええ。此度は佐和山にて治部様との会談がありますので先に佐和山入りをしたのです」

「そう…なのですね…」

「はい。それでなにか欲しい物はありますかな…?」


コイツもなんで早速、本題に入りたがるんだよ。金儲けのためにさっさと売りたいからという風には見えないが…


「え、鉛筆って知ってる?」

「えん、ぴつ?」

「まだ出てないのか…ほら、黒鉛で紙に書ける道具」

「…はて…」


宗安は頭を傾げて何やら一考していたら、思い出したように


「確か、文字を書くことが出来るという噂の鉱石を手にしましたな…それがそうなのかは分かりませぬが、堺にありますので文を伝え次第、ここに贈らせて頂きます」

「え。あるんだ! よかった」

「ええ。しかし、その鉱石で書くには持ちづらく使いづらいので…良ければ全て差し出しますぞ」

「……」


これは、誘ってるな。こうやって初回でサービスしておいて、御用達になるようにさせている。だがまぁ、それでもいいけど。


「いいの? なら頼むよ」

「毎度ありがとうございます。今後も、ご贔屓に」








宗安が退室すると、またも暇になった。どうせ誰もいないのだから、私室でゴロゴロとタイムスリップした際に持ってきてきしまった観光雑誌を読み漁っていたら、バタバタと廊下を歩く足音が聞こえた。その足音は少しづつ私室に近付いてきた。陪臣?その陪臣がカチコミに来たのか?

障子の目の前に立つ影が四人いた。誰だよと思っていたら障子が開けられた。その正体は大和四姉妹の次女から四女だった。一人だけは姉妹では無いが、見た事ある女性。

しかし、姉妹に関しては昨日会ったばかりなのに、久しぶり感が出て戸惑うな。しかも、実際は違うが、外から見たら血が繋がってる兄妹と思われているし。


「な、なんですか…」

「ほら見ろ。ゴロゴロしているだろう?」

「ええ。変な物を読んでいるようです」

「誉殿。それはなにか?」

「…」


いずれにせよ、女性の前でゴロゴロした体制ではなんだか気恥しいので、立ち上がると


「大きいのですね…」


他のは姫の衣装に対して、自分は袴の忠政が漏らした。確かに、この時代において173cmは大きいだろうなぁ。


「そうなのか? どんな感じだ」

「気をつけてください」


盲目の葵を女性が付き添いながら、誉に近づいた。あの女性は侍女なのだろうか。葵から差し伸べた手が自身の胸にベタベタと触り、少しづつ手が上の方へ触っていく。そして、肩幅を触れると


「大きい! 大きいぞ!」


と侍女に話しかけながら、触り続ける。


「こんなに大きければ、足軽として合戦に出らんか」


物騒すぎる。死ねってことかよ。現当主に対する言葉じゃないだろ。


「何、冗談だ。しかし、こんなにいい男では抱きたくなるな」

「殿方の前ではそのようなことを言ってはなりませんよ!」

「なに、いいでは無いか。お主も抱いてもらえれば…」

「駄目です!」


性だけでなく全てにオープン過ぎる次女葵をよそ目に、三女菊 は静かに私室に入り、自分が読んでいた観光雑誌を拾い上げた。


「これはなんなのですか?」

「あっ…」


この時代の人間がその本を読んでしまうと、いわゆる歴史改変が起こると思っていたが、よく良く考えれば観光の雑誌を読む程度なら差異は起こらないだろうと判断した。


「これは…観光雑誌という、数百年後の近江を紹介してるよ」


菊は興味津々に読んでいた。未だにも廊下にいる忠政に声をかけた。


「入ってきなよ。そこじゃ暑いでしょ」

「いえ、結構です」

「…構わないんだよ」

「…では」


忠政は確かに私室に入ったが、隅に座っていた。そこでいいのか…そう思っていたら、廊下から顔をひょっこり障子に出てきた子がいた。雪代だった。すると、雪代は見る見るに赤面して下を俯いた。


「あ…お手付きですか…失礼しました」


障子を閉められた。お手付きとは、正室や側室の他の女と肉体関係を結ぶことだ。


「待てぇえぇぇ!」


障子から出て、その場を離れようとする雪代の前に回り込んで両肩を掴んだ。


「違うんだよ! あの姉妹がただ遊びに来ただけでそういうことはしてないんだよ」


あらぬ誤解を掛けられた誉は何とか説明をするも、その雪代は肩を掴まれた衝撃で身体が強ばっていた。「あ、あ、あ」と何とか声を絞るしかなかった。それは強く肩を掴まれたことが人売りに捕まった時の扱いの酷さを思い出したのでなく、そもそも自分を人間として見てくれた人にこうして積極的に身体を触れられることが雪代にとっては幸福、このほかなかった 。


「誉よ。そんな肩を強く掴んでいては痛そうじゃぞ」


誉はいつの間にか廊下に立っていた葵の注意で我に返ると、いつの間にか雪代の肩を強く掴んでいた。手を下ろすと、雪代は下を俯いて自分を追い越して去っていってしまった。

馬鹿だ。昨日、晴代達にあんなこと言ったのに、雪代に対して強く出てしまった。自分が情けない。


「どうしたのですか」


そんなことを考えていると耳元に声が聞こえた。ふと隣を見ると、無表情だが誉を見つめていた菊がいた。

菊は他の姉妹と比べて大人しく、自己主張をしないような子だった。葵だけがオープン過ぎるからなのか…?










翌々日の9月28日

いよいよ、佐和山城に向かう日が来た。忠頼と彦太郎らで向かうが、その城代として右腕の上坂正信が守備しているという。有能だな…正信。

この前も来たし、馬もたったの数日間だが、ある程度乗りこなせたので駆け足でも行けるようになった。


確か、歴史上で『三成に過ぎたるものが二つあり島の左近と佐和山の城』が有名である。武勇に優れた島左近に仕えているのが頭でっかちの石田三成ということに周りの武将らは勿体なきと思ったようだ。まだその島左近に会えてないが…。会えるといいなぁ。


「確か、大和家就任の命を下して欲しいとな」


佐和山城の大広間にて、大和陣営からは誉、忠頼、後ろに彦太郎が控えていた。対して、上座には三成とその小姓である佐之助。しかし一人気になるのは、誉の斜め後ろの隅に座っている顎髭がもじゃもじゃな男だ。


「それは構わぬ…それ故、必要なのだ」

「はっ。当家において、誉様の到来に不信感や疑問感を抱くものがいるようでして…」

「ふっ。誉を疑っても何も出ぬわ」

「確かでございますな。当家の樂信に調べさせても何も出てこなかったようで…」

「まあいいわ。任命状を与えてやろう。全く、誉の知識を活かせば泰平な世に出来るというのに…」

「世の中が全て殿のように、考えておらぬのですぞ」


見知らぬ声がした。振り返ると、あのひげもじゃもじゃな男が呟いた。


「誉殿の知識は我等限られた者で良い。あまり言いふらしては、三成に謀反ありと反乱が生まれますぞ」

「起こらんだろ。私は泰平の為に尽くしているのだ」

「そうは分かりませぬぞ…ひとまず、その考えは改めるように」

「ふむ…」


ムスッとした顔でよそ目をした。怒られて、不機嫌になる三成など珍しい。そもそもこの髭面誰だよ…と思ったら


「我は島左近清興でございます。左近と及びを」

「左近殿ですか。私は大和誉でございます」


とお互い座礼をすると、三成が一言漏らした。


「それに…秀信殿の動向も気になる」

「秀信殿ですか…。確か、美濃と岐阜城を頂いたという…」

「そうだ。私も過去に会ったことあるが、織田家の信長公の孫にも関わらず、権力に興味無かったようでな。無害だと考えていたのだが…」


一体、何の話をしているのだろうか?三成の顔を見つめていたら、視線に気づいたらしく、こちらを見やった。


「すまぬな。関係ない話であったな。就任状を書くので、暫し待たれよ。それよりもお主の話を聞きたい 」


話ですか…何の話をしりゃいいんだよ。


「は、話って…?」

「殿は誉殿の未来の話を聞きたいのだ」

「未来…ですか」

「史実をそのまま語るだけでいい。騙りはなしだぞ」


おいおい…この後のことなんか三成にとっては地獄すぎるだろう…

史実ではこの後、秀吉が死に、上杉討伐を目指した徳川に石田が謀反ありと挙兵して、天下分け目の戦いとなった関ヶ原で三成は惨敗し、負けて処刑された。それから数年後に豊臣家も滅んだ…なんて言えない。

そもそもこうなったのには、色々理由があるが一番は、武断派と文治派の対立から始まったのだ。

そうして、どう答えようと考え込み、黙ってしまった誉に三成は


「これからの事がどうあれ、言いづらくても、私はそれでも構わぬ。お主の往く未来を知りたいのだ」

「…分かりました。話しましょう」

「そうか」

「太閤…天下人 秀吉は、あと数年以内に死にます」

「であろうな。その予兆は見えてる…そんな程度か?」


いや待ってよ。まだ話してるって。急かすぎだ


「いえ、ここからが大きく歴史が変わります」

「…何が起こった? 秀次様が当主になるのだろう」


…そうだった。豊臣秀次がいたのだった。豊臣秀次とは秀吉の正室高台院の甥であり、悲劇の将として取り上げられている。何故なら、彼は後継者にも関わらず、謀反の疑いで処刑されるからだ。謀反の疑いというのは表面上で、実は秀吉の子秀頼を継がせたいがために、邪魔となった秀次を排除しようとしたのではないかと思われている。

しかし、これを三成に伝えてもいいのだろうか?その訳には、この秀次事件には三成が大きく関与しているのだ。というのも、秀次を謀反の疑いあり!と叫んだのが三成だったからだ。誉としては、多くの人を巻き込んで死なさせた三成がそんな人だと思いたくないのだ…。しかし、言わなければならない。これから起こる悲劇や三成の志を半ばにしないためにも。


「…秀次様は秀吉様が亡くなられる前に、謀反の疑いで処刑されます」

「な、なんと! 誉様、秀次様は太閤の養子。それに、跡継ぎが決まって…」

「その後継ぎが拾様だ。今は、拾様が幼いゆえにその矛盾に気づいてないが、いずれ、秀吉様が気付けば、処刑を下されるだろう。無理やりな理由をこじつけて」

「…ならば、豊臣家から何処かの家柄に養子に出せばいいのでは…?」


左馬助の疑問を、後ろに控えていた島左近が髭を擦りながら、答えた。


「その正常さを失っているのが今の秀吉であろう」

「言葉を慎め。左近」

「誉殿が言うことに虚言は感じませんぞ。ならば、特に秀吉様に通じる者に漏らさぬように内密に動く必要がありますな……」

「にして。その後は?」

「はい。慶長の役が勃発しますが、その間に秀吉様が亡くなられます。その後、激戦から戻ってきた主に武断派と文治派との対立が深まり、前田利家が亡くなられた晩に福島、黒田、加藤らの武将が伏見の石田邸を襲うなど表面化していきます。そんな中、徳川が上杉の動きが天下を危うとして、挙兵を挙げます。すると、治部様や小西、宇喜多、そして毛利輝元を総大将とした西軍が形成され、関ヶ原で激突します」

「それで?」

「石田側は負けます。治部様は斬首され、家康は西軍だった大名を豊臣家の無許可に改易や没収など行うようになります。そして、数年後に豊臣家にイチャモンを当て、大阪城を豊臣家と共に滅ぼします…」

「……それでは、戦乱の世になるのでは無いのですか!」

「いえ、そうはならなかったです」

「考えてみよ、忠頼よ。あの古狸がいよいよ天下を取ったというのに、またも戦乱にするとは思えぬ。奇遇にも私の望む泰平の世にしたのだろうな」


何も言ってないのに大抵あってやがる…この人、どこまで考えてるんだろう。


「ええ。その通りにおよそ300年間、徳川の時代が続きました」

「な、なんと! 300年間も!」

「政治体制はどうなってるのだ」


あの島左近ですら驚愕しているのに対して、ただ一人だけ三成は誉を見据えていた。そして、三成の背後には『大一大万大吉』の家紋が描かれてる壁と乱髪天衝脇立兜が立てられていた。


三成は家康を単に嫌っていた訳では無かった。家康が虎視眈々に天下取りを狙おうとしている所が、泰平な世を築き上げる理想主義者の三成にとっては危険視であった。また、三成や秀吉には政治権力を中央に集中する集権派であり、家康やどちらかというと日本では地方分権であったため、いずれにせよ史実通りならなくとも、衝突することはあっただろう。


「いや…そこまでは……。ただ、幕藩体制と呼ばれる各大名を藩として成り代わり、将軍家である徳川に使えています。また、戦乱が起こらないように年に一度、自費で江戸に参るという参勤交代の政策を実施しています。」

「それでは徳川家に逆らうことが出来なくなるではないか」

「ええ。そうですし、徳川家の江戸城の周りにある東海道や関東では徳川家にゆかりのある大名のみです」

「守りも固めてますな……」

「それは我等も同様だ」

「殿。次の刻が…」


佐之助が会話を割り切って、三成に謁見を終えるように促した。


「また、誉の話を聞きたい。だが、その知識はただ見せびらかすのではなく、活用するのだ。その知識を溜め込むのは愚かな将だ。反して、捻出し過ぎて世間に知られるのはもっと愚かだ」

「……ええ。治部様の力になりますよう、一生懸命尽くしますよ」

「期待しているぞ」


そう言い残し、佐之助と共に三成は私室から去った。

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