誉の誕生
文禄3年9月21日〜9月24日
大和 誉は令和元年の時に、一人旅にハマっていて、たまたま大阪にある佐和山城の最寄り駅である琵琶湖線で彦根駅に降りた時だった。電車から片足を彦根の地に触れた瞬間、コンクリの感触から土の感触に変わったのだ。下を向いて降りてた大和は異変に気付き、前方を見ると目の前には田んぼだらけで目を遠くに見れば少し先の右側に山城が見えた。今いる自分は堤防に立っているらしく、左右振り返っても誰もこちらへ歩いてくる様子は無い。
「いよっこいしょ〜」
畑を耕す人達を見つけ、こちらの存在を知らないと気づいた大和は近くの人にここはどこなのか?と尋ねるために、その人へ近づいた。
「すみません〜!こんばんは〜」
近づいてみるとその人の服は質素でありまるで昔のような服だった。田んぼを耕してたが声に気づいてその人は顔を上げ、こちらへ振り返ると
「……誰だ。おめぇ」
その人は老人であった。だが、老人にしてはやけに若く身体もガッチリしていた。
「あ、僕は遠方から来た者で……たまたま彦根に旅行してきたんですよ」
「遠方?どこだ」
「横浜っていう、関東の方から……」
その時だった。その老人はカッと目を見開いて待っていた桑を落とした。
「伴天連か!その服装に関東からということは」
「ば、ばてれん?」
聞いたことがある。江戸時代ぐらいに日本にある神父を伴天連と呼んでいたと。
「ん?私ですか?違いますよ」
「なら、その服はなんだ!」
大和が着ていた服はワイシャツに黒いズボンだ。派手では無いもの、神父さんと言われたらそう見えなくもない。
「ワイシャツですよ…」
「は…おい。凪、喜内様に伴天連現れたと伝えろ」
近くで誉と年齢が同じくらいの女子がこくりと頷き、誉では追いつけないような速さで駆けていった。
「おい、貴様は伴天連だな?貴様が知っているか知らぬかは関係ない。すまないね、こっちに来い!」
そう言うと自分より身体は小さいくせに器用良く、首根っこと片手首も動けないように掴まえられ、勢いよく地面に叩きつけられた。叩きつけられた時にあまりにも強く叩きつけられたか頭が揺れていた。視界の隅には凪と呼ばれた少女が誰かを呼びに向かったそうだ。その時だった。少女が走っていった先には、空を背景に質実剛健…そんな城が見えた。確か…さわ…や…まじょう…だっけ、な。
「きろ…起きろ…起きんかぁ!殿の前だぞ!」
その声に呼び覚ますと、世界が横になっていた。ヒンヤリとする木の板に頬が冷やされていた。だが、ここはどこだ?前方を見ると胡座座りでこちらを観察してるように見る男とその近くに刀らしきものを立てて座っている少年がいた。その二人は映画村で見るような和服装を着ていた。起き上がろうとしたが、起き上がれない。両手首を後ろに縛られていたのだ。あいにく、足は縛られてないため、あと少しで起き上がれそうって時に何者かに自分の首根っこを捕まえて、起き上がらせられた。助かるが、手荒すぎる。そんな輩は誰だと後ろ斜めを見ようとすると、
「大和 誉よ」
前の人に自分の名前を呼ばれた。呼ばれた方向へ振り向くと、狐の目のように鋭く、眉間に皺を寄せた男だった。この男に対して、隠し事をバレたらどんな事をされるのか想像をしたくないものだ。
「殿がお呼びだぞ。頭を下げられよ」
傍に控えていた少年がそう言ったが、なんで頭を下げなければならないんだ。と言おうとした時にまたしても顔も名も知らぬ後ろの人に木の板に擦り付けられるほど頭を下げられた。反発しようとしたが片腕の腕力が強すぎた。
「勘兵衛。やめよ。その者が痛そうである、頭を上げよ」
「はっ。殿がお許しだ、頭を上げられぇ!」
と言われ、今度は頭を上げられた。下げたり上げたりと振り回されて首が痛い。よくよく考えたら、さっき地面にたたきつけられた時もだ。
「聞きたいことがある。が、まず、そちらの素性を言うがいい。だが、虚言を申してみよ。そちの首が吹き飛ぶだけだ。」
「…なんで…名前、知っているのですか?」
「それは問じゃろが!答えを述べよ!」
またしても後ろの人に怒られた。怒られただけで狐目の人と少年からは何も言われない。これは、僕が答えないとダメそうな雰囲気だ。
「大学生の大和誉です。サイクリングと電車を使って、彦根城を見ようと彦根駅から降りた途端に、畑に迷い込んでしまったようで…」
とここまで言うと気付いてしまった。外で見た景観、人々の和装や言葉遣い。そうだ、ここはタイムスリップした先に着いてしまったのだ。合点がいった。いやや、だとしても分からない。いつの時代なのか?そして前にいる人は誰なのか?それを知りたい。が、そうやって、問いをしてしまうと怒られるだろう。
「この男め、嘘を申しましたなぁ!この辺りで城と言えば佐和山城。なのに、この男は彦根城などとありもしない城を申しました!彦根という地はありますが」
「落ち着けなされよ。勘兵衛」
「佐之助、この男は間者だぞ。庇うのか」
「庇ってもないです。ですが、落ち着けなされ」
「勘兵衛、佐之助」
少年と図太い声をした後ろの男の言い争いが始まろうとした時に、狐目の男が僕を見つめながら、制止した。この人は三人の中で一番、偉いのだろう。
「そちの素性はあいわかった。だが、それでも間者という疑いはない。以上。次に入ろう」
呆気なく自分が明かした事を受け入れたことに自分でも驚いた。だが、一番驚いてるのは後ろの勘兵衛と呼ばれた男だ。勘兵衛は、ついに座らされている自分の前にドカドカと歩き、そして胡座座りをした。
「この男は治部様に仇なすかもしれませぬぞ」
治部…そう呼ばれた男は
「お前はこの程度の男に負けるとでも言うのか」
「いえ…」
「なら、下がっておれ」
「ですが…はっ。承知しました」
そう言うと立ち上がって、僕の方を見た。治部や佐之助という少年からは見えないが自分からはよく見える。めちゃ怒っている。後で覚えておけよという…。
勘兵衛が部屋から出ると、三人のみになった。
「今だけは無礼講でいい」
そう言うと佐之助は一瞬、目を治部の方へ見やったが、すぐに誉の方に戻した。
「問をする。お前の生年を答えよ」
せいねん…青年?質問の意味がわからず、困っていたら
「お主の生まれた年を聞いているのだ」
佐之助がさりげなくフォローをしてくれた。
「あ、はい…1998年です」
一瞬の沈黙の後に、佐之助が口をもごもごしていた。笑いを我慢しているようだった。何がおかしいのだ?と言いたかったが、我慢した。
「虚言は申してないようだな」
いやいや、申してるでしょ。心の中でそう突っ込んだ誉がどういうことかと思っていたら、佐之助はクスリと笑いながら
「殿はお主のことを知っているのだ。未来からやってきた人間だと」
その時、心に緩みが出てしまった。治部が、自分が未来からやってきた人だと認知した上でこのような扱いならば、いきなり斬ったりはしないはずだろうと信じているからだ。治部は脇息に肘をつき、頬づきをした。
「そうだ。お主の持っていた奇妙な袋から出てきた書物に、私の事や井伊直政のことが書かれていた。さらに、この地帯には無いはずの彦根城というものもあるそうな……そして、私は家康に敗れて打首にされる」
冷たく、突き放されるような言葉だった。未来からやってきた人でも赦されるのではないか?と気楽に考えていた誉だが、今ではすっかり冷や汗が止まらない。このまま、治部から嫌われたまま打首にされても可笑しくないし、赦免されてもこの世界に親戚も頼れる人でさえいない日本を生きていけというのだ。すぐに浪人か身売りに捕まって売られるかといった悲壮な終わりが迎えるかもしれない。
「いろいろ聞きたい。だが、その前に…お主にしてもらいたいことがある。いいな?」
「はい…」
「お主の生活の保障は守る代わりに豊臣政権、そして私の頭脳として生きていく」
それは、いつの時代か分からぬこの世に治部は自分を保護するということだ。治部からの問に誉は心臓部に手を当てて
「ぼ…私は、礼法を知りませぬ。この世を綱渡りする知恵もありません。唯一この世で生きる理由、それは貴方様に雇われるのみでございます。それ故に、礼儀に対しては赤子同様と思っていただければ…と」
「それは構わぬ。だが、お主は本来ならば、この時代にいてはならない者だ。いわば、神隠しのようなものに遭って来たのだろう。返してやりたいが、お主を拾った者曰くぽつんと立ったそうだな。お主が眠っている間に神隠しになりそうな場所を探させたが、やはりこの地にはなかった」
治部は誉が眠っている間でも、令和の日本に帰れるように方法を探ってくれたようだ。確かに令和からのタイムスリップは神隠しのようだった。未練はないと言えば嘘になるが、元々友達が少なく両親は自身に対して虐待されていた。だから、生まれた時から孤独だった。だが、この治部様は素性が怪しい自分を疑わずに保護してくれる。それだけでも嬉しかった。
「諦めろとは言わぬ。ひょんなことからお主は神隠しに遭うかもしれん。その時が来るまでは私の領地で住むように。いいな?」
「…はい」
「そう気に病むな。だが、素性が謎のお主が佐和山城にいては可笑しい話だ。だから、今日から大和家の長男として名乗るといい。大和 誉だ」
それが自分の名前…元々その名前ではあったが、いきなり治部様の城に大和家の誉がいきなり出てきては驚くのではないか?そう疑ったが、治部は続けて言った。
「私の家臣に大和 忠頼という者がいる。その者は男子がいなくて跡継ぎに困っていたようだ。忠頼にはお主の素性を口外しない忠実な男だ。安心して、館に住みなされよ」
そう言い、治部は掌に扇子を二度叩くと佐之助側の障子が開いた。障子が開かれる前から既に座礼をしていた老齢の男がいた。そして、顔を少し上げて
「大和左馬助忠頼でございます。以後、左馬助とお呼びくだされ」
その男は平服だが剃髪をしており、目尻に皺を寄せていた。あちらが座礼してくるならば、こちらも座礼で返そうと
「今日から、大和家の誉になります。宜しく御願いします」
「いえ、貴方様はいずれ、大和家の当主になる。どうか、私めに何かあれば言いつけてくだされ」
その顔つきはまさに''翁の面"のようだった。翁…心の中で父代わりとなる左馬助を翁の面と印象付けた。
「そうだ、荷物忘れておるぞ」
荷物…?思案していたら、佐之助がテキパキと部屋を出て数十秒で戻ってきてくれた。
「あ、リュックですか!」
「りゅっく?その荷物の名はりゅっくというのか」
「…まあ、はい」
説明するの面倒だし、どうせ使えやしないしと適当に流した誉はリュックの中身を確認した。
スマホ、ガイドブック、財布、折り畳み傘、飲料水などが入っていた。
「その書物、興味があった。実物のようにちゃんと描写されてる。参考のために模写と書写させた。だが、なんて書いてあるのかは読めん。その書物に役立ちそうなものがあれば言うがいい」
模写させたのか?書写?未来に残されたら何らかのタイムトラベルが起こりそうな気がしたが、その頃は死んでいるだろうと諦めた誉であった。
「用は済んだ。責務があるので失礼する。」
「はい、色々ありがとうございます」
と言いかけたが、そういえば正式名称はなんだったのかと疑問に持っていたら
「最後に私の名は石田治部三成だ。治部と呼ぶように」
と言い残して、「僕の名は八戸佐之助ですよ」と小声で治部の後に言った佐之助と共に部屋を去った。
最初の勘兵衛に治部、佐之助がいなくなり、ここにいるのは父と子だけだ。