2:父と娘
*本日2度目の更新です。
とある町の貧民街で生まれ育った私は、五歳でお母さんを亡くした。
ひとりで生きていけるわけない。
あの時の私は、きっと自分も死ぬんだろうなって思ってた。
でもそうはならなかった。
アディが拾ってくれたから。
アディも小さい頃にお父さんとお母さんと死別している。
冒険者だったアディの両親は、仲間に裏切られて死んでしまったと言っていた。
だからアディは人を、特に大人を信用しない。
そんなアディがなぜ私を拾ってくれたのかは分からない。
前に一度聞いてみたけど、教えてくれなかった。
それでもいい。
アディルはパンとスープ、寝床をくれたから。
寂しいときには手を繋いでくれたから。
失くしてしまった家族を、また与えてくれたから。
なのにこいつらは、私とアディを引き離した!
しかもこのおじさん、自分を父親とか言ってるし。
……本当に、お父さん?
お母さんからは一度もお父さんのこととか聞いてない。
でも――
「これを覚えているか?」
父だという男が、懐から銀のペンダントを取り出した。
「ぁ……」
「覚えているようだね。そう、これは君が質屋に売った物だ」
お母さんが死ぬ直前にくれたペンダントに似てる。
ううん。あのペンダントだ、間違いない。
裏に鳥の模様が彫られてるのも同じだもん。
でもなんで?
これは二年前に、まとまったお金が欲しくて質屋に売った……このおじさんが買った、とか?
ペンダントを見ていたら、おじさんが指輪を外して裏側を見せた。
うわ、ちっさい模様が彫られて……ペンダントと同じ模様!?
「これは我が家の家紋だ。わたしが昔、愛した女性に贈ったペンダントにも彫ってある。彼女は平民だったため、結ばれない運命だったのだ」
「それが……お母さん、なの?」
おじさんが笑みを浮かべて頷いた。
「わたしはデオリス・オルアリース。王都の西に領地を持つ、オルアリース侯爵家の当主だ」
「こ、こうしゃく!? ってどっちのこうしゃく?」
「はは。残念ながら爵位が下の方の侯爵だ」
どっちにしても上流階級じゃん!
でもなんでペンダントの持ち主が私だって分かったの?
「ど、どうやってペンダントを売ったのが私だって」
「質屋の店主が我が家の家紋に気づいてね。それで侯爵家を訪ねてきたのだよ」
その店主にペンダントを売りに来た子供の特徴を聞いたら、お母さんと同じだったからピンときた――らしい。
確かに私の髪色も瞳の色も、お母さん譲り。銀色に近いプラチナブロンドは珍しいから、年齢もあっていればすぐに分かるか。
「で、でも、私がおじさんの子供だって証拠、どこにもないじゃんっ」
「おじ――そ、そうだな。それを証明するとしよう」
おじさんが近くにいた人に何か言うと、しばらくして神官衣を着た人がやって来た。
私とおじさんに手を出すよう言っている。手に針を持ってる。なにするの?
「少しチクンとしますよ。血が必要でね」
「ち、血? イタッ」
ぶすってされた。おじさんの方も。
指先に血の玉が出来ると、私の指とおじさんの指を合わせて血を混ぜた。
「血の鑑定魔法を掛けます。光れば血縁者である証。光らなければ赤の他人ということになります」
「うむ。やってくれ」
「はい。では――」
ち、血が光る?
そんなバカなぁーって光った!?
「お二人は確かに血縁者、親子でございます」
「ご苦労だった神官どの。セシリア、これで分かっただろう?」
この神官が嘘を言ってるようには見えない。
じゃあ……本当に私、侯爵家の娘、なの?
「すまなかったね、セシリア。これまで辛い生活を強いらせてしまった」
「なんで……なんで今頃? なんでもっと早く来なかったの!? そしたらお母さん、風邪なんかで死なずに済んだのにっ」
「すまない。本当にすまない」
俯くこの人の言葉に、どことなく嘘を感じる。
お母さんのことを、昔愛したって言った時も感じた。
それ以外は本当っぽいけど……。
「私、ここで暮らすの?」
そう尋ねると、侯爵は笑みを浮かべて頷いた。
「何不自由のない暮らしを約束しよう。これからはわたしとここで――」
「だったらアディルも一緒に! アディルがいなかったら私、死んでたもんっ。命の恩人なのっ。アディルも一緒じゃなきゃ嫌だっ」
そもそも私を侯爵家に呼び寄せたかっただけなら、アディにあんなことしなくてよかったじゃん!
後ろにいる二人の男を睨みつけると、二人とも顔を背けた。
「そのアディというのは?」
「アディはねっ」
「貧民街の薄汚い小僧です、侯爵様」
う、薄汚い!?
アディは結構綺麗好きだもん。服だって毎日洗濯してるし、体だってちゃんと拭いてる。
貧民街じゃ、服なんて十日に一回洗う人の方が多いのに。
「そうか。そんな子供を娘に近づけさせるわけには――」
「待ってっ。ヤダ、絶対ヤダッ」
「お前にはもっとつりあった相手を、わたしが探してやろう」
は? 何言ってんのこのおじさん。
つりあったってどういう意味?
相手ってなに?
何度アディも一緒にってお願いしても、ダメしか言わない。
もう腹立つ。
「だったらアディの所に帰るもんっ」
と男二人の間をすり抜けたけど、その先にも同じ服着た人が何人もいてすぐに捕まってしまう。
くそぉ、負けてたまるもんかっ。
大暴れして大きな壺を割り、壁に掛けてあった絵を投げつけ、カーテンをよじ登る。
一日中暴れてもダメ。
さすがに私が疲れた。
なら次の作戦だ!
部屋に閉じ込められた私に、夕飯が運び込まれた。
うあぁ……な、なにこれ。待って、十歳の頃もに食べさせるにしては、多くない?
しかも見たこともないような料理ばかり。
でもこれを食べない。
「お嬢さま、お食事をしませんと」
「いらない。アディを連れて来てくれるまで、絶対食べないもん」
ここから出ていきたい。でも窓は完全に施錠されて、しかも鍵は侯爵が持っている。
窓を割りたいけど、頑丈そうな雨戸まで閉められてるからそれも無理。
部屋の扉にも鍵がかかってるし、出ていくことは出来なさそう。
なら侯爵のおじさんが折れてくれるまで、ご飯を食べない。
部屋の外から「二日もすれば根を上げるだろう」というおじさんの声がする。
ふん。貧乏娘をバカにするな。
二日三日ご飯が食べられないなんて、よくあることなんだから。
慣れっこだもん。
そして二日が過ぎ、三日が過ぎ、四日目にもなるとさすがに目が霞んできた。
でも絶対、絶対に諦めない。
七日目の朝、侯爵がやってきた。
「分かった。分かったから食事を摂ってくれセシリア」
「じゃ……アディルを屋敷に、呼んで、くれる?」
「あぁ。呼ぼう。お前の命の恩人だ。仕方ない。下働きとして雇ってやろう」
「ありが、とう」
やった、勝った。
ちょっとヤバかったけど、これでアディとずっと一緒にいられる。
それからご飯をちゃんと食べるようになって、でも七日もろくに食べてなかったから寝込んでしまって。
体調がしっかり元に戻るのに十日ぐらいかかってしまった。
よくなってから生まれ育った貧民街に、侯爵家の騎士たちと一緒に向かう。
でも……
「アディ、ねぇアディどこ!?」
アディの姿はどこにもなかった。
*21時ころにもう一話、更新いたします。