表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/40

本当の心

 陸香はもしかして三条院の愛に答える? そんなことがあるのだろうか。僕は内心、動揺していた。陸香が三条院のことを好きな可能性のことを考えてもいなかった。ありえないと自分の中で勝手に思いこんでいただけならばどうすれば良いのか。心臓音が自分の耳で聞こえそうなくらい激しく動いている。このまま駆け出して、陸香の手を取って逃げ出したくなる。その瞬間……。


「本当ですか?」


 変な声が聞こえた。いや、違う。オシゲの声だ。変なのはスピーカーからの音声なのに本人の姿が見えないことだ。


「その声は梓、何処だっ?! 何しに来た」

「三条院さん。あなたは本当に陸香のことを愛しているのですか?」

「勿論だ。疑うというのか?」


 自信満々の三条院の声に対して、オシゲはからかうようにクスクスと嗤う。そして、挑発的に、話しかける。


「では、これは何でしょうか? 『「というわけで、今日のデートは君とすることにした。いつでも何でも好きなものを食べさせてあげよう。何なら、このまま結婚しても良い」』」


 三条院が僕と初めて合った時の音声をマイクに乗せて流す。


「ど、どうしてお前がそんな音声を持ってる。確か、あの時、お前は後から来たはず」

「壁に耳あり障子に目あり。私を見くびられては困ります。それにしても認められるとは語るに落ちるですね三条院さん。こんのー浮気者ぉ~」


 静まりかえる会場の雰囲気を全く読まないオシゲのテンションに僕が苦笑していると、陸香も笑っていた。


「三条院さん。私は帰らせていただきます。もしかしたら、今日のことを後悔する日が来るかもしれませんが、そうならないように精一杯頑張らせていただきます。御機嫌よう」


 陸香が頭を下げると、ポツリポツリと僕の背後から音がする。拍手の音だ。ゆったりとした低音の拍手が少しずつ速くなっていく。会場内の出席者も拍手を始めると速度に比例して音は大きくなり雨、あられのように降り注ぐ。会場いっぱいに鳴り響く拍手に後押しされて、僕は目の前に来た陸香の手を掴んだ。


 驚いたのか振り返っていつもより大きな眼をした彼女に手を握り返された。思ったより強い力で少し痛い。ただ、その痛みが自分とリクの存在を強く意識させる。


「帰ろう。みんなが待っているから」


 僕は言葉が終わる前に歩き始めた。結婚式でもあるまいし、たくさんの人間の注目を浴びて恥ずかしかったから。本当は走って逃げ出したかった。しかし、陸香の手を握っていたし幸いなことに出入り口はすぐ後ろだったから、早歩き程度に留めていた。


 会場を出ると扉の影に隠れていたオシゲをすぐに見つけた。この拍手の仕掛け人は警備員をどこで撒いたのだろうか。はぐらかされるのが判っているから尋ねる気にもなれない。もっとも、階段で昇ってきたはずなのに汗一つかいていないオシゲの説明を何処まで信用できるかも判らないが。


「お嬢様。こちらへ」


 オシゲは頭を下げながらエレベーターに向かって手を指し伸ばしている。一流ホテルの従業員のような仕草に感心していると、陸香に手を振りほどかれた。


「姉さん」


 リクはオシゲの胸に抱きついた。顔を上げたオシゲは子供をあやすかのように頭を撫でている。桜の花のような淡い微笑みは普段と異なって作られた表情ではない。心の底から湧き出てきている。


「お嬢様。長居は無用です。さっさと帰りましょう」

「昔みたいに呼んでお願い姉さん」

「陸香。泣いたら折角のワンピースが台無しになりますよ。それにトチ狂った三条院が出てきたら煩わしいですから」


 オシゲは言っていることと裏腹に聖母のような眸でリクの頭を撫で続けているだけだ。そして、リクも母親に甘える幼児のように抱きついたまま固まっている。


「先に降りているよ」


 邪魔はしたくない。僕は聞いているか判らない二人に声をかけるとエレベーターの方に向かって進む。後ろを振り返ることも無く下のマークのボタンを押すと、可愛らしい音が鳴り響いて扉が開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ