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モヒカンとの距離

 僕とモヒカンの間に存在する溝は海のように広がる大河だ。相手の立っている岸に辿り着くことはおろか感知することすら不可能な距離が確実に存在している。だからこそ、彼に見えていない景色だってあるはず。所詮、三条院にとって正しい世界は彼の見ている世界でしかないはずだから。しかし言葉にはならない。何を伝えれば良いのかが。


「伝報ホールディングスは後鷹司物産を買収し俺は陸香と結婚する。それが全ての人が満足し喜ぶべき回答だ。巫女よ。未来は既に決定している。そうなるように仕組んでいるからな」


 そんなはずは無い。何かが間違っている。僕は三条院に反論できる塊がある。だがそれは感覚的なモヤモヤとした煙のようなものでつかみどころが無い。そのため僕は半開きにした口から言葉をつむぎ出すことが出来ないままだ。


「テレビのニュースになるだろうからよく見ておきな」


 三条院は口元を吊り上げると背を向ける。その背中は勝ち誇っている。自分たちが勝ち組であることに満足しているかのように。

 駐車場から歩道まではみ出して停車しているリムジンに颯爽と乗り込む三条院に向かって、さっさと帰れとばかりに悪態をついているとパワーウィンドウの音がする。じゃあな、と声をかけてから走り去っていくリムジンを蹴飛ばすつもりで地団太を踏む。一人で意味不明に近所迷惑さながら足音を立てていると横から声がした。振り向くと詩乃がいる。やばい、こんな姿を見られるなんて。


「もしかして営業妨害している?」


 冗談っぽく話しかけられて少しだけ気が紛れた。首を傾げてにっこり笑う詩乃を見ていると感情的になっていた自分が馬鹿馬鹿しい。


「今日も奴が来たから塩を撒く代わりに地面に蹴りをくれてたんだよ」

「何それ意味分からない」


 僕と詩乃が一緒に店に入ると徹が低い声で、いらっしゃいませ。と声をかける。こらこら相手を確認してから言わないと駄目だろ。と心の中で突っ込みを入れるが言葉にするほどのバイタリティは無い。


「スタミナラーメンある?」


 詩乃が普段と違って店のほうに来たのは夕食を食べに来たのだろう。帰りが遅いからてっきり何か食べてきたのかと思っていたがそうでもなかったのか。

 僕は詩乃がカウンターに座るのを横目で見ながら徹と一緒にテーブルの片付けと明日の準備をする。醤油やラー油、胡椒、唐辛子、テーブルを一つずつ確認していく。


「トシ、坂田君。ラーメンができたから食べな」


 最後の常連のお客さんの家族が立ち上がったのを見てレジに向かおうとしたところ声をかけられた。


「ほら、二人とも早く」

「もたもたしてっと伸びちまうっぺ」


 詩乃だけじゃなくお客さんにまで言われたならば仕方が無い。僕と徹は詩乃を挟み込むようにしてカウンターに座る。大将はカウンターを出てレジで会計をしてからお客さんを見送りに外へ出た。そのついでなのか見送りがついでだったのか分からないが、暖簾を片付けて入り口の戸締りをしている。もう、そんな時間なのか。と思うのと同時にお客さんが見ていたテレビから九時のニュースが始まった音が聞こえてきた。凄い気になる。思わずどんぶりを抱えながら席を移動したくなってくる。


「何そわそわしているの」


 詩乃に言われて顔をどんぶりに向ける。ボーっとしていたのかレンゲで息もかけずにあんかけスープを口に入れて火傷しそうになる。慌ててハフハフと呼吸をしながら飲み込むと喉が一瞬焼けるようだが、胃に入ってしまうと体を温めてくれるだけの存在に変わる。


「移動しようか」


 僕の顔を覗き込んでいた詩乃が突然どんぶりを抱えて立ち上がった。と、僕と徹もつられてテーブルに移動する。ここならばテレビが見やすいし音も良く聞こえる。


「何か気になることでもあるのか?」


 大将まで来て隣の席に座っている。でも、テレビでは政治のニュースをやっていていつまで経っても変わる気配がない。と言うことは今日はやらないのではないか。それ以前に三条院のブラフだった。単に僕をからかっていた。そういうことなのかもしれない。気が楽になってくるとラーメンを食べるスピードもいつもと同じくらい速くなってくる。現金なものだと考えながらも体は正直だ。


 僕がどんぶりを両手で持ってスープを飲んでいると、詩乃の驚きの声が聞こえてきた。何事? と思ってどんぶりを置いて詩乃を見ると視線がテレビに釘付けになっている。詩乃だけじゃない。横にいる徹も箸が止まっている。

 そんなに驚くほどのことかと思ってテレビを見ると駅の傍にある後鷹司物産が映っていた。二人はどうして後鷹司物産がテレビに出ているか理由が良く分かっていないのだろう。だが、僕は三条院が説明してくれたから知っている。その分、冷静に見ていられる。


 画面がスタジオに戻るといかにもカツラをつけていそうな妙な盛り上がりのある髪型の経済学者がTOBと今後の業績予想の解説を始めた。どうやら、この経済学者の説明によると伝報ホールディングスにとって経営的な相乗効果は期待できない。と断言している。それならば買収する必要など無いだろ。と心の中で三条院に突っ込みを入れる。


「どういうこと?」

「見たままだよ。さっき来ていたスルメ、いやトサカ男の親が経営する伝報ホールディングスが後鷹司の親が社長の不動産会社を買収するって話さ」

「それって乗っ取りなのか?」

「部下が社長を追い出してしまう乗っ取りとはちょっと違うんじゃないかな。どちらかと言えば漫画とかでよくある五十パーセントの株式を買い占めたからこの会社は俺のものになったぜ。とかいうあれじゃないかな」


 詩乃も徹も納得したようなしていないような神妙な表情をしている。でも、そんなのはポーズで意外と何も考えていなかったりして……。


「買収されるとリクちゃんはどうなる?」


 徹は目を細めながら違う話題に切り替わっているテレビを見ている。わりぃ。またお前のこと疑ってしまった。判っているよ。お前が真面目な奴だってことは。


「もしかして神社から追い出されちゃうとか?」


 詩乃は眉を僅かにしかめさせてレンゲで未だに熱いスープを少しずつ口に入れている。口調が無愛想になっているのは機嫌が悪くなっている証拠だ。


 多分、いや、間違いなく僕たちの考えは一致していて同じ思いを抱いている。それなのに一言も口を開かないのは自分たちの無力さを知っているから。何とかしたい。何かしたいと思っても目の前には巨大な現実世界が横たわっていて、その存在を突きつけられると、頑張って。と他人事で応援することくらいしかできない。だって自分たちの力でなんだってできると思っていた高慢なプライドを軽々と打ち砕かれたら、現実から目を逸らして何事も無かったかのように振舞う以外の術はないじゃないか。でも、そこまで割り切れるほど大人ではない。だから黙る。深い沈黙の海に落ちてひたすら溺れそうになりながら呼吸を停止する。


「食べ終わったか?」


 大将が、ガハハと意味もなく大きな声を出しながら笑っている。詩乃は恥ずかしいから止めてよ。と文句を言っているが、僕は助かったと思った。


「すいません。今片付けます」


 僕が立ち上がると徹も慌てて立ち上がる。


「後はいいよ。任せて」

「そうだ。今日は疲れただろ。早く帰って明日も遅刻しないように学校に行ってくれ」


 詩乃と大将に追い出されるようにして僕たちは急いで着替えてから店を出た。僕らが空を見上げると満月が明るく輝いていた。言葉は発せられない。沈黙したままの僕は徹と店の前で別れるとずっと月を眺めながら歩き続けていた。

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