その寵愛に意図があるならば納得だった
【囮に利用された令嬢】×【没落や追放等のざまぁなし】という思いつきで書き始めたモノ
「囮として協力してくれて感謝するよ。君のおかげで犯人逮捕につながった。また屋敷で」
彼は去り際にそう言った。
身体にかけられたブカブカのコートに包まれた肩が震える。
周りでは騎士達が走り回り、逮捕された伯爵一派を連行していく中で場違いな乱れたドレスを着た私。
そんな非日常的で騒がしい状況であるはずなのに、『囮』という言葉だけはよく聞き取れた。
そうか。囮だったのか。それならば納得だ。
今までの事やこのひと月で起きた出来事がフラッシュバックしながらただただ私は夜空を見上げるのだった。
■□■□■□■□
私はタバル子爵家の次女だ。
子爵の身分に過不足無い教育と家族の愛情を受けて私は育った。
とても幸せな日々であった。
しかし、宗教国家との戦争で次期当主であった兄を亡くした辺りから我が領は厳しい状況に陥っていく。
嫡男を失い、不作と流行り病が重なった。
領を支える水源の一つが汚染されていることを学者と共に突き止めた父は、流行り病の拡大を食い止める事には成功したが、それでも多くの死者を出した。
不作と領民の急激な減少により領地は荒れ、タバル子爵家は苦しい領地経営を余儀なくされてしまったのだった。
父と母は倉庫と金庫を空にして領地を走り回り、領民の生活再建と領地再生に掛かり切りとなる。
両親の背中を見た姉と私は貴族としてそれぞれが役割を明確にする事を決意せざるを得なかった。
兄を喪った事で姉は子爵家の跡取りとして父の側近に領主とは何たるかの教えを請いながら婿探しを開始した。
一方私は、家族の食い扶持と貴族同士の繋がりを得るために働きに出る事に。
それが貴族として、領民を守る盾として成さねばならない事だと思ったからだ。
とはいえ、没落危機の我が家に婿入りしたい男性はおらず、今まで懇意にしていた殿方は蜘蛛の子を散らすように去っていった。私の働き口の相談も同様だった。
同情や憐れみ、そして嘲りの中で子爵家に婿入りしてくれる男性を必死になって姉は探していた。
悔しかったと思う。
夜に一人涙を流している姿を一度だけ見た。あの勝ち気な姉がである。
だからこそ姉に迷惑はかけられない。
私は学院卒業と同時に生活資金の足しにする為、北部最大の貴族であるケイトン侯爵家でメイドとして働く事にした。どうやら前任者が結婚で職を離れるタイミングだったらしい。
給金を得ながらタバル子爵家を援助をしてくれそうな嫁ぎ先を探す為には、人が集まる上位貴族の屋敷で働く事は必須だった。私は恥も外聞もなく飛び付いた。
苦しくても家族みんなが頑張っていた。
領民を守る為にも貴族として出来る事に家族みんなが全力だったのだ。
そんな努力が実を結んだのか今までの堅実な両親の領地経営が評価されたのか最初は渋られていた追加の融資を受けられる様になったし、早めに水源の封鎖に成功した事から流行り病は予測よりだいぶ早く収束していった。
そして、姉も婿となる男爵家の男性を捕まえた。
騎士団に所属している誠実そうな方で、姉の幸せそうな笑顔に私も泣いてしまうほどに喜びを感じたのだった。
私も私で仕事ぶりを認めて貰い、ケイトン侯爵家の嫡男であるヒューイット様に名前を覚えて貰えた。
最初は嫁ぎ先と生活費を目的とした労働であったが、やってみると段取りを工夫して行う家事は面白い。更に、学院の領地経営科卒という経歴が評価され、週の半分は事務処理など領地経営の雑務を任される迄になったのだ。
(これならこのまま独身で働き続けるのも楽しいかも)
そんなこんなで二年が経ち、実家の危機も山場を越えたし、姉も妊娠するなどタバル子爵家に明るいニュースが増えてきた。
そうなると両親からは私の結婚について話が出てくる様になる。
「ミリアももう20になる。私が不甲斐ないせいで結婚が遅れてしまってゴメンな」
最近父に会うとこの話ばかりだ。
「気にしないでと何度も言ってるでしょ?みんな死にものぐるいだったもの。それに私は今の仕事にやりがいを感じているから」
私の言葉に父は少しだけ困った顔をする。
「だが見合いの話も来ているんだ」
何枚かの釣書を鞄から取り出す父に私はため息をついた。
「うちが苦しくなった途端に姉や私との縁談からも手を引いた家ばかりじゃない。苦しい時に助けてくれない家と繋がるぐらいなら独身の方がいいわ」
私の言葉に苦笑いする父。
「わかった。ミリアに任せるよ。でも手伝いや力添えが必要ならばすぐに知らせてくれよ?これでも父さんはそれなりには顔が効くから」
「うん。ありがとうお父さん」
父の笑顔に私も自然と笑顔になる。
うちが最終的に取り潰しまでいかなかったのは、両親の真面目な人柄が大きいと改めて思う。
もちろん私達姉妹の結婚は遠のいたが、それと同じくらい手を差し伸べてくれる貴族がいたし、領民も父を慕い指揮に従って動いてくれた。
ケイトン家の現当主マニングス様から教えて頂いたのだけど、実はもう取り潰しにして王家の直轄地にする寸前という状態だったらしい。
実際にうちと同規模の子爵家で同じくらい被害を受けていた家は取り潰しとなっているのだ。
「君の父は領民から支持されている。だから危機に強いのだ。貴族の鏡だよ」
その言葉に自分が褒められたかの様に嬉しくて、鼻歌交じりの仕事でメイド長に怒られたのはいい思い出だ。
(だからやっぱり困った時に知らん顔する人とは一緒になれないわ)
父を見送りながら私は改めて思うのだった。
それから少し経った。
社交シーズンが間近に迫った侯爵家は慌ただしくなる。
王都にある侯爵家のタウンハウスは、派閥の貴族を中心に様々な人が集まる場でもある。
今年からは、嫡男であるヒューイット様が次期リーダーとしてホストを務める事になった。
私もケイトン領からタウンハウスに向かうヒューイット様に付いて王都入りするのだった。
毎日の様に派閥の会談やまだ婚約者の居ないヒューイット様の縁談狙いの面会などで私達メイドもフル稼働だ。
私は給仕を任される程度には家事の腕も信頼されてきたのか、先輩メイドの補佐という形で何度も会談の部屋にも出入りする様になる。
そうなれば、自然と学院時代の知り合いと顔を合わせることとなる。
結婚して夫人として家を任されているご令嬢や勉学の順位を争った令息とかだ。
まあ大抵は私のことを忘れていたが。
(そこまで特徴ない顔かしら…)
そんな中で私を覚えていた人が3人いた。
一人はカール伯爵夫人のクリスティーナである。毎日二人でお昼ごはんを食べていた親友であるが、卒業後は私は忙しさを言い訳に近況報告をほぼしていなかった。
(親友だからこそ同情されたくなかったのかも。関係が変わってしまったら…)
そんな私の懸念なんて吹き飛ばすようにクリスは私に抱きついた。
「何してるのよ!少しは連絡しなさい!」
「クリスごめん!ほらカール伯爵様が見ているわ」
「もう!ごまかされないわよ!」
なんて怒ってくれるくらいには変わらず仲良くしてくれる。
(もっと早く連絡すれば良かった)
久々の親友との触れ合いは楽しかった。
二人目は騎士科に通っていたバベル様。
アングル伯爵家の次男で一度だけ学院で怪我の手当をしたことがある。
私とクリスが保険委員をしていた時に絡んだ記憶がある。
頭を打ったのか少しだけフラついていたが、お医者様の見立てでは問題はないと判断され私達の元に流れてきた。
ちょうど手が空いた私が傷の治療を担当する事になった。
「何故お前が?」
なんて突然言われてこちらはポカンとしてしまった。
治療後はお礼を言わずに立ち去った男で、クリスと二人で「非常識!」と憤ったものだ。
何故か私を覚えていた様で、今回も「何故お前が?」なんて言われた。
(こっちが聞きたいわ!)
まあそれ以上に絡まれる事は無かったが。
そして最後は、同じゼミで一つ上の学年にいたマクミラン第三王子だ。
「おや?ゼミで一緒だったよね?成績が良かったのに王都の役人名簿に名前が無かったから心配したよ」
「いまはここで働かせていただいております」
「充実しているようだね」
ゼミの頃は同じ学生であったが、今は天と地ほどの差がある身分があるにも関わらず、変わらぬやり取りをしてくれた。
本当に仕事が充実している。
忙しい日々に心地良い疲れを感じながらタウンハウスでの日々を過ごすのだった。
ついに夜会が一週間後から始まる。
これから2ヶ月が社交シーズンだ。
私も貴族である為、初日の国王様主催の夜会には参加しなければならない。一応全貴族参加の夜会は初回の国王様主催の物だけだ。
姉は出産直後であり母と共に領地に残った。
タバル子爵家からは父とお義兄様が王都に出てきており、夜会には二人が出ればいいと私は思っていたのだが、「王都に居ながら出ないわけにいかないだろうが!」と久々にお父さんに大目玉を食らってしまった。
更に私は一回だけだと高を括っていたのだが、クリスからの強い圧力を受けてヒューイット様からもカール伯爵家の茶会には出る様に指示されてしまった。
(ドレスは高いのに…)
婚約者がいない令嬢にとって戦場となるのが夜会だ。
故に戦闘服には気合が入るのだが、やる気のない私は高いドレスを用意するモチベーションがどうしても持てなかった。
「誰か贈ってくれる人でもいればなぁ」
仕事終わりの控え室でつい呟いてしまった。
「なら私が贈ろう」
「えっ?」
誰もいないはずのメイドたちの控え室に何故かヒューイット様がいて、ヒューイット様から何か言われた。気がする。
「百面相だな」
笑うヒューイット様に私は気恥ずかしさから顔が真っ赤になった。
「私がドレスを贈ろう。ミリアは頑張っているし、侯爵家にとって大切な存在だからね」
何を言われているのかわからなかった。
雇い主が被雇用者にドレスを贈る事は無い訳でない。
だが、【未婚】の【男性】が【未婚】の【女性】にドレスを贈る行為にはちゃんと意味が出てくる。
「いっ、頂けません!下手な勘ぐりを受けてしまえば侯爵家の皆様にご迷惑をお掛けしてしまいます」
一息に言い切った私を見てヒューイット様は少しだけ顔を曇らせる。
「そんなことは気にしなくていいんだ。君に贈りたいと僕が思ったんだ。それにもう仕立て屋は呼んでいてね」
私の顔はまっ赤になっているのだろう。
素敵な人と出会うとポカポカすると姉は言っていたし、優しくされると湯気が出てるのではと思うくらい顔が熱くなるとクリスは話していた
「い…いきなり、そんな…困ります」
私の頭はパニックだ。警戒音が鳴り響いている。
「この社交シーズンで考えてくれれば良いよ」
優しく手を取られた私は抵抗など出来るはずもなく、仕立て屋の待つ部屋に連れて行かれるのだった。
そこからは怒涛の展開だった。
ドレスは特急料金で作られ、メイド長からは仕事を外れ身体を磨く様に指示された。
働いていたはずがいつの間にかお客様の様になっていた。
届いたドレスと共にヒューイット様からエスコートを申し込まれたのは夜会前日の事だ。
今回のエスコートはお義兄さんにやってもらう予定だったのだが、どうやらヒューイット様が連絡を入れた事でエスコートはヒューイット様に決まった。
外堀が埋められていく様に、毎日磨かれては仲間達から「おめでとう」と言われる。
いくら恋愛を遠ざけてきた私でも、ヒューイット様に目を掛けていただいているとはわかっているし、私自身がヒューイット様の事を好きになっている自覚がある。
プレゼントで落ちる簡単な女だと思われたくないというちっぽけなプライドもヒューイット様の優しい笑顔の前では萎れてしまい、ただ赤面してしまう。
(どうしよう!)
思い返せば、実家の危機に私を迎い入れてくれた事や領地の雑務に携わる機会を与えてくれた事もタウンハウスに連れてくる人員に選ばれた事も全てヒューイット様のからの優しさだ。
(私はヒューイット様の優しさに恋をしているのね)
認めてしまった以上止まれない。
私は隣に立ちたいと願ってしまう。
高いままのテンションは日付をまたいでも収まらなかった。
少しだけ寝不足な私は念入りに磨かれ、昨日贈られたドレスを着た。
玄関まで向かうと、既にヒューイット様が正装で待っている。
「申し訳ございません。お待たせしてしまいました」
慌てて駆け寄る私を、彼はスッと抱き寄せた。
「レディに待たされるのは男の特権ですよ。美しいね。ミリア」
心臓の音や身体の熱さが伝わってしまうと恥ずかしくなりながらも、私はその腕から抜け出そうとはしなかった。
コホンとヒューイット様の側近が咳払いした事で我に返った私は、慌てて離れた。
「はしたない姿を申し訳ございません」
「こんな姿なら毎日見ていたいよ」
甘い言葉に私は溺れながら馬車に乗り込んだ。
夜会の会場で、私達はものすごい注目を集めた。
今シーズン最大の大物と言われた侯爵家の嫡男であるヒューイット様が、隣に令嬢を連れ立っているのだ。
当然に私にやっかみや探る様な視線が集まる。
さっきまではへにゃへにゃだった私もこの場ではシャキッとしている。
私達姉妹は元来勝ち気な性格である。
隣に居たいと理解してしまった以上、他の女性には渡したくない。
ならばヒューイット様に恥をかかせない令嬢でこの夜会を攻略しないといけないのだ。
殿方との話では学院での学びは大いに役に立ったし、メイド仲間との噂話はご令嬢との話には有効だった。
悪意を交わし、ある一定の知性は見せられた。と思う。
そんな夜会はダンスタイムを迎えた。
ファーストダンスは当然ヒューイット様と踊った。
周りの視線は未だに刺さるが、恋をしている私はそんなことも気にならなかった。
「君はダンスも上手だね」
「学院でしか踊ってなくて不安でしたがなんとかなりました」
笑うヒューイット様に私も笑顔になった。
「お熱いことだね。ヒューイット」
マクミラン第三王子が笑いながら声をかけてきた。
「彼女が魅力的ですから」
真っ赤になる私を見て殿下はまた笑う。
「幸せならいいよ。私もエスコートしても?」
一度ヒューイット様に視線を向けると、ニコリと笑う。
「とても光栄です」
差し出した手を取られ、 中央に躍り出る。
私は舞い上がっていると自覚はしていた。
注目を集めるヒューイット様にエスコートされ、マクミラン殿下ともダンスを踊るなど子爵令嬢としては出過ぎた行為だ。普段なら多分自制したと思う。
しかし、私はヒューイット様の隣に居たいと願ってしまった。その果実に手が届くならばと必要以上に目立つ行為も辞めることは出来なかった。
帰宅してから恥ずかしさに足をばたつかせて眠るのだった。
それ以降はあまり外に出ることは無かった。
タウンハウスでは今まで通りメイドの仕事を続けならがも、毎日ヒューイット様と同席する茶会だけは欠かさず開かれた。その席にはタウンハウスに招かれた貴族の方もいらっしゃった。
当然のことだが、私がヒューイット様から寵愛を受けているという噂を広める事となった。
侯爵家と子爵家では結婚のハードルがそれなりに高いが、不可能ではないという事がより噂話を加速させたのだろう。
そんな日々が続く中で、タウンハウスには怪文書が届くようになる。
私の悪口などなら可愛いもので、殺害予告とも取れるものまで届く。
それでも私は恐怖を感じなかった。
ヒューイット様から「守る」と言われた事も大きかったと思う。
そして、夜会シーズン開始からひと月が経とうとしている日に事件が起きた。
その日、私はクリス主催の茶会に向かう為にタウンハウスを後にした。
あくまで子爵令嬢かつメイドである私には多くの護衛などはつかない。もちろん遠出をするならば話は別だが、御者と補佐役の2名が護衛も兼ねるという王都内の移動としては極めて一般的なものだった。
油断。だったのかもしれない。
バンッ!
大きな音と共に馬車の扉が開かれる。
引き倒された補佐役の男性がうめき声をあげ、組み伏せられている、
扉から顔を隠した男たちが馬車に侵入し、私に掴みかかってきた。
「やめて!」
私は必死に抵抗した。暴れ、時には急所を攻撃する等の行為も辞さなかった。北部貴族の女子を甘く見てもらっては困る。
厳しい環境で生きてきたのだ。流石に姉の様に熊を狩った事は無いが、護身術は仕込まれている。
だが、やはり多勢に無勢だ。
「抵抗するならこの使用人共々殺すぞ?」
ドレスをボロボロにしながら3人目を撃退した私に、一人の男がナイフを御者に突きつけながら叫ぶ。
(ああ。これはもう無理だな)
そう理解した。
元々圧倒的に不利だし、仮に私が助かったとして人を見殺しにした貴族となればもう貴族として生きていく事は不可能だ。
子爵家だけでなく、ヒューイット様にも迷惑をかける事になる。
愛する家族と恋する相手の事を思えば、取れる選択肢は一つだった。
私は抵抗を諦め両の手を上げた。
すぐに組み伏せられ、縛られた。目隠しや口にも布を噛ませる徹底ぶりだ。
御者と補佐役は解放された様で、追い払われる声が聞こえた。
(良かった。盗賊にしては身なりがいいし、対象以外は殺さないと踏んだけど正解だった)
安堵した私は別の馬車に移されどこかへ運ばれるのだった。
どれほどの時間が経っただろうか。
視界が塞がれている事から時間の流れがわからなくなる。
不安と恐怖はある。
標的になった理由も多分逆恨みだろう。腹は立つ。
でも、このひと月調子に乗りすぎた罰だと思えば、まあ仕方がないかもしれないという気持ちもある。
有力者の婚姻は大きな影響力があるし、ケイトン侯爵家は王国3大貴族の一つで、国防上も経済でも北部の重要拠点を有する存在だ。
そこに取り入りたい者は我が国以外にもいるだろうし、何かしらの打撃を与えたいと考える奴らもいるのだろう。
(私はどのみち邪魔か瑕疵や弱味になる存在ってところかしら)
生かされているのはまだ利用価値があると思われているか、ヒューイット様が私に価値を置いているかどうかを見極めたいといったところだろうか。
(まあもうなるようにしかならないわ。先に死んだらごめんないお父様、お母様)
そう思いしばし眠りにつくのだった。
バシンと脳が揺らされる。
乱暴に起こされた私は目隠しと口に詰められていた布を外された。
そこにはタウンハウスであったことがある男がいるのだった。
「やあ。タバル子爵家ご令嬢。ヒューイットに愛された女よ」
少しだけクラクラする頭をなんとか回して私は答えた。
「愛されたかどうかはわかりませんが、彼はこんな乱暴なエスコートはしませんでしたね。アルヴァン伯爵。あなたと違って」
「肝が座ってるな。まあいい。聞きたい事がある」
どうやら殺さなかったのは、私が何かしらの情報を握っていると思われたかららしい。
「ケイトン侯爵家の食物貯蔵庫はどこだ?」
「そんなもの公表されていますが?」
「違う。戦争用の貯蔵庫の方だ」
(メイドで働くしか無かった子爵令嬢が知ってるわけないじゃない!)
動揺を隠しながら答える。
「ただのメイドとして務めている私が何故知っていると?」
「お前は寵愛を受けるだけでなく、帳簿の管理にも触れているそうじゃないか。女狐め」
(女狐って!でも業務内容まで知られているとなると侯爵家内にもスパイが居そうね)
「せっかくタバル子爵家の領地に毒を流して没落させようとしたのに持ち直すわ本丸と繋がるなんてな」
こいつは何を言っているのか?
「おや?表情が変わったな。ハハッ、小さいながら東西に伸びる君達の領地のせいで私達の影響力拡大は中々進まなくてね。だから没落させて私が直接取ろうと思ったんだがね」
「まさか同時期に取り潰しになった子爵家もあなたが…?」
「御明察!ナント子爵は耐えきれず潰れてくれた。王の暫定的な直轄地として私の息のかかった者が代官を務めているよ」
「貴様ぁ!うぐぅ」
詰め寄ろうとする私を男たちが取り押さえる。
「全く。この様な神に愛されていない猿の何処がいいのか私にはわからないよ」
殴られた私は痛みに震えながらも睨みつけた。
「その口ぶり…あなたは碧聖典教徒ですね?また戦争をするつもりですか?」
私の問いに伯爵は笑う。
「少しだけ評価を改めよう。ただの猿かと思ったが、多少頭は回るらしい。そうです。私達は尊き教えを無視するこの王国を浄化する。
先の戦争で完了すれば最高でしたが聖典は我らに試練を与えた。
だから第一歩として北部を工作で分断し、私達の影響下に置く策を練ったのです。ヒューイットの代になればもう横の繋がりは無くなり私達を邪魔することなど出来なくなるはずなのです!」
自身に酔う様に語る男。
「そんな勝手な考えで私達子爵家の領民を苦しめたのですか…。あなたのお父様は熱心な女神教徒だったと…うっ、痛い!ぐぅぁ」
「あの愚かな男は私の父ではない!聖典を信じなかったあの男のせいで私は大切なモノを喪った!間違いなのだ!私が正すのだ!」
激昂した伯爵は私の髪を引っ張り、何度も殴った。
肩で息をする伯爵は身なりを正す。
「あなたの父は愚かにも私達に恭順しなかっただけでなく、領民さえ私達の支配下に入らなかった。素晴らしい洗脳の手腕だ」
「せ…洗…脳なんてするわ…け」
口の中が切れて痛い。それでも言葉にしたい私を無視して男は話し続ける。
「その洗脳術で侯爵家に取り入ったのでしょう女狐め」
「うぐぅ!あぁぁ!」
みぞおちを蹴り上げられた痛みは凄まじく震えることしかできない。
「まあいいでしょう。あなたは本当に知らない様だ。哀れだね。誰も君を必要としてないからここには来ないだろう。
あなたの兄も我が同胞に浄化された。あなたもそうして差し上げましょう」
「うぅ」
ナイフを持った伯爵が笑ったその時だった。
窓ガラスと扉が壊され、騎士がなだれ込んだ。
私はなんとか意識を手放さない様に意識して部屋の端まで這って移動する。必死だった。
騎士と伯爵たちの怒号が鳴り響き、幾度かのぶつかり合いの末そして戦いは収束した。
騎士達の完全勝利だった。
伯爵達は既に取り押さえられ、騎士たちは互いに怪我の有無などを確認していた。
そんな中で一人の騎士が私の前にやってきた。
「何故お前が」
「…バ…ベル様?」
何度も殴られ切れた口が痛む。
「まあいい。とりあえずこのコートをかけておけ。その…なんだ。目のやり場に困る」
その言葉に私は自分の格好を見返す。
ところどころ破れたドレス。大きくスリットが入ったように切れたスカートはとても人様の前に出ていい状態ではなかった。
真っ赤になった私はコートで必死に身体を包む。
そんな仕草にバベル様は少しだけ笑っていた。
「馬車を用意してくる」
バベル様に連れられて屋敷の外に出ると、馬車の手配に動いてくれた。
コートに包まれた私は辺りを見渡す。
かなり大所帯の騎士団がこの屋敷を包囲していて驚いた。
そしてその中に、ヒューイット様とマクミラン殿下を見つけた。
あちらもこちらに気が付いた様で、ヒューイット様はこちらへ向かって歩きだし、マクミラン殿下はどこかバツの悪そうな顔をしていた。
もう会えないと思っていた相手に会える事は嬉しかった。
誘拐騒ぎが瑕疵となり婚姻とはいかないかもしれないが、こうして迎えに来てくれた事が嬉しかった。
私は感謝を伝えようと口を開こうとした。
その時だった。
「囮として協力してくれて感謝するよ。君のおかげで犯人逮捕につながった。また屋敷で話そう」
彼は私にそう声をかけて事件現場の中に入っていった。
身体にかけられたブカブカのコートに包まれた肩が震える。
周りでは騎士達が走り回り、逮捕された伯爵一派を連行していく中で場違いな乱れたドレスを着た私。
そんな非日常的で騒がしい状況であるはずなのに、『囮』という言葉だけはよく聞き取れた。
そうか。囮だったのか。それならば納得だ。
私は碧聖典教徒を誘き寄せる餌だったのだ。
こんな大所帯の騎士団が私の為に用意されたものであるはずが無いのだ。
マクミラン殿下までいるという事は極めて重大な事件で前もって段取りされた捜査だったのだろう。
碧聖典教徒が国教である聖王国にとって、王国北部は国境線となる地域だ。
アルヴァン伯爵が開口一番で私に物資の保管庫を聞く位だから未だに制圧を目指している地域なのだろう。
そこの盟主であるケイトン侯爵家が北部貴族同士と婚姻関係になれば北部地域の地盤は盤石となる。
その選択を取らせたくなかったはずだ。
そして、その相手が碧聖典教徒が仕掛けた破壊工作を乗り切った子爵家の娘となれば、異様な選民思想を持った彼らが仕掛けてこないはずがない。
まさに格好の餌だ。
碧聖典教徒が絡んでいる可能性はちゃんと探れば私でもわかったかもしれない。
没落寸前だった子爵家の娘などに寵愛を与える訳が無いのだ。ちゃんと疑えば違和感に気がついたかもしれない。
夜会でわざわざ目立たせる必要性を何も考えず、身分違いの恋に舞い上がった愚かな女だった。
彼は『侯爵家にとって大切』とは言ったが、ヒューイット様自身の大切な人とは言われていない。
涙が溢れ出す。
唯一の救いは雨が降り出し、私の涙が隠れた事だった。
手配された馬車でタバル子爵家のタウンハウスに帰った。
びしょ濡れでボロボロの私を見て父とお義兄さんは驚いていたが優しく温めてくれた。
身体中の怪我でお風呂は辛かったが、乳母も務めてくれたメイド長がずっと手を握ってくれた。
私はただただ泣いた。
涙がかれるほど泣いて、私は家族に今日の出来事を話した。
父は涙し、お義兄さんは怒りに震えていた。
家族はアルヴァン伯爵にはもちろん侯爵家と王家に対して大きな不信感をもう隠すことなど出来なかった。
「甘く見られたものだな。子爵家などどうとでも出来ると思っているのか。こちらにも考えがある」
父の言葉は今まで見たことが無い程の怒りに満ちていた。
お義兄さんも同様だった。
その姿を見て、私は愛されていると再確認出来た。
それだけで、その温かさだけで十分だと今は思えた。
□■□■□■□
父から静養のために領地に戻ろうという提案を受けた私は、侯爵家に退職願を出した。
あっという間に受理され、私は領地に戻ることとなる。
その間一度もヒューイット様から連絡は無かった。
領地に戻ると、母と姉が何度も抱きしめてくれた。
あまりに強く抱きしめるので、身体のあちこちが痛いと訴えるとまた「かわいそうに!」と抱しめられた。
(終わらない!)
永遠に続くかと思われた母と姉のハグ攻勢は、天使の声で終わりを告げた。
そう。姉の産んだ男の子の声である。
甥っ子は天使の様な可愛さで、ここでの静養は身体の傷と心の傷が同時に癒やされていく感覚がある。
(いまなら天使教に入信しそうだわ)
そんなバカな事を考えていたら半年が過ぎていた。
この静養期間中に、何度もクリスは手紙をくれて、お見舞いにも一度足を運んでくれた。
ある程度事情を知ったのか、ケイトン侯爵家との事業は全部解消になったと告げてきた時には驚いて、「大丈夫なの?」と聞いてしまった。
すると、クリスは笑って「簡単に切り捨てる男と歩む道は我が家に無いのよねぇ」と黒い笑みを浮かべていてクリスらしいなぁと思ったものだ。
そして静養を開始して半年が過ぎた頃、私のもとに一人の男が現れるのだった。
□■□■□■□■
「ヒューイット。証言は取れたか?」
「いえ。やはり仲間の事は口が固いです。過去の破壊工作はすべて英雄譚の様にペラペラ喋りますが」
「宗教家にとってはこれも聖典が与える試練か」
苦い顔をするマクミラン殿下に私も同じ様な顔になる。
マクミラン殿下は第三王子であり、広域警備局の局長を務めていらっしゃる。
平時であれば所謂名誉職なのだが、北部のタバル子爵より「水源が人為的汚染された可能性有り」との報がもたらせれて以降、王国で一二を争う忙しい部署へと変貌を遂げた。
内務省に勤めていた私が王太子の命で出向したのも、北部に影響力のある人員を警備局に置きたいという意図からだった。
マクミラン殿下が王都で、私やそれぞれの職員が王国各地の自領に常駐し連絡を密にする事で王国内に細やかな捜査網構築を目指したのは約三年前のことである。
自領に戻った私は粛々と業務に当たるが中々成果は出なかった。
そんな時、発端となったタバル子爵家の娘が就業したいと声をかけてきた事を知る。
私は何かしらきっかけになればと受け入れるべきと父に進言するのだった。
やってきた娘は特段美女というわけではなく、どこにでも居そうな貴族の娘で印象は薄い。
しかし、その娘は真面目で、そして極めて優秀だった。
仕事振りから不思議に思い王都に確認すると、マクミラン殿下と同じゼミの生徒だったらしく、領地経営を高いレベルで学んでいる才女であった。
面白い女だと思った。
警備局の仕事のせいで領地経営の雑務が捌ききれなくなった事から彼女にメイドの業務と領地経営の雑務を任せてみると次々に処理してくれて、私はかなり楽になるのだった。
中々成果が出ない日々が続く中、一つの有力な情報が入った。
それは碧聖典教徒がある王国貴族に接近しているというものだ。
元々非教徒を「猿」と呼ぶ碧聖典教徒は、布教活動などしない。
教徒は生まれながらに教徒であると聖典に記載されているからだ。
故に、浄化か隷属かという二択しか碧聖典教徒は示さないのだ。
そんな彼らが王国貴族に接近する事に違和感を覚えた私は、ここが突破口になると何処かで確信していたのだと思う。
私はマクミラン殿下だけでなく、国王と王太子を交えた会議でアルヴァン伯爵家を重点的に監視するべきだと進言し、その方針が正式に決まった。
その後は着々と状況証拠が揃っていった。
近年没落した家や領地の変更に際して派遣される代官の推薦人にはアルヴァン伯爵派閥が必ず関わっていたし、水源汚染の数ヶ月前からアルヴァン伯爵家特産である天然水が輸出制限品に指定され他の領、主に北部への輸出は完全にストップしていた。
更には先の戦争時に作られた難民キャンプはそのまま伯爵家がかなりの出資をして維持されており、碧聖典教徒も多くそのキャンプにいることが確認された。
しかし、どれも王国に何かしら害意があるという証拠とはならなかった。
推薦人にアルヴァン伯爵派閥が絡むのは、アルヴァン伯爵家が元々内務省に強い家系であり自然と派閥形成されたと言われればそれまでだし、飲水の輸出制限も水源の整備のためと説明されていて時期が重なった事を不審だと踏み込むにはいささか弱い。
難民キャンプも先の戦争時には碧聖典教徒以外の隷属を受けていた聖王国の民や碧聖典教徒であっても穏健派などは自国での迫害を恐れ難民化しており、国際世論を味方につけるために我が王国は積極的に取り込んだ過去がある。
つまり難民キャンプが継続していて、碧聖典教徒がいるからといって何一つ違法行為には問えないのだ。
だがことあるごとにアルヴァン伯爵と碧聖典教徒が出てくる。
もう私は賭けに出るしかないのではないかと思い始めていた。
アルヴァン伯爵家から縁談も届いていて、この縁談に乗ったフリをして情報を引き出せないかと考えていた。
そんな時、王太子から伯爵家に潜入する「囮捜査」の提案があった。
私は自身が婚約者として囮になると提案したが、リスクが高いと却下された。
囮の人選に会議が紛糾した頃合いでマクミラン殿下から「縁談のライバルがいたらアルヴァン伯爵は尻尾を出すのでは?」と別の切り口から意見が出た。
たしかに、もしアルヴァン伯爵が碧聖典教徒で私と彼の娘の婚姻が成立すれば、北部での碧聖典教の影響力は大きく増すだろう。
北部は碧聖典教徒の本国であるミラー聖王国と国境を接する地域であり、ミラー聖王国が建国以来何度も攻め込んできた地域でもある。
様々な策の仕上げとして、私との婚姻に重たい意味を彼らが見出しているとしたら婚約者を立てる事は有効に思えた。
「やりましょう」
私の言葉に皆が頷いた。
婚約者役を誰にすれば一番効果的かの議論が始まり、様々な名前が出たがどれもピンと来なかった。
条件は地盤強化に繋がる北部貴族か王家との繋がりが強化される中央貴族かの二択となり、侯爵家が認める実績や家柄があれば尚良い。
私は再度貴族名鑑を手に取った。
そこで、現在我が領で働いているある女の名前を見つけた。
優秀で、北部貴族の娘だ。
更に私の領で働き接点がある。
そして、彼女の父親は破壊工作を破った男である。
私達を猿と見下す碧聖典教徒がその破壊工作に関わっていたとしたら、破壊工作でも婚姻でもタバル子爵に出し抜かれたとしたら絶対にアクションを起こすはずだと思えた。
もし何も起きなければ行儀見習いの娘と社交シーズンだけ「盛り上がった」とすればいい。
上手くいくように思えた。
私はすぐさま報告し、作戦行動が承認された。
そこからは年下の女を婚約者の様に扱った。
ドレスを送り、愛をささやき、他の貴族にあえて見せびらかすように約ひと月過ごした。
相手の行動を縛るために、少しだけ距離のあるカール伯爵家の茶会のみに参加させる段取りまで整えた。
そして計画通りミリアは誘拐された。
騎士が扮した御者は涙ながらに「貴族の鏡の様な方だ」と報告に来たので何事かと思ったが、使用人を守るために抵抗を諦めたとの事だった。
私はさすがはタバル子爵の娘だと思ったし、侯爵邸で働く彼女の姿を思えば当然だと思った。
しっかりと彼女の移送先を掴んだ我々は包囲しつつ隠れて待機するのだった。
そこへアルヴァン伯爵が来た。
彼がその建物に入った事を確認した我々は、完全な包囲を完成させ、騎士団に突入させた。
今まで苦戦していたアルヴァン伯爵の逮捕がこんな簡単に済むとは思いもしなかった。
私は手にした成果に喜びを感じながら救出された立役者に声をかけた。
「囮として協力してくれて感謝するよ。君のおかげで犯人逮捕につながった。また屋敷で」
私は屋敷内に見つかったという水源汚染の計画書などを確認するため彼女の元を去った。
そこからは連日の裏付け作業等でタウンハウスに帰る事は出来なかった。
何度も侯爵家から使いや手紙がきていたが対応が忙しく家令に一任すると返してからは仕事に集中出来る環境となった。
アルヴァン伯爵は今までの破壊工作をすべて自供したが、協力者や潜伏している仲間に関しては黙秘を貫いた。
とはいえ、様々証拠が出た事でヒト・モノ・カネの動きはかなり表に出てきた。
今日も碧聖典教徒の武器庫となっていた集会場を制圧し武器を押収する事に成功し、この成功により王国内でこのまま組織的な破壊工作を続け事は困難になったと結論付けられた。
それは、アルヴァン逮捕の日から約3ヶ月経った日の事だった。
私は疲労困憊で久々にタウンハウスに帰った。
どこかタウンハウスの使用人達はよそよそしい。
(久々に帰ってきたからか)
そんなことを思いながら自室に戻り、その日はそのまま眠りについた。
翌朝もタウンハウスの空気はどこか重たい。
手入れは行き届いているし、過不足ない仕事を皆がしてくれている。
だが、何かが足りないのだ。
私はそれが何なのかわからぬまま朝食を済ませ、執務室に向かった。
古くから私を補佐している家令を呼ぶと彼はいつもと変わらぬ雰囲気を纏っていた。
少し安心した私は、思い切って口を開いた。
「なあ。どこかタウンハウスの空気が重たいというか…そうだ。笑顔が無くなったと思うのだが何かあったのか?」
私の言葉に家令が少しだけ驚いたあとため息をついた。
「おわかりにならず、はじめの言葉がそれですか…。マニングス様の懸念は当っておいででしたね」
いきなり父の名前が出てきて私は混乱した。
そしてどこかバカにした様な言葉に苛立ちを覚えた。
「何が言いたいのだ?」
少し怒気をはらんだ声にも彼は静かにこちらを見返すと一息ついた。
「おわかりにならないのでしたらお答えします。
侯爵家の使用人や行儀見習いは皆あなたに憤慨し、呆れているのです。そしていつか自分たちも彼女の様に切り捨てられるのだと。そうミリア=タバル子爵令嬢のように」
頭を殴られた様な感覚に陥った。
「ミリアを切り捨てて等いない」
私はとりあえずの反論をした。
「事件後にヒューイット様がミリア様にご連絡を入れた形跡はありませんし、私共にミリア様のケアを依頼することも一度だってありませんでした」
「それは事後処理が忙しくて出来なかっただけだ。それにわかっているなら私に連絡をお前が寄こしてくれても…」
「送りましたよ?ミリア様の容態も子爵家に戻られた事もミリア様直筆の退職願もすべてお送りしました。ですが貴方様は私に全て一任するとの連絡を返しただけです」
「っ!そっそれは…」
「その辺りまではミリア様と特別親しかった使用人以外は何かしらの不幸なすれ違いがあっての事故だと思っていましたが、貴方様の対応を見て皆がミリア様を利用するだけ利用して切り捨てたのだと理解してしまったのです」
背中の汗はとめどなく流れた。
「しかし、王国のためには仕方がなかったのだ」
「であれば、ミリア様にそのことをお伝えすればよかったのです。彼女は聡明ですからしっかりと役割として依頼すればこなしてくれたでしょう。
それもせず、彼女の心配は事件後一度もせず、この屋敷に居ない彼女の事を私に尋ねもしない。切り捨てた以外に何だと言うのですか?」
「わ…私は」
「あれだけ夜会で注目を集めさせ、暴漢に襲われた貴族の女性がどう扱われるかさえ、貴方様はわからなくなってしまったのですか?私はあなたを導けなかった自身の無力に絶望しておりますよ」
その言葉はどこまでも冷たいものだった。
「ミリアは…ミリアは今何処にいるの…だ?」
「現在は子爵領に戻られて静養しております」
「すぐに向かう」
「向かってどうなさるのですか?」
「謝罪する」
「今更あなた様の謝罪に価値などありません。それどころか自身の罪悪感を薄めるための謝罪など火に油を注ぐだけです」
「じゃあどうすればいいのか!私が彼女を貰えばいいのか?」
「何故ミリア様が貴方様の事を未だに愛していると思い込んでいらっしゃるのですか?」
「そんなこと聞いてみないとわから…ない…訳無いか」
どこまでも自分本位な考えだと痛感した。
私は馬鹿だな。彼女の明るさや彼女の聡明さに惹かれてはいたが、一度も女性として見た事は無かったと思う。
それがまだ私を好いているだろうから貰ってやるなんてどこまで烏滸がましいのか。そんなわけないのに。
「タバル子爵からは一度だって抗議はありませんでした。唯一頂いた手紙には『謝罪も返信も不要。あなたが成したことが必要だっと示されてはどうか』とだけありました。誰よりも厳しいお方ですな」
ふぅと息を吐く。自分が選択したのだ。ならば選択した道を違えるわけにはいかない。
「私はこれからも王国の脅威に向けて仕事を続ける事にする。だから彼女に謝罪はしない。私は王国のために働いたのだ。貴族ならば協力する義務がある。明日から業務に戻るから私の決済が必要な物を片っ端からもってこい」
「かしこまりました」
恭しくお辞儀した家令が退出する。
一人になった部屋で私はつぶやく。
「必要な悪なら悪になる」
□■□■□■□■
静養を開始してからクリス以外の来客は初めてだった。
私はメイド時代に身につけたスキルを見せつける様に紅茶を用意して、お出しした。
「お久しぶりです。バベル様。あの日は助けていただきありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。
「礼は手紙で何度も頂いています」
硬い雰囲気のバベル様は言う。
「では…『何故お前が』と聞いても?」
何故か私達が顔を合わせると毎回出るこの言葉。
私は思い切って聞いてみた。
「私は手紙の答えを聞きに来たのです。ですから何故の答えは、あなたが欲しいからとなります」
真っ直ぐな言葉に私はうろたえる。
「手紙も真意を図りかねていました。正直いきなり言われても困ります」
少しの沈黙の後、彼は言う。
「私はあの治療の日より前からあなたを慕っておりました」
「あの日は何も言わずに立ち去ったではありませんか?」
「恥ずかしかったのです。騎士を目指す私が訓練で負けたと意中の女性に見られることが」
「呆れた理由です」
「ですが男のちっぽけなプライドをコントロールする術など当時は持ち合わせていなかったのです」
「それで逃げたのですか?」
「はい。そこからは鍛錬を重ねました。逃げない力を得るために」
「そして騎士になったら侯爵家で会ったと」
「ああ。まさか居るとは思わなかった。だから思わず言葉にしてしまった」
「なるほど」
「そこからは王都でまた会えると思っていた矢先にまさかの展開で」
「私が一番驚いていたのですよ」
「悔しさと自分の臆病さに自己嫌悪しました。
まあその悔しさが原動力であの日も剣を振るい、結果としてあなたを救い出すことが出来たので良かったのかもしれませんが」
「私には良かった事は何一つない日でしたけどね」
「私は欲張りなのです。あの日一度あなたの手を握った以上離したくはないと思う程に」
「変わり者ですね」
「よく言われます」
「今の私はあなたの数倍臆病です」
「問題ありません。不安は一つ一つ潰しましょう」
「今の私は悪評も多いです」
「かまいません。学院から初恋を拗らせた男より恥ずかしい存在などいないでしょう」
「今の…私…は…、自信が…ありません」
「自信なき私が剣を振りあなたに告白するまで進めたのです。自信は必ず取り戻せます」
「私は…人を信じきれません」
「なら信じてもらえるまで共にいます」
「あなたは…馬鹿みたいに真っ直ぐな人ですね」
いつしか私は笑っていたのだった。
□■□■五年後□■□■
「そこ間違ってます。修整依頼出しておいて」
「わかりましたミリア室長」
私は現在旧ナント子爵領の行政部で仕事をしている。
予定はギチギチだがこの仕事は本当にやりがいがある。そうこうしていると、メイド長が声をかけてきた。
「ミリア様そろそろお時間です」
「わかったわ。すぐに行くわ」
領地で沈んでいた日から五年。
私達を取り巻く環境は大きく変わった。
まず私の悪評はとある方の悪評で霞んでいた。
ある方とは、そう。あのヒューイット様だ。
碧聖典教徒を追い詰めるだけでなく、王国貴族も容赦なく断罪する男である。
王国の盾として時に女や子どもまでをも利用し、必要であれば剣として人を犠牲にする。そのどこまでも効率を追い求め、人を駒としてしか見ない姿勢に人々は恐れを感じた。
それでいて最終的には全て王国の為にはなる行動をすることから『必要悪の番人』と仰々しく少しだけ恥ずかしいあだ名で呼ばれている。
あれから一度だけお会いした際に、「謝るつもりはない」とだけ言われた。
ただ彼は嘘を付く時に左を少しだけ向く癖があるとクリスに教えてもらったから、多分嘘をついていた。
彼の選択がどんなものであったのかはわからないし、わかりたいとも思わない。また、彼が私に謝ってきたら多分恨んでいたと思う。
でも、今の彼はどこまでも自分の道を行く求道者に見える。
そう見えてしまえば、許す許さないではなく、ただもう道を違えた存在なのだと理解できて思った以上にストンと腹落ちした。
クリスはカール伯爵を尻に敷きながら王都の社交界で絶大な影響力を持つ夫人となっており、今でも大親友だ。
何かしら商売を考える際にクリスの夫人ネットワークは絶大な信頼感がある。
ただ、クリスの旦那様がクリスに虐げられると少し嬉しそうにしているのはどうかと思うけど。
姉夫婦は正式にタバル子爵家を継ぎ、お義兄さんと姉はフットワークが軽くどんなところにも顔を出す名物領主として領民に愛されている。
お父さんとお母さんは毎日孫と遊びながら相談役として知恵袋の様な存在になっている。
そして私は旧ナント子爵領の領主夫人として生活している。
旧ナント領はアルヴァン伯爵の策略で荒廃してしまった地域で、一部地域では密入国した碧聖典教徒が不法占拠していた。
先日ようやく掃討が完了し、全域が解放された。
まだまだ荒廃した土地も多いが再開発が進む王国で最も好景気な土地でもある。
そして、今日から正式に旧ナント子爵領から領の花を由来とした【カネラ子爵領】へと名称変更となるのだ。
部下に仕事を任せて控え室に戻ると、化粧やらドレスがあれよあれよという間に取り替えられた。
(よし!切り替え切り替え!)
室長から子爵夫人へと切り替えながら私は領民がお祭り騒ぎで待つ広場に面したテラスに続く扉に向かう。
扉の前には既に夫が正装で待機していた。
「おまたせしました。カネラ子爵様」
「素敵な妻に待たされるのは夫の特権らしいよカネラ子爵夫人様」
私達は笑い合う。
「今日は私達の今まで頑張りを伝える日だ。領主として認めてもらえるだろうか」
「大丈夫よ。解放の騎士バベルの成果は誰にも負けないわ」
「ありがとう。ミリア」
バベルにプロポーズされた私は『お友達から』という極めてヘタれた答えを返してしまったが、この旦那様は目標があると人一倍がんばれてしまう人のようで様々な武勲を上げて旧ナント解放作戦の指揮官兼領主にまで出世していた。
姉とクリス曰く「犬みたいな人」との事だ。
そんな旦那様と結婚したのは二年前で、そこからは旧ナント領の立て直しに走り回った。
バベルが領地の開放を担い、私が領地経営を担う。
まさに二人三脚だ。
「さぁ行こうか」
「えぇ行きましょう」
二人で笑い合う。
そして私達は二人で領民が待つ広場への扉を開いたのだった。
長々書いた物を読んでいただきありがとうございました!




