4月の愚者
9時ごろになったらかかってくる電話。
これが鳴ったら、奇妙な1日の始まり。
りりりりりん
ガチャ
「はい、」
「もしもし、私荒木と申しますが、こちらは木田さんのお宅でしょうか?」
「うん」
「なんだよ、木田じゃん。俺めっちゃかしこまったのに損した!」
「ごめん、ごめん」
「あのさ、今から花壇の水やりするんだけど、終わったらお前んち遊びに行って良い?」
「いいよ?10時くらい?」
「そんくらい!ありがとーなっ!じゃっ、また後で!」
「待ってる。」
この会話も何度目か
あの日から毎年ずっと交わされる問答。
そして10時になったらチャイムが鳴るのだ。
あの日と同じように。
「おーっす!遊びに来たぜ!」
同級生の荒木はいつもと変わらぬ賑やかさで遊びに来た。
勝手知ったるなんとやら、挨拶も早々に上がり込むと今に向かって「お邪魔しまーす!」と声をかけ、そのまま2階へ階段を駆け上がっていった。
「木田ぁ、早く来いよ〜!」
まぁ荒木らしいなと思いながら親の用意してくれた茶と菓子を持って上がった。
「でも6年生だからってこき使いすぎだよな!春休みなのに水やりとか、先生がやればいーのに。」
新6年生は夏休みの水やり当番のように春休みも水やり当番が決まっていた。
「まぁ、じゃんけんに負けたんだから仕方ないでしょ。」
お疲れ様でした、と菓子皿を寄せると頑張ったもんね、と皿ごと菓子を持っていかれた。
遠く窓の外から救急車のサイレンが聞こえてくる。
「事故だろうか?」
「……ああ、そういえば、校門にトラックが突っ込んできてさ、びっくりしたわ。」
「校門ってうちらの学校?!ヤバいじゃん!ちょっとみに行こうぜ。」
浮き足立って立ち上がりかけた木田の手を荒木が掴む。
「いや、行かないほうがいい。子どもが車に挟まれて死んだから。」
「おまっ、見てたのかよ?!よくうちに来れたな、大丈夫か?」
人が死ぬような事故を目撃してしまうなんて中々ショッキングな出来事だ。よくも平然と菓子食ってられるなと驚き思わず言うと、
「まぁ、死んだの俺だから。」
とサラリと言う。
まるで朝起きておはようと言うぐらいの普通のことのように彼は言った。
「……は?え?嘘だろ?」
「……あ〜、うん、まぁ、うん、嘘だ。」
シンと静まり返る、遠くパトカーのサイレンも聴こえているようだ。
「ほら、今日は4月1日だろ?あれだ、エイプリル・フールのウッソ〜!!」
「……タチが悪すぎる。びっくりするじゃんか!」
「わり〜わり〜、でさ、せっかくだから漫画読ませてもらおうと思って。」
そう言うが早いか荒木は本棚からずっと漫画を抜き取った。
読書をしているときは静かだ。
普段学校で馬鹿騒ぎしているやつだが読書の時は割と真剣だ。
読んでいるものは漫画だけれども。
静かな部屋の中で、ぱらり、ぱらりとページをめくる音だけがしている。
どのくらい経ったろうか、時計を見るともうそろ昼飯の準備をしないといけない時間を指している。
「荒木、飯食べてく?」
漫画を読みながら聞く。
いつも遊びに来た友達が昼にかかるときは一緒に食べることもよくあったから聞いてみる。
回答次第で階下の母に多めに作ってもらわないといけない。
「え?あー……うーん、良いや。」
うちのご飯を好んでよく食べていく奴が、珍しく断った。
「昼からなんかあんの?」
「いや、その、悪い、俺嘘ついて来ちゃったからその、ダメなんだ。」
普段と違って何かはっきりしない言い方の荒木に違和感を感じて漫画から顔を上げて彼を見る。
「木田、ごめんな。俺、嘘なんだ、生きてるって事が嘘なんだ。」
今にも泣き出しそうな顔をしてなんで告白してくるんだ、なんて返して良いかわからず戸惑う木田に荒木は更に言葉を続ける。
「水やり終わって校門出ようとしたらさ、なんか車が突っ込んできてさ、気がついたら潰れた自分見てたんだよな〜。でもさ、約束したじゃん、遊びに行くって。だから俺生きてるって嘘ついて来ちゃった。」
何を言っているかわからない。
外で聞こえていたサイレンは、あれは、こいつが巻き込まれた事故の?為の?
「ほら、今日はエイプリル・フールだろ?俺が生きてるって、嘘、なんだ。」
「そ……なの、か。え?じゃあおま、お前本当に、その、「ねえ、また遊びに来て良い?遊びに来るよ。良いだろ?」
混乱して辿々しく言葉を絞りだす木田にかぶせて荒木が言う。
「え?あ、あぁ。来れるなら……」
「さんきゅ!木田!じゃあ、また来る、な!」
そう言って、そのまま荒木は消えてしまった。
夢でも見ていたかのような、それでも部屋に残る彼が積み上げた読了済漫画と、用意された2人分のコップが彼が居たことを物語っていた。
ふと部屋の外から正午を知らせる時計の鐘が聞こえて来た。
「なんなんだよ、あいつ。」
本当に死んでしまったのか?フラフラと階段を降り、靴を履く。
学校に行ってくる、と一声かけて通い慣れた通学路を駆けた。
りりりりりん
ガチャ
「はい、」
「もしもし、私荒木と申しますが、こちらは木田さんのお宅でしょうか?」
「……うん」
「なんだよ、木田じゃん。俺めっちゃかしこまったのに損した!」
「……ごめん」
「あのさ、今から花壇の水やりするんだけど、終わったらお前んち遊びに行って良い?」
「いいよ……、10時ごろになる?」
「そんくらい!ありがとーなっ!じゃっ、また後で!」
「……ああ。待ってる。」
よく年、また9時ごろに同じ電話がかかって来た。
10時ごろ、変わらぬ姿で荒木はやって来た。
「おーっす!遊びに来たぜ!」
彼は人生最後に壮大な嘘をついた。
自分が生きている、と言う。
それは僕だけにしかわからない。
毎年、4月1日になると彼は遊びに来た。
6年生の時の姿のまま。
何故か毎回学校の花壇で水やりをして、それから来る。
何をするでもなく、漫画を読んで、菓子を食べ、家庭用ゲーム機が有ればゲームにも手を出す。
お前やったことなかっただろうに、と言うと面白そうじゃん!と笑う。
なんで俺なんだろう。
もしかしたら俺のせいなのかもしれない。
荒木と、お別れしたく無いと言う気持ちが、彼を引き止めてしまったのかもしれない。
4月1日の、午前中だけの幽霊、としても、お別れしきらない俺のわがままが。
今年も4月1日、午前9時。
またいつもの電話が、鳴った。




