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海でぐー/現代ファンタジーシリーズ

こんな時間停止能力は嫌だ!

作者: 海でぐー



『やあ。神だけど、時間停止能力あげるね』


「わーい、やったー」


 俺の名前は富米輝(とめてる) 時男(ときお)

 17歳の思春期男子だ。


 なんか急に神様から時間停止能力なるものをゲットしたぜ。

 唐突すぎるけど気にしないぜ!




 時間停止能力といえば……アレだ。

 自分の周りの時間を止めて、色々できるアレだ。


 たとえば車に轢かれる寸前の子どもを時間停止中に助けたり、少年漫画なら時間を止めている間に攻撃したり。

 時間停止中に移動すれば、周りの人たちには瞬間移動したように見えるという。同じ能力を持つ相手にしか破れない、最強の能力とか言われることもあるやつだ。


 そんなものを貰ったら、すぐに使わない手はない。

 今この瞬間も世界には困っている人たちが大勢いるのだから。


 オレがこの能力を授かったのもきっと何かの運命ってやつだ。

 ありがたく頂戴して、大いに役立てようではないか。





 よし、それじゃあ――――まずは女湯だな!!!!



『なんかカッコイイこと言ってたのに、結局それなの?』


「神、うっせぇぞ! 男の夢を叶えないで何のための能力だ? ウヒヒヒヒヒヒ」


『最低だなー』


 なんか神にディスられたけど、俺のような性欲の権化にこんな最適すぎる能力を与えた方が悪い。そうだろう?

 でも、こうして没収されていないってことは、実行してOK……ってことですよね。ね?


 よっしゃ、時男行きまーーす‼



「というわけで、やって来ましたスーパー銭湯」


『わぁ、行動早ーい。引くわー』


「うっせぇぞ神! 善は急げって言うだろ!」


『善に謝れ。まあ、好きにしたら?』


 神からのGOサインも貰ったことだし、心置きなく向かうとしよう。

 まあ、オレの心は既に女湯一直線で誰にも止められないけどな。


 いよいよか。ああドキドキするなあ。

 では早速、能力発動だ‼




 ――――……能力を発動させると、周囲を歩いていた人々がピタリと動きを止め、スーパー銭湯の館内で流れていた放送も音楽も全く聞こえなくなった。


 話し声はもちろんのこと、衣擦れの音、外を走る車の音、機械が唸る音さえ全く存在しない。

 今この瞬間、本当に世界の時間は完全に止まっているのだ。


 そんな中、オレはというと……?



「……カ、ヒューッ!? ヒューッ、カヒュー……ガ、ハ……」



 地獄のような苦しみに悶え、慌てて能力を解除する。


 すると、世界は再び動き出し、オレは同時に謎の苦しみから解放され、その場に倒れ込んだ。

 近くにいた銭湯のスタッフが、慌てて駆け寄って来る。


「だ、大丈夫ですかお客様? どこか具合でも……?」


「……ゼェ、ゼェ。だ、大丈夫です。ちょっと急に()()()()()()()()()()だけですから」


「きゅ、救急車を……!」


「あ、もう大丈夫ですんで。お気になさらずに。本当に大丈夫です」


 心配するスタッフを余所に、オレは人のいない休憩スペースへと移動した。

 もちろん神に問いただすためだ、理由をな。


「……おい、どういうことだ」


『え? 何が?』


「何が……じゃねーよ! なんだアレ!? 能力使ったら呼吸できなかったぞ!」


『ああ、そのこと? それは簡単な理由だよ』


 神は、まったくやれやれだぜ……と言わんばかりの表情で溜め息を吐く。

 こいつムカつくわー。


「で? なんだよ? もったいぶらずに教えろよ」


『それは、君の周りの()()が止まったからだよ』


「……は?」


『だから、く・う・き。その能力は君以外の全ての時間を止めるから、空気も止まったってこと。アンダスタン?』


「……のっと、あんだすたん。ちょ、もっと分かるように説明しろ」


 意味が分からず首を傾げると、神は『え? マジで分からんの? 草生えるw』と言わんばかりにリアクションを取った。

 こいつ、マジムカつくわー。


『いや、だからね? 君が普段吸っている酸素とか窒素とかの気体……所謂()()って、目には見えないけど空中を漂っているわけでしょ』


「う、うむ。そこまでは分かる」


『で、時間が止まるとその気体の時間……つまりは流動、動きも止まるでしょ』


「……なる、ほど……?」


『だから、君の周囲には停止した空気しか存在しなくなって、君は外からの空気が吸えなくなって苦しんだってわけ。アンダスタン?』


「あんだす……た…………って待て待て待て待て! じゃあどうしたらいいんだよ!? 呼吸できなきゃ動き回れねーだろが!」


『息止めればいいんじゃない?』


「……はっ⁉」


 それを聞いた瞬間、オレの中で一つの仮説が生まれた。

 漫画のキャラクターで、息を止めている間だけ時間停止能力を発動するタイプのやつがいるが、あれはそういう理由だったのか。


 そんなふうに納得をして、オレは再度女湯覗きに挑戦することにした。


「ふう。いきなり女湯の目の前で能力を使ったのが間違いだったよ。まずは予行練習、息を止めて動く訓練だ。というわけで、発動!」


 思いっきり息を吸い込むと、オレは再び能力を発動してみせた。

 今度は息を止めているから、さっきみたいに慌てることは無い。完璧だ。


 そうして、オレは……。



「……んぐッ!? ンムムムムムム!?」



 その場から一歩も動けないまま、大慌てで能力を解除する。

 そしてそれと同時に呼吸を再開すると、次の瞬間には神に掴みかかっていた。


「てめえ、どういう了見だコラァ!?」


『わー怖い。神に掴みかかるとか、罰当たりぃ』


「神ゴラァ! うっせぇぞ! なんで全く動けなかったんだよオレは!?」


『ああ、そのことか。それは簡単な理由さ』


 まったくやれやれだぜと言わんばかりに神は……こいつ、本当にムカつくわ。殴ってやろうかしら。

 だがイラつく俺を無視し、神は先ほどの現象についてゆっくり説明を始めた。


『それは、君の周りの空気が止まったからだよ』


「デジャヴ‼ もっと分かりやすく!」


『だから、君の周りにあった空気の時間が止まってるわけよ。えっと……自転車でめっちゃ速く走ると、風圧を感じるでしょ?』


「あ? ああ、感じるな」


『簡単に言えば、あれは空気を押し退けて動くから、空気の抵抗を受けてるわけじゃん? 今もそれと似たようなものさ。目の前の空気が止まっているから、不動の空気の壁で周囲をガッチリ囲まれているような状況なんだよ。それで動けなかったってわけさ。ユー、アンダスタン?』


「あんだすたん、だよッ! クッソ、それじゃあ何もできねえだろが‼」


 オレは絶望し、その場で崩れ落ちた。

 男の夢だった時間停止能力が、こんなにも使えないものだったなんて。


「俺の理想郷(シャングリラ)、女湯が……。この能力があれば、裸の女の子のシャングリラ揉んだり色々できると思ったのにぃ……」


『いや、シャングリラって。ほんと最低だなあ』


 そうして項垂れるオレに、神はさらなる絶望をもたらす。


『ちなみに、君が揉みたがっていたオパーイだけどね』


「俺が言葉を濁したのにハッキリ言うなよ」


『当然、女の子の肉体の時間も止まっているから。体細胞から、内包される気体、液体、個体の全てが空気の壁と同じくゴリッゴリに固まってるわけだから、たとえ触れても石より……ダイヤモンドよりもカッチカチだよ? それでも揉みたい?』


「こ、ここは地獄かぁ!!!! 夢も希望もありゃしねぇ!!!!」


 オレは、全力で泣いた。

 こんなに悲しかったのは、大好きだったグラビアアイドルがバストサイズを誤魔化していて、胸パッドの常習犯だったと知った時以来だ、チクショー。


『ここまで最低だとは思っていなかったよ。逆にすごいわー』


「クソがあ‼ 女湯に忍び込んだらシャングリラ揉み放題の、ピッチピーチ触り放題の、エロ同人誌みたいにやりたい放題だと信じてたのにぃぃ!!!!」


『ははは、最低すぎて神でもドン引きだわー。つーか君が勝手に思い込んでただけでしょ? 私は一言もそんな説明してないよ』


「クッソ‼ こんな能力なんてもういらねーよ! クソ能力返すわ! これ持って帰りやがれ! 二度とオレの前に現れんな、このクソ神が‼」


 オレはそう叫ぶと、泣きながら「女湯を好きなだけ覗きまくる夢がぁ、全女性人類を揉みしだく計画がぁ」と嘆き続けた。


 そんなオレを見下ろしていた神だったが、次の瞬間、大きな溜め息とともに残念そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。


『……本当にいらないの? 使いようによってはまだ可能性、あるかもよ?』


「いらねーよ! 返す、返す! さっさと持って行きやがれ!」


『…………()()駄目かぁ。うん、分かった。それじゃあね、バイバイ』



 そうして、実にあっさりと神はオレの前から姿を消した。


 もう二度と神に祈りなんて捧げてやらないぞと決意し、暫く泣きながら嘆き続けた後、俺は悲しさを堪えながら家に帰ろうと力を振り絞って立ち上がる。








「……あー、君? さっきここのスーパー銭湯から「女湯覗く、シャングリラ揉む」と喚き散らしてる変な人がいると110番通報があったんだけどね?」


「……」


「本官も到着してから、君が叫んでいるの全部聞いてたんだけど……もしかして、もしかしてだけど、これから女湯に行くところだったのかな?」


「…………」


「えっと……ね? とりあえず本官と一緒に警察署まで来てもらっていいかな? 君、高校生くらい? もしそうなら、親御さんも呼んでもらいたいんだけど」


「…………えっと、神様? ぼく、とっても神様のこと信じてます。だから、どうかぼくを助けてくれませんかね?」


「本官は神様じゃないよ? お巡りさんだよ? いいから来なさい」


「どこ行った? おい、戻って来~い? おい神様? おい神? 神……このやろう‼ 今すぐ戻って来いや、こんチクショーーーーッ‼」





  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ……その後、彼がどうなったのか知る者はいない。


 

 こんな時間停止能力は……嫌だ。



いかがでしたでしょうか。


ずっと思ってました。現実に時間停止能力があったら、こうなるんじゃね?と。

そんな妄想を形にしてみたのが、この作品です。


物理や科学に詳しいわけではないので、反論ツッコミがあればバシバシお願いします。

というか、能力の範囲が自分以外だとしたら「自分」がどこまで適用されるか、持っている道具なども含まれるか……なんて検証してみるのも面白そうですよね。

もちろん、覗きとか犯罪行為以外でね? やだなぁ、アハハハハ……。


さて、妄想はつきませんが、こんな馬鹿馬鹿しい作品で年末年始の暇でも潰していただけたなら嬉しいです。もしも笑ってくれた読者さんがいたら最高ですね。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

それでは皆様、よいお年を~♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の慣性だけは停止していてよかった。 そこがそのままだとミンチになるからなあ。 いや、幽霊になって自称神に文句言うオチもありか(´▽`)ハハハ
[一言] 周りの時間が止まると、光子も止まるので真っ暗 覗きも出来ませんな
[良い点] いやあ、素晴らしい読み物なのです(´艸`*) 実際にはどうなるか……誰にもわからないから妄想の余地があるのでしょうね(笑) [一言] 野球とかサッカーのPKとか、スポーツ関係は使えそう。
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