#D - 01 - 08 祀軍国の武神
テントというより宿泊施設の様な建物が完成した後、就寝までモンスターの再発生が無いか確認しておく。
武骨なダンジョンの壁面を見て居る内に二人一組の自衛隊員が訪れた。彼らは定期巡回の為にダンジョン内を見回っている。
重火器を携帯しているとはいえ粘体が大半だ。よって手荷物の中には消毒液が入ったスプレーがたくさん詰まっている。
「……これは凄いな」
ダンジョン内に大きなテントというかコテージがあるのだから自衛隊も驚いて当たり前か、と日奈森唄奏は苦笑する。
彼らが来たからと言って咎められるような事は無く、敬礼や挨拶を交わすとさっさと立ち去って行った。
モンスターについては地上に戻ってからまとめてする予定になっているので、余程の案件でもない限りいちいち報告する事は無いらしい。だから、日奈森は頭だけ下げた。
コテージを組み上げる前に一通り消毒液を吹きかけているので天井から粘体が降ってきたら苦しみ悶える筈だ。――持ち帰りを想定しなければ何もせず溶かしてしまう方が楽になるが消耗品にするには高い買い物である。
自衛隊を見送った後、コテージ内で食事する。
携帯食の内容は画一的で大抵はカレーが主食となる。他にも色々と食料を用意したが栄養面か利便性かで内容は色々と変わってしまう。
神崎龍緋であれば採算度外視で豪華な料理を持ち込みそうだが――
「鍋物にカップ麺もあるが、どれでも好きなのを選んでいいよ」
「ありがとうございます」
水も多めに持ち込めている。
ここを拠点にもっと多くの資材を持ち込めば充分生活できるんじゃないかと錯覚しそうだ。
実際に諸外国のダンジョン生活はそういう計画がいくつか立ち上がっている。
深い階層に挑む上でベースキャンプは欠かせない。今は五階層だが。
(六階層からまた新たなモンスターが出る。……何らかの法則性があるという噂があったような)
民間の探索が多くない日本においてダンジョン内部の情報はまだ秘匿部分が多い。
おそらく『小鬼』や『大鬼』、下手をすればファンタジーでは定番の西洋竜たる竜種も居るかもしれない。
現代火気がどこまで通用するのか、日本を含めて色々と研究されている。
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少し早めの就寝に就く段階に入り、日奈森は改めて随分と楽をさせてもらっている事を自覚する。
通常であれば気が休まる暇はなく、交代で見張りをしても安心できない。それが万全の体制で臨んだために気持ちに余裕が出来ている。
だいたい小さなテントではなく大きなコテージを人力で持ち込む探索者はおそらく居ない。
自衛隊員も数日に分けて資材を持ち込み、各所に休憩所を作るだけで結構な手間暇も少なくない予算が投入されている。それを考えれば自分達は本当に恵まれているとしか言えない。
当初から緊張していた日奈森はものの数分で寝息を立てた。
龍緋は彼の様子を眺めた後、大量の錠剤を取り出し、一つずつ飲んでいく。
合計二〇錠以上にもなる常備薬。
最強と言われる彼にとって苦痛を感じる時間だ。
(……はぁ。結構楽に倒せていたが……、あの粘体は今のまま倒せるものか?)
浅層に出現する粘体がどうして脅威だと言われていたのか、今回のたくさんを見る限りいまいち理解できなかった。
倒し方が判明するまで正しい討伐方法が分からず余計な被害が出たのかもしれない。確かに粘体による死亡者の情報は無いが――
龍緋はコテージから出て別の壁に顔を向ける。
ダンジョン内に何処からと来なく這い出し、探索者を威嚇するモンスター。――実際に威嚇しているかは見た目では分からないけれど。
姿を見せるだけで恐怖させる大きな異様は人の心に少なからずダメージを与える。
興味本位で倒そうとして大きな怪我を負えば更なるパニックになるのは想像に難くない。
(核以外に攻撃した場合、倒したことにならない……。武器にまとわりついて使用者の身体に張り付き溶解させていく)
雑魚モンスターと侮ると危険ではあるが対処出来ていれば恐れるに足らず。
戦闘経験を積まない限り、民間人の犠牲者は絶対に出てしまう。そう龍緋は予想する。
それと硬い岩盤で出来ているダンジョンだが龍緋の物理的攻撃で充分破壊が可能なのは事前調査で判明している。
ダンジョンは決して破壊不能の物質で出来ていない。だからこそ、崩壊事故を起こすわけにはいかない。
(……鈴怜の言う通り、ダンジョンを虐めてはいけないな)
伸縮自在の棒で目につく大型粘体を屠る。その速度は熟練者と遜色ない。いや――実際彼は戦闘の熟達者だ。
もう一つの異世界にあった祀軍国で授かった彼の称号は『武神』――
一二の位があるのだが該当者が彼一人だけ。ゆえに統治者は本来一本ずつの幻龍斬戟を全て彼に与えた。
他に追随する者無き最強の兵と認めて。――今は『死神』の資格を得た者が現れたので幻龍斬戟は本来の本数になる予定で龍緋も返納について了承済みだ。だが、幻龍斬戟自体が今更他の者に渡りたくないと駄々をこねた為に未だに主である彼の手元にある。
長い話し合いの後、株分けの様な状態にすることになり、一部の幻龍斬戟は本来の能力を分割し、いくつか本国に返還される事で折り合いがついた。
この事に皇女は困惑したが本来の形になるのであれば納得する、と折れてくれた。
祀軍国にとって幻龍斬戟は国宝である。それが我がままを言うとは想定していなかった為に大層困惑し、大層笑った。
様々な国家元首と知り合ってきた龍緋にとって祀軍国の皇女は頭が上がらない相手の一人であるのは確かだ。
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脅威を払いつつモンスターの死骸を調査し、合間にファンタジーについての勉強を始める。
不眠症ではないが薬を飲んだ後は眠気に襲われるか目が冴える。
今回は若者と共に栄養のある食事をした為か、目が冴えてしまった。
本来の睡眠時間までまだ余裕があるので、見張りを兼ねて読書を楽しむ。
定期的に訪れる自衛隊に挨拶しつつ必要な物資があれば融通する。渡せるのは電池くらいだ。それも仕事の内なので譲渡に問題は無い。
一先ずの安全が確保され、睡眠時間になったところでコテージに入り、眠りにつく。
ダンジョン内の時間経過は時計が頼りだ。今のところ磁場が狂って正確な時が刻めない、という問題は無い。
慣れない場所での睡眠は精々三時間が限界と言われるが思いのほか快眠だったためか、深夜四時に日奈森は目が覚めた。
しばらくぼーっとしていたが自分達がダンジョンの中に居る事を思い出し、急いで身支度を整え、貴重な水で顔を洗う。
湧き水などは浅層に無く、風呂は基本的に入れないものだ。特に寝泊まりする探索者の場合、身嗜みが出来かどうかが一つの指針となる。
あまりに不衛生であれば病気になりやすいし、何となく不快感が広がる。
(龍緋さん、ぐっすり眠って……。えっと、まず周りの確認か)
電灯のスイッチを入れると室内が明るく照らされる。電源に問題が無い事を確認し、外の様子を窺う。
浅層までは恒常的に明るく照らされているので視界不良はありえない。
壁や天井に粘体が居ない事を確認して安心する。
(地面にも居ないな)
確認作業を終えた後、室内で軽く屈伸運動をしておく。
常に行動できるように筋肉をほぐすのは探索者として必須である。
身体を温めたところで日課の情報整理に入る。
組み立て式の椅子と机を用意できる環境というのも贅沢な事だ。
「……『ステータス・オープン』、……駄目か。『マスター・ソース・オープン』」
(『ステータス・オープン』、『マスター・ソース・オープン』)
声に出すのと胸の内で言うのを試してみた。
言い方や単語の違いもあるかと思って。後、大きな声で龍緋を起こさないように気を付けながら。
思いつく限りの単語に挑戦してみたが視界にも脳内にも基礎情報が現れない。確認作業なので馬鹿らしいと思っても我慢した。
ダンジョンの中なら特別な事が起きるのではないかと期待した。実際に創作物では定番であるから試さないわけにはいかない。
彼らは大体、ステータスの出現を確認した後『アイテムボックス』と『鑑定』と『転移』を優先的に取得しようとする。それと主人公らしく経験値の獲得数――または量――が膨大になったり特殊技術を豊富に得る傾向にある。所謂、作者による『ご都合主義』によって。
(『異空間倉庫』についてはよく分からないが……。それも無さそうだ)
英語以外の名称という線もあるが、ギリシア語とラテン語のあまり知らない。
それと――ダンジョンの知識がある者なら誰でも試すか、と日奈森はため息をつく。