#D - 01 - 04 高度経済成長
一般的に知られている『ダンジョン』の入り口は洞窟型と扉型である。
前者は昔から手入れされていない自然要塞。
後者は自衛隊や軍属が民間人の侵入を抑制するために設置した人工物。こちらは一部、世界遺産に登録しようと検討されている。
日本に存在するダンジョンの多くは洞窟型。人が住む地域に近いところは扉型が多い。
戦時中の混乱もあり、実際調査は遅々として進んでいない。――多くは国益にかなわない結果になっているから、というのが通説である。
浅層タイプが多く、実りが無ければ国としても大きく動かないものだ。だが――深層領域を持つダンジョンは別だ。
数世紀も経っているのに未だ最下層に到達した、という報告は何処の国からもされていない。
大国ロシアや中国、アメリカが一つでも攻略したのであれば少なからず、何らかの形で話題に上る筈である。それが一つも無いなどありえるのか。
「……兵器工廠として利用しているものを除いてもダンジョンに何があるかくらいは出てくるはずなのに」
と、思わないでもない。
あるいは何者かが利益を独占するために意図的に情報封鎖している可能性があるが――ダンジョンは世界中に存在するので、その理屈が正しいとは認められない。
テロリストとの戦闘が激しい中東域にもダンジョンが存在している。
未踏破のダンジョンに挑んで実際に最下層に何があるのか、テレビ的にも挑戦しないというのは世界規模でもあり得ない事態だ。そう思わない方がおかしい。
だが、幸か不幸かこの時代は高度経済成長期の真っ只中。目先の利益に世間は動いていた。
この時代の無謀な冒険は未知の調査よりも金勘定が優先されていた。
日本でも『東京タワー』に代わる新たな電波塔の建設も始められることになった。
世の中がそんな中にありながら政府はダンジョンを完全に無視する事はしなかった。その理由は度々起こる大規模な地震だ。
阪神淡路大震災から既に一〇年以上経過しているとはいえ、日本の地盤が盤石などと思う一般人は居ない。それゆえに各地にあるダンジョンの一斉点検が極秘裏に進められていた。
――名目ではそうなっているが予算の都合で全てのダンジョンに目を向けることが出来ないのも世知辛い懐事情と言える。
日本もそうだが世界も国益にならない事には消極的なものだ。ゆえにダンジョンの調査に積極的にならない事が多い。
ここ数年で改めてダンジョンが話題に上がったのはアニメが影響している。その前に洋画で度々ダンジョンについて取り上げられたのだが、こちらは人気を博しなかった。
当時の話題は宇宙開発が躍起になっていた為に『SF』が優位い立っていた。本場の宇宙人を交えて宇宙戦争について熱い討論がされた筈だ。
件のセフィランディアは放浪者であるので侵略兵器は持っておらず、無人の衛星を解体し、資源とする技術こそあるが侵略する程の無駄な余裕は無い。
少し考えればわかる事だが、船体維持だけでも大変なのに消耗品にする物資の余裕など始めなら無い。それゆえに地球との戦争自体がナンセンスである、と彼らは主張した。
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様々な出来事が同時進行で起こるのが人の世の歴史である。
地球は様々な問題を抱えているが未だに危機的状況に陥っていない。
一時期騒がれていた終末論も既に過ぎ去った。
人々は新たな話題に飢えている。そして――ダンジョンが改めて注目されようとしている。
石油の枯渇が危惧され、大気汚染や疫病対策も大事ではあるが――
一民間人が全てに対応できるわけもなく、世界を動かすのか何時だって政府の損得勘定である。
今年度の政府の思惑は少しだけ余裕のできた予算で大きなダンジョンの調査を行う事だ。実りがある、という確証が無い為に選挙の足しにもならない事ではあるが世間的な注目を無視する事も出来ないと時の与野党が考えたためだ。
それにダンジョンは――世界規模で――国有化が義務付けられている。民間人が勝手に潜って富を独占する事を固く禁じている。これは主にテロリストの資金源にさせないための措置である。表向きでもそうしないと世間が危惧し、憂慮するからだ。
ごく最近、諸外国でテロ活動が頻発したためにダンジョンの管理体制の強化が叫ばれ始めているのも時代の流れである。
「ラノベの主人公は人知れず富と力を独占していい思いをしているのに……」
そう思う若者が少なからず居る。ただし、あくまでも創作物の中だけの話しであって、実際にそういう人間が日本に居るという証拠にはならないし、なっていない。
勧善懲悪やご都合主義がライトノベルで使われるのは仕方のない事である。それを政府や大人が本気で受け取ることはないが一部の編集者はそんな世界があってもいいと思っている。
所謂『表現の自由』だ。
特に自由という意味では大国アメリカ合衆国は群を抜いて突出している。
中国は古典文学の地位が高いゆえか、それともライトノベルの地盤か整っていないためか、ダンジョンにまつわる話題は日本に入ってこない。精々、観光地として紹介される程度だ。――この時代の中国はとても大人しく、後に数多の国に迷惑をかける威圧外交など思われていなかった時代でもあった。韓国など完全に存在を忘れられている。
ソビエト連邦が崩壊して久しいロシアも日本的には静かだった。
どこの国にもダンジョンが存在しているので何もしていないわけがない。
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創作物の主人公に恨み言を言っても不毛なだけ。
世間の潮流など全く意に介さない神崎龍緋と荷物持ちとして連れて来られた日奈森唄奏は早速ダンジョン一階層に足を踏み入れた。
東京都心部にあるという深層領域を持つダンジョンの外は自衛隊によって防衛網が築かれ、要塞と化していた。そんな要所に若者代表である日奈森が恐縮しながら入っていく。
憧れの人物である龍緋の誘いを受けたが自衛隊の物々しさに早くも腰が引けていた。
極秘任務にあたる為、様々な制約を課せられたが龍緋の計らいもあり、日奈森の身の回りの監視体制の手を緩めてもらえる事になった。
「今回は五階層まで向かうし、大した情報は無い筈だから」
白髪の男性である龍緋は日奈森に対し、優しく話しかけてくる。
人が良さそうな風貌だが繰り出される力は脅威だ。
最初は龍緋を恐れた。学校の不良に囲まれても怖気ずく事が無かった日奈森でさえも足がすくむと思わせたのだから。
先輩であり、龍緋の弟である赤龍から色々と人物像を聞かされ、今でこそ話しかけられる所まで来ている。それでも喧嘩を売ろうとは思わないし、そもそも力試しを挑もうとも思わない。
日奈森から見ても龍緋は別次元の存在だった。そんな人物が一緒に探索しようと直々に誘ってきた。
「手続きが多くて早くも挫折しそうです」
「相手は国家だからね。正式な依頼となると書類の枚数も多くなるものだよ」
物々しい雰囲気の中で龍緋は笑う。
胆力が桁違いに強い為か、それとも慣れているのか。
とにかく、彼は落ち着き払っていた。
自衛隊の案内により、大きな金属扉の前に案内された。大きさは五メートルを超えていたが侵入口は別に作られており、この扉全体を開くのは重機を入れる時だけだと教えてくれた。
普通に考えて、小さな人間が大きな金属扉を腕力で開け閉めするのはとてつもなく徒労である。
配給されたヘルメットと酸素マスクを受け取り、ダンジョンに侵入する。
第一階層は調査の機器が持ち込まれており、電灯によって中はとても明るく照らされていた。
最初から薄暗い洞窟然としたダンジョンなのは郊外にでも行かないとお目にかかれない。
「……壁とか天井は自然窟のままなんですね」
相当堅い岩盤で出来ているらしく、トンネル加工の妨げになっているのは記憶に新しい情報だ。
ダンジョンと自然窟の違いは正にそこだ。
岩盤の密度が濃いのと人工物に近い様相がある。先人が開拓したのか、深層域には未発見の文明の跡があるとか無いとか。
文明があるならもっと大々的に調査されるものだが、それを阻むのがダンジョン由来のモンスターである。
独自の生態系を持ち、調査団の妨げになっている。
世間的に知られているのは粘菌の様な生物『スライム』だ。もちろん、他にも存在していることは分かっている。
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龍緋達がダンジョンに入った後、扉が閉められる。自衛隊の何人かは何らかの作業がある為にダンジョン内に残った。
彼らは命令が無い限り勝手な探索はせず、不法侵入者への監視に務めることになっていて龍緋達を最後まで護衛する任務には就いていない。
本当にダンジョンが安全であれば物々しくする必要は無い。
現段階では下層域に危険な存在が居るかどうかは不明だ。
民間人に不用意に情報を流すわけにいかないのが政府の立場だ。だが、それにも限界があるし、予算も有限だ。
特に日本は狭く、大きな動きがあれば世間的に注目されやすい土壌となっている。
「五階層まで自衛隊員が配置されているからモンスターの脅威はそれほどでもない。問題はその先だが、いきなり下層に挑戦しないから安心してほしい」
「……という事は下層に行くのは確定なんですね?」
政府から直々に依頼された龍緋は下層域に向かう予定だが日奈森は違う。彼は単なる一般人であり、危険があれば退避しなければならない人種だ。
だが――いずれ誰かが行かなくてはならないし、民間人の感想も無視できない情報だ。
可能な限り日奈森を連れて下層に向かい、ダンジョンに挑めるかの試金石にしたいというのが龍緋の考えだ。赤龍も兄が一緒なら大丈夫だろうと日奈森の随行を勧めた。
「具合が悪くなったらすぐに引き返す。無理の無い探索をする予定だ」
(……俺は荷物持ちとして呼ばれたのに龍緋さんの荷物が重そうに見えるのが不思議だ。……実際、こっちは軽装なんだろうな)
平然としているが龍緋の背中には小山と評されてもおかしくない大型リュックがあった。対する日奈森は少し重いと思う程度の荷物だ。
見た目だけでも重さの単位が違うと思わせる。
軽く深呼吸を整えた後、二人は歩き出した。
第一階層は天井までの高さが一〇メートルほどあり、横幅も広く迷宮型ではなく通路型となっている。
部屋のような開けた空間は無く、それが五階層まで続いている。
壁は特に加工されていないが各地に発電機や電灯用の電気ケーブルが目につく。
日奈森はここに荷物持ち以外にもダンジョン内の様子を記録する係を兼任している。龍緋はただ歩くだけ。――彼の目的は五階層以降にあるので今は目立った行動をしないだけ。
ダンジョンの中は画一的な造りになっていないが下層を目指すのはどれも一緒。
先人達が用意した荒々しい階段があったり、ロープでなければ降りられない場所もあるとか。
水没した場所があったら通らずに引き返す予定になっている。無理な踏破をしない事に決めている。