#D - 01 - 02 宇宙人と友達
創作物によればダンジョンにはモンスターの他に様々な宝が出てくる。
代表的なのは『魔石』と『ダンジョンコア』だろうか。
謎のエネルギーに満ちた宝として登場する事が多いが現実にこれらが出土した事実はまだ確認されていない。そもそもモンスターを倒して手に入れるというゲーム的な結果もまた無い。
他にはダンジョンに入ると何故か『ステータス』制が採用され、個人の資質が数値として現れる。そして、経験値を積んでレベルアップすると身体的な強化が計られる――という若者が好きそうな荒唐無稽の設定がある。
そんなものが現実的に存在しえたら大国は率先してダンジョンを調査し、独占的な地位を手に入れている。だが、実際にはそうなっていない。
オリンピック選手に現実離れした記録を作る人間が未だに現れていないのが証拠だ。
仮に居たとしてもオリンピックへの参加資格は得られない。
レベルアップやステータスを危惧した各国が国際オリンピック委員会『IOC』に働きかけて早期に国際規則が作られたからだ。これは日本オリンピック委員会『JOC』も同調した。
一先ずの先手は打てたと国際社会は安堵した。
つい二〇年前までは――
ダンジョンを抜きにして異常な身体能力を発揮する存在が世界で確認された。それは当時国際連合に加盟していなかったのでオリンピックに出場してはいないが、もしその者達が参加していたら全ての世界記録が塗り替えられ、地球人は向こう一〇〇年以上追い付くことが出来ないとまで危惧された。
幸いな事に相手側は地球人の危惧に対し、オリンピック出場への辞退勧告を快く受け入れた。
現在、国連の依頼で月にあるダンジョンの調査などを請け負っているのが新たなる友人『セフィランディア』であった。俗にいう宇宙人である。
彼らとの遭遇から既に二〇年以上が経過し、宇宙空間や地球上で戦争状態にもならずにお互い手を取り合えている。これは偏に橋渡し役を担った日本国の存在が大きい。いや、そもそもセフィランディアは日本国との同盟を目的としたきらいがある。
大国や常任理事国を無視して日本との交流を図った彼らに当初は警戒を強めていた。しかし、それも時代を経る毎に軟化し、少しずつ他の国とも交流を持つようになった。
宇宙人と呼ばれるが身体的特徴は地球人と変わらない。違いがあるとすれば『魔法』が使えるくらい。それと超科学技術だ。
地球の一般市民はまず侵略を危惧した。だが、セフィランディア人は日本の文化にかなり精通しており、宇宙人に対する偏見について既に理解していた。
それから時間をかけて交流する事になった。往来は未だに簡単ではないけれど。
時をかけてセフィランディアは国連に加盟するにあたって国として認定された。
領土は月の回り。これはやむを得ない事情の為に特例として認められることになった。
魔法が使える生物として日本人は期待に胸を膨らませたが彼らが想像するようなものではないと知り、多くが落胆するのも早かった。
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セフィランディア自体にダンジョンは存在しないが母星にはダンジョンのような洞窟があり、こちらには地球では空想上のモンスターが現実に存在しているという。
この事から深い階層を持つダンジョンには他の次元に繋がっているのではないか、という仮説が作られた。それを証明するには五〇階層以上潜る必要がある。
軍人を除けば民間人で深い階層を潜るのは自殺行為に等しい。それゆえに探索も遅々として進まないのだが――
新たな資源を求める為には危険を冒す事も必要であると日本以外の国々は考え始めていた。
地球上に存在するダンジョンの総数は未だ不明。
日本政府が把握している公式の数はおよそ二〇〇個ほど。
大国はその数倍、数十倍はある筈だが広大な土地ゆえに発見されていない事が多いと考えられている。特にアフリカ大陸は砂漠地帯のせいで探索が困難になっている。
衛星から確認する技術が確立されたのは最近の事だが、それでも森林に隠れた部分があると見逃されてしまう。
時代が進むにつれてダンジョンとの関りも変わっていく。ただ、ダンジョンから画期的な物資が見つかった、という報告は未だに無い。
あえて情報が伏せられているのかもしれないが日本では無いと言われている。
何かあれば諸外国の特殊部隊が自国の利益の為に日本に潜入する内容の創作物が作られるが現実でもそうだという証拠は無い。というより外交問題に関して簡単にお茶の間のニュースに流れるのは日本くらいだ。
若者の噂でもいくつか話題が昇る事があるが多くはデマである。
虚偽が多いと関心が薄れる。そうして時代ごとにダンジョンの在り方も移り変わる。
そして二一世紀になって久しい現在――深層領域を持つダンジョンの探索依頼がある家庭に舞い込んだ。
新世紀初頭、諸外国で猛威を振るった日本人が居るという噂があり、秘密裏に政府が接触した相手はごく普通の若者にしか見えなかった。
その時代、中東では宗教争いからテロリストが大規模に虐殺行為をはじめ、国連でもたびたび対応が議論された。――結果は不介入で終わってしまったけれど。
首脳陣が実のない議論を交わしている間に大々的に介入する存在があり、瞬く間にたくさんの軍事施設が潰され、敵味方が判別しない地域において民衆側の救世主の噂が立った。
その者は白い髪の男性で顔つきが東洋的である事以外、正体は不明。
当事国に摘発される事なく縦横無尽に活躍し紛争を早期に鎮静化させ、時の人として現地民の伝説と化した。
それから一〇数年後、秘密裏に調査していた日本政府はかの者の正体を突き止めたが公式に咎めると国際問題が起きると考え、利用する方向に舵を切った。その者も政府の方針に異論が無かったようだ。
今でこそ創作物では異世界への転移や転生が賑わっているが、それらはあくまで創作物の中での出来事だ。だが、彼は違う。
二〇世紀の終わりごろに発生した『東京タワー怪光事件』によって消失した人間の一人であった。
かの者の名は『神崎龍緋』――
消失事件の影響か、元々黒かった髪の毛が真っ白になっている。
彼の他にも消失した人間が居たらしいが、そちらは割愛する。
今でいう異世界に転移し、故郷に帰ってきた男は正義の使徒として人知れず活躍した。
政府が彼と接触を図ったのは随分後になってから。理由は推薦人が居たからだ。
日本に戻った神崎が成した偉業は数知れず。その中の一つがセフィランディア人との橋渡しだ。
かの宇宙人が地球に接触を図った理由がまさに神崎であるなど誰が思うものか。まして日本政府や国連は間違いなく認めない。そして、かの国もこのことに関してかなりぼかしている。
地球にはとある友人を頼って。そうセフィランディアは公式見解で述べた。
驚くべきことに彼の妻はセフィランディア人である。こちらは公にされた情報だ。
見た目は三〇代の働き盛りの男性がどんな人生を歩んできたのか。それもまた割愛する事になるのだが――
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様々な伝手により日本政府は神崎に仕事を依頼した。
それが深層領域を持つダンジョンの調査である。
場所的に封鎖し続けることが難しく、一部を民間に開放するにあたって事前に安全確認を取ってほしい、というのが建前で自衛隊でも未踏破の領域へ彼に先行してもらい、出来る限りの情報提供を頼んでみた。
この無茶な要望に神崎は文句を言わずに了承した。
下手に条件を付けすぎると神崎の機嫌が悪くなる、と考えた。中東での活躍は政府としても表沙汰に出来ないので強気に出られない事も理由の一つだ。
一般的な探索者であれば依頼を受けたら法外な報酬を大きな態度で示すものだ。創作物では大抵そういう人種が描かれる。対して神崎は始終大人しく従っている。――それはそれで知らない人間から見れば恐ろしく感じるものだ。
「表向きは市民に対する安全確認だ」
「了解しました」
ダンジョンの諸々の手続きについて政府が――可能な限り――便宜を図り、資格などを用意する手筈を整えると約束した。
不思議な事に彼はダンジョンについての『お約束』や決まりごとの知識が無かった。その為に急ぎで基礎知識を詰め込むことになったのが大きな騒動と言える。
知識を抜きにしても神崎の力量は常識外に高かった。もし、健康体であればオリンピックの世界記録をいくらか更新していたかもしれない。
病弱な彼は尋常ではない量の薬を摂取していてとても選手として登録できるような存在ではないのが残念なところ。
「常備薬についてはこちらで都合を付けているのでご心配なく」
政府の危惧に対して穏やかに応える。
何も知らなければ好感の持てる青年に見えただろう。肉体的な実力を目の当たりにしなければ。
政府から可能であればダンジョン由来の物資を持ち帰ってほしいと言われれば快く承諾した。
態度に裏表が無い分、疑り深い人種から見ると非常に胡散臭い。しかし、神崎の性格は元来、そういうものであり、彼を知る者は特に違和感を抱かない。
より身近な家族を同席させればより確信を得られた筈だが、この場に居ないのが残念でならない。
一民間人に過ぎない神崎と政府が手を取り合った初めての事業が始まった。
彼が退出した後、独特の雰囲気に呑まれていた政府関係者は生きた心地がしなかったという。そして――
「……次はこの太平洋に運んできたという国家ですか……」
「これも国連の一員になる予定だとか」
「……よく地球人と仲良くしようと思いましたよね」
月に停泊する移動する国家『セフィランディア』だけでも世界規模で混乱した。それなのにここに来て新たな国家の出現だ。
ダンジョンに感けている暇は各国政府には無く、賑やかになる事請け合いであった。