#D - 01 - 01 理想と現実
数多あると言われる『ダンジョン』に人々が挑み始めて幾星霜。
その歴史は神話の中に記されるほど長く、人々の文化に馴染んでいた。
ある物は名声を。ある物は金銀財宝を求めて。
多くの先人が挑んだが彼らが望むような希望が無かった事も屡。
歴史に度々現れては忘れられていく。そして現在――
深層域の存在が認定されたダンジョンの調査が世界各地で今も活発に行われていた。
多くは地下迷宮型。深く潜れば潜るほど危険が増し、挑戦者が減っていく。
研究者の協力をもってしても解明できないダンジョンというのは存在した。そして、人々は前人未到の領域を持つ迷宮こそ『ダンジョン』であると定義した。
比較的安易に踏破できるものは初心者用、中級者向けの練習用と蔑んでいる。事実、既に踏破されているダンジョンに旨味は無い。余計な事故を起こされるくらいなら閉鎖か、きちんとした組織に管理してもらった方が安全である。
それらの解明済みダンジョンは世界各地に膨大ともいえるほど存在し、放置または管理する組織によって事故を防いでいる。ただし、万全ではない。
中には犯罪者の隠れ家として使われる場合がある。
時代が進む毎に組織が出来、多くなり、それは世界規模へと発展していく。
日本ダンジョン協会。世界ダンジョン協会。国連ダンジョン管理委員会などの組織が作られるのは必然と言えた。
各国に存在するダンジョンの所有権は基本的に存在する国のものであり、政府の所有物である。
個人所有は条約や法律で禁止されている。
――この辺りまでは多くの創作物でも設定される基本的な情報だ。
「ダンジョンには独自の生態系がある」
調査に当たった研究員の報告である。
古くからダンジョンに挑む者を冒険者、探索者と呼称し、それに関連した数多の出版物が世の中に流通していた。
最近ではアニメやテレビゲームで子供達にも分かりやすい形で知られるようになった。
更に近代化していく毎にストーリー性が細かく作られ、ダンジョン熱が高まっている傾向にある。
過去の神話にしか存在しえなかった多くのモンスター達もその一例といえよう。
いつしかダンジョンには金銀財宝とモンスターが存在する伏魔殿のようなイメージが作られ始めた。だが、人々の住まう範囲にあるダンジョンの多くは安全性が確保され、危険なところは既に閉鎖済み。
崩落の危険性を除けば子供達が探索できるようなダンジョンに夢も希望もありはしない。現実のダンジョンは多くが大人たちによって開拓済みだ。
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外にある危険なダンジョンより創作物に出てくるダンジョンの方が人気が高い。
ここには多くの未知と危険と希望が詰まっている。
中には物理法則を無視した荒唐無稽な内容もあり、様々な文化が作られている。
創作物のダンジョンものの歴史は浅く、一世紀も経っていない。
元々のダンジョンの歴史は数千年以上もあるれっきとした文化があるが一部の地域は外部に漏らさないように制限をかけている。
日本のダンジョンもその例に漏れず、政府が隠蔽していると噂されるものもあり、それを否定していない。
隠す理由の多くは本当に危険な場所だから。
軍事施設の情報封鎖のようにテロリスト対策として基本的に民間に事細かに開示しない。
一部のダンジョンから鉱物資源が出土する。これは多くの国が認めているが民間人が勝手に入って取得する事は法律で禁止されている。
もし、その鉱物資源が放射性物質であったならば――間違いなく管理者責任を問われ、健康被害についての訴訟で長く争われる。
その事もあって現実のダンジョン探索に夢も希望もないのが定説だ。
諸外国に比べれば日本のダンジョンは安全度が高く、一部は観光資源として使われている。
色々と批判の多い国として有名であるが治安の良さでは定評がある。
このダンジョンは地球にしかないと思われてきたが最新の研究では月と火星にもある事が分かっている。
今の地球の科学では火星に人間を送り込むことは出来ないが協力を要請すれば調査出来なくもない。
次に内部の生態系だが浅層以外のダンジョンに限って言えば何とも言えない。これは諸外国も同様である。
自衛隊や軍隊を用いた大規模な探索が始められたのは比較的最近の事だったりする。
日本でも古くからダンジョンと関わってきたが資源以外の魅力を持たなかった為か、早期に封鎖されている事が多い。
現代の創作物の様な文化があればもっと詳細なデータが手に入った筈だ。現代に残るのは先日が残した通りやすい道標くらい。
途中まで整備された通路や階段があり、人の営みがあった痕跡も見受けられる。
古代から存在しているダンジョンだが全貌は未だ謎に包まれたまま。
一獲千金を夢見る若者が増えつつあるが政府として安易な探索を許可していない。その為、勝手に入って事故に遭うのは自己責任として処理している。
ダンジョンの中は特殊な磁場でも発生しているのか、通信機器が役に立たない。ただし、有線は除く。
照明に関しては一定の深さまでしか設置していない。おそらく維持費の関係だ。
先日たちは大量の蝋燭を持ち込んだようだ。
「……うっすらと洞窟内が明るくなるような仕様ではないのか」
興味本位でダンジョンに立ち入った若者であれば酷く落胆する事だろう。
実際の洞窟は薄暗く、電灯の持ち込みが無ければ踏破は不可能に近い。
創作物では『魔石』などがあり、それによって洞窟内が明るく照らされる事があるが――それはやはり創作物ならではのご都合主義だ。
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モンスターと呼ばれるクリーチャーについて。
結論から言えば存在する。生態系については今も調査中だ。
危険な生物が居るのであれば直ちにダンジョンを閉鎖すべきだ。だが、本当に危険なクリーチャーが現れるのは深い階層であるため、基本的に放置されている。
放置されたダンジョンの多くは出入り口を封鎖しているし、外に漏れ出たクリーチャーが居たとしても地元の僚友会や警察、駆除人達が始末する。
もし、危機的状況が発生するようであればダンジョンなどとうの昔に全て封印されている。そうしないのは観光資源に使えるダンジョンがあるからだ。
人間社会は創作物より強かである。
多くの未知を内包したダンジョンだが世界規模でも完全に解明した、という報告は存在せず。また深い階層を持つダンジョンの奥底に何が待ち受けているのかは世界規模の謎となっている。
ある国では未だに高度な文明の遺産、未発見の鉱物や資源があるに違いないと噂されている。
危険が多いために民間に開放されている部分は少ないが最近は徐々にではあるが解放の方向に舵を切り始めている。
全ては経済発展のため。自国の利益を増やす為に。
科学が発展していくうえで欠かせないエネルギー資源の獲得は多くの国の命題ともいえる。その為に戦争が起こったり、様々な情報戦が勃発していた。
ダンジョンの取り扱いについての規則造りについて紛糾するのはもはや風物詩いえる。
停滞するダンジョン開発に日本もいつまでも後塵を拝しているわけにはいかなくなってきた。
少しずつではあるが民間人を使った探索を試み、様々な情報を集めるようになったのもごく最近の事だ。
きっかけはダンジョンものの創作物、またはアニメだ。
子供向けと昔ならば相手にしなかった分野も最近は経済的利益に繋がるほど大きくなり、政府も無視できなくなってきた。
時の総理大臣が若者の文化に理解があり、停滞していたダンジョンの再開発に乗り気になった。これが契機となり、ダンジョンブームが巻き起こったのが十年ほど前。
安全性を高め、出入り口の監視体制を強化。入場者制限を設けたり資格を義務付けたり、地域を巻き込んで盛り上がりに加速を付けた。そして、それは諸外国も同様だった。
特に大国は多くの予算を投入した。日本は小国ゆえに出遅れ感があるが理解度では負けていない。
若者のなりたい職業に探索者、または冒険者が選ばれるようになって二年が経過した。
法律が色々と作られ、十八歳から冒険者としての資格が貰えるようになり、少しずつダンジョンに挑戦する者が増えてきた。ただ、利益が出なければ衰退する。ゆえに日本全国規模で見る冒険者の数は世間の熱よりも少ないのが現実だ。
ダンジョン内の取得物を巡るいざこざや人間関係による事件事故の対策など。まだまだ問題が山積していた。