3話:セクハラクズ冒険者をぶっ飛ばす
リンツ村――酒場兼冒険者ギルド【跳ねる子兎亭】
この村唯一の酒場であるためか、中は昼間だというのに盛況で、活気に溢れていた。主人であるアルトはくるくると忙しく仕事をこなしていく。
「マスター」
「何? あら、器用ね。もう終わったの? じゃあ次は拭いていってくれる?」
「……これは何の任務だ?」
レクスは、アルトから渡されたシャツの上に黒いベストを着ており、酒場内のカウンター内でアルトの指示通りにグラスを洗っていた。そしてそれが終わると今度は薄手のグラスタオルでグラスを拭きあげていく。
その手さばきはまるで熟練の酒場のマスターのようで、正確に素早くこなしていく。
「……もしかして酒場とかやってた?」
「否定。このような業務は初めてだ」
「ふーん……」
目を細めてこちらを見てくるアルトから疑いの眼差しを感じるレクスだった。記憶喪失と嘘を付いているのがバレるかもしれないとサブメモリで考えるも、人工知性はそんな事は気にしない。この身体の主導権は人工知性とメインメモリの方にあるので、仕方ない。サブメモリは諦めて、スリープモードに移行した。あまり存在感を出し過ぎると、エラーと誤解されてデリートされる可能性もある。
「ま、役に立つから良いわ。でもただで面倒を見るほど私はお人好しじゃないからね」
「肯定。全ての物事には対価が発生する」
「そういうことよ。分かってる、ロア? 飲んだら払いなさいってことよ」
そうアルトが、カウンターに座ってぶすっとした表情でビールを飲んでいる茶髪の青年――ロアへとからかうように話し掛けた。
「ちっ、分かってるよ。ちゃんと払うってば。一回ツケにしただけの事をいつまで言う気だよ」
「冗談よ」
「でもよ……やっぱりそいつ怪しいぜ……そんな奴をここで働かすなよ。危ないだろ」
ロアがそう言って、レクスを睨んだ。レクスは気にせずグラスを磨き上げていく。
「ちっ……」
「そういう事言わないの。記憶喪失なんだから仕方ないでしょ」
「そもそもうちの村の奴しか行かないような森に半裸で記憶喪失になっていること自体がおかしいだろ」
「でも、他に怪しいところはなかったし……例えば誰かといたのならそういう痕跡もあるだろうけど、なかったわよ」
「じゃあ、そいつはどうやってそこに来たんだよ」
「どうでもいいじゃない。記憶が戻れば分かるわ――ほら、ビール。サービスしてあげるから、そんな意地悪しないの。レクス君と同い年ぐらいなんだから仲良くしてあげなさいよ」
そう言って、アルトがジョッキをロアの前に置いて、笑顔を向ける。顔を赤くしたロアがもごもごと何か言うが、声が小さく、レクスの耳についている集音機能で聞こえてはいたものの、何を言っているかまでは理解できなかった。
アルトがカウンターから出て、テーブル席で飲んでいる帽子を深く被った客に、ビールを渡していると酒場の扉が開いた。
「よお。なんか新入りが入ったって聞いてよお。わざわざこのキング様が来てやったぜ?」
「……げっ、嫌なやつがきた」
ロアの小声を今度こそ理解できたレクスが視線を店の入口へと向けた。
そこにいたのは大男だった。鉄の胸当てや脚甲を装備しており、背中には大剣を背負っている。まさに冒険者といった風体だった。
「あら、キングさんいらっしゃい。耳が早いのね」
「んで、どいつだ? Bランクのこの【竜殺しのキング】が見定めてやるよ」
「キングさん、彼は冒険者じゃなくてただの従業員よ?」
アルトが困った様子で入口に立つキングへと近付く。
レクスは何やら察知して、カウンターから出た。その動きは熟練の暗殺者のように静かで、そして機敏だった。
「あん、なんだそのひょろガキがそうか?」
キングがぎろりとレクスを睨むが、レクスは何の感情も含まれていない眼差しを返すだけだ。
「そうよ。レクス君っていうの。しばらくうちの酒場で働いてもらうの」
「まさか……お前の男じゃあねえだろうな?」
キングが、アルトを見下ろすその目線には、多分の獣欲が含まれていた。女を威圧し、自分の物にする。そういうことを日常的に行っていることが良く分かる目付きだ。
「なんでそうなるのよ。ほら、キングさんも座って、良い葡萄酒出すか――」
アルトがキングを座らせようと席に案内しようとした瞬間。
「お前もいい加減、股開けよ。何が不満だ? こんなチンケな村の酒場でダセー田舎もんの相手するより俺の女になった方が良いだろ」
アルトの細い肩をキングが掴む。
「……離してくれる?」
アルトが微笑みながらも、その目は笑っていなかった。
「無理矢理押し倒しても良いんだぜ? どうせここにはそれを止められない腰抜けしかいねえだろうしな!」
嘲笑うキングに対し、周りにいた者は皆、目を逸らす。だが、三人だけ、それでもキングから目を逸らさない者がいた。ロアとレクス……そしてテーブル席で帽子を深く被っている男の三人だ。
キングが笑いながら手をアルトの胸へと伸ばすが、それをアルトはさっと躱す。
「お、おい! 冒険者だがBランクだかなんだか知らねえがよそもんが偉そうな口してんじゃねえよ!!」
キングの蛮行を見かねて、声を震わせながら立ち上がったのはロアだった。
「おいおいおい、ただの採掘者のガキが何を粋がっているんだ? ぶち殺すぞ」
キングが右手で大剣を抜いて、ロアへと切っ先を向けた。ロアが小さくひっ、と言って、腰を抜かした。
「ちょ、ちょっとキングさん! 酒場内は抜刀禁止って何度も言っているでしょ!!」
アルトが慌てて止めようと声を発した。
「うるせえ!! 女が俺に指図するなああ!!」
怒声を放つキングが左手でアルトを殴ろうとした、その時。
無機質な声が酒場に響いた。
「マスターへの攻撃と判断――排除する」
いつの間にかアルトのそばへと来ていたレクスがキングの左手を素早く掴むと――
「は?」
そのまま酒場の入口へと――投げ飛ばした。
酒場の扉を破砕しながら外へと吹き飛んだキングは、何度か地面を転がり、そして沈黙。起き上がる気配はない。
「うそ……」
「まじかよ」
アルトとロアが絶句する中、レクスは何ごともなかったかのようにカウンターの中に戻っていく。
「レクス君……えっと……ありがとう。でも……やっちゃったな……」
「疑問。マスターを護るのは当然のことなので礼は不要。抜刀禁止を火器使用禁止と判断したが問題でも?」
「いやそうじゃなくて……今、君がぶっ飛ばした人は……うちの村付き冒険者なのよ……」
そう言って、アルトは溜息をついた。
レクスさん、気合いの一本投げ