2話:変な人
金髪の美女――アルトは混乱していた。
死体が動き出して、しかもコボルトどころか雲まで吹き飛ばした。
元冒険者のアルトは、おそらく炎属性の魔術だと推測するが、あんな威力の物は見たことがない。
あれは……魔術師の最上位職である賢者でも放てない一撃だ。
さらにアルトを混乱させる言葉を、その死体だと思っていた青年が口にする。
「問う。貴女が俺のマスターか?」
「へ?……いや、確かに私は酒場のマスターだけど」
アルトは、この山の麓にあるリンツ村の酒場兼冒険者ギルドを営んでいた。なぜ、この青年はそれを知っているのだろうかと疑問に思ったが、とにかく言葉が通じるようで少し安心した。
「認識完了。これより貴女をマスターとして設定。今後の作戦行動におけるトッププライオリティとして行動を開始する」
「とっぷ……何?」
「トッププライオリティ。最優先事項という事だ。マスター、命令を」
……何を言っているんだこいつ。アルトは助けられたお礼を言うのを忘れるほどに呆れていた。言って
いる事をほとんど理解できない。
いやいやとにかくお礼を先に言わないと。
「えっと、とにかく、助けてくれてありがとう。君、どこから来たの? なんでこんなとこに行き倒れていたの?」
半裸の青年がこんな森の中で倒れているのは普通の事ではない。
「否定。起動前の事項については記憶データなし」
その言葉が、どこかぎこちないのをアルトは見逃さなかった。
「記憶データ……つまり、記憶がないってこと?」
だが気付かない振りをしてアルトが会話を進める。
「肯定」
「名前は?」
「汎用知性搭載型戦術魔導人造兵器――コードネーム【レクス・カリバー1000XX】」
「……ごめん、なんて」
「汎用知性搭載型戦術魔導人造兵器――コードネーム【レクス・カリバー1000XX】」
「……よし、あだ名とかはないのかな?」
「レクスと呼称するのが効率的かと」
会話するだけで疲れる……。アルトは額に手を当てると、どうしようか考えた。
記憶喪失の謎の青年。しかも多分、凄く強い。なんやら兵器とか言っていたが、役職とかそういう感じだろうか?
いずれにせよ放っておくわけにはいかないだろう。元々面倒見の良い姉御気質なアルトは決意すると、息を吸って吐いた。
「分かった。じゃあ、とりあえず助けてくれた恩もあるし、うちにおいで。事情が分かるまで置いてあげる」
「肯定。感謝する。目的地は?」
「リンツ村よ。私はそこで酒場兼冒険者ギルドを経営しているアルト。よろしくねレクス君」
「よろしくお願いする、マスター。この周辺は辺境ゆえにマップデータはないが、大体の予測は立てられる」
「あー、いや、道は私が知っているからね?」
「了解。護衛を開始する」
「あはは……」
アルトは自分を警護する為か先行し、怪しい動きをするレクスを見て笑った。悪い人ではなさそうだ。
でも……ちょっとだけ変だな、と思ったのだった。
☆☆☆
リンツ村は、大陸の西端で辺境と呼ばれるレッドミール王国の、更に北端の辺境に位置する。
近くの街までは竜車で三日は掛かる距離であり、周囲に他の人村はない。まさに辺境の中の辺境なのだ。
村の周りには広大な面積の麦畑と野菜畑、そして牧草地が広がっている。村の中央を、飛竜が住むグランドラ山から流れるブラックビア川が通っており、その豊富な水源と肥えた土壌によって村は小さいながら、豊かな暮らしを営んでいた。
「主な産業は、畜産と農業、あとはグランドラ山の採掘ね。人口は少ないけど良い村よ。のんびりしてるし飛竜のおかげで魔物も少ないし。まあその代わり定期的に強い魔物が来るから、冒険者にはいてもらう必要があるんだけどね。村付きの冒険者として今も一人在籍してるわ」
アルトはそんな事を説明しながら、レクスと共に森から村へと続く道を歩いていた。遠くに、村の象徴的な建物である風車塔が見える。
「肯定。あの山の大気中の魔力濃度は異常値を示していた」
「そんなことまで分かるんだ。まあ飛竜が住んでいるせいだろうね」
「否定。因果が逆転している。飛竜が住んでいるから魔力濃度が高いのではない。魔力濃度が高いから飛竜が好んで住んでいると推測できる。更に、魔力を好むはずの魔物の数が少ないのは、飛竜が縄張りにしているからだろう」
レクスがすらすらと喋る内容に、アルトは驚いていた。この短い間でそこまで分かるとは思わなかった。知識があり、かつ頭の回転が速いのが分かる。
「……うちの村は代々竜使いがいて、飛竜に襲われないように契約しているの。だから飛竜は私達を決して襲わない」
「理解。飛竜の縄張りならば、魔物も寄りつかないだろう」
「ただ、飛竜の縄張りを奪おうと時々、ヤバい奴がやってくるのよ。そいつらは関係なく私達を襲ってくるから……さっきのコボルトもその斥候かも」
リンツ村のような辺境の村でも冒険者ギルドがあるのはそれが理由だ。魔物討伐の専門家である冒険者に来てもらっって、討伐してもらう。更に、グランドラ山は希少な薬草や鉱石が採れるので、それらを求めて来る時々冒険者が街からやってくる。
そうやって話しているうちに、リンツ村に辿り着いた。
開け放たれた門の向こうには牧歌的な光景が広がっていた。幼い子供達が駆け回り、女達が川で洗濯をしている。老人は釣りをしており、若い男達が荷車に農作物や鉱石を竜車の荷台に乗せている。おそらく街へと卸しに行くのだろう。
「あ、アルト! お前、また一人で森に出掛けただろ! 危ないからよせっていつも言……誰だそいつ」
竜車に積み込みしていた青年が、怪訝そうな顔で半裸のレクスを見た。
それに対し、アルトは腰に手を置いて、その大きな胸を張って答えたのだった。
「ふふーん。今日からしばらくうちの酒場で働いてもらうレクス君よ!」
舞台となるリンツ村。レクスのいた帝国と比べるとかなり文化水準は低いですが、平和でのんびりとしていますね