真夜中の訪問者
5年生、9年生がスカウトされる。
収穫祭が終わったあともアップルリッツはその話題でもちきりだった。
今回スカウトされた12人は、校長室に呼び出され、卒業の手続きを受ける。
各教員との挨拶を済ませ、校長だけが残る。
「卒業おめでとう!君達は選ばれたのだ、我が校の誇りだ!本当におめでとう!」
校長はひとりひとり握手をする。
「御家族で過ごせるのは、今日の夜までと思ってほしい、明日の昼には各軍の代表がそれぞれの家に迎えに来られる、御家族にしっかり挨拶をするように。」
「はいっ!!」
皆校長に頭を下げる。
「それでは、教室には戻らずそのまま帰宅してくれたまえ。学校内のそれぞれの私物は教員が送っておく。」
「はいっ!ありがとうございました。」
◇◇◇◇
ゆきと春香は屋上に向かった。
屋上でふたりきりになると、緊張の糸がプツンと切れた。
「ゆきー!」
「春香ー!」
ふたりは抱き合った。
「私達卒業しちゃった!凄いよね!」
「うん!信じられないよー!お父さんとお母さんもびっくりして倒れそう!」
「あ!でも、春香は大富豪だしあんまり関係ないんじゃない?国からのお金とか。」
「めっちゃ関係あるよ!お父様言ってたけど、家族から軍に入る者が出るだけでお金では手に入らない物も全て手に入り、家族全員が安心して暮らせるんだって。」
「へぇ…、お金だけじゃないんだね。」
「それに、軍によっても違うけどどんなに長くても5年間だよ!5年経てばまた家に帰れるんだもん!短いとこだと2年てとこもあるって言ってた!猫達と5年以上は離れられない!5年でも苦しいけどね!(笑)」
「ムーンブルク軍は何年だろうね、それは事前に教えてくれないからね。」
「ゆき…。」
春香は急に真剣な顔になった。
「私ね、イケメン様も勿論嬉しいんだけど、一番嬉しいのはゆきと一緒に居られるからだよ。これからも宜しくお願いします。」
春香は頭を深く下げた。
「春香のばかぁ!」
ゆきは春香をギュッと抱きしめる。
「そんなの親友のあなたから聞きたくない!言わなくても分かるでしょ!」
「ごめんー!」
春香は涙を浮かべながらてへぺろした。
「あーら!何かの手違いなのに勘違い卒業おめでとうですわね!」
ガリーナが腕を組んで屋上出入口に寄りかかっていた。
「勘違い?勘違いじゃないよ!勘違いはガリーナでしょ!」
春香があっかんべで言い返す。
「あなたみたいな、成績も下の下の人間が軍にスカウトされるわけが無いでしょう?ましてや伝説のムーンブルク軍?何かの手違いで勘違いされたのよ。」
「春香帰ろ!ガリーナも言い過ぎだよ、さよなら!」
「選ばれなくて残念でしたー!べーだ!」
「行くよ!」
ゆきは春香の手を引き、逃げるように屋上を降りた。
ガリーナはひとり屋上に残され、
鬼の形相になっていた。
「桐生春香…絶対許さない…。」ワナワナ
◇◇◇◇
ゆきと春香は別れて帰宅した。
ゆきは父と母の3人暮らし、祖父の代から「鳥使い」という職業を引き継いでいる。
父は伝書鳥での電報や鷹を使い猟をして収入を得る。
母も鳥使いなのだが、仕事が少なく小さな畑で細々と農業をしている。
けっして豊かな生活では無いが、幸せいっぱいの家庭だ。
ゆきが家に着くと、草鳥くさどりが一羽ゆきの肩に乗る。
「ソッピーただいま!」
キュー!キュー!
「ソッピー!お父さん、お母さんを呼んできて!お願いっ!」
ゆきが空中に指で何かを描くと、ソッピーは、すぐさま飛び立った!
「お願いねー!」
◇◇◇◇
1時間後、ゆきの父と母が帰ってきた。
ゆきは今日の出来事を全て話すと、父と母は涙を流しながらゆきを抱きしめるのだった。
◇◇◇◇
「殺助さつすけ!」
鬼の形相のガリーナは、部屋で声を張り上げた。
ガリーナの目の前に音もなく、背の高い男が現れた。男は異形で顔半分は火傷の跡で覆われている。
「お嬢様、御用で?」
「桐生春香を今夜、殺しなさい。」
「桐生…ですか。そいつは構いやせんが、お嬢様の同級生様では?」
「私に口答えする気!!」
「いえ…決して、そのようなことは…。」
「分かったわね!今夜必ず、殺しなさい。」
「わかりやした…。」
殺助は、音も無く消えた。
鏡を見つめるガリーナの顔は殺意に満ちていた。
「桐生春香、あなたは今日で終わり、地獄にでも就職してなさい。」
◇◇◇◇
ゆきが家族3人で夕食を食べている同時刻、春香も家族との夕食を食べていた。
「桐生家の誇りだよお前は、春香。」
「お父様、ありがとう!私めちゃくちゃ頑張っちゃうからね!」
「春香、無事に帰ってきてね。身体を壊したりしないように…」
「お母様、当たり前よ!ちゃんと帰ってくるよ!猫達お願いね!」
母は涙を浮かべていた。
「まさか9年生で選ばれてしまうとは思っていなくてな、親戚一同は今日ここに集まることは出来なかった、許しておくれ。」
「ぜーんぜん!私、お父様お母様と会えればいいもん!」
ゴロゴロゴロ…
チャンタがびっくりして猫棚から落ちた。
「あら?雷かしら。」
「嵐になりますね、この空気は。」
ヴィネットが食堂の窓のそばで言う。
「明日、旅立ちの日は晴れて欲しいものだな。」
「そうですね、今夜には嵐は通り過ぎますよ、旦那様。」
「おお!そうか!春香も明日のために早く寝るんだぞ。」
「うん!」
ヴィネットの目は鋭く、何かを感じ取っていた。
◇◇◇◇
暴風が大粒の雨を窓に叩きつける。
桐生家の門に8つの黒い影があった。
人間の動きでは無い素早さで塀を乗り越える。
サクッ
1つの影が倒れた。
「何奴!」
1つ、2つ、3つと次々と影が倒れていく。
殺助は、豪雨の中その気配を察知した。その瞬間!
全身の毛穴から汗が吹き出した。恐怖で動けないのだ。
「誰の命だ、答えろ。」
殺助の真後ろには、ヴィネットが立っていた。
「お、お前は何者だ…。」
「私の質問が聞こえないようだな。」
いつの間にか、殺助の耳が片方無くなっていた。
「うぐっ!」
「もう一度だけ聞こう、誰の命だ?」
「ひひっ、教えて欲しいか?」
「いや、もう結構。」
ヴィネットが後を向くと、殺助の首が無くなっていた。
「死体を全て処理しろ。」
「はっ!」
◇◇◇◇
嵐は通り過ぎ、雨上がり晴天の朝空。
ゆきと春香が出発する日が来た。