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るりとひかりとヒカリトルリト  作者: ゆうちく
1/8

初投稿です。よろしくお願いします。

  図書館七不思議


一、図書館がいつからあるのか、所蔵されている本がどこから来るのか、誰も知らない。


二、図書館内の湖は忘却の湖。底に沈んだ物は街の記憶から消えてしまう


三、湖に落ちた本にはなぜか浮力が働かない。絶対沈む。


四、湖の水は本を濡らさない。


五、館長が猫。


六、図書館のルールを破ると湖に引きずり込まれる。


七、七不思議なのに六つしかない。


 本は好きか。

 そう問われて、きっと好きじゃないですと答えるだろうあたしでも、好きな本はと聞かれると、手塚治虫っていう昔の誰かが描いた『火の鳥』だって、意外にポンと答えられるから不思議だ。


 でも、どういう所が好きなのかと突っ込まれると、答えに詰まる。太宰治って人が書いた『女生徒』が読みやすくて良いと思うよとか、カフカって変な名前の人が書いた『変身』がものすごく怖かったって話がすらすら出てくるのを聞いていると、ホンモノの読書好きには敵わないなと思うし、やっぱり、あたしはそこまで本が好きじゃないんだと納得する。


 自他共に認める読書好きの話によると、本は読むのももちろん、探すのもそれと同じくらい面白いのだそうだ。


 何気なく書架を見て回っていると、ふっと一冊の本に視線が吸い寄せられることがある。背表紙の文字が自然と目に飛びこんでくる。触れるとあっけなく書架から滑り落ちすんなりと手に収まって、導かれる様に表紙を開けば……その内容が、ここぞというとき、これしかないというものだったりするのだそうだ。そんなときは決まって、こう思うらしい。


 自分がこの本を見つけたのではなくて、本の方が自分を探し出したんじゃないか。人は読みたい本を探すが、本も、読んで欲しい人を探して、呼んでいるのかもしれない、と。


 本にはそういう不思議な力があるらしい。自分の読み手を引き寄せようという引力みたいなものが。

 本当かどうか知らないけれど、あいつは、瑠璃は少なくともそう考えているみたいだ。

 瑠璃の言うことはいつもよくわからない。


 その瑠璃が、また突然ヘンなことを言いだした。


「光里。私考えたんだけど、やっぱり図書館には洗濯機が必要だと思う」


 前に立つ教師が湖の水理現象について話すのを聞き流していると、隣の瑠璃の発言が耳に滑り込んできた。


「なんでだよ。いらないだろそんなの」

「いるよ。だって、泳いだら服が濡れるでしょ。そしたら洗濯してすぐ乾かさないと」

「着替え持っていけばいいだろ? それか水着で泳ぐか」


 適当に返しながら、教師に消される前に語句の羅列をノートに書き写していく。


「この時期に水着なんて使ったらすぐバレちゃうよ。この前もそれで湖に潜ったのがバレて怒られたし、昨日はちゃんと着替えを持っていったけど、洗濯物が濡れてたって、怪しまれてバレた」

「ふーん」


 全裸で泳げば? と言いそうになって止めた。こいつのことだから、目から鱗が落ちたような顔で「……そっか」とか言いかねない。もし万が一、図書館で全裸になったなんて誰かに知られることになったら。そしてそれが瑠璃の口からさもあたしの発案であるかのように語られでもしたら。想像するだけで背筋が震えた。


「やっぱりいるよ。洗濯機。乾燥機でも良いけど。コインランドリーみたいな感じで」

「いらないって」

「いる」

「いらない」


 折角まっさらにした黒板に、今度は湖に生息する生物の特徴を書き出した教師が、急に振り返った。


「そこ、うるさいですよ!」


 慌てて口を閉じ顔を上げると、隅で騒いでいた男子たちがばつの悪そうな表情で謝っていた。しかし、教師が前を向いて続きを書き始めると、お互いの顔を見てクスクスと笑いだす。


 あたしが安心して隣を見ると、瑠璃はまだ、


「私コインランドリーの雰囲気ちょっと好き」


 とか、よくわからないことを呟いていた。


 机の中に教科書とノートを入れて、軽い鞄を持って席を立つ。今日は早く帰ってジローと遊びたい。あのもふもふの体を抱きしめて温もりたい。善は急げと、周りの生徒に続いて下駄箱を目指す。すると瑠璃もすぐ隣に並んできた。


「ねぇ光里。今日暇だよね」

「暇じゃない」

「ドライヤー買いに行こうよ。服も乾かせそうなやつ」


 聞けよ。

 あたしは大げさにため息を吐いてみせてから、説明した。


「ジローの散歩があるから無理」

「散歩の前は」

「それじゃ散歩するのが遅くなる。今日寒いし、陽が落ちたらもっと寒くなるから、早くしたいんだよ」

「じゃあ後」

「寒いから無理っつってんだろ」

「なら、散歩のついでに買いに行こう。私もジローにまた会いたいし」


 えぇ……面倒くさいな。

 しつこい瑠璃にあたしがうんざりしていると、下駄箱に着いた。下校する生徒たちで渋滞を起こすそこは薄暗い。開け放たれた扉から風が吹き込んできてあたしは身体を震わせた。


「人魚なんだろう、君」


 唐突にかけられた声。


 振り向けば、立っていたのは眼鏡を掛けた男子生徒。

 緊張しているのか何なのか、声が固くて、顔も強ばっていて若干怖い。よく見ると、襟元にある校章バッジの色が違う。上級生だ。


 瑠璃は相手を見上げて、いつもと同じ調子で答えた。いつも通りの、静かだけど良く通る、伸びやかな声だ。


「うん。そうだよ。弥阪瑠璃です。十五歳。あなたは?」

「僕は老仙敬助だ」

「えっと、本郷光里です」


 自己紹介する流れなのかなーと思って、一応あたしも名乗ってみた。すると老仙とかいう先輩は鬼のような形相であたしを睨みつけてきた。


「君には聞いていない。というかなんだ君は。僕が話しているのは彼女だ。邪魔しないでくれ」


 その様子に、あたしはぴんときた。ああ、またか、と。瑠璃の容姿は人目を引くし、黙っていれば儚げな、深窓の令嬢のような雰囲気がある。腰まで伸びた濡れ羽色の髪に、整った顔立ち。手足は長くスタイルも良いし、お話に出てくる人魚みたいな外見だ。まぁ人魚と呼ばれてるのはそれが理由じゃないけど。


 つまりどういう事かというと、異性にモテるのだ。それもかなり。この先輩も、そういうことなんだろう。となると確かにあたしは邪魔だ。でも、それにしたって、随分な言い草である。

 そんな相手にあたしはあえて良い笑顔を向ける。


「そうですね。確かにあたしは通りすがりの一生徒でした。無関係なあたしは失礼するので、ごゆっくりどうぞ、先輩」


 茶化すように言い捨てて、そそくさと外靴に履き換える。そのまま立ち去る振りをして、背後で続く会話に聞き耳を立てた。


「何?」

「確認したいんだが、君は本当に人魚なんだな?」

「うん」

「水の中ででも、陸と変わらず動けるのか」

「そうだよ。あ、でも、プールの授業ではちゃんと息継ぎするよ。水泳大会でも。そういうルールだから」

「なら、湖に落ちた本も回収できるんだな?」

「もちろん。泳ぐのは得意だから」

「聞いてもらいたい話があるんだ。少し付き合ってくれ」

「無理。じゃあね」

「お、おい待て! 話を聞いてくれ! き、今日しかないんだ!」

「今日は、光里とジローとドライヤーを買いに行くんだ。だから無理。ごめんね」


 嬉しそうな声で何か言ってるが、あたしはまだ了承も何もしてないぞ。まぁ、特に理由はないけど今少しスカッとしたから、今日くらいは付き合ってもいいかな。


「お待たせ」

「別に待ってないけどな」

「おい、まだ話は終わっていない!」


 老仙先輩が、回り込んであたしたちの前に立ち塞がった。あれだけ素っ気なく振られて、よく心が折れないな。ひょろっとした外見の割に、メンタルは強いらしい。


「何?」


 瑠璃の問いに、老仙先輩は鬼気迫る様子で捲し立てた。


「今日なんだ、今日中でないと不味いんだ! 『ジャック船長の勇気ある冒険譚』! 昨日、借りに行った時に湖に落ちるのを見た。もう一日経っている。忘れられる前に、手に入れないと不味い! 時間がないんだ!」


 あたしは、ここでようやく、先輩の顔の強ばりが、告白の緊張とは全く別のものであるらしいことに気がついた。

 そう言えば、さっきのやりとりでも「湖」だの「回収」だの、不穏なワードが聞こえてきていた気がする。


「回収してもらいたい。今日中に。人魚である君にしか、頼めないんだ」


 絞り出すように言った先輩は、両手をきつく握りこんでいた。縋り付きそうになるのを必死で堪えているみたいだった。

 ただならぬ雰囲気に、周りの生徒達も私たちをちらちらと気にしながら通り過ぎていく。


 先輩の行動にあたしは少しいらっとして、ついそれが口から漏れてしまった。


「そんなの司書に頼めば良いじゃん」

「何?」


 気がつくとあたしは瑠璃と先輩の間に入っていた。


「本の回収なんて生徒に頼むことじゃないでしょう。そういうのは、普通は司書に頼むもんです」

「そんな事は知っている。だが、時間が無いんだ。それに彼女はただの生徒ではない。人魚だ」

「どうしてそこまで……」

「『人生を変えてくれた一冊』だからだ!」


 はぁ? なんだそりゃ。そんな意味不明な理由で納得すると思ってるのか。


「君には関係ないだろう! 引っ込んでいてくれないか?」


 いくら瑠璃が人魚だからって、そんな危険なことを会ったばかりの相手に頼もうだなんて……。あたしは苛立ちを通り越して呆れてしまった。先輩のせいでそろそろ周りの生徒達の視線も痛いし、さっさと離脱するために、瑠璃の袖を引く。


「何を勝手な……。もう良いです。ほら瑠璃、行こう。こんなやつ相手にすること――」

「いいよ」


 あたしの言葉を遮って、瑠璃は簡単そうに答えを返してしまった。

 それを聞いて、先輩は肩の力が少し抜けた様子で、鷹揚にうなずいた。


「よろしく頼む。館の職員から、君は図書委員だと聞いている。なら、図書館の鍵は渡されているな。今日の午後八時半。図書館公園の噴水塔に来てくれ」

「うん」


 去っていく先輩の背中を見ながら、あたしは瑠璃に小声で話しかけた。


「おい、良いのか? 昨日怒られたばかりなんだろ。今日は止めといたほうがいいんじゃないか」

「大丈夫」


 何がどう大丈夫なのかさっぱりだけど、瑠璃は自信満々にうなずいてみせる。


「けどなぁ。あの先輩なんかおかしいだろ。感じ悪かったしさ、やっぱり関わらないほうがいいと思うぞ」


 あの眼鏡の言ってたことはどこか変な気がしたし、そもそも、どうして本を回収して欲しいのか、その理由がいまいちわからない。それは瑠璃がちゃんと訊かずに返事をしたのが悪い気もするが、あんなに焦ってたのもとにかく怪しい。

 だけどあたしの言葉にも瑠璃は首を傾げるだけだ。


「そうかなぁ? 悪い人じゃない気がするよ、あの人。私はそう思った。だから、助けてあげても良いかなって」

「根拠は?」

「うーんと、勘」

「勘かよ」


 忠告するのも馬鹿らしくなって、あたしはこれ以上瑠璃を説得するようなことを言うのは止めた。

 でも、最後に一つからかってやるくらいはいいだろう。


「そんなこと言って、本当はあの先輩のこと、好きだから引き受けたとかだったりして」

「うん、けっこう好きだよ」


 唐突なその告白に、冗談で喋っていたあたしは一瞬思考が止まった。


「え、ええ!? へ、へえぇ。そうなんだー。え、え、いやうそだろ? ほんとに? あんなの陰険そうな……じゃなくてああいう感じの男子が好みだなんて……。意外というか何というか」

「好きなんだ、ジャック船長」


 ん? ジャック……船長?


「『ジャック船長の勇気ある冒険譚』。また読みたいなぁ」

「好きってそっちかよ!」


 あたしの声も届かない様子で、うっとりした表情を浮かべていた瑠璃だったが、急にはっとしてこっちを見た。


「準備しなきゃ。ごめん先帰るね。散歩はまた今度」

「え、ああ、うん」


 慌てて走り出したかと思うと、数歩いったところですぐに戻ってきた。瑠璃は爛々と瞳を輝かせていて、なんだかあたしはすごく嫌な予感がした。


「そうだ光里」

「どうした?」

「私、昨日副館長に叱られて鍵没収されちゃった。だから、他の子から借りてきて。あとカメラも欲しい」

「は?」

「お願い。じゃあね!」


 話について行けないあたしを置き去りにして、今度こそ弾丸のように外へ飛び出していった。校門のアーチを抜け、その背はぐんぐん小さくなっていく。


「鍵ぃ? なんであたしがそんなこと……」


 しばらくして一応そう口にしてみたけど、当然その抗議は誰の耳にも届かずに下駄箱の喧噪に掻き消された。


 まただ。いつもこうだ。どういうわけか、こうしていつの間にかあたしも付き合うことになっている。

 あいつがあたしに頼み事をするとき、返事を聞く事はまず無い。言うだけ言って去って行く。瑠璃は、自分の頼みが断られるなんて微塵も考えちゃいないんだろう。ドライヤーのこともそうだけど、今回も。どうやらあたしが鍵を借りてくることはあいつの中ではすでに決定事項らしい。


 頭を数回掻きむしり、やるせなさに天を仰げば、冬の空はもう日がかなり傾いて、天頂が夜に染まりだしていた。

 ごめんねジロー……。

 あたしは仕方なく、履いた靴をもう一度スリッパに履き替えた。

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