顔のない死神は薄幸少女の死の間際に
死というモノはいつの時代も生きとし生けるにとって忌諱される存在である。
特に死が差し迫った者にとって、それはより色濃く恐怖の対象として見なされるであろう。
しかし死とは必ず訪れるもの、だからこそ死が少しでも心地よく受け入れ易いものになるようにと創造主も考えたのであろう……。
死者をあの世へと水先案内をする死神の姿は、死者や死期が近い者にとって最も大切で会いたいと思う者の姿に見えるのだ。
だから誰もが喜んで、死神の手を取って死後の世界へと向かった。
世界がこの形になった時から、いつも死神は死の淵にあるものの傍らにいて時が訪れればただ死者の手を引いて歩いてきた。
死神というものは死神という形をとってはいるものの、雨や風と同じ一種の事象のようなものだった。だから死神の行動には個の意思などはなく、ただただ淡々と役割を果たし続けていた。
そこに疑問など生じる余地などなかった。
この時までは……。
―――――――――――――――――――――――――――……
いつも通りに死神は死期の近い少女の元を訪れた。
その少女のいる部屋は人が生活するには、いささか殺風景でガランとした個室だった。
「……誰?」
人が近づく気配を感じ取ってか少女がベッドから体を起こした。ここまでなら、よくあるいつも通りの話だった。
しかしその後に少女が発した言葉は、いつも通りのそれではなかった。
「……ねぇ何でアナタは顔がないの?」
ベッドの上から死神を見つめる少女の表情には強い困惑が見て取れる。
死神自身も全く想定外の出来事に戸惑った。
確かに今までにも相手が驚くような反応をすること自体はあった。しかしそれは死神を通して見た大切な存在に対しての反応であり、顔を見てなお全く初対面のような……ましてや顔がないのかなんて言葉は一度もかけられたことがなかった。
「我が分かるのか……?」
「分からなかったら、声なんて掛けられないでしょ」
「ああ、そうだな」
もしかしたらまだ気のせいかと思っていた死神だが、しっかりと自身の言葉に反応する少女を目の当たりにして彼女が間違いなく死神を認識していることを確信した。
「顔が無いように見える割に喋ることは出来るのね」
「……誰かと話すこと自体初めてだから、自分でも会話出来ていることに驚いている」
「そんなので、よく生きて来れたわね……というか、アナタって生きてるの?」
「さぁ、生きてるかどうかなんて自分でも定かではない。自分は死者の水先案内をつとめる存在、人の言葉で言うところの死神というやつだ」
「ふーん……自分が見えるかなんて、まるで幽霊みたいなことをいう人だと思ったら
本当に人間ではなかったわけね」
「そんなに簡単に信じるのか?」
その言葉に少女はクスリと笑った。
「あいにく私も普通の人間には相手にされない立場にいるの。だから人間じゃないと言われた方がずっと納得できるのよ」
その言葉は自嘲するような響きを含んでいて、明るく取り繕っているような表情にも
どこか悲しみを滲ませていた。
「どうしてなんだ?」
死神の問いに彼女は愉快そうに目を細めた。
「人間には相手にされないっていったこと? 死神でも気になるんだ、意外に俗っぽいのね……いいわ、どうせヒマだし教えてあげる」
死神は別段気になったわけではなく、なんとなく聞いただけだったがわざわざ否定はせず黙って少女の話を聞いた。
「私ね、家族に捨てられたの」
「……」
「今では見ての通りの死にぞこないだけど、元はそこそこ良いお家のお嬢様だったのよ」
「……」
「一応、血の繋がった家族もいたわ。でも父も母も私には家族としての愛は持って無くて、どれだけ役に立つのかでしか私のことを見てくれなかったの」
「……」
「幼い頃には親に多少の愛情を期待したこともあったけど、途中で諦めたわ。むしろ役立たずでいると捨てられる可能性すらあると分かって努力するようになったわ」
「……」
「でも残念ながら私の体は生まれつき欠陥品だったみたいでね」
「……」
「それが分かった途端で実の父親からこの個室で最期まで過ごすように申しつけられたってわけ……」
それまで前だけを見て淡々と話していた少女だったが、急に死神を真っ直ぐにみて問いかけた。
「ねぇどう思う、今の私のこと……やっぱり客観的に見て哀れに映るものなのかしら?」
「我は確かに言葉の意味は分かり、会話こそ出来るが人間の価値観というモノは理解できない。だから別に何とも言えない」
死神は正直だった。別に少女に興味がないわけではないが、初めて会話をした死神はそれ以外の答えを持ち合わせていなかった。
そんな死神に対して少女は、驚いたようで安心したような悲しむような複雑な表情を浮かべた。
「ふーん、そうなの。でもそうね……そもそも私は死神に何を聞いているのかしら」
それは前半は死神に向けた、後半は小声で自分に向けた独り言のような言葉だった。
「私の事情については、今言った通りよ」
「そうか」
「聞くだけ聞いてホントに何にも思ってなさそうね……まぁいいわ、答えた代わりに今度は私の質問に答えてよ」
「我の知っていることであれば別に構わないが」
「嬉しいわ、死神って意外と親切なのね」
「そうか」
「じゃあ質問するわよ。いくつか聞きたいことがあるのだけれど、まずアナタは顔が無いように見えるけど、それは何故なのかしら」
「この顔や姿を含め本当なら、死神が迎えにきたものにとって最も大切で会いたいと思う者に見えることになっている。少なくとも今まではそうだった」
「そうなのね……つまり、私には大切な人がいないからアナタの顔が無いように見えるってことよね」
「おそらくは……」
一旦、俯いてから彼女は堪えるように噛みしめるように笑った。
「なら大切な人がいなくて良かったわ。だって死神の姿を見れる人間なんて、きっととっても特別よ」
そして笑顔のまま彼女は手を差し伸べた。
死神が意味が分からずに手を見つめていると、彼女は口をとがらせて言った。
「ほら、握手してよ」
「ああ」
死神が少女の手を握ると、彼女は驚いて目を瞬かせた。
「アナタの手、骨みたいなのにちゃんと人の手の感触がするのね」
「そうなのか……」
「自分のことなのに他人事みたいね ねぇもっと触ってもいい?」
「構わない」
死神が頷くと、少女は両手で死神の手を包んで目を細めた。
「温かい……」
しばらくそうしたのちに、少女は「ありがとう」と言って死神の手を離した。
「ねぇアナタは私が死ぬまで傍にいるの?」
「そうだ」
「私はあとどれくらいで死ぬ予定なの?」
「3日だ」
「そうなの……」
しばらく考え込んだのち少女はあっ、と声をあげた。
「それなら私が死ぬまでの間、私の友達になってくれない?」
「友達……?」
「そうよ、意味は分かる?」
「それは分かるが……」
「なら死ぬまでの間だけ、フリでもいいから私の友達として振舞って欲しいの
ダメかしら?」
「ダメではないが……」
「ならいいでしょ、それとも嫌なの?」
「嫌でもないが……」
「じゃあ、なんなの?」
「友達という言葉の意味は分かるが、具体的にどうすればいいかが分からん」
「なら私がどうすればいいか教えるから、その通りにして それなら問題ないでしょ」
「ああ……」
「それじゃあ、アナタは文字通り死ぬまで私の友達よ」
「承知した」
感情なんて無いはずの死神の心が友達という言葉に少しだけさざめいた。
だけども自分のこと、ましてや心に鈍感な死神は、そんなことに全く気付かなかった。
―――――――――――――――――――――――――――……
「あら、いけない色々話した割にまだ名前を教えていなかったわね。 私の名前はアリシア、アナタはなんていうの?」
「我は死神だ」
「それは知ってるわよ、個人の名前は?」
「ない」
「それは困ったわね じゃあ私が名前を付けてあげましょうか?」
「好きにしてくれ……」
死神がそう答えるとアリシアは顔に手を当てて悩み出した。んーっと唸りながら悩むアリシアだったが突然、良い考えが浮かんだのかパッと明るい表情になり口を開いた。
「それじゃあ、アーサーなんてどうかしら 私が好きな本に出てくる騎士様の名前よ」
「分かった」
「それって気に入ったの?」
「別に……」
「もうっ嫌じゃないなら、嘘でも気に入ったって言いなさいよ」
「分かった……気に入った」
死神の返事にすこしむくれるアリシアだったが、気持ちを切り替えるように頭をふって「まぁいいわ」と言った。
「それじゃあ、アーサー何か面白い話をしてよ!!」
「面白いという意味は理解できるが、人間が指す面白いの概念が分からないのだが……」
「もうっじゃあ死神の仕事のこととかを話して頂戴」
「承知した……」
「死神の話を聞けるなんて楽しみだわ!」
そう言って目を輝かせるアリシアは嬉しそうに笑う。
死神は長年人間を見てきた。基本的には死期の近い人間に寄り添ってはいるが、それ以外の人間のことを見る機会も少なくはなかった。そのはずなのにアリシアが今、浮かべてる表情は死神にとって初めて見るものだった。そして何より死神が不思議だったのは、その表情を見ていると微かにではあるが温かく心地よいものを感じたからだった。
だけど死神は深く考えなかった、そもそも考えようという考えが存在しなかった。
「我にはじきに死にそうな人間が分かる、だからそれを迎えに行くのが役割に当たる」
「そういえば、私がもうすぐ死ぬのは確かだけどなんで三日も前に来たの?」
「早めに行くことで、自らの死を悟らせ本人の意思であの世に行こうと思わせるためだ」
「ふーん、そうなんだ」
「そうだ」
「でもそれなら私にそんなこと話して大丈夫なの、何か困らない?」
「……何か困るだろうか」
死神の言葉にアリシアはニヤリとした。
「だって私がアーサーを困らせるために、あの世に行きたくないって言いだすかもしれないじゃないの」
「行きたくないのか……?」
「別に行きたくないわけじゃないわよ。でもひたすらに無感情なアーサーの困った顔が見たくて、あえてそういうことをするかも知れないってこと!!」
「だが、そもそも我には顔がないのだが……」
「そうだけど!! 顔がなくても困った反応が見たくて、そうするかもしれないじゃない」
「それは確かに困るな……」
「でしょ!?」
「まず困ったときに、どうすればいいか分からずに困る」
「えっ何よ、それ!? そりゃ困ったときは……えーっと、困るから困るのよ!!」
「もしかして、今のそなた反応が困ったというやつなのか?」
「えっ……そ、そうよ!! 分からないみたいだから見本を見せてあげたってわけよ」
普通の人間であれば、とても通らない苦しいセリフだったが非人間である死神は苦しさに気づかずすんなりと納得してくれた。
「なるほどな……」
「というわけで、あとで絶対困らせてやるから覚悟しなさいよ!!」
「努力する」
「根本的に違うわ、困ることに努力は必要ないの!!」
「うむ? 困るというのは奥が深いな……」
「もうっ……いいわ。いくら姿が親しい人間に見えるからと言っても、そんな頓珍漢なことばっかり言ってよくどうにかなってきたわね?」
「まず、喋ることがないからな」
「そういえば、最初にも会話したことがないとか言ってた気がするけど……喋らないと不自然じゃないの?」
「別に我が喋らなくても、そこにいるだけで向こうが勝手に喋ってくれる。相手にとっては会話も成立しているのだろう……むしろ、我から何か話しかけたとしても声なんて届かないだろう」
そんな死神の言葉に思う部分があったのだろう、アリシアは悲しげに目線を落として震えを堪えるような声でいった。
「……そう、そうだったの……それってとってもツラいわね」
「我にとっては当然のことだったが、ツラいことなのか?」
「誰にも自分の存在を気づかれないでそこに居続けるって、私だったらとっても悲しくてツラいわ」
「……なぜ、ツラいんだ?」
「……言葉にすると難しいから上手く言えないかも知れないけど、人って誰かと接することで自分を確立することが出来ると思うの……だけど誰にも気付いて貰えなかったら私は私でいられない」
「だが我は人ではなく死神だ」
「……そうね、でも意思を持って存在しているアーサーが誰とも話しをせず、認識されず、ただ役割を果たしてきただけだということは、とても孤独よ……こんな広い世界で他人がいるのに一人きりなんて悲しいことだと思うわ」
「……我にはとても理解できない」
「…………ごめんなさい、少し押しつけがましかったかも知れないわね」
「別にただ我が理解できなかっただけで謝ることではない」
「いいのよ、私が謝りたいから謝ってるのだから!」
「人間とはよく分からないものだ」
「そうよね、分からないわよね……私だって分からないのだから」
「だがそなたは人間であろう?」
「たとえ人間でも他人のことなんて、大抵理解できないものなのよ」
「そうなのか」
「そうなのよ……だってきっと分かっていたら、私自身こんなにツラい思いをすることもなかったのだから」
「そなたはツラかったのか?」
「……ツラかったのかもしれないわね」
「自分の気持ちなのに分からないのか?」
「人間ってね、案外自分の気持ちもよく分からないものなのよ」
「人間というのは難儀なものだな」
「そうね……難儀よね……」
そう口にするアリシアはどこか遠くを見るような目をして、物憂げにため息をついた。
「ねぇ、少し私の話をしてもいい?」
「構わない」
「よかった、ありがとう」
「元々それが我の仕事みたいなものだからな」
「仕事なにそれ……今までの人たちと私を同じにしないで頂戴……!」
表情を一転させてキッと死神を睨みつけるアリシア。その表情は怒っているのに泣き出しそうで何かを耐えているようにも見えた。
「少なくとも私は他の誰でもない友達であるアーサーに向けて話をするのだから!!」
アリシアのその言葉は今までで一番大きな衝撃を死神に与えた。
そしてそれは初めて死神が自分の心の動きを自覚する程のものであった。
「……他の誰でもない我に?」
「そうよ、だからアーサー自身もそれを意識してしっかり受けって欲しいわ」
真剣な眼差しに真剣な言葉。その両方が確かに自分、彼女がアーサーと名付けてくれた死神に向けられている。自分を通して見る他の誰かではなく、自分自身に。
その時から彼の中でも、自身の認識も《ただの死神》ではなく《死神のアーサー》になった。
それと同時に心が震えるような感覚がしてアーサー自身戸惑ったが、悪い感覚ではなかったのでどうにかしようとは思わなかった。
はじめて感情を自覚したばかりのアーサーは、その感覚が喜びであると理解するには経験が不足していた。
「……承知した」
「それならいいわ、じゃあしっかりと聞いてね!」
「……ああ」
「私がさっき、他人の心なんて分からないって言ったじゃない? それってね、ずっと両親の気持ちを知りたかったのに結局分からなかったからそう思ったの……」
「…………」
「どうしたら喜んでくれるだろう、どうしたら笑いかけてくれるだろう、どうしたら私を愛してくれるだろう……それを延々と悩み続けた日々だった。悩んで、悩んで、悩んで……それでもずっと正解が見つからなかった」
「…………」
「でもきっとそういうものだったんでしょうね。ここに来て一人っきりになって、また色々考えてようやく出た答えがそれだったわ」
アリシアの何もかも悟ったような悲しげな微笑み。先程までも同じような表情を見たが、何故だか今度はアーサーの胸がチクチク痛みと居心地の悪さを感じた。
しかしそれが何なのかも、ましてやそれを取り除く方法などアーサーには分からなかった。
―――――――――――――――――――――――――――……
アリシアの容態が急変し寝込むことになった。
何かにつけて話しかけてきていたアリシアが、寝込むことになって部屋はすっかり静まり返っていた。
人間の死期が分かるアーサーには、アリシアがまだ死ぬことがないとは分かっていた。しかしアリシアが苦しそうに浅い呼吸を繰り返すのを見ていると、胸がざわつくのと同時に締め付けられるような感覚にもなった。
今までにもこんな人間ならいくらでも見てきたのに、そんなことを感じるのは初めてだった。
その感情がアリシアを失うことへの不安や心配であることなどアーサーには到底分からなかったし、もちろん誰かが教えてくれることもなかった。何故なら、アリシア以外の人間には彼を認識することすら出来ないのだから。
―――――――――――――――――――――――――――……
容態が落ち着き意識を取り戻したアリシアがパチリと目を開いた。身体を起こさないまま辺りを見回した彼女は、アーサーがいることに気づくと嬉しそうに頬を緩めた。
「よかった、アーサーまだ居てくれたのね」
「死ぬまで友達だという約束だからな……当然ずっとそばにもいる」
「へぇ……アナタから友達って言ってくれるなんて意外だわ」
「友達だから友達と言ったまでだ」
あまりに自然にそうい言い切ったアーサーに一瞬目を瞬かせたアリシアだったが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いたのだった。
「……うん、そうよね。分かってるじゃないの!」
その喜びが有り余ったままに、アリシアはベッドから体を起こした。
「多少は察しが良くなってきたアーサーに今日は新たなミッションよ!!」
「ミッション……?」
「そうよ、私ったらせっかくアーサーが居てくれるのにちょっと寝込んじゃったでしょ?」
「ああ……」
「だから今日は夜更かしをすることにしたの!!」
「夜更かし……」
「今まで一度もしたことがなかったんだけど、夜遅くまで……できれば一晩中起きてようと思うの」
「一晩中……」
「当然、付き合ってくれるわよね?」
「だが、そんなことをしたら体に良くないんじゃないか……?」
すぐ頷いてくれると思っていたアーサーが急にそんなことを言い出したため、アリシアは驚いてるようだった。
「……良くないって言われれば、そりゃそうだけど……どうせ、もうすぐ死ぬのに我慢なんてしたくないわ。仮に今我慢したとして私の寿命は延びたりするの?」
「いや、それはない……」
「ならやっぱり我慢する必要なんてないじゃない」
「そうだな……」
「……でもアーサーが、そんな風に私を心配してくれたこと自体は素直に嬉しいわ」
「心配……この不思議と感情に似たものは心配だったのか……」
「感情に似たものって何よ……もし自分の中で何か感じるものがあれば、それは感情以外の何物でもないでしょう?」
「感じるものとは具体的にはなんだ?」
「んー具体的ね……例えば、人間の感情は大きくわけて喜び、怒り、悲しみ、楽しいと言われてるんだけど。例えば喜びは胸が温かくなったり、思わず飛び回りたくなる感じがしたりするわね」
「温かくて飛び回りたくなる……」
「……私の場合はだけど」
「ならば、そなたが笑っている時に感じていた胸の温かさは喜びだったんだな……?」
「私が笑ってる時に?! ……そ、そう思うならそうなんじゃないの?」
「では、我にもっと感情というものを教えてくれないか? 名前は知っていても、自分の中に起こっているそれがどういう感情なのか自分ではとても判断できない」
「アーサーからお願いをしてくるなんてね……。でもいいわよ、今日はずっと起きてるって決めたんだもの、私ができる限りいくらでも教えてあげるわ!!」
力強くそう頷いたアリシアの顔には輝くような笑顔が浮かんでいた。
―――――――――――――――――――――――――――……
アリシアは自ら言った通りアーサーと夜明けまで語り明かしたが、日の出を見たあたりで青白い顔をしたアリシアは「疲れたから少しだけ休む」と言って横になってしまったのだ。
一見穏やかに寝ているように見えるアリシアだったが、死神であるアーサーにはハッキリ分かった。
――――アリシアの死がもう近い……
彼女の死期がもう目の前まで迫っているということが。
――――自分はアリシアに好意を持っているのだろう
アリシアに感情というものを教えてもらい、少しだけ自分の感情を言語化できるようになったアーサーは心の中で思う。
――――アリシアを失うのが怖い
もしアリシアがいなくなったらと思うと息をしていないハズなのに息苦しく、痛みなど感じたこともないのに心が砕けてバラバラになるような痛みを感じた。
しかしいくら苦しくても感情を言語化できるようになったとしても、アーサーには結局どうすればいいかが分からなかった。
そんな中でアーサーの願いだけがただただ渦巻いた。
――――アリシアともっと話がしたい
――――アリシアの笑う姿をもっと見たい
――――アリシアともっと……傍に居たい
アーサーにとって何かを願ったり望んだりすること自体が初めてのことだった。
しかし皮肉なことにそのどれもが到底かなわないもの……もし奇跡が起きてアリシアの寿命が延びたとして、死期から遠ざかった彼女にはもう死神は見えない。そして死神は死期が近い者以外の傍らに立つことは出来ない。
それがこの世界で定められた摂理であるため、彼が死神である限り絶対に願いは叶うことはない。
「ねぇ、アーサー……」
アーサーが物思いにふけっていたところ、以前と比べるとずいぶんとか細いアリシアの声が聞こえてきた。
「どうした」
「私まだアナタに言い忘れてたお願いがあるの……」
「なんだ……?」
アリシアはベッドに身体を横たえたまま、目もとろんとした夢うつつのような状態で話す。
「私の名前呼んでよ……よく考えると一回も呼んでくれてないじゃない」
「そうだったか……」
「そうよ」
「分かった…………アリシア」
その言葉を聞くと満足げにコクコクと頷き再びアリシアは目を閉じた。
「アリシア……」
もう一度名前を呼んでも、もう寝てしまったらしいアリシアの反応はない。
そんなアリシアに対してアーサーはいつかどこかで見た人間の仕草を思い出し、優しく頭を撫でた。それはサラサラとした髪だったが、その感覚がアーサーの手に伝わることはなかった。何故なら死神の手に感覚など必要ないと創造主が考えたからだ。
―――――――――――――――――――――――――――……
ついにアリシアが息を引き取った。
それを見届けたのは結局アーサーだけだった。
アリシアのいる建物には、定刻に食事を運んで来るついでにアリシアの生死を確認する人間がいるだけで、それ以上の人も治療設備もなかった。
当然、アリシアが死んでも誰もすぐには気付くことはない。
最初こそなんとも思っていなかったアーサーだったが、アリシアに入れ込むようになった今となっては待遇の酷さに怒りを感じるようになった。
だからといって彼には報復はおろか文句を言うことも出来ないわけだが。
――――せめて最後までしっかりアリシアに付き合い……あの世に送り届けよう
それだけが唯一アーサーに出来ることであり、存在意義でもあった。
「アリシア行こう……」
アーサーがすっとアリシアに手を差し出した。
「アーサーは相変わらずね」
しかし死んで霊体になったアリシアは、その手が見えてないかのようにアーサーの方を見て話しかけてきた。
「アリシア……?」
「大丈夫よ、私アーサーがいるから怖くないわ」
「…………」
アーサーの差し出したままの手が微かに震えた。
だがそれも気づかないかのように、アリシアはまるで誰かと会話を続けているような態度で話し続けていた。
その光景はアーサーも幾度となく見てきた、よく知っているものだった。
今までのアリシアが例外だったたけで、本来死神の姿は死者や死期が近い者にとって最も大切で会いたいと思う者の姿に見える。
――――我がアリシアの最も大切で会いたい存在になったのか……?
そう考えるとアーサーの視界はぐにゃりと歪んだような気がした。彼にしてみればアリシアの大切な存在になった喜び以上に、彼女へ二度と声が届かない痛みの方が勝っていた。
アーサーが言いようのない悲しみにくれる中、アリシアは目の前にいるアーサーではない別のアーサーと話し続けている。
「アリシア……」
名前を呼んでみても当然彼女は答えない。
アーサーは身の内を焼かれるような感覚に苛まれたが、それが絶望だとは分かることも知ることもなかった。
何故ならそんな感情は教えてもらわなかったし、つい先ほど彼の声を聞いて答えてくれる人間はいなくなってしまったのだから。