第10回 本知識対決
お読みくださいまして、ありがとうございます。
ここは本日の対決会場、学院の図書室である。
本来ならば騒ぐような場所ではないのだが、ここを管理する室長が厚意で決戦の場を提供してくれたのだ。
貸出カウンターの前に向き合うように二つの机を用意し、そこに俺と本日の対戦者が、火花を散らして向かい合い立っている。
そしてカウンター内にはいつもの立会人たちが横一列に並んで座っていた。
俺達を挟んで反対側には、多くのギャラリーが、まだかまだかと浮足立たせている。
「ごきげんよう、クロスター様。ウッド男爵の娘、メアリーと申します。本日は私の対決を受けていただき、誠にありがとうございます。」
「挨拶はいい、さっさと始めよう。」
今日の俺は、もの凄くイライラしていた。
気を抜けば負けるというジェームスの言葉に不安を駆られ、俺はあの日から、本についての知識をこれでもかと頭に叩き込みまくってきたのだ。
久々に本気出したぜ。
シャララーン。
新たに本を読む事はもちろん、本は様々なジャンルがあるので、競うのが俺と男爵令嬢であるから、ある程度の予測を立てて的を絞り、三日の間に必死に、必死に脳内に叩き込み、力を付けてきた。
今までに読んだ本のおさらいや、最近の物語など読んでいなかった物を、あらすじや登場人物など詳細を従者にも協力を頼みまとめ、それを暗記して、知識を倍々どーんと増やしてきたのだ。
完璧である。
完璧である。
完璧である。
来い、今ならば、名誉博士にも勝てる気がする!!
シャララーン。
昨夜は、ほぼ興奮して眠れず、今は知識を忘れないように直ぐにでも対決を始めたい一心で静かに燃えていた。
そんな徹夜明けのテンションの俺は、少しばかり感情が暴走気味だ。
「随分、やつれているように見えるけど、あの天下の美男子ウィリアムが徹夜でもしたの?」
ジェームスが意地悪な質問をぶつけてくる。
フッ、お前の一言が気になりまくって、がむしゃらに勉強したぜ~。
徹夜も徹夜。
3徹目ですけど、何か~??
「ああ、気を緩めるどころか硬く詰め込んで、解けないくらいガチガチにして来てやったぞ。さあ、来るなら来い!」
シャララーン。
俺は目を見開き言い返す。
「う、嘘だろ……お前、本当にウィリアムか?大丈夫か?」
俺の顔色を見て心配そうに、フレデリックが声を掛ける。
分かるぞ、美意識最高級のこの俺様が、このやつれようだ……俺でさえも信じられない事態だ。
しかーし、負けるわけにはいかんのだ!
全力!俺の全力見せてやるー!
「絶対に負けたくないからな!さあ、さっさと始めよう。」
シャララーン。
フレデリックの心配する声はお構いなしに俺は息を巻く。
「えーと、それではこれから本の知識対決を行います。問題は全部で3問です。先に2問正解した方が勝者です。答えが分かった時点で、手を上げてください。先に手を上げ、指名を受けた者が答える権利を持てます。指名されたら直ぐに答えてください。直ぐ答えられない場合、不正解になります。一度不正解になると、その問題へ再度答えることが出来なくなりますので気を付けてください。ルールを守れない場合は失格です。それでは始めます。」
ジェームズの説明を聞き、対峙する対戦者と俺はお互いに真剣な顔つきへと変わった。
俺は問題を聞き逃すことの無いように、耳に意識を集中する。
集中ーーー。
周りの音がかき消されて、フレデリックの声だけが聞こえる。
よし、イケる!!
「それでは第1問。ここ最近、若い令嬢や庶民の間で人気を得ている恋愛小説の、奇跡のミラージュ、恋の病、ルノールの恋―――」
「はい!」
そこで手を上げたのは……男爵令嬢だった。
クソッ、まだ問題の途中じゃないか、もう少し聞いてからでいいだろう?
1問目なんだぞ?普通、緊張しているだろう?
余裕か?余裕なのか?
そんな俺の胸の内は無視して、令嬢がヘンリー殿下に指名され、着々と流れが進んでいく。
なんの躊躇もなしに、令嬢が得意げに答えた。
「3作品の作者は、ミッシェル・エドモンドです。」
ミッシェル・エドモンド?
あ、誰だ?あっ、あの最近、社交界に参加している貴族が現実を織り混ぜて書いているとか噂になってるっていうあの本を書いている奴か。
確か、恋の病の主人公は俺と付き合ってた奴の話しなんじゃないかって、似ててウケる~と従者が言ってたなぁ……まあ、どうでもいいが……チッ、ちょっと腹立つ。
そうこう考えているうちに、答えが発表される。
「正解!!問題の続きは、奇跡のミラージュ、恋の病、ルノールの恋歌、三作品の作者名を答えよ でした。答えは、ミッシェル・エドモンドで、ウッド嬢が正解です。まずはウッド嬢が正解し、一問先取しました~。」
ヘンリー殿下の声が通る。
拍手が起きている。
俺は、机の上に握られた両手を強く握り絞める。
く、悔しい。
恋愛小説なんて女の読み物だと馬鹿にしていて真剣に読んだことがなかった。
だから必死で人気作のあらすじを覚えてきたのに。
恋愛物なんて、みな同じに感じて、何度眠りそうになった事か……それなのに、くそ~すぐに答えが思い浮かばなかった。
悔しそうに唇を噛みしめていると、男爵令嬢に声を掛けられた。
「クロスター様、これは仕方のないことですわ。」
その一言で握りしめていた拳を見るのをやめて、令嬢へと視線を向けて顔を見る。
仕方ないとは、どういう事だ??
「恋愛小説は本来女性の読み物ですし、それにこの作者、これ、私自身なのです。ですから、私が正解を知っているのは当たり前、当てられないのはおかしいのです。きっとこれは、私へのサービス問題でしたのよ。」
そうウッド嬢が言った後、俺は即座にジェームスに目を向けたのだが、同じタイミングで首を横に向け、目線をサッと逸らされた。
こ、このヤロー、やりやがったな!!
この勝負、絶対に勝ってやるぞ。
ジェームスを強く睨みつけた。
ジェームスが首筋に汗を垂らしている。
そうこうしているうちに次の問題が読み上げられる。
「それでは第2問です。世界的に有名な文字の研究者エルナス・ダルシエ、彼の有名な研究である古代遺跡の文字列が掲載されて―――」
「はい。」
「あ、はい!」
ウィリアムが先に手を挙げ。
慌てて男爵令嬢も手を挙げた。
おお~と声が沸く。
「では先に手を挙げたウィリアム、答えを述べよ。」
ヘンリー殿下が指名した。
「はい、エルナス・ダルシエ著者の本のタイトルは、“先人の声”だ。」
シャララーン。
迷いなく俺は言い切る。
「正解!問題の続きは、掲載されている本のタイトルは何?でした。答えは先人の声です。これで、両者、一勝一敗、泣いても笑っても、次の問題で先に正解した方が勝ちです。」
フレデリックがそう言うと、観客達からウィリアムに向かって大きな拍手が送られた。
フレデリックが進行役をする中、横に居るジェームスは険しい顔を俺に向けていた。
その視線に、俺は気が付く。
なんだ?お前のその表情は……何か企んでいる??
次の問題に何かあるのか!?
「それでは、最終問題です。著者ミッシェル・エデルの作品で、内気な主人公が不思議な世界へ迷い込み、冒険をする物語―――」
「はい!」
フレデリックが問題を読み上げている途中で手を挙げたのは、男爵令嬢だった。
ギャラリーの令嬢から悲鳴が上がる。
このまま、彼女が正解すれば、ウィリアムの負けである。
そう、男爵令嬢が婚約者となってしまうのだ。
緊張が部屋に流れ、空気が冷たく張り詰める。
皆が、彼女の答えを聞き逃すまいと固唾を飲む。
そんな中で、
「答えは、永遠のストーリーです!」
男爵令嬢は強く言い放った。
その答えが発せられた瞬間、この答えを正解と予測していた者達が嘆きや悲鳴を一斉に漏らす。
漏らすのだが……漏らしたのだか、そのまたすぐに、こう発せられた。
「ブー、不正解で~す。」
と、ヘンリー殿下が軽い口調で答えた。
そう審判が下った。
男爵令嬢の答えは間違えであったのだ。
「どうして!?エデルの冒険ファンタジーならば、永遠のストーリーが有名だわ。人形劇にも使われている有名なもの、さっきの内容だと、それ以外は考えられ――」
「しっ!続きを、問題の続きを聞きたい。私はまだ、この問題に答えていない。今、解答権があるのは私だけのはず。君は静かにしていてくれ。」
おい、静かにしやがれ!
唇に人差し指を添え静かにするよう促し、男爵令嬢の発言を抑えてウィリアムが言った。
男爵令嬢が小さく、続き……と呟き、ハッとして問題を読む者の方へ顔を向けた。
「それでは先程の問題をもう一度最初から読むよ。著者ミッシェル・エデルの作品で、内気な主人公が不思議な世界へ迷い込み冒険をする物語、“永遠のストーリー” の中で、主人公が氷の国に連れていかれ、氷に包まれ身動きの取れない春の精霊を氷の中から救い出すのは、第何章か?」
フレデリックが問題の続きを最後まで読み上げる。
やはりな!
問題には続きがあったか。
ニヤリと俺の口元が僅かに動く。
問題の続きがあったので、ギャラリーが少しざわつく。
だがすぐに、ウィリアムの緊張が伝わり、皆の口を押えたかのように静かになった。
「はい。」
最後まで冷静に聞き、ウィリアムは優雅に手を挙げた。
シャララーン。
令嬢達が桃色の吐息をはく。
「はい、ウィリアム、どうぞ。」
ヘンリーが指名する。
「第20章 クリスタルの雪解け。」
「正解!ウィリアムが2問正解したので、この勝負、ウィリアムの勝ち。」
その瞬間、ワアッと大歓声が上がり、部屋に拍手が鳴り響いた。
「そんな、勝ったと思ったのに……」
ウッド嬢が悔しそうに嘆く。
「これは有名な作品だし、私も問題を読み上げられて直ぐにタイトルは分かった。だが、あいつらが3問目でそんな簡単な問題を出すはずがないと考えた。だから、冷静に問題を聞くことにした。」
ウィリアムが冷静に分析していたことを知らせる。
「はあ、まあ、そうよね。私も簡単すぎると思ったのよ。負けたわ、完敗よ。いいわ、私の本のいい宣伝になったし、楽しかった。ありがとう、クロスター様。」
自分の判断ミスであったと男爵令嬢は納得する。
「今度、君の本もじっくり読ませてもらうよ。」
「フフッ、毎度あり。」
そう言って、2人は握手を交わした。
その後、すぐに解散が言い渡されて、ギャラリー達は対決が終わったから、この話を皆へ広めようと図書室を次々に出ていった。
そして、静かになった図書室には、いつものメンバーが残った。
「ふはははは、勝った、勝ったぞ!俺がナンバーワンだ!!」
俺が突然笑いだし、いよいよ壊れたかと周りが不気味がる。
よっしゃー勝った!
何が強敵だー!一捻りだったじゃないか、ジェームスめ!
ハハハハハハハハハ
その時、思い出した。
ジェームスが令嬢にサービス問題を与えていたことを。
俺はジェームスに詰め寄ろうと近づいた。
すると、ジェームスは体の向きを慌てて変える。
そして、
「メグ。」
と、ジェームスがマーガレットに声を掛けた。
「兄さん、何かありましたか?」
「いや、思い出すなーと思って。ここは、お前がバクレー先生とよく会っていた場所だろう?彼は元気にしているだろうかと。」
俺にチラチラと目線を送りながら言ったジェームスの言葉に、俺は背筋が凍った。
ジェームス、何を言いだしている!?
そいつは、そいつの名は、マーガレットの前で話してよい物ではないだろう?
俺は心臓をバクバクさせ、2人の会話を聞いていた。
「ああ、確か彼なら、今は城外壁近くのフラットに住んでいるはずよ。1年前に女の子を授かったと聞いているわ。」
マーガレットの口にした言葉を聞いた俺は、彼女へと駆け寄り、大声で言い放っていた。
「メグ、お前、バクレーと連絡を取り合っているのか?あいつは結婚したんだぞ。既婚者だ。それでもまだ好きだと、あいつと関係があるというのか!?」
そんな俺の剣幕に、マーガレットは口をポカンと開けて驚いている。
なぜこんなにも俺が動揺しているのかと言うと、先程のジェームスとの会話に出てきたバクレー男爵、元学院の文学教師なのだが、その男にマーガレットが2年前まで恋をしていた事を俺は知っていたからだ。
おそらく、付き合っていた……。
そして、その恋を……俺が邪魔したんだ。
またもや何かウィリアムがやらかしているのですよ。
次回、ウィリアムの過去の行動が明らかに。
登場人物メモ
バクレー男爵:ウィリアムの在学中に居た元学院の文学教師、対決時は既に教師は辞めています。




