第15回水泳対決(前半)
読んでくださり、ありがとうございます。
本日は、水泳対決の日である。
「さあ、やってまいりました。本日は15戦目、対戦者ガーネット子爵家アナスタシア嬢とウィリアムによる水泳対決となっておりまーす。まだまだ寒い季節という事で、急遽舗装作業を行いまして、ここ大浴場建設地へぬるい湯を張っての対決となりましたーーー!!」
パチ、パチパチ……パチ。
軽快にヘンリー殿下が話したのだが、まばらな拍手が1人、2人、静かなものである。
「ねえ、何で今日は観戦者がいないの?いつもならば令嬢応援団や観客が大勢いるよね?」
フレデリックがヘンリー殿下に聞くと、
「ガーネット嬢、たっての願いであったので、無観客対決となってまーす。」
そうなんだと令嬢の方へ目をやると、何だかガチガチに震えている。
薄着だし寒いのか?と思ったがそうではないらしい、緊張しているようだ。
この前の強気な発言は何処へ行ったのやら?
最近流行り出した水泳スタイル、髪は二つに編み輪っかの様にして上にまとめた髪型で、小さな花柄の散りばめられたワンピースのような上着に、膝下までの丈の縁にフリルの付いたショートパンツのスタイルのピンクの水着を着ている。
着こなした流行の水着姿とは裏腹に、猫背になっている姿はかなり自信がなさそうである。
よく見ると、令嬢の横には、清楚な薄紫のワンピースを着た少し年上の女性が寄り添っていた。
ガーネット嬢は観客を呼ばないでと殿下にお願いしたようだけれど、その人だけは招待したみたいだ。
「そういえば、私はここに居て良いのですか?」
マーガレットがヘンリー殿下へ質問すると、
「君は、ウィリアムのたっての願いだから、いいんだよ。向こうの願いだけ聞き入れていては、不公平だろう?」
殿下がウインクをしてお茶目に答える。
なるほどと言って冷静を装っているが、マーガレットの内心は、ウィリアムたっての願いという言葉に猛烈に顔から火を噴き、そこら中を転げ回っていた。
「私は?」
キャサリンが聞くと、
「君は兄妹だからいいんじゃないか?」
殿下から安易な答えが返ってきた。
そんな2人の会話の横で冷静を表面では装うマーガレットであるが、前々回の本人からの告白未遂や前回のフレデリックの話以来、ウィリアムを意識せずにはいられなくなっている。
しかし、今までのウィリアムによる数ある苦しい記憶があるので、色々考えすぎてしまい、感情が上手くまとまらないので、マーガレットの気持ちは複雑に取っ散らかっている状態なのだ。
さらに、こういうウィリアムの好意アピールを耳にすると、脳内がパンクし逃げ出しそうになるので、表面上は冷静を装いその場で考えるのを止め、いったん家に持ち帰ることにしている。
家では感情が爆発し、枕が大変なことになっているとは誰も知らない事だ。
冷静を装い、持ち帰るは、幼い頃からウィリアムによって理不尽な仕打ちをされた事により身に着いた社交術なのである。
その様子を周りの者達は、反応が薄いと捉え、ウィリアムを哀れに思うようだ。
だが、マーガレットを良く知る兄のジェームスと、親友のキャサリンは気が付いていた。
彼女の癖が出ていたからだ。
マーガレットは何かを強く我慢するときに、スカートの裾を強く握る癖がある、2人は見逃さない。
今まさにその仕草が殿下との会話後に見られた。
あれは、おそらくウィリアムの事で悩んでいるのだろうと2人は気が付いている。
だが、何もしない。
だって、ウィリアムには手を貸さないって、2人は決めているから。
そこへウィリアムが着替えを終えてやって来た。
ヤッター、今日もメグ来てくれている~ルンルン。
うおっ、今日のメグの服、胸が零れそうだぞ!?って、俺、水着なのに……ムムッ。
俺の俺、静まれ~。
ってそうじゃないだろう!!よし、イイところ見せるぞ、頑張らないと!
絶対に、勝~つ!!
シャララーン。
「皆、遅れてすまない。急遽、朝一で仕事が入ってしまった。ガーネット嬢も待たせてすまなかった。」
そう白い薄いワイシャツとひざ丈のショートパンツの水着を着たウィリアムが、ガーネット嬢へ話し掛けると、ガーネット嬢は瞬時に背筋をピンと伸ばして、あの勢いで言い返した。
「待たせるのも作戦のうちなのかと思いましたわ。違ったのですね。仕事ならば仕方がありませんわ。では、さっさと始めましょうか。」
ツンツンと鼻につく言い方で、ウィリアムへ言い返す。
先程までの彼女のガチガチの様子を見ていた者達は、少し困惑した。
「そ、それでは、ウィリアムも到着したので、対決を始めたいと思います。ルールはこちらの平らな壁からスタートし、向こうのフレデリックのいる平らな壁へタッチして、またこちらの壁まで戻ってきてもらいます。それを、二往復です。早く泳ぎ切った方を勝者とします。泳ぎは何でも構いません。それから、向こうの壁にはきちんと触ってから折り返してください。これが守れないと失格です。それでは始めますので、両者は水の中へ入ってください。」
ジェームスがルールを言い終えると、ウィリアムと令嬢は水の中へ入って行く。
位置に着くと令嬢が言い放つ。
「絶対に負けませんわ。ウィリアム、覚悟なさい!」
ウィリアムはその言葉にこう答えた。
「ああ、私も負けられないのでね。本気で行くよ。」
と、優しく微笑んだ。
その顔を見て、令嬢は切ない顔をする。
「それでは、よーいスタート!」
そのヘンリー殿下の掛け声と共に、水泳対決は始まった。
始まったのだが……応援している者達が、固まった。
2人の泳ぐスピードが、もの凄く遅かったのだ。
なるほど、これは応援や観客を呼びたくないだろう。
おそらく、呼んでいたらウィリアムも恥をかいていた。
ウィリアムは遅いがフォームの綺麗な平泳ぎ、令嬢は両手をピンと伸ばしたバタ足であまり前へ進んでいない……。
「これ、一往復……いや向こうの壁まででよかったんじゃないの?」
キャサリンが言う。
「だね、これは僕らにも耐久レースだ。」
ジェームスが言う。
「体力勝負になるのかしら?」
マーガレットが言う。
「そうだ、お茶とテーブルセットを用意しようか。」
そうヘンリー殿下が言うと、どこからか侍従長が部下と共に現れて、セッティングを始めた。
向こう側の壁でタッチの審判をするフレデリックも、一人用の椅子と机に優雅に座り、テオがお茶を用意している。
流石、テオである。
「そちらの、ガーネット嬢の応援の方も一緒にいかがですかー?」
ヘンリー殿下が声を掛けると、女性はガーネット嬢を気にしながら寄ってきて着席した。
彼女のティーカップに紅茶が注がれ、軽く侍従へ会釈をする。
「お気遣いありがとうございます、ヘンリー殿下。私はアナスタシアの義理の姉カミラと申します。」
「ああ、君は彼女の兄、次期ガーネット子爵の夫人でしたか……フフッ、大変そうですね~。」
ヘンリー殿下がそう小さく声を掛ける。
「やはり、知られているのですね。そのことで、アナにもこんな苦労を……。」
やはりそうであったかという顔つきで背もたれに寄り掛かり、ヘンリー殿下は溜息をついた。
「何かあったのですか?とても苦しそうだわ。」
キャサリンが心配して尋ねる。
「皆に話しても構わないかい?」
「ええ、結構です。おそらく直ぐに社交界に広まるでしょうから。」
ヘンリー殿下が聞くとカミラはそう答えた。
その時、
「ウィリアムが折り返したよー。」
と、フレデリックが大きく叫んだので、皆、対決の真っ最中だった事を思い出し、2人を確認する。
ウィリアムは折り返し、ガーネット嬢は折り合えし地点よりも、まだ手前に居た。
まだ時間はあると確認し、ヘンリー殿下が話を続ける。
「ガーネット子爵家の事業で、ハーブを扱っていたのだが、先日大きな詐欺に合い、大損してしまったようだ。それにより、これまでの取引相手とトラブルになりギクシャクしてしまったみたいで、今まさに危機に陥っていると耳にした。金策に忙しいようだと。」
「はい、夫が上手い話に飛びついてしまいこんなことに……その穴を埋めようと、義妹がこのことを提案して。この勝負に勝てば、公爵家とつながりが持てるからと。クロスター様が泳ぎは得意でないと分かっていたのですが、あの、その、アナも水泳は得意ではなくて、対決の話が出てから必死で練習をしてきたのですが、この通りなのです。」
その言葉で、皆が泳ぐ2人を再び見る。
ジェームスがそろそろ皆さん壁際へと声を掛けたので、皆で移動する。
先に来たのはやはりウィリアムで、まだ余裕のようだ。
壁にタッチしてUターンしていった。
暫く経ってから来たガーネット嬢は、一度足をつき、かなり疲弊している様子であった。
応援をしつつ、泳いでいる2人が壁を触ったのを見届けて、テーブルにサッと戻る一同。
「それでは、公爵家の力を利用するために、この対決を受けたという事なのですか?」
キャサリンがカミラにズバリ問う。
「いや、その……はい。しかし、アナは、それだけではないと思うのです。クロスター様に未練もあって、出来たら婚約者になりたいと言う想いもあるのだと思います。一年前、クロスター様と別れた時は荒れにあれましたし、この対決の話を聞きつけてきてからは、イキイキしていて。以前の義妹にすっかり戻っていましたから。」
言いにくそうに、カミラはガーネット嬢の気持ちを代弁する。
その言葉に、マーガレットはほんの少し胸がモヤっと感じた。
「はあ、やっぱりウィル兄はバカ兄だわ。いくら自暴自棄であったとしても、来るもの拒まずのお付き合いをし、女性の心を蔑ろにしたことは許されない事よ。」
キャサリンが女性として怒り、令嬢に同情する。
「そうキツイことを言いなさるなって、ウィリアムの妹よ。奴も奴で、あれでも気を使って女性との付き合いはしていたのだ。気持ちを弄んでいたわけではないのだ……まあ、親しい友だから庇ってはいるけれど、私も昔のウィリアムの女性の付き合い方には、同調は出来ない。それに、二年前から改心して、今は女のオの字も出てこない。」
ヘンリー殿下が冗談を交えてウィリアムをフォローする。
「ウィリアムは自暴自棄だったのですか?いったい何故?」
マーガレットが強く疑問を投げる。
皆が話すべきか事情を知っている者が押し黙っていると、背後から声がした。
「君がウィリアムを嫌いって言ったからだよ。」
振り向くとフレデリックが立っていた。
「おい、向こうの壁をきちんと触るかの確認はどうした?」
ジェームスはその事をマーガレットの耳に入れたくなかったので話題を変えるために、フレデリックに質問して話を逸らそうとした。
「それならば、ウィリアムが触ったのを確認したから、僕は撤収したよ。ガーネット嬢は、ほら、あそこで力尽きて立ち止まっているし、続けるようならばテオを残してきたから大丈夫。」
そう言われて泳いでいる彼らの方を見ると、確かにその状況であった。
ガーネット嬢がこちらと目が合い、慌てた様子でまた泳ぎ出す。
サボっているな……一同の意見である。
フレデリックが椅子に座りながら、話を続ける。
「それよりも続きを。マーガレット嬢、君は最後にウィリアムとポーカー対決をしたのを覚えているよね?その時に、君は嫌いだと言って泣いたのだそうだが、それをあいつは、君を傷つけ、君に嫌われたと感じショックを受けたんだ。記憶を隠蔽してしまうくらいにね。そして、自暴自棄になった。」
フレデリックは言い終わると、侍女長により注がれた紅茶の匂いを嗅ぎ、口に運ぶ。
話の変更が出来ず、さらにあの時のウィリアムの事をマーガレットに話し聞かせたフレデリックを、ジェームスが鬼の形相で睨みつける。
「ちょっと、その言い方だと、メグの所為みたいじゃない。メグを苦しめていたバカ兄が勝手に傷ついたんだから、自業自得。メグは全く悪くないわよ。」
キャサリンがフレデリックに反論する。
「あの時、私はウィリアムの事を嫌いとは言っていないわ。」
そう語り出したマーガレットに皆の視線が集まる。
マーガレットがあの時の真相を打ち明け始めた。
「会う度に対決するのが苦痛で、対決が嫌いだと言ったのよ。ウィリアムには嫌われていると思っていたから、どう伝えて良いか言葉に詰まってしまって、うまく言えなくて……苦しくて泣いてしまった。対決ばかりではなく、もっと楽しんで過ごしたかったから、彼と対決をするのが嫌だったの。その言葉で、ウィリアムを傷つけていたなんて、考えもしなかった。」
「メグ、あなたは悪くないわ。拗らせて勘違いしたバカ兄が悪いのよ。」
「そうだぞ、メグ。あいつの事なんて気にすることないぞ。」
キャサリンとジェームスがマーガレットに罪悪感を抱かせないよう言って聞かせる。
「おっと、そうこうしているうちにウィリアムがゴールしそうだよ。皆、急いで移動して~。」
ヘンリー殿下が皆に声を掛ける。
後半に続きます。
ウィリアム、ただいま頑張って泳いでおります。




