どう始末をつける?
「ちょっと待ってください、植山さん。それじゃあ、あなたはあなた自身の平穏で豊かな生活のためだけに、無関係な人をふたりも殺したのですか?」
真奈美は黙っていられず口を開いた。
「そうよ。だって何よりも大切なものじゃない。愛する夫とかわいい息子と3人で過ごす家庭。ただ夫についてはもう消えてもらうより他になかったのよ。学にはそのうち新しい父親が必要でしょうけどね」
真奈美の顔は怒りで真っ赤になっていた。
「何が愛する夫とかわいい息子ですか?すべてあなたのエゴじゃないですか。あなたは東心悟さんも学君も愛してはいない。ただ自分だけが大切なんじゃないですか」
真奈美はまくしたてたが、それを聞いても植山千里は平然として微笑んだ。
「あなたに愛の何が分かるの?夫も子供も居ないくせに。それ以前に人を愛したことすらないんじゃないの?」
「それは・・・」
真奈美は言葉に詰まった。
植山千里は他人の心の弱みを突くことに長けている。
「私は御影さんやあなたが思っているほど冷酷じゃないのよ。東心悟のことも学のことももちろん愛しているわ。でもいちばん可愛いのは自分自身よ。誰でもそうなんじゃないの?ましてや赤の他人の命なんか、たいして重要じゃないわ」
真奈美は目の前に居る人物が恐ろしい怪物であることを再認識した。
とてもじゃないが、真奈美では太刀打ちできない相手だった。
「宮下さん、そんな化け物を見るような目で見ないでよ。あなただって同類じゃないの。だってあなたは私の子供の命を奪おうとしたんだから」
「・・い・・命を奪おうとなんてしていません。。」
「そうかしら?命を奪わないまでも、学に一生の傷を負わせたでしょうね。御影さんが止めなければ」
この言葉に真奈美は完全に打ちのめされた。
「宮下君、気にするな。そうするように仕向けたのも彼女なんだから。しかも自分の子供が危険な目に会っているのを平然と見物していたんだ。とても人間の所業とは思えない」
御影の言葉に、植山千里は少し眉をひそめた。
「御影さんまで私を化け物みたいに言うのね。傷ついたわよ。言っておくけど、あなたたちのせいでもあるのよ。あなたたちが期待に反した行動に出たから軌道修正に苦労したのよ。その結果が学の身の危険になったの」
「僕が捜査に絡んできたことが予想外だったと?」
「いいえ。あなたが絡んでくることは想定内だったわ。だって、心臓の冠動脈を捻じ曲げるのは1975年のあの事件を真似たものですからね。予想外だったのはあなたが東心を殺さなかったことよ」
・・・御影さんに東心悟を殺させようとしていた?
真奈美は衝撃を受けた。
「僕が東心悟さんを殺し、学君は東心さんの莫大な遺産を受け継ぐ。そして母親であるあなたの元にやってきて、母子での平穏で豊かな家庭を手に入れる。それがあなたのシナリオだったのですか?」
「そうよ。なのに御影さん、あたなはいくら待っても東心を殺さないからイライラしたわ。あなたの秘書を操ったりして挑発したのに、あなたは一向に動かない。1975年のあの事件の犯人はあなたじゃなかったの?」
「それはこの際関係ありませんね。だからあなたは僕が邪魔になって消そうとしたんですね」
植山千里は声を上げて笑った。
「なのに死なないんだから。どこまでも予想外なのよ御影さんは。本当にあなたって人は名探偵だわ。いや迷う探偵の方かしらね」
御影も苦笑した。
「確かにそうですね。しかし宮下君、植山さんにとっては君の行動もかなり予想外だったんだよ。君は自分で思っている以上に活躍したんだ」
真奈美は御影のいう意味が分からなかった。
しかし、植山千里は御影の言葉に大きく頷いた。
「まさかそのお嬢さんが東心が単なる飾り物だと気づくとは思ってもみなかったわ。おまけに東心の命まで救ってしまった。大きな誤算よ」
たしかに東心悟の命を救った時点で、植山千里の企みは挫折している。
真奈美はこの怪物に一矢報いていたのだろうか。
「でもなんでかお嬢さんは学がすべての黒幕だなんて、この私も仰天するような思い違いをしているのが分かった。だからとっさに軌道修正したのよ。学の思考を操って」
・・・あのとき聞こえた学君の心の声は、植山千里が与えたものだったんだ。。
真奈美はようやく理解した。
「東心の方は失敗だったけど、これでひとまず事件にはケリが付くと思ったの。学には後遺障害が残ったかもしれないけど、私が愛情持って育てるつもりだったわ。東心の始末は後でなんとでもなる」
ここまで穏やかに話していた怪物が突然吠えた。
「タイミングよく間抜けな名探偵がのこのこ現れなければね!さあ、どうするの?どう始末をつけるつもり、探偵さん?」




